唯記【勧誘／官有】

　ピーンポーン♪
　誰だろう、こんな雨の中訪ねて来るだなんて。
　そう思いながらドアを開けると、水滴だらけの眼鏡をかけたオッサンが立っていた。
　どうやら新聞の勧誘らしい。
「お金がありません」「無理です」
　きっぱり断っているのにしつこかった。
「学生さんですか」
「いえ、就職活動中です」
「だったら面接の時に、新聞の内容を話すといいですよ。今の世の中を知っておかないと厳しいですから」
「いや、無理です」
「じゃあ１ヶ月だけでも」
「いや……」
「月額３７００円ですから、１日たったの１２０円ですよ」
　しつこい。
　お金が無いと言っている。
　食費より高い物なんか購読できるか、この野郎。
　結局、オッサンは「おためし無料」の新聞を渡して、
「また来ますので」
　と言い残して去って行った。
　二度と来るな！
　あぁ……なんでだろう、ムシャクシャする。
　基本的にしつこいのは嫌いだ。
　そんでもって勧誘も大嫌いだ。
　さらに言えば人間が大嫌いだ。
　もっと言えばオッサンが嫌だ。
　一番嫌だったのは……
　１２０円を《たったの》なんて言いやがったことだ。
　てめぇ、１２０円がどれだけ価値ある物か、解っていないな、まるで解っていない。
　１２０円ってのは卵かけご飯を１２回も食べられるってことなんだよ。
　つまり３食欠かさず約４日生きられることに等しい。
　缶ジュース１本に１２０円使っちまう人間の気が知れないね。
　オレは人間じゃないんだ。
　人間の常識の範疇には居ないんだよ、悪いけど。
　非常識。
　常識からはずれた、常識から掛け離れた世界の住人なんだ。
　命の足しにならないモノに、価値は見出だせないね。
　知識の足しにはなるんだろうけれど……知識で命は救われないんだよ。
　医学の知識ならまだしも、常識程度に何が救えるって言うんだ。
　それに、世間話程度なら、ニュース見ればいいだけじゃないか。
　面接でだって、ニュースの知識で十分、事足りるだろう。
　興味があればインターネットで検索すればいい。
　今の世の中、新聞なんて、新聞以外の媒体に情報をねこそぎ奪われた、ただの寄せ集めに過ぎないんだよ。
　なんて。
　別に新聞を悪く言うつもりなんて更々無かったけどね。
　オッサンがしつこいせいで、つい毒吐いちゃったよ。