legno-Diario-自閉症児は不思議生命体-

~自閉症のすーさん(小学1年生)といい婆さんのなんでもかんでも~

見え方・見方・捉え方

2006-05-03 16:41:21 | すーさん


すーさんは色々な感覚過敏を持っているので

「物の見え方」が普通の人とは違うのではないかとずっと思っておった。

でも、

「どんなふうに見えておるか?」 とすーさんに尋ねた所で

「・・・・・・・・・・・・・・・・」(返答なし) ってことになる。

で、最近、携帯電話のカメラ機能を愛用するようになったすーさん。

すーさんが撮影した画像を確認していたら面白いことに気がついた。

どれも一連の撮影だったので

すーさんの

1:「物の見え方」

2:「物の見方」

3:「物の捉えかた」


の順番みたいなものがわかるような気がした。




まずは
「人物編」

ある夜、婆さんが携帯でメールを書いていた時であった。

すーさんは婆さんの携帯を欲しがるので別の携帯を貸した。

「おとうさん 写真撮るよ」

いきなりそばにいた爺さんを
フレームいっぱい撮った。
「目」だけとか「鼻」だけ撮影
することはない。
その後、
「ほれっ、婆さんを撮ってくれ」
と言うと
婆さんをフレームの真ん中に
置いて撮影した。






お次は、「四角編(縦横の応用)」


TVを撮影したが、
四角いTVを
四角いカメラのフレームに
なんとか入れようとしているのだが
すーさんの脳の中で
2つの四角の縦横が
混乱しているのがよくわかる。
携帯(カメラ)を持つ手元を全く変えずにTV本体に近づく。
近づけばもっとよく見れる(もっと広範囲で撮影できる)と
錯覚していることが伺える。
もっと近づいてみると
「これがTVである」ことさえわからなくなる。
パニックを起こさないのが不思議なくらい。
そこでやっと
持っている携帯(カメラ)を動かすこと、カメラを持っている自分自身が後ろに下がることによって自分が見えているのと同じ
「横長のTV」
を撮影できることに気づく。
これによってカメラのモニターフレームとTVの四角の縦と横の
「長さの比率の違い」
にもすぐには
適応できないことがわかる。






第3弾は「撮りたいものを撮る編」(動くものは嫌いだ)

これは婆さんが隣で何かの書類を書き込んでいる指のアップ。
しかし、指も手も手元の紙も
動くので2枚目を撮影しようとはしなかった。
続いて、同じテーブルの上にあった広告を撮影。
(広告は動かないわな)
構図はキマッているのにすーさんはお気に召さない。
角が揃ってないのが気になるのであろう。
左上と左下をフレームいっぱいに合わせシャッターを切った。
やはり綺麗に並べたい、綺麗に合わせないといられないと言う彼女の気持ちの表れであろう。




物を見る時、物が見える時、すーさんはやはり
一度にたくさんの情報を処理する

のは苦手なようじゃ。

苦手というか・・・
できない

ただ、写真撮影ではできないことに腹を立てずに

自分のペースで自分の中で納得できる

構図(フレームイン)ができるまでやってみることはできた。

(それはフレームという限られた視界だからなのかもしれないが。)

自閉症児はシングルフォーカスであると聞いて

バックが黒一色の中に塗り絵をする素材を浮き上がらせる

というお絵描きもどきをした時に

すーさんがスムーズにできたことからでも、

「囲い」

「フレーム」

「仕切り」
  みたいなもので見るべき物を限定してあげると

脳の中で情報を整理し易いことがわかった。





散歩中とかに普通にすーさんを呼んだって・・・反応ないけど
「足のトンネルの囲い・フレーム?」
 と申しましょうか、それをつけると
猫にマタタビ状態で興奮して擦り寄ってくる。






最初はこんな反応から

「すーさんは物が上下逆さまに見えるのか?!」


って思ったことあったけど、顔写真のように一応横向きだろうが正面だろうが

顔の上下は一応正しい見方ができるようじゃ。


だから、今回、写真を並べてわかったことは

1コマ、1コマの動きに分解して見せることが、

非常に面倒ではあるが、

今のすーさんは理解を得やすいのではないかと思ったわけです。


【追伸】

プロの写真家が仕事である撮影を終え、

ホテルの自室でバカチョンカメラ(今は死語じゃな)や

デジタルカメラで撮った商用写真ではないものに

婆さんはよく心を奪われた。

すーさんが撮影する写真の中に同じ何かを感じることがある。


【追伸2】

すーさんが発する単語の中に

思わず

「え”?」と言ってしまいそうになる言葉がある。

言い間違いともそうでないとも今は確認できないが、

すーさんの見え方にはかなり特徴的なものが

潜んでいる可能性が高いのではないか?

と、普通の生活の中で探りを入れているのである。

(なーんちゃってさっ・・・)