2006年5月19日金曜日。
ボクは、東京へ行き、日帰りした。
就職試験、入社試験、採用試験。どう呼んだところで相違ない、逆に、どう呼んでいいかわからない試験のために。
場所は東京都中央区……橋に本社を構える京セラ……株式会社本社だった。
4日前に担任のもとに企業から選考日時の連絡があり、ボクはその翌日に詳しい内容をきいた。
3日前のその時に至ってようやく、ボクは試験に向けて企業の情報をHPで調べ、志望動機や面接で聞かれるであろうあれこれについて考えた。
学校推薦まで出しておいてその実、あまり企業のことを知らなかったのだった。面接練習などしているはずもなかった。
ともかくその企業のHPをプリントアウトして読み込んだ。専門用語が多くてなんだかよく分からなかった。なんだかよく分からないままにとりあえず志望動機を考えた。
正直、どうでも良かった。入社さえできればよかった。だからテキトーにそれらしいことを述べておけばいいだろうと思っていた。
しかしいくらこのボクでも、それでは不安だった。とりあえず明日は専門用語の意味を検索して調べようと決意し、布団にもぐった。
しかしこのボクというやつは忘れっぽかった。ブログの更新やらメールやらですっかり遊び呆けてしまった。それが2日前のことだった。ただし飛行機のチケットはばっちり購入していた。
前日。もう後がなかった。今日こそは遊びつつも専門用語について調べなければ、と自分に言い聞かせた。
さすがに追い詰められたボクはやる気があった。しかしある単語の意味がなかなか検索できなくてほとほと困った。やっとのことで見つけたページをプリントアウトして、しかしボクはもうヘトヘトだった。
そして前日だというのにココロが沈みに沈んでいた。もう、落ち込んでいるというレベルではなく、奈落の底まで落ちてしまったような感じだった。おそらくプレッシャーに押し潰されたのだろう。原型をとどめないほどに変形、崩壊していた。なにもしていないのに息苦しく、精神崩壊していた。
しかしそれでも理性は残っていた。イチかバチか同い年のメス友達にメールして甘えてみた。メス友達は大いに心配してくれた。あぁ、自分はなぜ彼女を心配させているのだろう……このままではいけない、心配かけちゃダメじゃないか、しっかりしろ、自分。ボクはそう思うことで奇跡的に回復した。結構、単純なココロなのだった。
(このときお世話になった○○さん、まことにありがとうございました)
その人とは別に、東京の街を案内してくれるガイドさんと最終確認をして、その日のパソコン時間は終わりを告げた。
試験前夜。ボクは真面目に自分の作成した志望動機の文章や、いろいろな資料とにらめっこしていた。黙読で暗記しようとしていた。でもできなかった。緊張が記憶力を低下させていたのかもともと記憶力がないのかは判然としないが、おそらく両方だろう。相乗効果でもうまったく歯が立たなかった。計画性のなさが祟った。
その日はなかば諦めるようにしてベッドに寝転がった。どうにでもなれ、という気分だった。
当日。
午前6時、起床。2日前の朝食だった食パン2枚を前日の朝食だった牛乳で流し込み、歯磨きをし、髭を剃って、スーツを着た。ネクタイの結び方を奇跡的に覚えていて、自分で感心した。やればできる。
書類やら筆記用具やらを、一般的な手さげカバンではなく、肩かけのついたスーツとアンバランスすぎる黒カバンに詰め込んで、肩にかけた。ほかにカバンがなかったのでいたしかたなかった。
最後に擦れてボロボロになった革靴もどきのビニール靴を履いて、空港まで歩いた。空はくもっており、霧状の雨が舞っていた。傘は無かったので差さなかった。
6分ほどで空港に到着。途中、初心者にありがちな変なミスをしながらも無事、飛行機に乗れた。なんといっても自分ひとりで手続きして飛行機に乗るのは初めてだったので、自分エライ、と褒めてあげたくなった。褒めなかった。なんとなく。
7時40分。離陸。
そういえばボクは窓側の席で、すぐ近くに飛行機の主翼がよく見えた。いつものことだった。その位置が指定席であるかのように、ボクの席からはいつも必ず主翼がとても近くに見えるのだった。よって、離陸・着陸時の翼の動きもよく観察できるのだった。見慣れた光景だったが、おもしろいのでまた観察してしまった。こういうところは機械技術者に向いているのかもしれない。
雲がきれいだった。はてしなく綺麗だった。粉雪がしんしんと降り積もったような真っ白な銀世界が、空の下方を埋め尽くしていた。巧いCGよりもこっちのほうが凄いと思った。大自然の驚異だった。所詮人類なんてちっぽけな存在なのだと思った。その人類の約60億分の1でしかない自分はきっと原子よりも微小で道端にころがる犬の糞よりも価値のない存在なのだと思い知った。
8時50分。着陸。
減速のために開いた翼をやはり観察して、ボクは飛行機が止まるのを待った。なかなか止まらなかった。いや、一度止まってまた動き出したのだろう。高知龍馬空港とは違って羽田空港は意味不明に広かった。おかげで飛行機は少し移動しなければならなかった。飛行機を降りてもバスに載せられて到着ロビーまで送り届けられるのだった。軽くカルチャーショックだった。タダでバスに乗れた気がして気持ち良かった。
半年前に見学旅行で来たことがあったので、長い通路をためらいなく進むことができた。知らなかったらどこへ行けばよいか分からず途方に暮れて怯えて泣いていたに違いない。経験済みで本当に良かったと思う。
なんか出口っぽいところまで来て、さてどうしたもんか、と思案した。空港からは地下鉄で会社の最寄駅まで行かなければならない。
知人の方に道案内を頼んでいたのだが午前中は無理らしく、結局ボクは会社までたった一人で行かなければならないのだった。
さて、地下鉄である。
正直、ボクは地下鉄に乗ったことがなかった。
地下鉄なんてきっとモグラみたいに真っ暗な洞穴みたいなところを通るなんか黒い鉄道なんだろうと思っていた。真っ黒な車体のロケットを想像していた。地下はいやに暗いのだろうと想像していた。だから地下鉄なんて恐ろしい、と思っていた。
もちろん全然そんなことはなくて、ボクはちょっとガッカリした。普通の電車みたいだった。地下も普通に明るかった。夢も希望もなかった。
案内の看板がぶら下がっていたので迷わずに切符を買って地下鉄に乗り込むことができた。地元の電車でさえ1度しか乗車したことがないボクは、けれどもなぜか東京の電車に乗るのはこれで3度目だった。実にひきこもりらしい事実だった。ちなみにバスも、地元のものより京都や東京のもののほうが多く乗っている気がする。
電車の中は通勤ラッシュアワーを過ぎていたのであまり混んでいなかった。が、やはりいつもどおり人ごみに酔って冷や汗や脂汗を大量にかいた。自分が場違いなところにいる気がして大変申し訳なく思った。穴があったら入って入り口をふさいで欲しい気分だった。生き埋めでもいい。
そのようにして目的の駅にたどり着いた。普通は乗り換えを要するらしいのだがその便は直通だった。おかげで席に座ってうつむいて必死に視線恐怖から身を守っているだけでよかった。
駅構内の地図で会社に近い出口を確認し、そちらへと歩を進めた。地上に出ると、霧状の水しぶきが風に舞い、散ってきた。小粒の雨が降っていた。大したことはなかったので、ボクは近くのコンビニで傘を買うことなく、雨の中を歩いた。
途中、OLの人が手荷物を頭上にやって雨をしのいでいた。ボクも真似して自分のカバンで雨をしのいでみた。効果テキメンだった。
企業から送られてきた地図には駅から徒歩3分とあったので、すぐに会社が見つかった。
その時はまだ10時で、試験開始時刻まで3時間もあったので、とりあえず近くのコンビニに入って時間を潰すことにした。
(つづく)
ボクは、東京へ行き、日帰りした。
就職試験、入社試験、採用試験。どう呼んだところで相違ない、逆に、どう呼んでいいかわからない試験のために。
場所は東京都中央区……橋に本社を構える京セラ……株式会社本社だった。
4日前に担任のもとに企業から選考日時の連絡があり、ボクはその翌日に詳しい内容をきいた。
3日前のその時に至ってようやく、ボクは試験に向けて企業の情報をHPで調べ、志望動機や面接で聞かれるであろうあれこれについて考えた。
学校推薦まで出しておいてその実、あまり企業のことを知らなかったのだった。面接練習などしているはずもなかった。
ともかくその企業のHPをプリントアウトして読み込んだ。専門用語が多くてなんだかよく分からなかった。なんだかよく分からないままにとりあえず志望動機を考えた。
正直、どうでも良かった。入社さえできればよかった。だからテキトーにそれらしいことを述べておけばいいだろうと思っていた。
しかしいくらこのボクでも、それでは不安だった。とりあえず明日は専門用語の意味を検索して調べようと決意し、布団にもぐった。
しかしこのボクというやつは忘れっぽかった。ブログの更新やらメールやらですっかり遊び呆けてしまった。それが2日前のことだった。ただし飛行機のチケットはばっちり購入していた。
前日。もう後がなかった。今日こそは遊びつつも専門用語について調べなければ、と自分に言い聞かせた。
さすがに追い詰められたボクはやる気があった。しかしある単語の意味がなかなか検索できなくてほとほと困った。やっとのことで見つけたページをプリントアウトして、しかしボクはもうヘトヘトだった。
そして前日だというのにココロが沈みに沈んでいた。もう、落ち込んでいるというレベルではなく、奈落の底まで落ちてしまったような感じだった。おそらくプレッシャーに押し潰されたのだろう。原型をとどめないほどに変形、崩壊していた。なにもしていないのに息苦しく、精神崩壊していた。
しかしそれでも理性は残っていた。イチかバチか同い年のメス友達にメールして甘えてみた。メス友達は大いに心配してくれた。あぁ、自分はなぜ彼女を心配させているのだろう……このままではいけない、心配かけちゃダメじゃないか、しっかりしろ、自分。ボクはそう思うことで奇跡的に回復した。結構、単純なココロなのだった。
(このときお世話になった○○さん、まことにありがとうございました)
その人とは別に、東京の街を案内してくれるガイドさんと最終確認をして、その日のパソコン時間は終わりを告げた。
試験前夜。ボクは真面目に自分の作成した志望動機の文章や、いろいろな資料とにらめっこしていた。黙読で暗記しようとしていた。でもできなかった。緊張が記憶力を低下させていたのかもともと記憶力がないのかは判然としないが、おそらく両方だろう。相乗効果でもうまったく歯が立たなかった。計画性のなさが祟った。
その日はなかば諦めるようにしてベッドに寝転がった。どうにでもなれ、という気分だった。
当日。
午前6時、起床。2日前の朝食だった食パン2枚を前日の朝食だった牛乳で流し込み、歯磨きをし、髭を剃って、スーツを着た。ネクタイの結び方を奇跡的に覚えていて、自分で感心した。やればできる。
書類やら筆記用具やらを、一般的な手さげカバンではなく、肩かけのついたスーツとアンバランスすぎる黒カバンに詰め込んで、肩にかけた。ほかにカバンがなかったのでいたしかたなかった。
最後に擦れてボロボロになった革靴もどきのビニール靴を履いて、空港まで歩いた。空はくもっており、霧状の雨が舞っていた。傘は無かったので差さなかった。
6分ほどで空港に到着。途中、初心者にありがちな変なミスをしながらも無事、飛行機に乗れた。なんといっても自分ひとりで手続きして飛行機に乗るのは初めてだったので、自分エライ、と褒めてあげたくなった。褒めなかった。なんとなく。
7時40分。離陸。
そういえばボクは窓側の席で、すぐ近くに飛行機の主翼がよく見えた。いつものことだった。その位置が指定席であるかのように、ボクの席からはいつも必ず主翼がとても近くに見えるのだった。よって、離陸・着陸時の翼の動きもよく観察できるのだった。見慣れた光景だったが、おもしろいのでまた観察してしまった。こういうところは機械技術者に向いているのかもしれない。
雲がきれいだった。はてしなく綺麗だった。粉雪がしんしんと降り積もったような真っ白な銀世界が、空の下方を埋め尽くしていた。巧いCGよりもこっちのほうが凄いと思った。大自然の驚異だった。所詮人類なんてちっぽけな存在なのだと思った。その人類の約60億分の1でしかない自分はきっと原子よりも微小で道端にころがる犬の糞よりも価値のない存在なのだと思い知った。
8時50分。着陸。
減速のために開いた翼をやはり観察して、ボクは飛行機が止まるのを待った。なかなか止まらなかった。いや、一度止まってまた動き出したのだろう。高知龍馬空港とは違って羽田空港は意味不明に広かった。おかげで飛行機は少し移動しなければならなかった。飛行機を降りてもバスに載せられて到着ロビーまで送り届けられるのだった。軽くカルチャーショックだった。タダでバスに乗れた気がして気持ち良かった。
半年前に見学旅行で来たことがあったので、長い通路をためらいなく進むことができた。知らなかったらどこへ行けばよいか分からず途方に暮れて怯えて泣いていたに違いない。経験済みで本当に良かったと思う。
なんか出口っぽいところまで来て、さてどうしたもんか、と思案した。空港からは地下鉄で会社の最寄駅まで行かなければならない。
知人の方に道案内を頼んでいたのだが午前中は無理らしく、結局ボクは会社までたった一人で行かなければならないのだった。
さて、地下鉄である。
正直、ボクは地下鉄に乗ったことがなかった。
地下鉄なんてきっとモグラみたいに真っ暗な洞穴みたいなところを通るなんか黒い鉄道なんだろうと思っていた。真っ黒な車体のロケットを想像していた。地下はいやに暗いのだろうと想像していた。だから地下鉄なんて恐ろしい、と思っていた。
もちろん全然そんなことはなくて、ボクはちょっとガッカリした。普通の電車みたいだった。地下も普通に明るかった。夢も希望もなかった。
案内の看板がぶら下がっていたので迷わずに切符を買って地下鉄に乗り込むことができた。地元の電車でさえ1度しか乗車したことがないボクは、けれどもなぜか東京の電車に乗るのはこれで3度目だった。実にひきこもりらしい事実だった。ちなみにバスも、地元のものより京都や東京のもののほうが多く乗っている気がする。
電車の中は通勤ラッシュアワーを過ぎていたのであまり混んでいなかった。が、やはりいつもどおり人ごみに酔って冷や汗や脂汗を大量にかいた。自分が場違いなところにいる気がして大変申し訳なく思った。穴があったら入って入り口をふさいで欲しい気分だった。生き埋めでもいい。
そのようにして目的の駅にたどり着いた。普通は乗り換えを要するらしいのだがその便は直通だった。おかげで席に座ってうつむいて必死に視線恐怖から身を守っているだけでよかった。
駅構内の地図で会社に近い出口を確認し、そちらへと歩を進めた。地上に出ると、霧状の水しぶきが風に舞い、散ってきた。小粒の雨が降っていた。大したことはなかったので、ボクは近くのコンビニで傘を買うことなく、雨の中を歩いた。
途中、OLの人が手荷物を頭上にやって雨をしのいでいた。ボクも真似して自分のカバンで雨をしのいでみた。効果テキメンだった。
企業から送られてきた地図には駅から徒歩3分とあったので、すぐに会社が見つかった。
その時はまだ10時で、試験開始時刻まで3時間もあったので、とりあえず近くのコンビニに入って時間を潰すことにした。
(つづく)
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