おやままさおの部屋

阿蘇の大自然の中でゆっくりのんびりセカンドライフ

続古文書講座

2013年09月12日 07時11分14秒 | 日記


通い始めた古文書講座7,8回目になろう。

昨日は地元史家長野宏典氏の講演を聞くことができた。

かれは53歳で高校の社会の教師。最近日経新聞に「幕末~明治、ある村の実話」を題した記事が掲載されたばかり。

村は私の住む久木野と白水、それに長陽の3つの行政区=村が合併して南阿蘇村を作った。その長陽の名家長野家の末裔になる。

彼の家系に残された古文書に幕末から明治中頃まで生きた「長野内匠(たくみ)」の日記があってこれを解読したという。日記は75年間に亘るもので貴重な史料だ。日本の近代の夜明けを長野内匠という一人の百姓の目から政治経済、生活、農業、医療、教育という広範囲に冷静に客観的に眺めている。

折角だからと彼が書いた『ある村の幕末・明治』(弦書房)という本を座員みなで購入した。その本のレジメを用意されたっぷり1時間半話をされた。

「八重の桜」がNHKで放映されているが、ここに登場する中村しどうという歌舞伎役者が演じる佐川官兵衛を殺害した人物についての話が面白かった。

会津の佐川官兵衛は戊辰戦争を生き残り、東京に出て警察官になり、明治10年の西南の役では政府軍の一員として薩軍との激戦を繰り広げた熊本にやって来た。

そして彼はこの南郷谷に駐屯して薩軍をの戦闘を続けるのだがある日、長陽の現在京大火山研究所の下方を無用心に巡察していた時に待ち構えていた薩軍に狙撃され一命を落とす。

その犯人が○○という人物で、この人は同じ頃起こった百姓一揆のリーダーでもありその検挙の手配を受けていて、そこから逃れるために薩軍に身を投じた。

その後、薩軍は敗勢濃くなり日向から鹿児島へ逃亡していき最後は城山で西郷はじめ主要なメンバーは滅びていくのは知られている。

○○は身柄を熊本に移送されたのだが、何故かこの佐川殺害に関しては罰金だけで放免されている。これ謎めいている。

歴史を表立った場所からだけ眺めていただけでは平面的な歴史理解に終わる。認識をより立体的にするために一庶民の目から見た社会という視点が必要なのだ

ちょうど志水辰夫の「滅びし者へ」を読み終えたので今日から早速この本を読み始めよう