青い花

読書感想とか日々思う事、飼っている柴犬と猫について。

柏葉紫陽花とアマリリス

2024-07-13 09:39:10 | 日記

今年の我が家の柏葉紫陽花とアマリリス。
開花したのは、柏葉紫陽花は六月半ば、アマリリスは五月の末から六月頭です。


アマリリスは最初に購入したオレンジの珠がもう16歳になりますね。長生きだし、この球から分球した子たちは基本的に丈夫です。
白と赤のミックスは去年購入したものです。
他にピンクの珠も育てていて、そこそこ分球してくれたのですが、去年モザイク病にかかって全滅しました。
オレンジと白赤ミックスは無事だったので、ピンクはウィルスに弱い体質だったのかもしれません。ピンクのアマリリス全般が虚弱ということではなく、我が家で育てた球が偶々そんな感じだったのかもということです。
















アマリリスは花が大きく茎が長いので、風が吹くとよく鉢が倒れます。
その時に花がいくつか取れてしまうので、目立つ傷がついていなければ水に挿して玄関に飾っています。


柏葉紫陽花は完全に開ききると房が垂れて暑苦しい見た目になるので、これくらいの状態がベストだと思います。
柏葉紫陽花は大変育てやすい植物です。
普通の紫陽花や額の花が剪定に失敗すると翌年に花がつかないのに対して、柏葉紫陽花はどんな剪定をしても多すぎるくらいの花房をつけるので、毎年かなりの強剪定をかけています。大きな葉っぱが暑苦しく茂って、庭に置いているほかの鉢から日光を奪いますしね。












柏葉紫陽花の開花時期には満天星や夏椿も開花しますが、今年は夏椿の花の撮影を忘れていました。満天星は撮ったような気がしますが、フォルダを確認してみないとわかりません。
今年はそんな感じで、花が咲いても撮らず仕舞いの植物がいくつかあって、私の心身の不調を思い知らされたりしています。
それでもいくつかは撮影している植物もあるので、次の機会にまとめてブログにあげたいと思います。
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高砂緑地と「えぼし」

2024-07-07 08:12:18 | 日記

前回のブログ「ミュシャ展」で、茅ヶ崎市美術館を訪れた時のお話をしました。
その時に美術館に入る前に高砂緑地を散策したので、今回その画像をまとめました。「ミュシャ展」の後に寄った「えぼし」という湘南浜料理のお店の画像も添えて。




高砂緑地は、JR茅ヶ崎駅から海に向かう小道の途中にある緑地公園です。
早春には紅梅白梅美しくが美しく、2月には「梅まつり」が行われています。
明治時代には俳優・川上音二郎・貞奴夫妻の別荘「萬松園」があり、住居跡といわれる井戸枠が松の木立の中に残っています。大正時代には実業家・原安三郎の別荘「松籟荘」がありました。昭和59年に茅ヶ崎市が一帯を購入して、日本庭園を構えた高砂緑地として開園しました。
現在、敷地内には、茅ヶ崎市美術館、茅ヶ崎市立図書館、茶室「松籟庵」があります。
10代の頃に茅ヶ崎に住んでいて、よく茅ケ崎市立図書館で本を借りたり試験勉強をしたりしましたが、緑地公園を散策した記憶は無いんですね。茅ヶ崎市美術館も行った事がなかったかもしれません。
その頃は、美術館と言えば大きな都市じゃないと魅力的な企画が無いような思い込みがあったかも知れませんし、実際メジャーな画家や彫刻家の企画展は、茅ヶ崎市美術館ではやっていなかったのかもしれません。
どのみち庭園にはさほど興味がなかったので、この辺りで用があるのは本当に図書館だけでした。
茅ヶ崎の隣の藤沢市に居を構えて久しいですが、その間も平塚市美術館には行っているのに、茅ヶ崎市美術館にはご縁がなく。「ミュシャ展」が開催されなければずっと行かずじまいだったかもしれません。
前置きが長くなりましたが、以下が、庭園内を歩いた時の画像です。




































































ここから先に茅ヶ崎市美術館があります。
このあと「ミュシャ展」を見ました。それについては前回のブログにまとめてあります。

美術館を出てから、南湖の活魚料理店「えぼし本店」に行きました。
私たちは車で行きましたが、公共交通機関だと、神奈中バス「団地中央」を降りてすぐの場所です。
こちらは、浜料理で有名な茅ヶ崎の老舗なのです。
何年も前から行きたいと思っていたお店でしたが、我が家からだと食事のためだけに行くのには縁の薄い地域だったので、この度茅ヶ崎市美術館に行った帰りに立ち寄ることにしたのでした。これも「ミュシャ展」のおかげでしょうか?


外から見るとこじんまりした店に見えますが、中に入るとかなり広く、かつ満席で大変な賑わいでした。
お酒の数が多いので、昼間からいい感じになっている客さんが多かったですね。お客さんの数が多かったので、店内の撮影は自分たちが頼んだお料理以外は遠慮しておきました。
私達はカウンターに通されましたが、お座敷席、テーブル席もありました。
豊富なのはお酒だけではありません。なんとメニューは常時200以上揃えているそうです。お刺身、お寿司、丼、焼き魚、煮魚、天ぷら、フライ、デザート、その他色々・・・。




茅ヶ崎や平塚漁港、築地から毎日新鮮な食材を仕入れているそうです。
チェーン店の海鮮と比べると若干お高めの値段ですが、味の良さは段違い、お値段以上のおいしさでした。新鮮さが違います。




鰺フライは食べ始めてから撮影していなかったことに気づいたので、小皿に撮ったこのひと切れしか画像がありません💦厚みがあって、身が柔らかく、火が通ったお魚でも新鮮さが舌に伝わりました。
これは、次回は煮魚も頼んでみなくては・・・。
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『ミュシャ展』茅ヶ崎市美術館

2024-06-28 08:23:20 | 日記
茅ヶ崎市美術館で開催中(6月18日(火)-8月25日(日))のミュシャ展に行ってきました。




美術館に入る前に高砂緑地を散策しましたが、その画像とお昼ご飯の画像は次のブログで。今回はミュシャ展についてのみ載せます。


本展ではポスター、装飾パネル、デザイン集、ポストカード、レストランのメニュー、切手、紙幣、証券、商品パッケージなど多様な分野の作品が、三つの展示室に分かれて200点以上展示されていました。
スラヴ民族と祖国チェコを愛し、画家人生をかけて祖国のために筆を執り続けた熱烈な愛国者ムハ(ミュシャ)に焦点をあてる企画展だったと思います。

時代背景などを抜きにして純粋に作品として美しいと思ったのは、サラ・ベルナールをモデルにした「ジスモンダ」や「椿姫」など大判ポスターです。ミュシャがサラ・ベルナールと出会って忽ち時代の寵児になったころの作品群ですね。
あとで作品集を買うのに、華やかな空気に浮かれて、たくさん写真を撮ってしまいました。繊細で華やかで、それでいて庶民的な気安さもある大衆芸術としてのミュシャが、日本で一般的に知られているミュシャの姿だと思います。






































ミュシャの絵は、女性の横顔を描いたものが特に好きです。
たなびく長い髪と繊細な装身具と合わせて夢のように美しい。












































“パリのミュシャ”から“チェコのムハ”へ。
パリで時代の寵児となったミュシャでしたが、彼の心には祖国チェコとスラヴ民族への愛が燃えていました。ミュシャの祖国愛は1900年のパリ万博でボスニア・ヘルツェゴヴィナの仕事に携わったことでますます強まりました。
1904年の初の渡米から、ミュシャはパリとアメリカを度々行き来し、《スラヴ叙事詩》制作の資金集めのために、個展、公演を精力的にこなし、ポスターや挿絵の制作も手掛けました。


右は「レスリー・カーター」
同じ女優をモデルにした作品でも、サラ・ベルナールをモデルにした一連の作品に比べると、画家の愛が薄いように感じてしまいます。サラ・ベルナールを思わせるポーズなだけに。

左は「セントルイス万博」
女性のうしろにインディアンの男性が描かれているのが目を引きます。


「ヒヤシンス姫」
チェコのサラ・ベルナールと評されたアンナ・セドラーチコヴァーがモデル。


「イヴァンチツェの地方祭」


右「第6回ソコル祭」

左「第8回ソコル祭」


右「モラヴィア教師合唱団ポスター」

左「森のフォノフィルム」


右「1918-1928独立10周年」

左「スラヴ叙事詩展」

スラヴ民族を描いた作品は、特に女性の眼差しの強さが印象的でした。


企画展の終りの方が、お菓子の缶や鏡、お皿にプリントされた作品などで終わったのにはちょっとホッとしたかもしれません。
ゲシュタポに拘束され、健康を損ない、79年の生涯を閉じたミュシャ。
“アールヌーボーの華”としてのミュシャしか知らなかった私には、愛国者ムハの民族と祖国への強い愛に受け止めきれない衝撃を感じたのでした。


お土産。
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父の日2024

2024-06-18 08:08:31 | 日記

今年の父の日はお家でお祝いしました。


海鮮ちらし寿司。


チョコレアチーズケーキ。
今回はミキサーを使わずに混ぜたのですが、クリームチーズがチョコ生地になかなか馴染んでくれず、少々チーズのダマが目立つ出来になってしまいました(^-^;
ちゃんと常温で柔らかくしたし、ザルで濾したんですけどね。でも、家族は美味しいと言ってくれました(#^^#)


ミートパイ。
マッシュポテト+ピザチーズ+ミートソース+ピザチーズのどすこい四層タイプです。


ブロッコリーと卵の粒マスタードサラダ。

写真は撮りませんでしたが、汁物はしじみの味噌汁、ドリンクはオレンジジュースです。


夫への父の日プレゼントは、私からはダブルリングのネックレス。
写真では見えませんが、小さな石が嵌め込んであります。


コメからは青い花柄のシャツです。
娘からのプレゼントに夫もホクホクでした。
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忍野八海プチ観光

2024-06-12 09:17:18 | 日記
先週末に、急遽思い立って山梨県の忍野八海に行ってきました。この日はコメが用事があって欠席、久しぶりに夫との二人旅になりました。


忍野八海とは、河口湖と山中湖の中間辺りにある、富士山の伏流水が湧く八つの湧水池の総称です。2013(平成25)年、富士山が世界遺産に登録された時に、その構成資産の1つして忍野八海すべてが認定を受けました。
1985(昭和60)年には日本名水百選に選ばれ、1934(昭和9)年には「形状。水質、水量、保全状況、景観、仏教思想(富士信仰)」などの観点から国の天然記念物としても登録されています。
上の画像は、一番霊場・出口池。
中世期、忍野の湧水池は富士修験者の水行の霊場だったのです。

忍野八海がある忍野村には、車で山中湖村方面から入りました。
最初の出口池は後で行くことにして、とりあえずスルー。そのまま奥の忍野八海浅間神社まで行きました。
神社の手前の駐車場に車を停めて、観光スタート。
忍野村には、あちこちに小さな駐車場があります。普通車は300円です(200円の所も一か所見つけました)。時間制ではないので、一日停めていても300円です。安い!
忍野八海浅間神社の裏手に無料の駐車場がありますが、あくまでも参拝者のためのものなので、忍野八海観光目的の人は有料駐車場を使うのが良いでしょう。一日300円ですし(#^^#)


忍野八海浅間神社は、大同2年(807年)の創建と伝えられています。
湖が涸れて忍野八海が出現した1186年頃に、現在地に社殿が再建されました。
忍野村全戸の総氏神で、「忍野浅間神社」や「忍草浅間神社」などと呼ばれています。
御祭神は、木花之咲耶姫命・天津日高日子番能邇邇藝尊・大山津見命の三神。
主なご利益は、「恋愛成就」「縁結び」「開運招福」「安産祈願」です。富士山の鬼門に位置することから、悪しきものを祓う八方除の鎮護として崇敬されています。




神門の両側には、四天王のうち増長天と持国天の像が安置されています。


龍の御手水。
そういえば、忍野八海の御祭神はすべて竜王ですね。法華経の教えに基づいて仏法を守護する八大竜王だそうです。


本殿。






本殿の前には、忍野八海の八つの湧池の角樽が置かれています。
左から、一番霊場・出口池、二番霊場・お釜池、三番霊場・底抜池、四番霊場・銚子池、
五番霊場・湧池、六番霊場・濁池、七番霊場・鏡池、八番霊場・菖蒲池。



山梨県には多くの浅間神社がありますが、忍野八海浅間神社には末社が九社もあるのが特徴です。
境内九社:八坂神社・久須志社・天狗社・西五社・大神宮社・八幡社・熊野三社・諏訪神社・坐摩社




































一度に九つのご利益が得られるとは、なかなかお得感の高いパワースポットですね。


神社をあとにして、一番近くの菖蒲池に向かいました。


のどかな風景が広がっています。
天気が良ければ、富士山がもっと綺麗だったと思います。




八番霊場・菖蒲池。
御祭神は、優鉢羅(うはつら)竜王。
池の名の通り、菖蒲が植えられています。菖蒲池の菖蒲を身体に巻くと病が治るという言い伝えがあります。








菖蒲池公園。

菖蒲池を去り、次の池へ。


七番霊場・鏡池。
御祭神は、摩耶斯(まなし)竜王。
画像ではわかりにくいですが、池面に逆さ富士が綺麗に映り込んでいました。この池の水は善悪を見分ける霊力があるといわれています。






五番霊場・湧池。
御祭神は、徳叉迦(とくしゃか)竜王。
珪藻土からなる水中洞窟からの湧水量は、忍野八海一です。1983年、宇宙で雪を作る実験にこの池の水が使われました。
涌池のあるあたりが、忍野八海の中心地です。










涌池そばの中池は個人所有の池で、周辺には土産物屋や飲食店が集まっており、観光客で驚くほど賑わっています。海外の方が多く、彼らは大型バスで移動しているようです。
ちなみに、中池は忍野八海の一つではありません。忍野村には他にも忍野八海以外の池がいくつか見られ、そのどれもが美しい水を湛えていました。
中池は掘削してつくられた人工の池ですが、水はれっきとした湧水です。
ただ、池まわりの配置が、あまりにも露骨に観光客を土産物屋に引き込むように出来ているので、そこは若干興ざめでした(^-^;
とか何とか言いながら、お土産を物色したり買い食いしたりは楽しんできましたよ。


草餅。


まる天。


飲む豆腐は、ねっとりとした舌触りでおなかに溜まりました。


富士の雪解け水。




六番霊場・濁池。
御祭神は、阿那婆達多(あなばだった)竜王。
涌池に隣接し、阿原川に注いでいます。名に反して澄んだ池水ですが、それにはこんな伝説があります。昔、見すぼらしい行者がこの池の持ち主に一杯の水を求めたが、持ち主はそれを断りました。するとたちまち池の水が濁ってしまったそうなのです。




二番霊場・お釜池。
御祭神は、跋難陀(ばつなんだ)竜王。
釜の中にお湯が沸騰するように水が沸くという形状からこの名がつけられました。


新名庄川沿いの遊歩道。


橋を渡ると銚子池に着きます。






四番霊場・銚子池。
御祭神は、和脩吉(わしゅきつ)竜王。
銚子の形に似ていることからこの名がつけられました。池底の砂地から砂を巻き上げて水が沸いているのが見えます。

後日気付いたのですが、私達、三番霊場・底抜池を見ていませんでした。
底抜池は資料館の敷地の奥にあるそうで、うっかり見逃していたんですね。忍野村には、忍野八海以外にも池がいくつもあったので、全部見た気になっていました。ちなみに底抜池の御祭神は“婆加羅(しゃがら)竜王です。

昼時が近くなってきたので、神社そばの駐車場に戻り、出口池に向かいました。
本当は忍野村のケーキとコーヒーのお店で昼食をとるつもりだったのですが、まだ開店前だったので。
出口池は、山中湖村から見ると忍野村に入ってすぐの所にあります。
他の七つの池からは一つだけ距離が離れています。他の池は土産物や飲食店で賑わうエリアにあって、いかにも観光地という感じでしたが、この出口池は付近に畑と森しかなく、観光客も少なかったです。そばに有料駐車場はあります。300円です。


一番霊場・出口池。
御祭神は、難陀(なんだ)竜王。








忍野八海の中で一番大きいだけあって、池畔に神社がありました。


出口稲荷大明神。
階段を少し上がった場所に鎮座しています。出口池を見下ろすような形です。

稲荷社のすぐ横に廃屋が建っていて、ちょっと不気味な感じでした。廃屋の横に塗装の禿げたポニーの乗り物が置いてあるのが何とも・・・。
オカルト的なものが写り込んだら嫌なので、この建物は撮影しませんでした。なんか、ほん怖とか、チープな和製ホラーの舞台になっていそうな感じでしたよ。




廃屋のそばに、湧水入口の立て札があったので、階段を降りて見に行きました。
画像が薄暗くて分かりにくいかもしれませんが、池底から水がコポコポ湧いているのが確認できて、そこそこ降りにくい岩の階段を降りて見に来て良かったと思いました。整備されていない天然の湧水で、神聖な感じがしました。

出口池を離れて、山中湖村に向かいました。
山中湖そばをドライブしながら向かったのは、「手打そば やまさと」というお蕎麦屋さん。




山中湖畔の古民家を改装したお店です。裏磐梯雄国蕎麦の石臼引き手打ち蕎麦を出してくれます。




湯葉の冷奴。


レンコンと鶏肉のはさみ揚げ。


山芋揚げ。


二八蕎麦。


食後のデザートとして、黒糖葛餅。

セットではなく、単品でいろいろ頼みました。
他のお客さんたちは殆どが天そばセットを頼んでいましたが、私達はおすすめの蓮根と鶏肉のはさみ揚げと山芋揚げが食べたかったのです。
お料理は勿論、韃靼蕎麦茶と蕎麦湯がとても美味しかったです。特に蕎麦湯はトロリしていて、私がこれまで飲んだことのある蕎麦湯とは一線を画していました。




忍野八海の土産物屋や、帰りに寄った道の駅須走で購入したお土産たち。
押すと頭から餡子がはみ出る奇妙なマスコットは、夫がコメが喜ぶはずと言って選んだものです。喜んでいました。
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