前回からの続きのお話にもなるのですが、2005年の冬のある日、オンタリオ州ロンドン市の日本語補習校の冬季運動会が、インガソル村のSuzuki Centerの体育館で行われました。 大勢の子どもと父兄の皆さまに交じり、当時一応School Principalだったロンドン野郎も”視察”に出かけました。
運動会の種目の中には父兄参加のもあって、ある方が『是非バレーボールに出ましょうよ』とお誘いしてくれたのです。
身長180cmながら、元々運動神経が無い上に、完全に運動不足で体がなまっていたロンドン野郎は多少は躊躇したものの、ついつい参加してしまいました。 バレーボールなんて、もう何十年もやったことがありません。 ま、とりあえずコートに入って、飛んできたボールをトスしようした”らしい”んですね。
その辺で記憶が無くなりました。
なんと、その瞬間に滑って仰向けにコートに倒れ、後頭部を強打し、意識を失ってしまったんです(ココからは、一部目撃者からの話です)。
こりゃ大変!ということになり、すぐに救急車を手配してくれたようです。 幸いにも当時の父兄の中に、日本の東大病院からロンドンのWestern Ontario大学病院へ研修留学でこられていた肝臓移植手術の権威のT先生がおられ、適切な指示をして頂いたようです。
体育館に救急車が到着し、意識を失っていたロンドン野郎の首に頸椎保護のコルセットのようなものをはめ、酸素マスクを付け、ストレッチャーに乗せようとしたところで、一瞬だけ意識が戻りました。 『ここは何処? 私は誰?』という状態の中で、どういう訳だか、一応自分のいる場所を認識して、『あぁ、日本から”出張”でカナダに来ているんだ』と、納得。 冗談みたいな話なんですけど、駐在して既に数年カナダで生活していることもすっかり忘れていたんですね。 でもそんなことを考えていた事は後でちゃんと覚えているんだから不思議です。
そこから、救急車に乗せられたところで、再び意識不明に。
気が付くと、この写真のインガソル村の総合病院Alexandra Hospitalの救急処置室で横たわっていたんです。 折角生まれて初めて救急車に乗せてもらったのに、その記憶が無いんですね。 残念!(アホか!)
この病院で何をやったかというと、Doctorだか看護士だかわからないお兄さんが、血圧を測っただけ。 日曜日だったので、Doctorがいなかったのかも知れません。
本人はだんだん意識が戻りながらも少々朦朧状態。 しばらくしてある程度元気になってきたところで、一枚の紙を渡され、『ご帰宅ください』。 その紙には、頭を打って意識を失った場合の注意事項が書いてありました。
『家に帰って、容体が急変して、もどしたりした場合には救急車を呼んでください。 2時間おきに本人の状態を確認してください』
もし硬膜下出血かなんか起こしていたら、時間差で命にかかわります。 この病院では、レントゲンも、CTも撮ってくれなかったんです。 病院まで付き添って頂いた父兄のT先生(カナダでは診療行為はできない)からは、『経験的には、そんなにひどい状態ではないので、大丈夫だと思う』という心強いお言葉を頂きながらも、『月曜になったら、先ずはホームドクターで診察を』とのアドバイス。
その後しばらく他の駐在員のお宅で休ませて貰いながらも、まあまあ状態も良くなってきたので、自分のアパートメントへ帰り、同じ建物に住んでいる方に、『朝、電話して万一出てこなかったら、様子を見に来て』とお願いし、部屋のカギを預けました。
翌朝の月曜日、まあ生きていました。
少々クラクラする頭でホームドクターを訪問。
『どうしました?』
『昨日後頭部を強打して、一時意識を無くして・・・』
『あ、それは脳震盪だね。 意識を失っていたのはどのくらいの時間?』
(英語で脳震盪ってConcussionって言うのを知りました)
『30分くらい・・・』
『えっ!? 病院ではCT撮った?』
『いえ・・・』
『それは大変! 吐き気とか無い? すぐに市内の総合病院でCT検査の予約するから、家で待っていて下さい』
(やっぱり大変だったんだ・・・)
で、その日は家のベッドで休んでいたんです。 でも、ホームドクターからは電話が無い・・・
翌日の火曜日。 こちらからホームドクターへ電話。
『あの、CTの予約の件は・・・?』
『君は運がいいよ。 さっき予約が取れた。 来週火曜日にVictoria Hospitalへ行きなさい』
『えっ!? (それって一週間後じゃん!)』
一週間後の夕方。 ロンドン市内の超巨大総合病院Victoria Hospitalへ行きました。 その頃には頭が痛いのもほぼ落ち着いて出勤もしていました。 で、CT検査の部屋へ。
女性の検査技師さんが、『そこに横になって、じっとしてて』。 後は勝手に機械が撮影してゆきます。
『はい、撮影完了、ご苦労様』
『え~と、で、検査の結果は?』
『写真はこんなのよ(見せてくれる)。 診断はこの写真をホームドクターに送るので、そちらで聞いて』
『えっ!? まだ時間がかかるの?』
その後、2日待っても、連絡が無いので、金曜日にこちらから再びホームドクターへ電話。 でも、ホームドクターといっても、別に脳外科の専門医でも何でもありません。
『CTの写真、届いた?』
『YES!』
『で、結果は』
『今のところ(So far)、異常は無いと思う』
この『今のところ(So far)、異常は無いと思う』というイマイチ頼りない診断が出るまでに、事故からなんと二週間近く経過! 本当に異常があったら、その頃にはきっと死んでいると思う。
こんな風に、他覚症状が無くて、緊急性が認められない時の医療って、オンタリオ州は本当に大変です。 公的健康保険で医療費は歯医者と薬代以外は基本的に無料なのですが、どんなにお金を積んでも、高度の専門的な医療はなかなか受ける事ができません。 勿論、カナダ自体は医療技術の大変進んだ国です。
以前、カナダ政府の方にこの点を質したところ、『確かに問題はあるが、誰でも平等に医療を受けられるようにするのがカナダの政策』という説明でした。 逆にアメリカはお金さえ掛ければ、どんな高度な医療でも、即座に受ける事ができますが、高い保険にも入れず、お金のない人は、まともな医療を受ける事ができないという別の大きな社会問題があります。
この点日本はなんだかんだ言いながらも両方の良いところを兼ね備えているような気もしますが、一方で病院の勤務医や看護士の皆さんは死ぬほどの長時間労働を余儀なくされているという矛盾もあります。
世の中、なかなか完璧なものはありません。