ちょうど一週間前のことじゃった。
6月11日 日曜日
木村順先生の感覚統合の個別訓練を受けた。
場所は、2週間に一度、すーさんが療育に訪れる発達センター内の遊戯室。
建物は同じであるが、いつもK先生の療育を受けるのは2階だし、
部屋全体の雰囲気はまるで・・・違う。
でも、ちょうど9ヶ月前、木村先生の訓練の見学をさせてもらったのも同じ遊戯室。
すーさんはどんな反応をするのであろうか?
雨具や靴を部屋の前に置くのにモタモタしていた婆さんを置き去りにして
爺さんとすーさんはスタコラ・サッサ と部屋の奥へ進んで行った。
-------------------------------------------------------

木村 順 先生
(OT=作業療法士)

ポヨヨン 先生
(アシスタントのかわいい先生)
-------------------------------------------------------
まず、木村先生の第一声。
木村先生:あらまぁーー、すーさん、随分と雰囲気変わったねぇ~!!
最近よくそう言われるんですけど・・・。
どんな所が・・でしょうか?
木村先生:顔が優しくなったよ。これも触覚防衛が軽減されたからなんだろうね。
いや、ホントに最近そう言われるのである。
2週間に一度会っている発達センターの先生方にも・・言われる。
他の人達にも「雰囲気が変わった」「女の子らしくなった」「お姉さんになった」など
言葉は様々だが、すーさんの顔の変化はどうやら著しいらしい。
木村先生:ところで、前回から変わったことなんかを聞かせてもらおうかな?
そんな感じで進んでいく・・・はず・・・・・・・・だった。
木村先生:たとえば、誰かが泣きまねなんかして、
「ウェーーン」とかさ・・・


先生ぇーーー、それヤバッい・・・です

木村先生:うん??

そ・そ・それが・・・・すーさん、だ・大丈夫だよ(相当オロオロ状態)
木村先生:もしかして・・・つられちゃう??


はい、とっても・・・つられちゃいますもんで。
来る
来ます
来るとき
来ました!

激しく長いイントロ。
もう、こうなるとしばらく・・・・・ダメだ。
と、・・・思いつつも

すーさん、大丈夫だよ。ほらっ!!
すーさんをがっつり・・思いっきり・・・ホールドする婆さん。
木村先生:婆さん、いいから最後まで泣かせてあげて!!
はい!!
(でも、もったいないよなぁ~)
木村先生:婆さん、すーさんの好きにさせてあげていいよ!!
はい!!
(でも、奴はいつ泣き止むかわかんないっすよ。すいませんなぁ)
しばらくすると、ドーナツ型のクッション遊具の中に入り
又、
号泣する・・・・タコ
しつこい・・・てば・・・・・よぉー!!
木村順先生は、すーさんに拒否されたとこの時点から
絶妙な距離感
をご披露下さった。
木村順先生が近づくことを許さないすーさんを確認した先生は
爺婆に遠くからすーさんへのアプローチの仕方を口頭で指導して下さる方法に
切り替えた。

木村先生はすーさんの視界には入らない。

しかし、時に背後に出現する。

木村先生から離れるために
すーさんは 『がんばっちゃう』 わけさ。
その『がんばっちゃう』には
爺婆以外の助けも利用することを受け入れる。
そう、ここで
ポヨヨン先生登場!!
ポヨヨン先生は
すーさんにとって「味方」となる。
そのことも木村先生の計算された指導である。

すーさんがこんな目をしたのは久しぶりだ。
爺婆の記憶では「この目」は既に忘却の彼方に消えていた。
最初、婆さんは「この目」を怒りの目と思っていた。
でも、木村先生は違う。
「この目」をライバル視と教えてくれた。
確かにそうだ・・・。
言葉は悪いが
「こいつには負けられねぇ」 的な要素でできているようだった。
すーさんお得意の「逃げる」ために使用する目ではなく、
「こいつと戦う」 意思が存在していた。
木村先生:婆さん、「この目」・・ブログに書いちゃってよ(笑)
木村先生は大きく笑っておった。
木村先生から思わぬ承諾を得た爺婆も笑う。
ポヨヨン先生は「味方」で、
木村順先生は「ライバル」なのだ。
その証拠に
スポンジを用いた触覚防衛を軽減する訓練では、
上半身裸になっても、
嫌な部位にスポンジを圧覚されても、
婆さんが手を出さなくても、
長い時間であっても、
ポヨヨン先生の手を振り払おうとはしなかった、
からだ。
最後まで遊戯室から出なかった・・・・からだ。
すーさんと絶妙な距離感を保ったまま木村先生とお別れする時が来た。
婆さんはすーさんに、あえて木村先生にご挨拶を命じた。
ジュン先生、さようなら、バイバーーイ
そう言って遊戯室の出口に身体を向けたすーさんをトッ捕まえて
まだだよ。
「誰?」
ポヨヨン先生を指してすーさんに短く言った。
ポヨヨンせんせーーい、さようなら、バイバーーーイ
木村先生:ほらねぇ、すーさんって賢い子なんだよ
木村先生はポヨヨン先生に向かってそうおっしゃった。
わしもそう思う。
だって、ポヨヨン先生の名前は最初に1度紹介されただけで
訓練中は確認させたり、呼ばせたりしてなかったからだ。
すーさんは、ちゃんと聞いていて、覚えて、
そして、
挨拶ができた(出力)ことに、
婆さんは「コミュニケーション」の原点を見た気がした。
6月11日 日曜日
木村順先生の感覚統合の個別訓練を受けた。
場所は、2週間に一度、すーさんが療育に訪れる発達センター内の遊戯室。
建物は同じであるが、いつもK先生の療育を受けるのは2階だし、
部屋全体の雰囲気はまるで・・・違う。
でも、ちょうど9ヶ月前、木村先生の訓練の見学をさせてもらったのも同じ遊戯室。
すーさんはどんな反応をするのであろうか?
雨具や靴を部屋の前に置くのにモタモタしていた婆さんを置き去りにして
爺さんとすーさんはスタコラ・サッサ と部屋の奥へ進んで行った。
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木村 順 先生
(OT=作業療法士)

ポヨヨン 先生
(アシスタントのかわいい先生)
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まず、木村先生の第一声。
木村先生:あらまぁーー、すーさん、随分と雰囲気変わったねぇ~!!


木村先生:顔が優しくなったよ。これも触覚防衛が軽減されたからなんだろうね。
いや、ホントに最近そう言われるのである。
2週間に一度会っている発達センターの先生方にも・・言われる。
他の人達にも「雰囲気が変わった」「女の子らしくなった」「お姉さんになった」など
言葉は様々だが、すーさんの顔の変化はどうやら著しいらしい。
木村先生:ところで、前回から変わったことなんかを聞かせてもらおうかな?
そんな感じで進んでいく・・・はず・・・・・・・・だった。
木村先生:たとえば、誰かが泣きまねなんかして、
「ウェーーン」とかさ・・・




木村先生:うん??


木村先生:もしかして・・・つられちゃう??



来る
来ます
来るとき
来ました!

激しく長いイントロ。
もう、こうなるとしばらく・・・・・ダメだ。
と、・・・思いつつも


すーさんをがっつり・・思いっきり・・・ホールドする婆さん。
木村先生:婆さん、いいから最後まで泣かせてあげて!!

(でも、もったいないよなぁ~)
木村先生:婆さん、すーさんの好きにさせてあげていいよ!!

(でも、奴はいつ泣き止むかわかんないっすよ。すいませんなぁ)
しばらくすると、ドーナツ型のクッション遊具の中に入り
又、
号泣する・・・・タコ
しつこい・・・てば・・・・・よぉー!!
木村順先生は、すーさんに拒否されたとこの時点から
絶妙な距離感
をご披露下さった。
木村順先生が近づくことを許さないすーさんを確認した先生は
爺婆に遠くからすーさんへのアプローチの仕方を口頭で指導して下さる方法に
切り替えた。

木村先生はすーさんの視界には入らない。

しかし、時に背後に出現する。

木村先生から離れるために
すーさんは 『がんばっちゃう』 わけさ。
その『がんばっちゃう』には
爺婆以外の助けも利用することを受け入れる。
そう、ここで

ポヨヨン先生は
すーさんにとって「味方」となる。
そのことも木村先生の計算された指導である。

すーさんがこんな目をしたのは久しぶりだ。
爺婆の記憶では「この目」は既に忘却の彼方に消えていた。
最初、婆さんは「この目」を怒りの目と思っていた。
でも、木村先生は違う。
「この目」をライバル視と教えてくれた。
確かにそうだ・・・。
言葉は悪いが
「こいつには負けられねぇ」 的な要素でできているようだった。
すーさんお得意の「逃げる」ために使用する目ではなく、
「こいつと戦う」 意思が存在していた。
木村先生:婆さん、「この目」・・ブログに書いちゃってよ(笑)
木村先生は大きく笑っておった。
木村先生から思わぬ承諾を得た爺婆も笑う。
ポヨヨン先生は「味方」で、
木村順先生は「ライバル」なのだ。
その証拠に
スポンジを用いた触覚防衛を軽減する訓練では、
上半身裸になっても、
嫌な部位にスポンジを圧覚されても、
婆さんが手を出さなくても、
長い時間であっても、
ポヨヨン先生の手を振り払おうとはしなかった、
からだ。
最後まで遊戯室から出なかった・・・・からだ。
すーさんと絶妙な距離感を保ったまま木村先生とお別れする時が来た。
婆さんはすーさんに、あえて木村先生にご挨拶を命じた。

そう言って遊戯室の出口に身体を向けたすーさんをトッ捕まえて

「誰?」
ポヨヨン先生を指してすーさんに短く言った。

木村先生:ほらねぇ、すーさんって賢い子なんだよ
木村先生はポヨヨン先生に向かってそうおっしゃった。
わしもそう思う。
だって、ポヨヨン先生の名前は最初に1度紹介されただけで
訓練中は確認させたり、呼ばせたりしてなかったからだ。
すーさんは、ちゃんと聞いていて、覚えて、
そして、
挨拶ができた(出力)ことに、
婆さんは「コミュニケーション」の原点を見た気がした。
すーさんが感覚統合でお世話になっております、
OT=作業療法士の木村順先生の
「育てにくい子にはわけがある~感覚統合が教えてくれたもの~」
が出版されました。
詳しいことは下記の画像をクリックして下さい。
ヒントを下さい!!
じゃないと・・婆さん自滅しそうです!!
と、いう時期に木村順先生とお会いした。
発達につまずきがある子の特効薬なんか、
いや、育児そのものに特効薬なんかない。
でも、ヒントを探し出せる、見つけ出せる発想力は自分で身に付けることは可能なのではないか?
そんな希望を持てるようになったのは木村先生のおかげである。
子どものための、
親のための、
木村ワールドの欠片だけでもお届けしたい婆さんでございます。
かなりに遅れてしまいましたが、
先日の感覚統合のフィードバック2として
感覚統合、フィードバック 2
【触覚防衛の軽減と聴覚防衛(過敏)の軽減の同時性と知的発達の関係】
をアップしました。
K先生のお話が少ないのは申し訳ないのですが、
● すーさんの日常と照らし合わせたフィードバック、
● 特効薬ではないけれど、希望はあるぞフィードバック
で、書いてみました。
先日の感覚統合のフィードバック2として
感覚統合、フィードバック 2
【触覚防衛の軽減と聴覚防衛(過敏)の軽減の同時性と知的発達の関係】
をアップしました。
K先生のお話が少ないのは申し訳ないのですが、
● すーさんの日常と照らし合わせたフィードバック、
● 特効薬ではないけれど、希望はあるぞフィードバック
で、書いてみました。
長袖の恋しい季節になりましたのう。
皆さん、風邪なんかひいてませんか?
婆さんとすーさんはもう2週間以上も怪しい風邪をひいてます。
さて、9月22日に感覚統合の専門家のK先生の個別相談・訓練を受けさせてもらいました。
その時のお話を婆さんなりにまとめたり広げたりしているうちに(仕事をやりながらだしww)4日が過ぎていました。
感覚統合の知識も婆さんの頭には中途半端にしか入ってないが、
まぁ、それでもよかんべ・・な。
かなりボリュームのあるページ構成になっていますのでお時間のあるときにでも覗いてやって下さいましな。
●感覚統合、プロローグ
●感覚統合、実験・訓練1
●感覚統合、フィードバック1
なんか、ちょっと恥ずかしくなってきた・・ぞよ。
皆さん、風邪なんかひいてませんか?
婆さんとすーさんはもう2週間以上も怪しい風邪をひいてます。
さて、9月22日に感覚統合の専門家のK先生の個別相談・訓練を受けさせてもらいました。
その時のお話を婆さんなりにまとめたり広げたりしているうちに(仕事をやりながらだしww)4日が過ぎていました。
感覚統合の知識も婆さんの頭には中途半端にしか入ってないが、
まぁ、それでもよかんべ・・な。
かなりボリュームのあるページ構成になっていますのでお時間のあるときにでも覗いてやって下さいましな。
●感覚統合、プロローグ
●感覚統合、実験・訓練1
●感覚統合、フィードバック1
なんか、ちょっと恥ずかしくなってきた・・ぞよ。
感覚統合へのドアが開かれる・・・かも? しれない。
以前、ブログで「感覚統合」の記事を書いた。
しかし、何も始まらなかった。
婆さんがひたすら「待っていた」からだ。
しかし8/18木曜日 県の自閉症・発達障害支援センターの土○先生に会い、
すーさんにとっての「感覚統合」の必要性と情報を頂戴した。
その貴重な情報の中にひときわキラキラ光る感覚統合の専門の先生がいらした。
偶然にも保育園の園長先生はわしらが県の自閉症・発達障害支援センターの土○先生から貰った感覚統合の資料の漫画と同じものを読みながら、わしらの貸別荘オフ・日光の旅の帰りを待っていてくれた。
感覚統合の専門の先生 = キラキラ先生 の講習を受けることになっていると教えてくれた。
そして9/7 水曜日 園長先生は都合で欠席することになってしまったが、すーさんの担任の先生2人は感覚統合の専門家のキラキラ先生の講習を受けてくれた。
そして、二人の保育園の担任の先生はキラキラ先生にすーさんの園での生活を基に質問をしてくれたそうだ。
そして、そして、キラキラ先生から名刺を貰って来てくれた。
そして、そして、そして、
9/8 金曜日 爺さんがキラキラ先生に電話を入れてくれた。
そして、そして、そして、そして、
9/10 土曜日 キラキラ先生と電話で話ができた。
そして、そして、そして、そして、そして、
今日、
見学と言う型でキラキラ先生の感覚統合訓練を見せてもらえることになった。
昨日、爺さんがキラキラ先生と電話で話してくれた後、婆さんは3人のお会いしたことのない人へ電話した。
かなり緊張しまくっていた。
その方々は皆、障碍を持つお子さんの親御さんなのだ。
だから、緊張した。
電話の子機を握り締めて、わしは ナヨナヨ・な・婆さん と言ってみた。
以前、そう言ってくれたのはリヴ友のまみっちさんだ。
でも、続けて「母は強くなるのだ。」と 言ってくれた
婆さんが緊張するといつもビジネス口調になる。
ビジネス口調で逃げる・・とも言う。
でも、昨日はビジネス口調にはならなかった。
すーさんが持っている偶然の力を借りて、
婆さんは【すーさんの母】として声を出している自分に気が付いたのであった。
3月16日に発達支援課のO先生とお話させてもらったことについてやっと書く(描く)ことができるだけに頭の中が整理されてきた。 まずは、何回かに分けて行われた知能検査での結果だが、 3歳9ヶ月のすーさんのIQは「45」=1歳9ヶ月程度 とのことだった。 O先生から念押しされたことは、大概のお子さんはできることとできないことのバラつきがあるので、ここでは(発達支援課では)きっちり数値を出すのではなくバラつきを平均させて親御さんにはお伝えし、今後の成長・発達の目安にする知能検査と捉えていくのであるが、今回、婆さんには『最低でも1歳9ヶ月の知能があるとはっきり言える』数値をお話しました。『絶対にこれ以下ではないと言い切れる数値ですから』。 普通のお母さんは数値だけでかなり心配をされる傾向がほとんどですが、婆さんはそんなことはなさそうなのでこう言う数値の出し方をしました。 一応気にしますがな・・この、いい婆さんだってさ。 2歳遅れか・・・まぁ、その程度に受け止めましたけどねww わしの頭の中をグチャグチャにしたのはその後の話だった。 |
||
まずは、3月10日「練習」のブログを参照して下さい。 | ||
すーさんが作った「ボディーイメージ」です。 | ||
![]() |
靴下・靴・・これは非常に興味深かった。すーさんは足の上に靴下・靴下の上に靴。それはわかっているのだが、ピッタリ合わせて置いたみたが納得がいかないらしい。K先生に「そうねそうね」と言われても「何かが違う。」と思っているらしく、靴下と靴をもう一度外して、両足とも足と靴下と靴を等間隔にずらして貼った。微妙な間隔にこだわっていたらしい。この状態はすーさんにとっては「おかしい」とは思わないようだ。 重ねることに関しては「下の存在がなくなる」のでいやなのであろうか?と思われる仕草をしていた。 並べるのが得意だがこの場所に並べる定義を持ってくるあたりは自閉症っ子の特徴なのであろうか? | |
![]() |
次に、すーさんが「おばけ~~」と言いながらするジェスチャーについて話した。 すーさんの「おばけ~~」のジェスチャーは画像をご覧頂くとわかるのであるが、よく目にするおばけのジェスチャーと手首の位置が反対なのである。 手首を自分の胴体の方へ向けて手を揺らすのである。 前に自閉症の人の「バイバイ」の手の平が相手に向かわず、すーさんのおばけのジェスチャーと同じように手の平を「自分の胴体の方へ向けて」バイバイをする人がいる・・と読んだことがあった。 なので、すーさんの「おばけ~~~」が気になっていたからだ。 |
|
次に、すーさんの「規則正しい不安定な眠り」について話をした。 すーさんは生まれてから今まで深い安心できる睡眠を取ったことがないように見える。3歳過ぎまでほとんど毎日激しい夜泣きは続いた。3歳過ぎてまもなく毎日の夜泣きはなくなったが、決してなくなったわけではなかった。 夜泣きは「目を閉じない」「否定語だけの寝言」と少し形を変えた。少々言葉を話すようになったからではないかとは思う。 床についても、眠くなっても目を閉じようとせず、何時間も床の中で起きている。長い時で3時間以上である。で、入眠が0時を過ぎても必ず1:50分に一度大声で叫ぶ。叫んだ時に運が悪いと「夜泣き」に発展する。ウマイ事寝てくれたとしても、朝方4:30~6:30まで、多いときで15分から20分おきに「ナイナイ」「いやだ~」「いらないの」「やめて」とほぼ決まった否定言葉の寝言を言う(=叫ぶ) 「同じ悪夢を毎日観ている」としか思えないとO先生に話した。 そして、半年以上前に寝かし付けていた爺さんが寝床に入って何時間も経過していると言うのに一向に目を閉じる気配のないすーさんに「目を閉じなさい!目を閉じれば自然と眠くなるから!!眠る努力をしなさい!!」と怒鳴ったことがあった。 それまでは、婆さんがすーさんの頭から目にかけて手の平が熱くなるほどに何百回となでて寝かし付けていた。 でも、爺さんがしびれを切らせてそう怒鳴った時に「すーさんは目を閉じるのが怖いのではないか?」と思ったことも付け加えた。 O先生は「爺さんも婆さんも本当に今まで大変でしたね。こんなことを言うと白々しく聞こえると思うけど、つくづくそう思います。そして、すーさんもとてもかわいそうだったと思います。 言葉を増やすことよりも今はすーさんに「安心できる睡眠」をしてもらえるにはどうしたら良いかを早急に考えてあげないといけないと思います。すーさんが話してくれるまで本当のことはわからないけれど、たぶん、すーさんは目を閉じることが怖くて、寝ても毎日同じ怖い夢を観ているのではないかと思います。 私の頭の中が今整理されていなくてうまく言えないわ。 ちょっと待ってね。とO先生がご自分の頭を押さえた。 O先生の動揺した顔を初めて見た婆さんは、これからO先生が何を話してくれるのか・・不思議な気持ちで待った。 |
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![]() |
O先生は大きな輪投げの輪を「これを一枚の丸い平面の透けてないものだと思ってね」と言って話し出した。 左の図を参考にしてもらえればわかって頂けると思いますが、すーさんには、最初のボディーイメージで手が万歳だったこと、足と靴下と靴を一度ちゃんと上に重ねてから再度等間隔でずらしたこと、ずらす前に婆さんが重ねることに関しては「下の存在がなくなる」のでいやなのであろうか?と思われる仕草をしていた。とすーさんの動きから感じたこと、すーさんのおばけのジェスチャーが普通のとは違うこと、目を閉じることが怖いと思われること、毎日同じ怖い夢を観ていると思われること・・・を合わせて考えてみて、すーさんはもしかすると物の見え方が凡人とは違うのではないか?!と言うことだった。 言葉のことよりも感覚統合のことをまずは考えてあげた方がよいのではないか?と言うお話であった。 |
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O先生の理論もご自身でまだ頭が整理できないけどと前置きがあったことなので婆さんもO先生のお話をわかったようなわからないようなそんな感じで聞いていた。 ただ、すーさんが「普通の見え方と違うのではないか?」と仮定してみると腑に落ちる所がいくつもあった。 すーさんの押し並べて「怖がり」には色々ある。たとえば、 ちゃんと歩けるようになっても1cmの段差があるとその段差を跨ぐことができずに物凄くビビリながらハイハイのようにして這って段差をやり過ごすのだ。 その段差が婆さんには1cmの段差と見えてもすーさんには1mの高さの段差に見えたならどうだろうか? ・・1mの塀を越えるとなると確かに両手を使って登って足を掛けて超えるよね。その動作をほぼ平面でやってみたとしたらハイハイのように這って超えるようになりはしないか?? 1ヶ月位前から毎日のように使う階段であれば、数段なら手すりや人に手を取ってもらわなくても昇ったり降りたりできるようになったが、あまり慣れていない階段は絶対に手すりか人の手を借りないと昇降できない。 でも、階段の1段1段の段差がとても大きいものに見えたとしたらどうだろう? きっと、手すりがあればそれを使わないと怖いし、誰か頼りになる人に導いてもらわないと昇降できないと思うであろう。 手すりをつかまらなくも昇降できるようになったのは、何年も足を上げたり下げたりした場所に次の階段があると毎日のことで学習し、信じられるようになったからだとしたら・・・理解できる。 飛躍しすぎかもしれないが、婆さんはすーさんの五感の中で聴覚が一番敏感ですーさんを怖がらせたりしていたのではないかとずっと思ってたが、実は視覚と聴覚のバランスが取れなくて「ずっと怖がり」だったのかもしれないと思い始めた。 目を閉じることで視覚からの情報が途絶えたら「ずっと怖がり」が「全部怖がり」になって、目を閉じて眠ると言う行為がすーさんに取って最高に怖いことだったとしたら・・・ 毎日何時間もかけて最高に怖い時間に突入することを拒み続けるのは理解できるし、そんな風に思って眠ったとしたら、同じ怖い夢を観て、うなされ続ける毎日であってもおかしくない・・そう思えたのであった。 O先生も感覚統合についてもっと調べてから改めて話をしてくれる時間を取ってくれると言ってくれた。 婆さんもネットだけだが少しだけ見てみたがいつものような機動力がない。 どうにかしてやりたいと思っているのだが、婆さんが先走ってしまって逆にすーさんをもっと怖がらせてはいけないとも思ったりしてどこかもたついているのだ。 すーさんのことがもっと知りたい。 |
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