おやままさおの部屋

阿蘇の大自然の中でゆっくりのんびりセカンドライフ

小話続き

2015年10月16日 07時14分45秒 | 風邪と酒


「こんにちは。長らくご無沙汰を致しました。随分前になりますがこちらにお伺いしたもの
でございます。」

その日はよく晴れていた姑はすでに亡くなっていた。義母がその習いを受け継いだかのよう
に日の当たる縁側に出て針仕事をしていた。

村域は小さく、海に向かって開けた平地は田圃に丘陵地は棚状にみかんを栽培している。海
岸を走る県北に通じる道路から村へ入る道は狭い。その道沿いに義母の住んでいる家がある。

義母が家の前の道を通る近所の人達とは必ず声をかける。
「こんにちは。今日もよか(好い)天気ですなあ」これから長い会話が始まるのだ。もちろん
みかんの収穫時はまるで「戦争」だ。

時期は5月、みかんの花が咲くころで村中に何とも言えない芳醇で甘い香りが漂い溢れるのだ。

義母は青年を見てすぐには思い出せずにいた。青年はニコニコしている。

「あの時はおばあさんがそこに座っていらっしゃいました」

「ばあちゃんな去年大往生しなさったばい」

「そうですか・・・お悔やみ申し上げます」

「あーああん時お母さんに連れられた息子さんかいた?」

「思い出していただけましたか。そうです、○○といいます。お礼にあがるのに随分と時間が
掛かってしまいました。どうしてもあの時の御恩が忘れられずに今日伺わせていただきました」

「そうかいた。わざわざお礼ばいいに来たつかいた、ありがたかなあ」

「今日まで一日も忘れることなくいつかまたあの村の、あの家に行こう。温かいあのおばあさん
に会ってお礼を言おう。それまでに恥ずかしくない大人にならなければーそう思いながら生きて
きました」

手にした風呂敷に包んだ菓子折りを差し出して「本当に気持ばかりのものですが、どうぞお受け
取りください」。

義母が包みを開くと菓子箱の上に封書が置かれている。中を開くと3千円のお札が入っていた。

「あの時に受けた御恩に比べたら恥ずかしい金額ですが、やっと就職して給料をいただける身に
なりました。御礼の気持ちをお受け取りください」

義母が涙を流しながら、「ありがたいことです。後で仏さんに報告しておきます」

青年は戦後中学を出て働きながら夜間の定時制高校に進み、一昨年卒業今名古屋の企業に就職し
ていた。

家の中に招き入れると、青年は仏壇に手を合わせ何度も何度も頭を下げたという。

人への施しは眞正直な心からなされたものであればほんの些細なものでも受ける側は「値千金」
になるのだ。