火曜日に鎌倉文学館に行ってきました。目的は、バラまつりと特別展の三島由紀夫「豊饒の海」のススメ展。
鎌倉文学館の本館と敷地は旧前田侯爵の別邸でした。
そして、「豊饒の海」シリーズの松枝侯爵家の別荘「終南別業」のモデルでもあるのです。鎌倉の海で本多は、清顕の左の脇腹に後に転生の証拠となる三つの黒子を見つけました。
今年は、三島由紀夫が「豊饒の海」シリーズの第一巻『春の雪』を刊行してから50年目にあたります。これを記念して、この特別展が企画・開催されたのでした。開催期間は、7月7日(日)までです。
この日は午後から雨という天気予報でしたが、予報より早く降り出したので、小雨の中での薔薇鑑賞になってしまいました。でも、バラまつりは6月9日までとのことですが、既に散り始めている花が目立っていたので、鎌倉文学館行きを日延べしなくて良かったです。
園内では、春と秋には200種245株の薔薇が鑑賞できます。
一番下の薔薇は「春の雪」という名前です。芝生を挟んで「終南別業」のモデルである文学館の真向かいに植えられていました。
薔薇鑑賞の後、文学館の中に入りました。
館内は撮影禁止ですが、特別展に展示されていた資料は、ミュージアムショップで売っている図録の中にだいたい収録されています。注目すべき点がコンパクトにまとめてあるので、これから「豊饒の海」シリーズを読む人へのガイドとしてお勧めです。うちの娘が中学生なのですが、中間試験が終わったら読んでもらおうと思います。
「豊饒の海」について、三島由紀夫自身は、『浜松中納言物語』を典拠とした夢と転生の物語と述べています。
『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』の四部に分かれているこのシリーズの中で、『春の雪』の主人公・松枝清顕は、『奔馬』の主人公・飯沼勲に生まれ変わり、飯沼勲は『暁の寺』の主人公・ジン・ジャンに生まれ変わります。その転生の軌跡を、清顕の親友・本多繁邦は清顕に託された夢日記を頼りに見つめ続けます。
そして、最終巻『天人五衰』の主人公・安永透は、如何なるテーマを与えられて登場したのでしょうか?
清顕、勲、ジン・ジャンとは明らかに異質で、はじめて本多の前に現われた“精巧な偽物”と疑われる彼は、三巻にわたって続いた夢と輪廻転生の美しい環を歪めました。そして、主人公たちの転生物語を見つめ続けた本多も老醜を晒し…。
「豊饒の海」は、恋愛の恍惚や若さの苛烈が生んだ悲劇を描いた『春の雪』と『奔馬』までは楽しく読めるのですが、本多に老いの兆しが見え始める『暁の寺』からは、空気が重くなり読んでいてとても辛くなります。
清顕、勲、ジン・ジャンの清らかな死と、本多、透の無様な生の対比があまりにも鮮烈で、初めて読んだ時に中学生だった私には到底受け止めきれる内容ではありませんでした。特に、本多が最後に目にした、頭に萎れた花を飾り、垢まみれの服を着て茫然と座る透の姿はあまりにも衝撃的で。
そんな訳でもう何十年も読み返していないシリーズでしたが、この特別展の情報を見て再読してみようという気になったのでした。
二十歳で死ぬ主人公たちの夭折(透は例外ですが)と、それに寄り添い続けた本多の長寿。物語の中で二種類の時間が動いています。
初めて「豊饒の海」を読んだ時には主人公たちより若かった私も、今は『暁の寺』の本多の歳に近づきました。年齢を重ねたことで、二つの魂の変遷の捉え方がどのように変わったか。恐怖心と好奇心が私の中で拮抗しています。