ロンドン野郎

カナダのオンタリオ州ロンドン市で4年半暮らしたロンドン野郎。 この度本家大英帝国ロンドン市(近郊)へ参上。

ビクトリア公園

2006-05-31 10:51:54 | ロンドン街歩き①

Dscf0041_3 オンタリオ州ロンドンのダウンタウンの中心にビクトリア公園があります。 名前は勿論ビクトリア女王にちなんだのですが、本家英国のロンドンにも同じ名前の公園がありますし、トロントの中心にもあります。 大英帝国の旧植民地の都市にはどこにもビクトリア公園があるのかも知れません。

400M×150M程の長方形の小さな公園ですが、夏の気Dscf0035候の良い時期には毎週末に色々な催しがこの公園で行われ、大勢のロンドン市民で賑わいます。 特に人が集まるのが、毎年恒例のRIB FESTA。 要は豚のスペアリブの有名店の屋台がズラリとならび、それぞれ自慢のタレで焼き上げる縁日みたいなものです。 その他にも子供祭りや夏祭りのようなももありま Dscf0009した。

こういった催しが無い普段はとても静かな公園で、リスがチョロチョロ走り回っていたり、近所の人達が散歩をしていたり、ダウンタウンの憩いの場です。 公園の中には、色々な戦役の記念碑や像が立っています。 一角には第二次大戦中のM4シャーマン戦車がひっそり展示してあったりします。

冬になると、一面雪に覆われDscf0219る事も多いのですが、クリスマス前にはツリーやクリスマスにちなんだ装飾で彩られ、夜になると市民が家族連れで見物に集まるのも風物詩です。 また、公園内のコンサート・ステージの前の広場は無料の天然スケートリンクになります。 たまたま冬場の夜中の2時頃この公園を通りかかったところ(何やってたんだ?)、暗闇の中このスケートリンクでアイスホッケーのゲームが行われていました。 後で聞いたところ、天然スケートリンクが9時で消灯した後、闇のアイスホッケーリーグが始まるそうです(Winter_richmond_st_012勿論無許可、黙認?)。 アイスホッケーはカナダの国技と言われています。 先日の冬季オリンピックでは、カナダの男子のチームはちょっと振るわなかったですが、女子チームは無敵の勢いで強豪を次々打ち破り、金メダルを獲得しました。 競技人口の層もよっぽど厚いのでしょう。

ビクトリア公園の色々な催し物はこれからまだどんどん紹介して行きます。


ロンドン国際空港

2006-05-29 12:53:42 | ロンドン街歩き①

Kadono_lndn_airport_086_1オンタリオ州ロンドン市の西端に「ロンドン国際空港」があります。 規模は本家のヒースローやガトウィックに比べるまでもありませんが、国際空港としての一応のイミグレーションや税関の機能があって、しかも24時間営業です。 空港ビルも3年ほど前にリニューアルされて立派なものです。 もっとも、「国際」というのは、一日数便のアメリカのデトロイト便とチャーターくらいで、殆どがトロント、モントリオール、オタワ便といったカナダ国内のプロペラ機のローカル路線です。

元々カナダ空軍の基地だった事もあり、ローカル空港としては長い滑走路(何Airport_146_1と小牧の旧名古屋空港とほぼ同じ2700メートル!)があり、ジャンボも着陸できます。 実際ジャンボどころか世界最大の巨大輸送機アントノフ124がディーゼル機関車を積み込んでいる写真が空港のロビーに展示してありました。 2005年8月2日にトロント国際空港でエールフランスのエアバスA340が着陸に失敗して炎上(乗客約300名は無事脱出し、死者ゼロの奇跡と言われた)の際には閉鎖になったトロントの代替空港になり、信じられない数の大型ジェット機が着陸しているのを目にしました。 2001年の9.11の事件の時も大変だったそうです。

この空港では毎年6月に航空ショーが開かれ、世界的にも有名だったのですが、資金難の為に今年は中止になってしまいました。 ロンドン航空ショーの話はまた後日書きたいと思います。


インスリンの生まれた場所

2006-05-26 10:36:36 | うんちく・小ネタ

インスリンDscf0053。 別に人の名前ではないのですが、市内  のAdelaide St.とQueens Av.の交差するところにBirth Place of Insulin(インスリンの生まれた場所)と書かれた建物があります。 実はここは人の血糖値をコントロールする体内物質インスリンが発見されたという記念館なのです。 ロンドンの町医者だったバンティングが世界で初めてこれを発見しました。

Ⅰ型と呼ばれる若年層に多いインスリンの分泌量が極Dscf0041_1端に減るタイプの重症な糖尿病は、当時は全く治療法が無く、やがて死ぬしかない大変な難病だったのですが、インスリンの発見によって今では全く健康に生活することもできるようになっています。 巨人に昔いたガリクソン投手もそうでしたね。 インスリンの発見は医学を画期的に進歩させた歴史的なDscf0043_1大発見の一つと言われています。

バンティングの研究は、最終的にトロント大学との共同研究になったのですが、その後1923年にノーベル賞を受賞した際に、トロント大学の教授とインスリン発見の本家争いが起こるという顛末もありました。 然し、今ではこの町、そしてカナダが生んだ医学会、自然科学会の偉人の一人として称えられています。 英国のエリザベス皇太后(2002年に亡くなったエリザベス女王の母上)も1959年にここに行啓されたみたいですね。

この場所についてもっと詳しくは続編⇒インスリンの生まれた場所(その2)


オンタリオ州ロンドンって?

2006-05-25 10:40:47 | うんちく・小ネタ

大英Dscf0046_1帝国の首都でもなく、日本で昔巷で流行った(ホントか?)キャバレーチェーンでもなく、カナダ・オンタリオ州の南部。 カナダ最大の都市トロントとアメリカの自動車産業の町デトロイトのほぼ中間に位置する人口35万人の学園都市です。 何でロンドンなんて名前がついたのでしょうか。 ものの本によると18世紀の終わり頃に英領アッパーカナダの将来の首都にするつもりでそんな名前になったそうです。 実際にはカナダの首都になったのは残念ながらここではなくオタワですが、この街にはテムズ川が流れ、ハイドバーク、ビクトリアパークがあり、コベントガーデンがあり、ほんの僅かだけ「それっぽい」名残があっDscf0226たりします。

学園都市というのは、学生数3万人を越えるカナダ有数の総合大学 University of Western Ontario、同じく約8千人のFanshaw Collageといった大規模な大学があり、その他のいくつもの小規模の学校もありますので単純計算でも人口の1 割以上が学生という事がいえます。 週末の夜はダウンタウンのクラブやバー、レストランが若い人で大変な賑わいになり、何か東京の御茶ノ水や高田馬場といった学生街的な風情もあったりします。Dscf0067

治安環境も比較的良好で、私が住んでいるダウンタウンのアパートには結構お年寄りが引退後の余生を送っており、夫婦で夜中に街を散歩しているのも見かけることがあります。 若い女性がその辺を夜一人で歩いているのも、違和感がありません。 それでもたまには殺人事件程度は発生しますが、日本も最近は治安が悪化している事を考えると、比べてどうでしょうか。

周辺は大農業地帯であると同時に、市内にはディーゼル機関車を作っているElectro-Motive Diesels社、小型飛行機のDiamond Aircraft社、カナダの3Mの本部、コーンフレークスのケロッグ・カナダの工場等があり、工業の町でもあります。 ダウンタウンにはDscf0124カナダ最大の信託銀行Canada Trustの本店、生命保険会社のLondon Lifeの本社があり、金融産業も大規模です。それに有名なのはカナダの二大ビール会社の一つLabattはロンドンが発祥の地で、今でも工場がダウンタウンに近いところで稼動している上に、市内には創業者の名前にちなんだJohn Labatt Centerというアイスホッケー場やLabatt Parkという野球場があります。 Labattはこういった文化事業の大スポンサーでもあるようです。

Lndn_045_1街の南を走る高速道路401号線はデトロイトを結ぶ自動車産業メインストリートとなっており、西に約30キロのインガーソルにはGMと日本のスズキの合弁の自動車組立工場CAMI Automotive Inc.、南のセント・トーマスにはフォードの工場があり、ロンドン市内にもこういった自動車工場に部品を供給する会社がいくつもあります。 やはり全体として産業基盤、教育基盤もしっかりした経済力のある豊かな町です。

ブログでは、この街で発見した面白い事を、多少順不同になりますが、これからどんどん紹介して行きたいと思います。