青い花

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ぼくには数字が風景に見える

2017-09-09 08:38:07 | 日記
ダニエル・タメット著『ぼくには数字が風景に見える』

著者ダニエルは、数字と語学の天才で、サヴァン症候群だ。
複雑な長い数式も、様々な色や形や手触りの数字が広がる美しい風景に感じられ、一瞬にして答えが見える。また、ダニエルは、コミュニケーションにハンディをもつアスペルガー症候群でもある。
本書は、多くの人々とかけ離れた個性をもって生まれた青年が、家族や友達、恋人の愛情に包まれて、自立への道を模索する姿を描いた手記である。

ダニエルがうまれたのは1979年の1月31日、水曜日。
ダニエルの頭の中では、その日は青い色をしている。それは数字の9や諍いの声と同じ色だ。誕生日に含まれている数字は、浜辺の小石そっくりの滑らかで丸い形。それはその数字が素数だから。ダニエルの頭の中ではそうなっている。

ダニエルは、映画『レインマン』のモデルとなったキム・ピークと同じサヴァン症候群だ。
数字はダニエルの友達で、いつもそばにある。何処に行こうと何をしようと、頭から数字が離れない。数字にはそれぞれ独自の「個性」がある。堂々とした数字もあれば、こじんまりとした数字もある。ダニエルが一番好きな数字は、4。4は内気で物静かだ。

数字を見ると色や形や感情が浮かんでくるダニエルの体験を、研究者たちは「共感覚」と呼んでいる。共感覚とは複数の感覚が連動する現象で、たいていは文字や数字に色が伴っている。ダニエルの場合は珍しい複雑なタイプで、数字に形や色、質感、動きなどが伴っている。たとえば、1は明るく輝く白で、懐中電灯で目を照らされたような感じ。輝く1と相性が良いのは、暗い数の8や9。6とはあまり相性が良くない。189と言うひとつながりの数字は、116よりはるかに美しく感じられる。

ダニエルには初めから数字が共感覚を伴って見えていた。
数字を使って考えたり感じたりする。つまりは、数字がダニエルにとっての第一言語だ。例えば、友達が悲しいと言えば、ダニエルは6の深い穴に座っている自分を思い描く。何かを怖がっている人の記事を読むと、9のそばにいる自分を思い描く。感情を理解し難いダニエルにとって数字は、他の人たちを理解する手がかりを与えてくれるものなのだ。

カレンダー計算能力(何年何月何日は何曜日だったか、あるいは何曜日になるかを計算できる能力)は、サヴァン症候群の人たちによくみられる。それはおそらく、カレンダーには一定の法則があるからなのだろう。
ダニエルは、カレンダーを思い浮かべると、いつも楽しくなる。31までの数字がある一定の法則のもとで一か所に集まっているのが良い。そして、各曜日にはそれぞれ違った色と感情が備わっている。

共感覚は、ダニエルが言葉と言語を理解するための役にも立っている。
ダニエルの頭の中では、Ladder(梯子)と言う言葉は青く輝いているが、hoop(輪)と言う言葉は柔らかくて白い。
共感覚の研究者によれば、色のついた言葉はその言葉の最初の文字の色で決定されるということだ。言葉に色や質感が伴っていると、出来事や名前を覚えるのに役立つ。このおかげで、ダニエルはほかの言語を容易に習得することが出来るのだ。ダニエルは今のところ、英語(母国語)、フィンランド語、フランス語、ドイツ語、リトアニア語、エスペラント語、スペイン語、ルーマニア語、アイスランド語、ウェールズ語の十か国語が使える。

自分の得意分野で共感覚を使っているサヴァン症候群の人たちがどれくらいいるかは、いまだにわかっていない。それは、サヴァン症候群の人たちの多くが重い精神的・肉体的障害を抱えているので、どのように共感覚を使っているが説明できないからだ。幸いにもダニエルは、そうした深刻な機能障害がないので、手記や講演、テレビ出演などで伝えることが出来る。

たいていのサヴァン症候群の人たちと同じように、ダニエルも自閉症スペクトラムにはいっている。そして、ダニエルはアスペルガー症候群でもある。
アスペルガー症候群は、対人的相互反応、コミュニケーション能力、想像力に障害と定義されているのだ(抽象的思考、柔軟な発想五、感情移入に問題がある)。アスペルガー症候群の人たちは言語能力に問題がなく、平均以上のIQのある人が多く、理論的思考或いは視覚的思考を得意とする。こだわりがその特徴で、細部を分析し、行動様式の中に法則性とパターンを見出そうとする強い欲求がある。記憶力や数字的能力に秀でているのも一般的な特徴だ。アスペルガー症候群になる原因ははっきりわかっていないが、生まれつきのものだと考えられている。
また、自閉症スペクトラムの子供の3分の1が青年期までに側頭葉てんかんを発症する可能性があるが、ダニエルも4歳で最初の発作を起こしている。

ダニエルは神経過敏で泣き止まない赤ん坊だった。
保育園に入ってからも、眠りが浅く夜中に何度も起きてしまう。食べ物の好き嫌いが激しく、たいていシリアルと牛乳しか口にしない。保育園では他の子供たちと打ち解けない。集団で遊ぶことが出来ず、保育園から帰ると、自室にこもりっきりになる。弟や妹にも関心が薄く、おもちゃを貸したり、一緒に遊んだりすることが出来ない。こだわりが強いので、決められたことを突然変えられるとかんしゃくを起こしてしまう。

そんな育てにくいダニエルに対して、両親はいつも辛抱強かった。
当時アスペルガー症候群のことをまったく知らなかったにも関わらず(医者でさえ、いい加減なアドバイスしかくれなかった)、両親は息子のために様々なことをしてくれた。一族に高等教育を受けたものが一人もいない家系で、低収入で、9人の子沢山。その上、ダニエルが思春期を迎えるころには、父親が精神疾患を患い、入退院を繰り返すようになった。そんなカツカツの暮らしの中でも、両親は無条件にダニエルを愛し、献身的に支えてくれたのだ。

この世に、無条件で親に愛された記憶のある人はどれだけいるのだろう?
条件付きでしか愛されなかった人、或いはまったく愛されなかった人は、案外多いのではないだろうか。子育てに対価を求める親は少なくない。
ダニエルの両親は、低学歴低所得である。父親は精神疾患を患っている。子供が9人もいて、いろんな意味で余裕がない。それでも、両親は時に夫婦喧嘩をしつつも、感情というものをうまく理解できず、集団生活に馴染めないダニエルを辛抱強く支え続けた。
本書では、両親とダニエル以外の子供たちの関係にはあまり触れられていないのだけど、アスペルガー症候群のスティーブンを含めて、タメット家の子供たちは皆、就職、進学、ボランティアと、それぞれの生きる道をしっかりと歩んでいる。
私自身が親の立場になってみて、声を大にして言えるのは、子供に起きるすべての禍福は、親の責任であるということだ。貧しくたって、人に尊敬される職業に就いていなくたって、誠実な人柄と見返りを求めない愛情さえあれば、子供は真っ当に育つのだ。
ダニエルもまた、自立することを当たり前のように目標にし、就職活動に行き詰まれば、恋人と協力して、語学学習サイトを立ち上げ、そこから収入を得るようになった。その少し前には、恋人と一緒に暮らすために家を出ている。

この恋人という人も良い。
ダニエルは同性愛者なので、恋人は男性だ。ニールと言う名の彼は、学校でずっと孤立していたダニエルをいとも簡単に受け入れてくれた。ダニエルが一番好きな数字4みたいな、物静かな人柄だ。二人は、それぞれの家族に相手を紹介し、公認の仲になる。一緒に暮らし始めてから、ダニエルになかなか仕事が見つからなかったことも、ニールはたいして問題にしなかった。
語学学習サイトの立ち上げ、πの暗唱イベントの計画、円周率の暗算のヨーロッパ記録の樹立、ドキュメンタリー番組への出演…ダニエルの挑戦の陰には、必ず心身両面でのニールの支えがある。ダニエルが緊張をしている時には、心を落ち着かせ、先に進むよう励ましてくれる。ダニエルが自分の世界に籠る必要のある時には、黙ってそっとしておいてくれる。
ニールと共に生きることによって、ダニエルは多くのことを学んだ。人に気兼ねしなくなったし、周囲の出来事に関心を持つようになった。自分や自分の能力に自信を持つようになった。ニールは、ダニエルの世界の一部であり、ダニエルを形作っているものだ。

家族や恋人の他にも、ダニエルの周りには、少数ながらも誠実な人々が集まっている。
それは、他の人と違うために学校でいじめにあっても、就職活動が散々な結果に終わっても、ダニエルが、人を恨まず、人と関ることを諦めなかったからだろう。この忍耐強さは、親譲りなのではないか。
本書の文章は詩的な美しさを湛えている(特に数字に関する記述)が、平明で解り易くもある。ダニエルがどれだけ、他人と違うということに苦しみ、他人に自分の想いを伝えることに腐心して来たかの表れのようだ。行間からは、伝えることの困難さと、それでも、伝えることを諦めない使命感がひしひしと伝わってくる。
難しさを伴わない人間関係はない。それでも、どんな人間関係でも愛さえあればきっとうまくいくと信じている。人を愛すれば、どんなことでも乗り越えていける。ダニエルは、そう述べている。
本書は、共感覚という特殊な症状について、当事者から解り易く伝えてもらえるだけでなく、人間関係の根幹についても考えさせられる。数学が好きな人、嫌いな人、人間関係に躓いている人、あらゆる人が読むべき良書だ。
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