「あの中では『すーさん』は重い方だね。」
前回の記事のバスハイクから帰宅した爺さんがポツリと言った。
婆さん: そうじゃな。・・・・・だけどもよ、爺さんや・・・。
その先の言葉は・・・爺さんも婆さんも同じだった。
前回の記事では書けなかったことをお話したい。
千葉県立現代産業科学館から千葉県西部防災センターへ向かうバスの中でのことじゃった。
すーさんは窓際、その隣に婆さん、通路を挟んで爺さんが座った。
後ろの列には、千葉県立現代産業科学館では何も問題がないとわしらには見えた
小学校2年生だという元気なピョン君と年長さんだというピョン君の弟君とお母さんが座っていた。
いずれも婆さん一家とは初対面の間柄である。
ピョン君に障害があるのか?ピョン君の弟君に障害があるのか? それもわからない。
道中、皆が退屈しないようにと親の会のお母さんが手作りビンゴゲームを用意してくれていた。
内容は簡単である。
25個のマス目だけが書かれた紙が配られ、その中に鉛筆で
1から25の数字を書く ただし、 同じ数の数字を書き入れないように
それだけのことであった。
ピョン君は一言「簡単だよ」 そう言って数字を書き進めた。
(後方のことなので婆さんには見えないが)
「もう~やめた~! ヤダ!!」
どうやら、ピョン君・・
同じ数字を書いてしまった・・・らしい。
ピョン君は並べる。
「つまんない」
「おもしろくない」
「だから、いやなんだよ」
「もう、やめる」
「絶対、やらない」
でも、ピョン君のお母さんは言う。
ピョン君母: やり直せばいいじゃない
「やだ、もう、やらない」
ピョン君母: すいませ~~~ん、間違えちゃったのでもう一枚紙を下さい。
ピョン君の母の手に新しい25個のマス目がある紙が届く。
ピョン君の母は、ピョン君が間違えて同じ数字を書いた紙を握り潰す。
ピョン君母: ほらっ、これにまた書けばいいのよ。それだけでいいのよ。
それだけ・・・・・・・。
それだけ・・・が・・・・・ピョン君にはできないのである。
このことができなかった時点でピョン君の「これから」が完全シャットアウトされているのである。
ビンゴゲームを進行して下さるお母さんもピョン君のパニックの行方を見守っている。
ピョン君母は、続ける。
「間違ってもやり直せば済むことなのよ」
ピョン君母の説得を婆さんは頭を下げながら神妙に聞いていた。
説得は続く・・・続く・・・・
ピョン君の拒絶も続く・・・続く・・・・
「僕は もう しない、やらないって言ったらやらない」
すーさんには「この紙に25までの数字を書く」と言う指示さえ理解できないはずだ。
だから、1から25までの数字は婆さんが書いた。
でも、すーさんはその紙の中で「9に○をして」と言えばできる。
ゲームをしているという実感はないままに・・・・でも。
ビンゴゲームが終了し、1から25までの数字が書かれた紙は缶の中に回収された。
その中にピョン君母がクシャと握り潰した紙が入れられた。
ピョン君は「もう~~やめた!」と言った時から脱却できずに目的地に到着してしまった。
婆さんは期待した。
バスを降り、千葉県西部防災センターへ入ることでピョン君に何かが変わることを。
きっと・・・変えられるはずだ。
でも、やっぱり問屋はそう簡単に卸してくれなかった。
千葉県西部防災センターの廊下を歩きながら
「ゲームなんて全部つまらないィィィィイィ」
そう言って、ピョン君は自分の頭をきつく握った拳で殴る。
何度も・・・何度も・・・・
「うわっ」 (婆さんは思わず声を漏らした)
ピョン君母は「やめなさい」と言いながらピョン君の握り拳を掴む。
ピョン君は右手をお母さんから振りほどき、
千葉県西部防災センターの白い壁に躊躇せずに頭を打ち付けた。
「イテっ」 (婆さんはきっとそう漏らしていたに違いない)
これが・・・・自傷 か
婆さんは初めて見たのだ、自傷を・・・・。
コンクリートの壁に頭を打ちつけ「ゴツン」と鈍い音をさせても本人には痛いという感覚が全くないことを・・・知った。
もう、やめておくれ。ピョン君の願いは全部聞くからやめておくれ。
控え室に到着して、そこそこ綺麗な案内嬢の話が始まってもピョン君は合いの手のように言う。
「どうせ、つまんないでしょ?」
案内嬢はその絶妙な合いの手に1秒困惑したが、話を続けた。
ピョン君の震度7の地震体験をわしは固まっているすーさんを膝に乗せて見ていた。
ピョン君は震度7の揺れに我を取り戻したように見えた。
体験部屋から出てきたピョン君は「あんましおもしろくなかったよ」と言いながら笑っていた。
ピョン君のそんな投げやりな言葉に安堵する婆さんであった。
問題は帰りのバスであった。
手遊びを取り入れた「ジャンケンゲーム」が始まった。
ビギナー婆さんでもジャンケンという勝ち負けがはっきりするものに対してのピョン君の反応が気になった。
しかし、ピョン君は始めから
「僕はやらないよ、ジャンケンなんておもしろくない」
と・・・不参加であった。
ジャンケン大会が進み、
「次のジャンケンで勝った人には賞品をあげるからねぇ」 の時、
それまで「おもしろくないゲームなんかやらない」と何度も宣言していたピョン君が
いきなり参戦。
相手は
ピョン君は
ピョン君は「勝ち」である。
でも、それは「勝ちであって勝ちでない」。
「どうして僕は勝ったのに賞品がもらえないの」
「僕は間違ってない!!」
「だから、やりたくないんだよ、ゲームなんて」
ピョン君は爺さんと婆さんの間にセットしようとしていた補助椅子を蹴り上げる。
婆さんが補助椅子を元の場所に納めるとバスの前方にダッシュ!
懸命に自分が賞品をもらえないと言われたことと戦っている。
ピョン君母もそんなピョン君と向き合おうと必死だ。
ピョン君のことを何も知らない人は、
「癇癪持ちのわがまま坊や」 と 思うだけであろう。
ゲームを進行してくれたお母さんがピョン君の席にやってくる。
「わかった、おめでとう、プレゼントあげよう」
今度はピョン君母が初めて強い口調でピョン君に言う。
「途中から参加した人はプレゼントはもらえないの」
「だって、僕、勝ったんだよ。どうしてもらえないの?」
「最初から参加した人がもらえるの、だからあなたはダメ」
わぁ~~~~~~
ピョン君は初めて涙を見せた。
ゲーム進行のお母さんはピョン君が勝ったことを認めプレゼントを渡そうとしてもピョン君母は断り続けた。
「あなたにはもらう資格はない!」 と・・・・
婆さんの膝の上で抱っこされているすーさんが正面にいるピョン君を見てわしに言う。
すーさん; 「だいじょうぶ?? 泣いちゃったねぇ」
婆さん: お兄ちゃんに言ってあげれば?
すーさん: 泣かない 泣かないよ だいじょうぶだよ
すーさんの声はピョン君には届かなかった。
ピョン君は大きな音にも初めての場所にも順応できるし、楽しめる。
知的障害もないとどこでも判定されるであろう。
障害のない子供に見えるはずだ。
でも・・・・・ピョン君は障害があるのだ。
障害があるから・・・苦しんでいるんのじゃ。
理解できる分、ツライのである。
【追伸】
知的障害のない高機能自閉症・アスペルガー症候群・LD・・・・。
彼らも苦しいのである。
彼らの親御さんもツライのである。
障害に程度はやはり関係ない。
わしらは、その苦しみやツラさにどう関われるのか?
どう向き合えるのか?
改めて、支援の形を考えるようになった。