小さな日記

ワンクリック募金 毎日クリック!
http://clickbokin.ekokoro.jp/

ベンジャミン・バトン 数奇な人生

2010年01月31日 | 映画
ベンジャミン・バトン 数奇な人生 予告編


レンタルで100円になるのをずっと待っていた。やっと見られた。すごい演技力、脚本の繊細さ、奇想天外な物語なのに、違和感なく共感して、すごい映画だと感じた。ブラッド・ピットもケイト・ブランシェットも子どもから80代まで演じるのだけれど、目つきから体つき、身のこなし、全てがその年齢にぴったりになるのはすごいことだ。

見終わって、縁というものは、場とタイミングだけれども、その前にまず同時代に生きていなくては縁もない。今70代のあのひとが、わたしより年下だったら、とか、20代のあのひとが60代で年上だったらとか、いろいろ思った。

ベンキャミンの謙虚さが好き。与えられた運命の中、無理やりでなく、出会った縁に乗じて成長していくのが好き。ありうるはずのない設定なのに、結局残るのは、実在の人物のように感じるひとの生き方なのは、不思議。


いたましい

2010年01月30日 | Weblog
テレビで北海道の方言に「いたましい」があると言っていた。そうだ。忘れていたけれど、「いたましい」だ。いたましいとは、「もったいない」と似ている言葉なのだけど、ちょっと違う。

「もったいない」が流行っているけれど、なぜかわたしは、「もったいないから使う」というのが、その物への尊敬が足らなくて、自分が損をしないように使う言葉に感じることがあった。「いたましい」という言葉を昔使っていたから、そう感じたのだろう。「いたましい」は、その物が使われないこと、捨てられることが、いたましいという意味だ。

「もったいないことをした」と言うと、それを使わなかった自分が損をした感じ。
「いたましいことをした」と言うと、その物に対して申し訳ない感じ。

いたましくならないように、せっせと食材、はぎれ、水、、なんでも使ってみようとしている。

ところで、友人から検索するようにとメールがきた。へぇ、平成22年は、「国際夫婦年」だそう。知らなかった!そして、明日は特別な日のようだ。既婚者は見てねぇ。
http://www.hugtime.jp/

笑う家族

2010年01月29日 | Weblog
居間で、連れ合いと息子の大笑いが聞こえたので、行ってみた。連れ合いが机の上でわたしがみつけたメガネを持って居間に入りながら、「あ、ふたつはかけられないか」と、つぶやいたのを、息子が耳ざとく聞きつけたそうだ。既にメガネをかけているのを忘れて、もうひとつメガネをかけようとして、言わなければいいのに、小声で1人ごちた連れ合い。

一緒に笑いながら、死ぬ時に思い出すのはこういう小さななにげない場面ではないかと思った。

クレー

2010年01月28日 | ハンドメイド
パウル・クレーが好き。小学校のころ、家には河出書房の世界の美術という全集があって、初めてクレーと出会った。ずっと、彼の色彩、構図は、わたしの憧れだった。

タイシルクの色見本のはぎれを繋げて作った小銭入れとポーチ。出来上がったらクレーの絵を思い出したので、久しぶりに画集を見た。ほら、似てる?

きょうも名画鑑賞会。「続菩提樹」を見た。

菩提樹

2010年01月27日 | 映画
Guten Abend, gut Nacht, Die Trapp Familie


先行予約していた1956年西ドイツ製作の「菩提樹」が届き、懐かしの映画鑑賞会。これは、ご存知「サウンド・オブ・ミュージック」と同じ、実在のトラップ一家の物語。アメリカに渡って合唱するところまで。「続菩提樹」では、アメリカでのツアーなどその後の生活を描いている。「サウンド・オブ・ミュージック」は、小学校時代、父が誘ってくれて家族で見た。父は「菩提樹」を見ていたので、ぜひ見たかったようだ。「菩提樹」は、実際にトラップファミリーが歌っていたレパートリーで、アメリカミュージカルのような派手さはない映画だが、何度も涙をこらえられなくなる。子どもたちの歌声がまた清らかで美しい。
次回は「続菩提樹」を見る。楽しみ!

さて、実際のトラップファミリーがどんなだったかというと、、、

THE TRAPP FAMILY SINGERS -- Es Wollt Ein Jagerlein Jagen

最小はぎれ

2010年01月26日 | ハンドメイド
2cm×2cmの正方形がわたしのはぎれ最小サイズ。それを切って残ったのは、切りくず箱に入れて両面接着テープをはって使う。

その最小はぎれを繋げてテープ状にしたもの。組み合わせてポーチを作ろうかとも思ったが。居間の棚の目隠しカーテンが飽きてきたので、インド綿の生成りの生地にストライプ状につけてみた。すごい存在感。

みがまま整体

2010年01月25日 | Weblog
きょうは、娘も初整体。家族全員で行った。お友達も来て、道場は中国気功武術をするとぶつかるほどの賑わいだった。

体はそろそろ春の気配を感じ始めていて、右側が緩み、左側は縮んだ状態。肩甲骨の左が上がって内側に、右が下がって外側に型崩れ(?)しているのがわかりやすかった。その方向にそっと手当てした途端、右が上がり左が締まって、まっすぐになったのには驚いた。


グラニーバッグ

2010年01月24日 | ハンドメイド
先日はいだ5cm四方の布で、グラニーバッグ。裏地には、去年まで着ていてしみがついた黄色のひっぱりの綺麗な部分を使った。洋風でも和風でもない形容しがたい雰囲気。裏地に接着芯を貼ったので、しっかりして物がたくさんはいる。

陳皮さまさま

2010年01月23日 | Weblog
みかんの皮を小さく切って天日干しして作った陳皮。これが思いのほか大活躍。なんにでも入れているが、きょうはしじみの味噌汁に大根の葉の刻んだのと(冷凍してあった)一緒に入れたら、家族に大好評。みんな、「これなに!?おいしい!」と、いつものしじみの味噌汁が数段ランクアップしたように感じたようだ。陳皮さまさま。

みかんの皮は、大きいまま干したらカビが生えたりして持て余して捨てていた。細かく切る。これだけで、ゴミが極上の隠し味になった。わたしは、特にタイカレーに入れるのが好き。連れ合いは大好物になったようでせっせとはさみで切ってくれる。あ、その前に、熱湯に浸して30秒、消毒(?)します。普通は1cm四方のようだが、3mm×10mm位に細かく切った方が、噛み心地がよいと思う。

画像向かって左が乾燥した陳皮、右がこれから日干しするみかんの皮。

シベリア抑留者補償問題

2010年01月22日 | Weblog
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn/20100122/20100122-00000004-jnn-pol.html

父はシベリア抑留者だった。終戦で自死しようとしたけれど、アメリカの捕虜になったら英語がわからない部下たちが可哀想だと思いとどまったら、シベリアに送られたと言っていた。その時、銃の引き金を引いていたら、わたしはいない。父は、未婚だったので、帰還は、高齢の既婚者から順にさせて、自分は最後に帰国したそうだ。それで、早く帰れた部下の方たちが、お商売の成功を父のおかげだと感謝してくれて、なにくれとなく応援してくださった。

父は、シベリアや戦争の話をしたがらなかった。凍結した大地を掘り起こし腐った種芋を食べたこと、ロシアの女性の肌がミルクのように白くてびっくりしたこと、日本刀で桜の木を試し切りしたら切り口はギザギザだったこと。わたしが聞いたのは、これだけ。

テレビのニュースで、抑留者の方が、帰国したら差別を受けた話をなさっていた。父もそんな経験をしていたのかもしれない。朝鮮人慰安婦問題といい、シベリア抑留者問題といい、半世紀以上たっても、戦後は終わらない。戦後をつくらないためには、戦争をしないことだ。

おばあちゃんの気持ち

2010年01月21日 | ハンドメイド
ミシン使いが楽しくなって、唱歌のCDを聴きながら切りためた5cm四方のはぎれをランダムに繋ぎ合わせていたら、突然、お人形の布団のことを思い出した。

わたしの母方の祖母は、母の弟と同居していて、夏に1ヶ月ほど、わたしの家に来てくれていた。それも、毎年というわけでもなかったように思う。祖母の思い出は、女学校時代のいろんなエピソードを話してくれたこと。何度でも同じ話をねだってしてもらった。それが楽しかった。

小学校低学年のころだった。誕生日とかクリスマスでもないのに、祖母からわたしに小荷物が届いた。開けると、柔らかい絹地のお人形のお布団セットが入っていた。もちろん、祖母の手縫い。何処を探しても売っていないわたしだけのお布団。とても嬉しかった。

そのお布団、どうなってしまったのか、消息は不明だ。きょう、突然そのお布団を思い出し、それを縫う祖母の気持ちはどんなだったろうと想像してみた。

大学受験間近の二月におばあちゃんは逝ってしまった。わたしは、会うこともなく、お葬式にも行けなかった。お布団のことも、ずっと忘れていた。

おばあちゃん、ありがとう。

ところで、最近の子どもは、お人形遊びってするのかしら?

画像は7cm四方のパッチ。

懐かしの歌

2010年01月20日 | 音楽
母と一緒に歌おうと注文していた唱歌と童謡のCDが届いた。その手のCDはたくさんあるが、歌手や編曲がそれぞれ違うので、好みのものを決めるのに手間取った。わたしは、昔の音源をノイズ調整しただけのもの、なるべく子どもや子どもの合唱団が歌っているものを探して、「懐かしの唱歌」「懐かしの童謡」2点、CD4枚計120曲を求めた。

120曲といっても、ほとんど知っていることに母もわたしもびっくり。そうそう、こんな歌もあったっけ!と、ご飯を食べながらまで家族で口ずさんだ。しばらく楽しめそう。

興味のある方は、下記をクリックしてページの下の方で試聴ができますよ♪
http://www.amazon.co.jp/%E6%B1%BA%E5%AE%9A%E7%9B%A4-%E6%87%90%E3%81%8B%E3%81%97%E3%81%AE%E5%94%B1%E6%AD%8C-%E7%AB%A5%E8%AC%A1%E3%83%BB%E5%94%B1%E6%AD%8C/dp/B000H30GUY/ref=sr_1_6?ie=UTF8&s=music&qid=1264011282&sr=8-6

童謡歌手で有名な川田正子さんの消息をネット検索したら、2006年に71歳で逝去されていた。Uチューブで死の10日前のステージがあって、若々しいお姿と声に感嘆。
川田正子 (本人歌唱)メドレーと最期の公演

憂い

2010年01月18日 | 音楽
Scott Walker interview


2007年にイギリスで製作発売されていたスコット・ウォーカー「30世紀の男」。スコットを賛美する人々のコメント、スコット自身のインタビューなどによるドキュメンタリーだ。ようやく、日本版DVDが1月15日発売となり、予約していたわたしにも届いた。

アメリカ人のスコットがブレイクしたのは、ロンドンに渡ってからだった。それをこのDVDでは、スコットの声の憂いと、イギリスの街、風土とマッチしていたからと分析する。子どものころ、何の予備知識もなく、登校直前にテレビから放出された「in my room」という低い声は、わたしに突き刺さり、半世紀近くも共にいる。理屈をこねても意味はないけれど、「憂い」という言葉は、わたしが惹かれた理由にぴったりすると思った。

他の少年少女合唱団の声や、子どもの歌を歌う大人の声が嫌いなのに、西六郷少年合唱団だけ好きだったのも、「憂い」を含んでいたからだ。

今は、なるべく、嫌いと認識するものは減らそうとしているけれど、「憂い」のある声、音が好きなのに変わりない。近頃は、長唄もすごくときめく。
なぜかというと、憂いがない音、声には、嘘を感じるからだと思う。どんなに明るい歌、音楽にも、「憂い」の影があってこそ、真実を感じてしまう。

「憂い」は、悲しみではなく、根源的哀しみであって、静けさだ。ひとの奥深くある静けさが聞こえる音楽が好きなのだ。

スコットは、この1月9日で67歳になった。ちょっと頬が赤らんでいるので、高血圧なのかしらと心配だけれど、自分の道を進んで、自信に満ちているのが見れて、とても嬉しい。彼を好きになってよかった。

『スコット・ウォーカー 30世紀の男』予告編

ほがらかに鐘は鳴る

2010年01月17日 | 映画
娘がお泊りに来たので、母も一緒に懐かしのウィーン少年合唱団の映画鑑賞会。1959年オーストリア製作。「野ばら」の主役ミハエル・アンデ主演。この主題曲のほかに、チロルの素敵な自然の中で、ウィーン少年合唱団がたくさん歌うのが魅力。母はウトウトしながら見たが、この手の映画はいつ目覚めても美しい風景とかわいい笑顔で安心して見られる。それでいいのだ!

Teddy Reno - Wenn die Glocken hell erklingen 1959