legno-Diario-自閉症児は不思議生命体-

~自閉症のすーさん(小学1年生)といい婆さんのなんでもかんでも~

ゴールはまだだが・・「自閉症」

2005-01-31 15:21:45 | すーさん
 タイトルマークを「冷静・すまし顔」に設定してみた。

 確かに婆さんは今そんな気分であるからだ。

 1月27日木曜日、「す~さん」は【自閉症(傾向)】と国立病院の児童精神科の医師に診断された。

 そんなこたぁ~婆さんは1年以上も前からわかっていたんだよ。ただね、問題は今後「す~さん」がどの環境でどうやって過ごすことが1番良いかを探る為に長い長い観察期間を持つことになったわけだ。

 かわいいワンちゃんに似た医師は、保育園の担任のチュー先生と爺さん婆さんの前で力強く言った。

 「保育園の先生もこんなにも理解を持ってくれている、爺さん婆さんもほんとに「す~さん」を見ていることがよ~くわかるし、第一に「す~さん」が明らかに日々成長していることがわかるので、今のまま特別な療育施設に通うことはせずに今のままの保育園で過ごすことが1番よいことだと思います」と。

 やっぱり、問題はこれからなのだ。「す~さん」のパニックに対処できる保育士と環境を4月からの上のクラスで増強しなければならないのだ。

 金曜日からそのことで婆さんは持ち前の図々しさをフル稼働させ働きかけに出かけておったのだ。

 自閉症の診断に関しては、婆さんと「す~さん」のHPを立ち上げた時の「核」に当たる部分なので、改めてページを作ることにする。

 垢パンダ殿に「やり遂げろ。ただし、やり遂げすぎるな」と激励を受けた。その言葉が身にしみる。

 婆さんの仕事も「す~さん」の診断も紆余曲折の末、小さなゴールに到達しそうだ。

 でも、それはあくまでも「小さなゴール」でしかない。先は長いのだ。続くのだ。いつまでたっても「楽」なんかできないのだ。(笑)

 ナイナイとごろんは元気に生きていた。生きさせてもらった。本当にありがとう。

 お礼参りをしようと思っていても、なんだか婆さんのパソコンが仕事用に専念しちまったのか?リヴが調子悪いのか? 昨夜は掲示板さえ出てきやしない。

 まずは日記でこの小さな戦争で戦うかっちょ悪い婆さんを応援してくれた皆にお礼を伝えたい。

 ありがとうごぜいました。


 昨日、土曜日・・久々に「す~さん」を保育園に預かってもらった。最初は「携帯電話を持っていく」とかノンタン一家を袋にきれいに詰めて「ノンタンを持っていくの!」とか様々な抵抗をしたものの自転車に担ぎ入れると素直に保育園へ行ってくれた。

 化粧お化けパート1はすでに数日前に辞めたそうだ。担任の先生からも園長先生からも小声で報告されるたびに・・「わしは知っておる」と思いながら聞いていた。

 夕方早くに迎えに行くと全員「す~さん」も婆さんも好きな延長の先生3人がいた。
 「す~さん」の機嫌は良好であった。 婆さんはホッとした。

 週末恒例の昼寝布団カバーの交換を手伝ってくれるように「す~さん」に頼んでみた。

 全然期待してなかった。

 だが、コマンドの「引っ張ってはがす」が「取り付ける、被せる」に勝手に変更されたしまったが、年老いた婆さんと一緒に何かしようと言う意思は行動に現れた。

 婆さんが思っている以上に「す~さん」は成長しているのかもしれないな。

 人間の「日々の更新」もしくは「リニューアル」は必ずあるのだと実感した。

 そのことを認めることによって初めて先に進めるのかもしれない・・と改めて思いながら夕飯のカレーをかき回した婆さんであった。



『そして、自閉症と診断された』

2005-01-31 15:16:09 | すーさん
 昨日も日記に書いたように、すーさんが自閉症と診断されたことについては、婆さんが以前から立ち上げていたHPの「肝心な部分」であるので、別のページを作りました。

http://www.elink21.net/~legno/figlia/soshite-jiheisho.htm
 今夜、日本テレビで「自閉症」についてのドキュメンタリー番組があるらしい。(22:00~22:54)

 思春期の自閉症の子供達と親御さんのお話らしい。久し振りにビデオの録画予約でもするかな。

 その時間は、すーさんを寝かしつけているのでリアルタイムでは観れないだろうし。

 今は思い悩むより身体を動かして幸せをゲットすることを優先するようになっている。

 いつもなら、奈落の底で体を丸くしてジッとしているだけの婆さんなのにさ。随分、変わったもんだ。


さてと・・・。

2005-01-27 15:24:00 | すーさん
 日付が変わって、もう1月27日木曜日になってしまった。

 先が見えて来たと思っていた仕事戦争は、先が見えた途端にゴールテープが消えた。

 でも、一度見えたのだから・・とずっと走っていた。

 そうしたら、「今日」になってしまった。

 婆さんが「すーさん」をもっと知りたい、自分以外の力を借りてもっと「すーさん」に良い環境を作りたいと思い初めてちょうど1年が経過した。

 何ヶ月にも渡る発達検査を経て、今日、「すーさん」に医師からの診断が下る。

 どんな診断が下ろうともわしと「すーさん」の関係は変わらない!!と思えるはずだと心に決めてから・・随分と時間が経ったものだな。

 爺さんは昨日の朝は「現地集合」ってことで仕事を午前中に済ませてからわしらと合流することになっていた。

 が、昨夜仕事から帰って来てから「医師に会ってから「すーさん」をまた保育園へ預けないのなら明日は会社を休むことにしたよ」と言っていた。(どっちでもいいよ)

 わしも今夜難題を解いて朝一で答えを届けるから明日の午後からは連絡が取れなくても許してください・・と仕事関係者にお願いをしてきた。

 昨日のうちに医師に尋ねることを忘れないように得意の質問状を作るはずだったが、仕事で手一杯だったので作れなかった。

 今、さっと下書きをしてみたが不思議な位思い浮かぶ質問が少なかった。下書きの必要はなかったな。

 今まで通りリヴにインできていたなら、きっと友に落ち着かない自分について話していたに違いない。

 不安な気持ちを吐き出していたに違いない。

 しかし、それどころではなかった現実に今は感謝しておる。

 昨日までは今日の予定を忘れてしまわないか?と思っていた。仕事好きのわしは、何か問題や問合わせがあるとポカしたこともあって全力で対処してきた。

 お仕事さん、不安を呼び起こす暇を奪ってくれてありがとう(笑)

 わしは概ねこれから起こることに対して想像をするが、さっきから診断が下った時の自分を想像すると両極端な想像がやってくる。これでは予想にならないじゃないか?w

 いつもいつも「冷静沈着な婆さん」と思われていたにもかかわらず、その瞬間を境に泣き崩れ、用意した質問を何1つ言えない・・パターンと

 いつもと変らず、ベラベラと良く口が回り次から次へと質問や確認が飛び交い、帰り道では声が枯れていることに気付く・・・パターン。

 どっちにしても婆さんは「すーさん」の保護者であって誰もその役を代わってもらえないのだから、「すーさん」と手をつないでそこに行かなければならないし、また、「すーさん」と手をつないで家に帰って来なければならない。

 障害を告げられた瞬間やその帰り道の親の気持ちは、いくつもネットで読んだことがある。

 その時は、さすがに鬼のお婆もダイヤモンドを目から落とした。

 今日のことを日記にどう記すことになるのか?・・やはり今は想像できないでいる。

 さてと、こんなことを書いていても仕方ないから早いとこ寝るかな。

 友はみんな元気なのかな?

 おやすみ。

 追伸:明日はノンタン一家に加え、親指サイズの黒い帽子をかぶったスヌーピーを持って行く。このスヌーピーは「すーさん」もお気に入りだ。でも、今回は婆さんの右ポケットに入れていくつもりだ。

 追伸2:同席してくれることになっている保育園の担任のチュー先生に一昨日の夕方、場所の地図と建物の中の説明と時間を書いたポスターのようなメモを渡した。
     チュー先生は「婆さんはいつもいつも親切ですよね。ありがとうございます」と言いながら目の中に小さな炎を燃やしているように見えた。闘志と言うものなのだろうか?
     チュー先生が医師に聞きたいことと婆さんと爺さんが医師に聞きたいことはきっと同じに違いない・・・そんな気がした。


 

「応援してるぞ」と言われて

2005-01-24 10:44:23 | livly
 ご心配をおかけしております、婆さんでございます。

 数々の応援メーセージが寝不足で回らない頭に唐辛子を練りこんで追い込んでくれたり、
 「もういいかぁ」とどっかで中途半端に捨ててしまった気持ちを黙って拾って、「がんばれや」とわしの手の平に置いてくれたり・・。

 「応援してもらえるなんて幸せなんだぞ」と奥歯をかみ締めて今日まで来れた。

 全部は終わってない。わしのせいで納品は大幅に遅れておるのだ。だから、早く作業を終えてくれ!なんて口が裂けても催促できない立場であるからだ。

 でも、先は見えてきたよ。

 今回のことで、ナイナイとごろんはまたまた人の世話になってしまって申し訳ない。
 でも、GLLのホテルの預けているドスンは世話をかけてないかと言えば・・それは違う。

 ドスンがウルサイ位に跳ねてないと「寂しい」と言ってくれる人もいる。
 「無理しないように」と書いてくれる人もいる。

 お世話をおかけしておるなぁ~とつくづく思うのである。

 婆さんは、これからまた新たなポカがないか確認しに出かけてくる。毎日、確認作業をするたびに身が固まる。息が止まりそうになる。だけど、やっぱりポカをしたのはわしだ。なんとか被害を最小限に抑えつつ、前進するしかないのである。

 どんなに「やりたくねぇ~」と思ってもだ。

 人様に迷惑をかけてしまったことにはかわりはないのだからな。

 しかし、わしの仕事を受けて次に印刷したり封入したりする会社の担当者は、「婆さんものすごく大変ですよ」とは言うものの奥さんまで引きづり出して手伝わせてしまう男気のある人なので助かっておる。

 それに、「悪いのは役所だ。役所が怠慢なのだ。婆さんのミスなんてそれに比べればたいしたミスじゃない!!」
 と、いつもは穏やかに正確に仕事をこなす仕事相手の事務の女性に言ってもらえた。

 それらの好意にどっぷり甘えるつもりはないが、ミスの大きさに震え上がってこの先何をどうしたら良いかとんと見当がつかないパニック状態にならずにすんだのも、ご好意のおかげだと心から感謝しておるのだ。

 先週、戦火の中わしはまた「す~さん」の発達検査に行かなければならなかった。
 キャンセルするわけにはいかないのである。ここの所のまたまた成長した「す~さん」を見せずに今週に医師の診断が下るのだけは避けたかったから。

 「す~さん」は自覚ないだろうが、五感が敏感すぎて回りのものが全部怖かったはずなのにここまで頑張って成長しておるのである。

 わしが、「怖い」とか「や~めた」とか諦める方向に向かってしまうのは・・やはりいけない。

 わしは、「す~さん」を応援しなくてはならない運命なんだからここでくじけたらいけないのだ。

 「す~さん」が「生きるのは怖いし、面倒くさいからや~めた」と思って死んでしまっても文句が言えなくなるってことだからな。

 とにかく、先は見えてきた。ただ、またいつになったら皆に「ありがとう」が言える状況になるかは定かではない。

 最後まで、婆さんなりに全力を尽くすよ。
 
 でも、安心してや。婆さんは全力を尽くしても、力尽きてなくなっちゃったりしないからさ。

 だってさ、応援してくれる人がいてくれるんだからさ。

 追伸:「す~さん」は先週の知能テストで(まだ全部終わってないけど)担当の先生にこう言われた。
「すーさんの答えは知能テストのルールに当てはめると×になるのだが、誠に独創的で今までに何百人も相手にテストをしてきた私でさえ聞いたことも見たこともないすーさんの答えに感心しています。『すごい』と思います。」
 と血相変えて言ってもらった。

 すーさんはすーさんのペースで成長し「変人」から「スゴイ人」になった(笑)
 
 わしも負けずに「世界一面白い婆さん」になれるといいな・・無理だな。

 

婆さん・・謝罪の旅に出る

2005-01-17 10:46:03 | 婆さん
 ひょえ~参った。
 リヴは重いから放浪なんてなかなかできないんだけど・・
 それどころじゃなくなったぜ。

 爺さんにお願いしていた仕事の一部に・・大ミス発覚。
 とにかく、印刷も進んでいるし封入も進んでる。

 婆さんが爺さんに頼んだ・・だから、確認はした。
 が、どっかで「たぶん大丈夫だろう」と思っていた。
 だから、ミスに気が付かなかった。

 婆さんが表に出ている仕事だから・・今は間違いをしっかり調べて、謝罪して・・責任取らねば。
 爺さんを怒鳴ってもはじまらん。

 と、言うわけで申し訳ないが、ばあさんはしばらく謝罪となんとか納期に間に合わせる為にまた徹夜が続くと思うので、日記更新とリヴインはままならない。

 そこんとこ・・よろしこ。

 追伸:よろしこ・・って言われたって、あなた、困るよね?w

ムーバとFOMA

2005-01-16 10:47:37 | 婆さん
かなり前から婆さんの携帯電話は「す~さん」の必需品になってしまって困っていた。
 以前使っていた携帯をそのまま残し、あてがっていたのだがそれもすぐに飽きてしまい充電池も寿命を向かえてしまった。
 通話ができないだけであとは普通に動くのに・・何が不満なんだ!!
 
 現在の婆さんと爺さんの携帯は「す~さん」のヨダレで(集中していると洪水のようにタレル)デロデロになることはシバシバ。

 仕事先へ勝手に電話をかけることなど・・当たり前。
 着信音が日替わりなのは・・ご愛嬌。
 電話帳を書き換えるなどと言うのも偶然ではない。
 携帯電話の置き場所を見えない場所にしても、「す~さん」が帰宅後電話がかかってくれば・・すぐ発見されてしまう。
 我が家の壁や床のピントズレズレの画像が数十枚も保存されていることなどこの際どうでもいい。無料だからな。
 それでも、爺さんと婆さんは耐えた。

 で、今月の携帯電話の請求を見たら・・びっくらこいた。
 いつもの2倍近い金額だ。
 その理由は・・12月に「す~さん」はiモードを使ってサイト閲覧なんぞ堂々とやっていたのだ。
 爺さんは「たった1つのゲームをダウンロードしただけだ!」と弁明していたが、まぁ、ゲームのダウンロード以外に「す~さん」がパケット使用料がドンと増えるようなことをしたのだろう。

 携帯電話の使用料について悩むのは、「す~さん」がお年頃って言うのになってからだと気を許していたのがいけなかった。

 とにかく、これは何か改善策を講じないといかんだろう。

 爺さんと婆さんはいつも同時に携帯を買う。それも同じ機種でだ。お互いに便利だから・・そうするのだ。
 今の機種にして1年半。まだまだ使えるが、使用説明書を読まずにここまで使いこなす奴に対してどうにかせにゃあかん。

 掃除機を買いに行くついでにFOMAとauのwinとやらを見た。メーカーキャラから言えば、auの妻夫木君に軍配があがるが今までdocomoで色々割引を受けていた我が家にはなかなか妻夫木君の胸に飛び込む勇気がないのが本音だ。

 ただ、auは今のところFOMAより電波状況がよろしいのと本体価格が安いのとパケット料金の設定に低価格帯でもパックできると言う利点がある。

 ヤマダ電機のau担当のゴリラーマンもそう言っていた。

 わしとしちゃぁ、カメラなんてほとんど使わないしiモードもよ~わからん。
 が、iモードのサイトを仕事で作る時に必要だったこともあるので全然使わないこともないのが悩みの種だ。

 爺さんはどうせFOMAにするんなら、型落ちでも「p」が欲しいと言うので、現在「p」の900があったらFOMAにしようと昨日の夕方は電話をかけまくった。

 やっぱり、現在店頭には在庫がほとんどない。あるのはドコモショップだけだ。ドコモショップは高いしなぁ~。

 年末からDVD付のコンポを買ったり、掃除機がいきなり壊れて買ったり・・本当は家の電話機も買い替えたいし、プリンタもcanonの新機種か複合機を買いたい、インターネット環境も見直したい・・などと出費と出費予定がギュ~ギュ~だ。

 どれをどの時期にどの価格帯で手に入れるか待つかと言う問題は一晩では整理つかないな。

 さて、そろそろ爺さんと「す~さん」が起きてくるだろう。爺さんは携帯電話の買い換えにどのような結論を出してくるのか楽しみだ。

 わしは・・・まだ決めかねている。

 カレーうどんでも食べてからまた考えよう。


出生の秘密

2005-01-15 10:50:52 | livly
 今日のタイトルマークは「すまし顔」だww

 昨日わしはころちゃんの手伝いをした。夢中になって集中しているころちゃんを見ていて(ネット上だけだけどね)、ある時期の婆さんとナイナイのことを思い出していた。

 婆さんは消えたゲッコウヤグラを探し出すために生まれた。自分の持ってる仕事用のメルアドを使って・・・。

 ヤグラは爺さんだった。だから、わしは「婆さん」を名乗ることにしたのだ。EB=いい婆さん。

 ナイナイは、ある日の朝このヤグラにどっかのパークで知り合った。ナイスなボケをかますので、ナイナイのツッコミが遠慮なく決まった。痛快であった。

 で、ほんの短い間だったが毎日毎日ヤグラの爺さんと話して楽しい時間をもらっていた。
 
 だが、ある日突然ヤグラの爺さんは消えた。

 ナイナイは傷つき易い奴だったので、「友に何もしてやれなかったことが悲しい」と島のプロフィを掲げ、責めた。責め始めると止まらない。
 「なんで?」「どうして?」「あの時にこうしていれば・・!」 などと切りもなく責め続ける。
 ナイナイ島のプロフィはしばらくの間このままだった。

 ナイナイは、ヤグラの爺さんの掲示板にカキコしていたリヴの名前を思い出しながら調べ回った。

 数日後、ころちゃんから「見つけた」と情報をもらった。ころちゃんはもぐらたたきでは婆さんに負けたが、持ち前の勘の鋭さと行動力で簡単に見つけてしまったのだ。(お見事!)

 で、考えた。ナイナイは面が割れている。それにヤグラの爺さんがまだ何がいやで皆との繋がりを断ち切ったのか?の理由を知らない。だから、ナイナイが嫌いだったのかもしれないしな。

 だから、EB=いい婆さんは生まれた。オーガにした。隠密行動には不向きなキャラだが・・ナヨナヨのナイナイにはオーガのようなデカイ図太い奴が必要だったのだ。

 少なくても新しいリヴならすぐにはナイナイ=EBとは気がつきまい。ころちゃんの教えてもらった島に何度か足を運んだがやっぱし一瞬で戻って来てしまう。小心者この上ないな。

 ヤグラ爺さんは、その後何度か姿を消し又ころちゃんに見つかっていた。教えてもらうたびにブクマはしていたが、島には行かずに何度か覗いただけだった。

 この間に一度ナイナイは死にオーガの婆さんはスナイロユンクに変わっていた。
 でも、ナイナイを復活させても何ヶ月も島のプロフィは変えずにいた。

 11月のある日、婆さんは昼間珍しくセントクロスに1人たたずんでいた。つかの間の癒しの時間だった。

 突如、天からピンクのヤグラがその静寂を破って降りてきた。見るとヤグラ爺さんではないか!!

 セントクロスに2人きり。沈黙は続いた。

 「こんにちは」と切り出したのは婆さんであった。
 「・・・・・」ヤグラ爺さんは何も答えない。
 ピンクヤグラ爺さんは、今や音楽好きの若者と集っていることは掲示板から知り得ていたことだった。

 でも、今の婆さんのプロフィは婆さん宣伝しか書いてないので、音楽とは無縁のキャラに思われるのは当然だ。

 こいつとは話題はないな・・と見切りをつけたのかどうかはしらないが、3分以上沈黙を続けたピンクヤグラ爺さんは去って行った。

 その日の夕方、ナイナイの世話をしていると婆さんの島にランプがついていた。覗いてみた。
 ピンクヤグラ爺さんがそこにいた。
 でも、ナイナイは婆さんの島へは飛んでいけなかった。

 リヴを楽しんでくれればそれでいいのだ・・とナイナイは思った。
 あんなにも夢中になって探していたナイナイがそう思ったのだ。
 
 HPや日記も同じだ。やってる自分が楽しければ自ずと続くし、楽しくなけりゃ辞めたり休んだりすればいいのだ。

 婆さんは既に任務は終了したって言うのにまだ生きている。
 「なんでだ?」
 と聞かれても・・やりたいから生きているのだと言うしかないだろう(笑)
 

階級詐称で不戦勝じゃ

2005-01-11 10:52:50 | 保育園
「婆さん、本当に嫌な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。今日は、どうしてもお会いしたくて待ってたんですよ。」

 バトルの開始ゴングは鳴らずに試合が始まってしまった。

 1月7日金曜日 午後6:30分

 化粧お化けパート1は自分だけ華麗な登場で有頂天だった。

 化粧お化け:「今日こそは絶対に婆さんにお会いしようと待っていて良かった。あ~、これでスッキリした」
 
 婆さん:(まだ試合開始を認められない状態)「あぁ、お母様の具合いかがですか?」

 化粧お化け:「私ね、今月いっぱいで辞めさせてもらうんです。母がいつ逝っちゃってもおかしくないので1月20日まで病院で預かってもらって、その後は実家に戻ってくるんです。でねでね、ほらっ、私長女だし、長男は弟で一番下だから弟の嫁さんに母の面倒を押し付けるわけにはいかないでしょ?ここまで育ててくれたわけだし、最後ぐらいはねぇ~畳の上でって思ってね」

 化粧お化けは一気にそう言うと初めて婆さんの目を見た。

 婆さん:「それは親孝行なことで・・」

 化粧お化け:「だってね、母が実家に帰って来たらできるだけ実家に通うことになるから、2つの事はできないんですよ。ここと母の看病なんて同時に見れないわ」

 婆さん:「じゃ、本当に今月いっぱいでお辞めになるんですね?」(本腰入れようと努力してみた)

 化粧お化け:「ええぇ、その前に婆さんに会えてホントに良かったわ。ずっと気になっていたんです」

 婆さん:「こちらもお会いできて良かったですよ。残り少ない保育を心残りなく精一杯がんばって下さい」

 ここでやっと蝶ネクタイのレフリーが化粧お化けと婆さんの間に入ってきて、マイクを手にこう言った。

 「ただ今、化粧お化けが階級詐称していたことが判明しこの試合は無効、わざわざ突然の試合に出場してくれた婆さんの不戦勝と言うことになりました。」

 化粧お化け:「え?・・・・」

 婆さん:「確かに人間相手の事を2つおやりになるのは大変ですから。1つの事と言っても保育と言うのは事更気持ちが必要なお仕事ですし。お母様、お大事になさって下さい。」

 化粧お化け:「じゃ、私は婆さんと会えたのでこれで失礼しますね。すーさん、バイバイ、またね」

 「すーさん」は既にノンタン絵本に没頭していて反応なし。

 婆さん:「これでお会いするのも最後になると思いますので、最後の日までどうぞ「すーさん」を宜しくお願いします」


 金曜日のこの時間は週の中で一番騒がしい。残業と戦って来た戦士が遅くなってしまった焦りとお昼寝用の布団カバーの交換や汚れた上履き回収などの作業も加わって頭から湯気が出ているのだ。

 当然、他の日よりも人口密度は高い。

 それに「すーさん」だっていつものおかえりなさいのムギュ~を婆さんからしてもらえなくて半分怒っているのだ。

 そんな場所で、それも謝罪の言葉は最初だけであとは自分の都合だけをまくし立てる。今月いっぱいで辞めることで「全部チャラ」になると思い込んでいる相手に婆さんはバトルする気にもならん。

 「この人が今まで何十年も保育園で仕事をして来たことが不思議だ。最初からバトルの相手としては生きているレベルが違い過ぎたよ」

 そう婆さんはリングを降りてインタビューに答えた。

 反省することの出来ない人は消えるしかないんだよ!!


 次の日(1月8日土曜日)、耳鼻科で診察を受け両耳の中耳炎の完治を告げられ、隣のDIYショップでお買い物をした。
 レジに並ぶと目の前で精算している人がいた。

 この間の魔の土曜日に「すーさん」のおもらしを気が付かなかった先生だ。

 「すーさん」は先生を見るなり駆け寄って行こうとしていた。

 「爺さんと婆さんは今日お仕事お休みですか?」
 「ええぇ~まぁ、そんな所です」(この先生には爺さんが「土曜日は行かせない」と言って行ってないとは言えなかった)
 「今日もすーさんが土曜日は行きたくないって嫌がったのかと思って。本当にこの間は申し訳ありませんでした」
 「イエイエ・・。昨日、化粧お化けさんとお話しましたよ」
 「そうでしたかぁ」
 「婆さんとしては先日のお2人の先生と膝突き合わせてお話できたことで今は納得できています」
 「そう言ってもらえるとホッとします。じゃ、すーさんバイバイ。また火曜日に会おうね」

 「すーさん」は深々と腰を曲げて
 「先生、さ・よ・お・な・ら 」と言っていた。

 これを「雲泥の開き」と言うのであろう。

 化粧お化けには「無視」、好きな先生にはちゃんと挨拶ができるのだ。
 子供は正直だ。

 たぶん、今月は爺婆共に土曜日に保育園へ預けない方法をひねり出すだろうが、来月からは婆さんが別の仕事の繁忙期に入ることもあって「すーさん」を保育園へ送りに行くことになるかもしれない。

 婆さんも爺さんも反省した人は信じる主義だからな。

 その代わりに、化粧お化けだけには昔のアイドルみたいに簡単に保育園の仕事に復帰しないよう誓約書でも書いてもらわないと危なくて保育園にはやれない。

 年が明けてから延長保育の教室の空気がいつもやわらかい。教室に入る時にそう感じていた。

 その証拠に1月4日の今年最初の登園日の帰り、「すーさん」は初めて保育園の門を出て走り出したクラスの友達に
 「ゆーくん、バイバ~イ」と言って手を振ったのである。
 婆さんは「さようならだね?」とか何にも言ってないのに・・・。
 友達の名前を呼び、手を振り挨拶をしたのだ。

 婆さんはジンジンしたよ。

 次の日、すーさんは滑り台の上から「ゆーくん、おいでよ~」と言ったそうだ。

 そして、何より保育園でも家でも目に見えて笑顔が増えた。先生も「笑顔がかわいいです」と連絡帳に書いてくれた。

 これなら・・「よし」

 
 
 

あの子、どしたかな?

2005-01-10 10:54:37 | 婆さん
 昨日の「イチゴ狩り」は高設棚と言うしゃがまないでイチゴ狩りができる農園に行った。
 腰を患っている爺さんの為にネットで探した所へ。
 でも、味は「イマ3」だった。

 で、1人不完全燃焼の婆さんは「花摘みがしたい」と家族に提案し、帰りの渋滞覚悟で房総の先端まで山越え(婆さんは得意)て行った。

 花摘みは、また気のいい地主さんに出会って楽しく(婆さんだけ)済ませて、海岸へ出てみた。

 岩場の波打ち際まで降りて行くと天気の良い冬の海が一面に広がった。
 お蔭様で「す~さん」はパニックを起こさなかった。

 婆さんは気を許して回りに目を向けると一人の女の子がジャンパースカートを片手でマクリ上げながら、パンツを出して平らな岩の上を飛ぶように走っていた。

「あの子の親御さんはどこにいるのかな?」
「どっかそこらへんにいるんだろ」と爺さん。
でも、婆さんには自由に跳ねているあの子を見ていると親がそばにいるようには見えない。
だって、本当に自由に見えるんだもん。

 あの子は婆さん一家の正面にやってきた。
 でも、婆さんとのあの子の間には波が打ち込んでくる。
 もう1枚向こう側の岩にあの子は立っているのだ。

 あの子と婆さん一家はさっきまでとは違う大きな波が来たことで同時に声をあげ喜んだ。
 顔を見合わせ婆さん他2名とあの子は「すごいね」と言った。

 その瞬間である。

 あの子は婆さんの視界から消えた。
 あの子は婆さんとの間にある海へダイブしてしまったのである。
 深さは1m以上はあったはずだ。
 最初、婆さんはあまりに自由に跳ねていたあの子が自分から海へ入ったのかとも思った。
 でも、透明度のあるその海の中で彼女は一瞬顔をゆがめたのを見た。

 落ちたのである。

 わしは、とにかく手を差し出してつかまるように言った。
 だが、自力であの子はまた向こう側の岩へはい上がった。

 「大丈夫?」
 「・・・・」

 わしは初めて周りの人間のヒソヒソ話が耳に入った。
 「あの子落ちたわよ」
 
 おまいら、見てたのに助けてやろうとしなかったのかよ!

 あの子はどんどん濡れたままの姿で岩板をまた跳ねて移動していた。

 グル~っと回って、婆さんの近くまでやってきた。
 
 「大丈夫かい? おかあさんかおとうさんはどこにいるの?」
 「ママにしかられるよぉ!!」
 「でも、このままじゃ寒いよ?」
 「・・・・」あの子はまた跳ねて行ってしまった。

 「あそこにあの子の靴があるんだよ」と爺さんは遠くに揃えてある赤い靴を見つけた。
 あの子は、確かに赤い靴を目指して跳ねていた。
 しかし、赤い靴を手にしてもまだ跳ねて、グルグル回っていた。

 「親はどこじゃい?」
 「いると思ったけどいないんだね」
 「でも、あのままじゃ風邪ひいちゃうよ」
 「たぶん、あの子、困ってるんじゃないのかな?」
 「そうだろうね、そうだろうけどさ・・」

 婆さんは跳ねて、グルグル回っているあの子の気持ちに気が付いた。
 あの子は「人間脱水機になろうとしているんだ」と。

 あの子がまた婆さんの近くに来てグルグル回った。
 
 「おうちは近いんだよね?」
 「おとうさんは家にいるよ」
 「おかあさんはどこにいるの?」
 「どうしたら乾くのよ?」
 「すぐには乾かないよ」
 「わたし、おぼれたの。波が悪いのよ!水着ならよかったの!!」
 
 あの子はそう言ってから、そんなことを言ってしまった自分を責めるようにまたグルグル回った。

 「おかあさんはそのままで帰っても叱らないと思うよ」
 「どうしてよ?」
 「だって新しい服に着替えて髪を乾かせば今なら風邪ひかないからさ」
 「叱られるってばぁ」
 「勇気を出して帰ってごらんよ。きっと大丈夫だからさ」
 「何していたのよ・・って言われる」
 あの子のグルグルはこんな会話の間も続いている。
 
 婆さんは無遠慮にあの子の肩に手をかけてグルグルを静止させた。
 あの子の長袖のトレーナーは有名ブランドのものだった。
 あの子のジャンバースカートは合皮でできていて、内側はボアでできていた。
 そして、あの子全部が冷たかった。
 
 「これじゃ、絶対にすぐに乾かないってば!!」
 「どうしても乾かさなくちゃ」
 「乾かしている間に風邪をひくよ。風邪ひいて熱出したらキミのおかあさんは悲しむよ」
 「どうしてよ?」
 「キミがかわいいからだよ」
 「・・・・・」
 「おうちが近いなら送ってあげるよ。婆さんは怪しくないよ」
 「・・・・・」

 「もう・・」と言ってあの子は道路へ続く坂を昇り始めた。
 あの子はもう跳ねなかった。
 歩いて昇って行ったのだ。

 途中、婆さんより年上のおばさんがあの子になんやら声をかけていた。
 が、あの子は赤い靴を持っていた手をダランと下げながら一言だけ何か言っていた。

 帰りは予想通り渋滞にハマッた。
 爺さんが言った。
 「あの子、どしたかな?」
 「あのまま家に帰ってくれるといいんだけど」
 「かなり困っていたからな」
 「そうだね。すごく困っていたもんね」
 「足が黒かったから地元の子だよ」
 「確かにわしらはよそ者だね」
 
 あの子、どしたかな?

 追伸:あの子は泣かなかった。泣きたかっただろうに泣かなかった。
    

ストロベリー白書

2005-01-09 10:56:05 | すーさん
 今朝は、3時から空耳なのかどうだかわかんないがどこからともなくテレビショッピングの音が聞こえる。

 しばらく、床の中で半目でなんとなく不気味な様子で寝ている「す~さん」の頭をグリグリしながら待ってみたが、依然として「ここだけのスーパープライス!」とか聞こえてきて・・耐えられなくなり4時には起床した。

 いちご狩りにでも行くかな・・と、去年行ったイチゴ園から100円サービス券付きの年賀状が届いていたので、また、色々と他のいちご園も調べていた。

 4つにしぼって印刷も最後1枚って時に、「す~さん」と爺さんが起きてきた。
 対照的な2人だった。
 爺さんは2時過ぎに寝たので意識なしの状態(笑)
 「す~さん」はいたってお元気のご様子。
 
 その時刻5:20

 仕方ないので「す~さん」だけ引き取り、爺さんは寝室へ帰るように優しい言葉をかけておいた。

 朝からストロベリーホイップのパンを1個ペロって食べて、牛乳をがぶ飲みして60ピースのパズルと奇声を上げながらやる「す~さん」が・・・やっぱり怖い。

 やはりどこのお遊び施設も3歳が基準みたいで、3歳から有料とか3歳まで無料とか1番料金を確認する時に面倒だ。

 まぁ、どっちみち「す~さん」はズータイがデカイので「本当に3歳??」と疑いの目で見られることはわかっているがな。

 疑いを晴らすのも一苦労だ。

 そうだそうだ、「す~さん」の保育園でのことで今年に持ち越しになった化粧お化けとのバトルは突然7日の金曜日の迎えの時間にやってきた。

 その模様は近日中に公開する予定だが、昨日の土曜日は保育園を行かせないと爺さんが頑張ったので朝からご機嫌の「す~さん」であった。

 「す~さん」がここで「いちご」「スト~ロベリィ~」と叫んでいる限りバトルの詳細は書けないからさ。(笑)

 でも、できれば、ご機嫌は朝7:00~からにして欲しいんだけど・・婆さんのお願い聞いてチョ。

 

身についたもの?

2005-01-08 10:57:25 | 婆さん
 婆さんは、4歳からピアノ(最初はオルガン)の個人教授を受けていたことは昨日書いたが、その他にも習い事ってやつをやらせてもらって・・辞めた・・経験がある。

 ・ピアノ
 ・バレエ(モダンバレエ)
 ・そろばん
 ・英語塾
 ・剣道 etc

 ピアノは15歳までやっていたが、その他は適当な所で適当な理由を付けてやめた。
 ピアノは音大付属の高校へ行く話が出始めた頃、依然として大きくならない自分の手を理由にあっさりやめた。
 手が小さいので弾きたい曲が上手く弾けなかったのだ。

 で、今度は自分で稼いだお金で最初に取得した免許がバイク。車の免許は親にお金を出してもらったが、さすがにオートバイの免許を取るのに親を当てにすることはできなかった。
 教習所にも会社勤めをしながら、秘密で通っていた。中型2輪免許を初雪の降る日に取得した。
 ヘルメットから流れる長い髪をやってみたかったので、この時初めてロングヘアーに挑戦した。
 だが、釣れたものは何もなかった。
 もうこの年で「バイク便」の兄ちゃんにはなれないだろうな。

 次は、アマチュア無線の免許を取った。動機は簡単である。
 会社のヘッドが1人では無線ができないので相手が欲しかったので指名された。
 最初の頃は「女性ですか??」なんてザワザワされたもんだったが、携帯電話の普及と共に何の役にも立ってない。
 だから、免許状の更新もしていない。

 それから簿記だな。大学では簿記は必修科目だったんだけど親友の助けもあってなんとか単位を取ったが・・身になってなかった。
 なので、また自分でお金を出して簿記2級を取得した。これはその後仕事には大いに使えた。
 
 次は、ケーキ教室の先生の免許だ。これは国家試験でもなんでもないので、金とやる気があれば誰でも取れるものだ。
 この免許には1番金がかかっておる。
 しかし、ほとんど使えなかった(笑)

 身についたものがあるかどうかは知らないが、無駄になったものは1つもない・・と最近思うようになってきた。

 書道なんか習ったことなんかないのに、よく「字がキレイね」と言われたり、絵を習ったわけじゃないのに仕事になったり、華道なんてやりたいとも思ったことはないのに、華道の先生とやらからオフィスに活けた花を「独創的な作品ですね」なんて言われたこともある。(爆

 美容室のバイトをしていた時に「美容士になりたいな」と店長に言ったら「大学卒業してもやりたいと思ったらやりなさい」ときっぱり言われ、またまた、あっさりやめた。

 しかし、現在でも爺さんの髪は婆さんがチョッキンチョッキンしている。
 自分の髪もずっと忙しかったから美容院には行けなかった。さすがにどうしようもなくなって、12月の末に「す~さん」をお風呂に入れてもらっている間に洗面台の前でバサバサカットした。風呂から上がった爺さんは「美容院で髪切ったんだね。帰って来た時は気がつかなかったよ」とトボケタことを言っていた。
 われながら上出来の早業だった。

 金や時間を投じなくても色々なことを経験する中で、違った分野に生かせる何かが見つかることもある。

 習ったものはみんな2級だ。1級や特級なんてものはないから「極めなかったのね、あなた!」と責められても仕方ないが、1級や特級とか取ったって身に付かないものは身に付かない。

 最後は自分が「どれだけ好きか?」ってことだけだ。

 「好きこそ物の上手なれ」と昔の人はよく言ったもんだ。好きならお金をかけなくても楽しいから勝手に身につくのだ。

 でも、子供ながらになんらかの政治的な絡み(他の子がやっているからカッコ良く見えるとか、親同士の見栄の張り合いに利用されたりとか・・)に惑わされて始めたことなんかは、ほとんどと言って良いほど身につかないと言っても過言じゃないだろう。

 今の「す~さん」の世界には政治的絡みは存在しない。自分がしたいことをするだけなのだ。

 最近彼女を見ていると面白い。みかん片手に「み~か~ん」と言ったと思ったら「オ~レンジ」と見事な発音で続ける。しまいには、「おいしいねぇ」「グッ、テイスト」と締めくくる。

 自慢じゃないが発音は完璧だ。(笑)

 保育園児なので習い事などしていない。それにまだ初めての場所へのパニック状態が消えているわけではないので行かせられないしね。

 自分で勝手に英語がしゃべりたくなりしゃべっているだけなのだ。

 しかし、これが身につくとも限らない。身につかないと思っている方が無難だな。

 うちの親は、共働きだったから塾や習い事へ行ってくれる方が楽だったのかもしれないが、「やりたい」って言ったものは理由をちゃんと言えたら全部やらせてくれた。

 だから、いい加減だったのは婆さんの方だな。選球眼がなかったって言うか、選球眼を養う為の習い事だったのだと言える。(すげ~こじ付けだ)

 婆さんは「す~さん」がやりたいと自ら訴え出た習い事はやらせたいと思う。が、身につくことは期待しないつもりだ。わしは、「どうして身につかないの!!」と叱るのが無意味だって身を持って知っているからだ。

 「す~さん」に身につけてもらいたいのは「優しい心と思いやり」だけだ。


 

お絵描き嫌い

2005-01-07 10:59:59 | 婆さん
昨日と今日、ぷくちび君のアニメアイコンを作って・・やっぱり自分はお絵描きのセンスが皆無だと言うことを再認識した。

 婆さんは、一度小学校4年の1学期に図画工作とか言う教科で「2」と言う成績をもらったことがあった。
 もちろん、これは昔の話なので5段階評価のキラキラ光る「2」だよ。

 この時は提出物を出さなかったから「2」だったんだけど、思い切り母親にドヤされた。
 でも、ドヤされた所は慶応病院の廊下であった。

 そう、この時は母親はガンで入院したばかりだった。7/20入院で、学校は7/20が最後だったので7/21に成績表を持って病院へ行った。

 母親はかなり内向的な婆さんを「自閉症かも?」とか「声帯に異常があるのかも?」とか「知恵遅れかも?」とか言っていたんで、「3」=普通だから音楽と体育以外は「3」ならよし!!といつも言っていた。

 4歳からピアノの個人教授を受けていたので音楽は絶対に「5」、運動神経だけは抜群だったので体育も絶対に「5」と言う理由からだった。

 至極ごもっともな話である。

 子供ながらに母親が1学期の間、仕事の合間を見てはあっちで検査こっちで検査、そのたびにガンの進行が進んで行くのを聞かされていた婆さんには、絵なんて描いている心の余裕がなかったのかもしれん。

 叱られるとはわかっていても、絵を仕上げる気にはならなかったことをよく覚えている。

 半世紀近い前の話だからガン=死ぬって時代だったからね。

 で、汚名挽回まではいかないにせよ母の手術を含めた闘病日記と夏休みの宿題を合体させて作った「夏休みの日記」が、大評価されたり、この夏休みの読書感想文で賞を貰ったことから、絵は嫌い、文章はそこそこ好き・・に決まってしまったようなもんだった。

 夏休みの日記の表紙は母親にブドウとブドウの葉の絵を描いてもらった。
 キャリアウーマンだった母親にこんなに丁寧に絵を描いてもらったのは初めてだった気がする。

 夏休みのは「ウドンゲの謎を解く」と言う課題図書の感想文だったが、理科系の観察の本だったので抵抗がなかったのも覚えておる。

 夏休みの間、気難しい爺さん婆さんの家で過ごしたのでわしは小学4年生で神経性胃炎とかになり1ヶ月で4キロ痩せた。
 今でもこの大学ノートで作った「夏休みの日記」は取ってある。
 グレーの地に黒ブチのほんとの大学ノートだww。

 その後の映画鑑賞文コンクールとか読書感想文コンクール、作文コンクールの入賞は当たり前になってしまった。
 
 しかし、その時の表彰状の束はどこへやらww。
 
 小学校5年の時、嫌いな絵を描いてしまえば早々に遊ぶことができる校外での写生会があった。
 わしはしめた!とばかりに紅葉真っ盛りの風景をありったけの絵の具をマゼマゼして塗りたくって後は放り出して遊んだ絵が・・金賞だった。

 先生が間違えてわしの絵に金色の短冊を貼ったんだろうと信じてなかったけどね。

 小学校、中学校、高校といつも仲良しになる友達はみんな絵がうまかった。進学校もどきの普通高校なのにいきなり「美大に行く」と言い出した友人は先生を驚かせ、絵のゼミに通い、とうとう現役合格してしまった。

 その友人からの今年の年賀状は2人の息子が描いた鳥の絵だった。7歳と9歳には思えないほど自信に満ち溢れてかっこいい絵だった。

 やっぱり婆さんは絵のセンスがないからお絵描きは嫌いだ(笑)

 なのになんで今デザインの仕事も引き受けているのか本人も不思議に思っておるのだ。

 垢パンダ殿の製作した物を見ると本当にセンスがある人が作るとこうなるんだろうなぁ~と感心する。

 ころちゃんもそうだ。短時間に見事に伝えたい絵柄を決め描けるなんて「センス」以外のなにものでもないな。

 絵なんて音楽と同じで「何が良くて何が悪いのか?」なんて判別できないもんだ。だから、芸術なんだろうけどね。
 だから、とてもじゃないけど芸術系のものはわしには教えられないし教えるものもないな。

 それに「す~さん」は教えてもないのに、お店に陳列されている電子ピアノを両手で何やら唄いながら弾いている。
 1本指演奏ならいざ知らず、両手でそれっぽく弾いちゃうのが末恐ろしや~。
 知らないオバサンに「こんなにお小さいのにお上手だこと、オホホ」なんてご丁寧に褒められたりする。

 いつになったら婆さんはお絵描きと漢字が好きになるのかな?

 ↓の絵は爺さんが描いた「す~さん」の似顔絵。
 運動会の時に万国旗になって揺れていた・・。

 追伸:「婆さん絵が上手ね。さすがプロだわ」ってこの似顔絵が教室に貼り出された途端、絶賛のシャワーを浴びた。
    「あの~、わし、プロじゃありませんし、この絵は爺さんが描いたんですよ」
    「皆さん絵がウマくてうらやましいワァ~」
    
    だから何度も言ってるだろよ、わしはお絵描きがき・ら・い なの!!

カルチャ~ァ~ァ~・ショック!!

2005-01-06 11:01:29 | livly
 今日中に済ませてしまいたい仕事があったので、4時に起床してリヴの世話してから・・

と思っただけで朝が来た。

 ハゲちんさんのプログが新しくなっていたのでご挨拶がてらお訪ねしてみたら、

miniHPも始められていて、
それを見て、
またプログに戻って、
木佐さんのプログなんて見ちゃって、
便利で容量がデカイことを知って、
登録が無料だと知って、
ちまちま自分でHPを作っているのもアポらしくなって、
登録しちゃおうかと思って、
でも、
他のプロバイダのプログも見に行ったら、
@niftyなんかコメントなどの投稿を知らせる機能もあったり、
だけど、どこのもタイトル画像などのオリジナル加工はNGだし、
どうしようかなぁ~って思いながら珈琲のお替り入れて、
気が付いたら、

何もしないで6:30になってしまった。

しょうがないなぁ~、
いや、生姜はたんまり冷蔵庫にあるぞ。

とりあえず、ハゲちんさんに今度会ったら婆さんの思いをぶつけてみよう。
ってことにしよう。
http://blog.so-net.ne.jp/hagechin/
ハゲちんさんのプログです。可愛くて優しいプログだよ。


今日はずっと前から始まっていた。

プログもずっと前からあったんだよな。

うるさい大舅

2005-01-05 11:02:43 | 婆さん
年末年始の旅の間、みんな他2匹の世話ありがとうね。
 
 疲れ切った体でインしたら・・元気に生きてた。うぅ・・ありがとありがと。

 12/31は、爺さんのとうちゃん(大舅)とかあちゃん(大姑)と爺さんの姉ちゃん夫婦と中一の娘と大舅の家で合流した。

 まだ、雪は降っていなかった。TVで四国や名古屋でドカ雪が降っている模様を見たので「早くでかけようぜ」とイライラしながら大舅の出発の準備を待っていた。

 いつも年末年始の旅行のドライバーは大舅と決まっていたらしいが、去年から初参加のわしらはそれを拒否した。
 わしが(婆さん)がドライバーでないと旅には行かない・・って位の勢いで通達したら、我が家のファミリーカーの後部座席に渋々座った。

 今年は、爺さんの姉家族も一緒なので姉家族の車に1人、わしらの車に1人それぞれ大舅大姑が分かれて乗ることになった。

 キャー 大舅がわしの車に乗り込んで来た。(これは嵐になるぞ)
 
 とりあえず、わしは姉の夫の運転する車に付いて行くことにした。

 走り出した途端に「どうしてこの道なんだ?」「ナビゲーションシステムなんてバカだなぁ」「なんでそこを左なんだ」「おっと、前の車がブレーキ踏んだ!」「前に行った時はこの道じゃなかったはずだ」

 うるせ~よ、黙って「す~さん」の道路標識の解説でも聞いてろ!!

 雪が本格的に降って来た。視界がどんどん狭くなる。それに伴なって大舅の仕切り声も更にデカクなる。

 爺さんは「そんなに仕切りたかったら前の車に乗ればよかったじゃないか!うるさいよ」と厳しい声で言った。そしたら、2分だけ黙った。

 宿に着いても婆さんの耳の奥では大舅の仕切り声が反響して血ダレが出て来そうだった。(耳栓貸してくれ)これは騒音公害だな。

 「す~さん」はお子様ランチ形態の幼児食は苦手だ。だから、家族旅行に行く時は「量は少なくて良いので大人と同じようなメニューにしてもらえませんか?」と宿にお願いするか、バイキング形式の宿に泊まるようにしているのだ。

 ハンバーグ、唐揚げ、チキンライス(旗付き)ポテト、プチトマトってお子様ランチの定番品が全部嫌いなのである。チキンライス以外は家では食べるが、お子様プレートに乗っているだけで「冷たくてマズイ」と思って拒絶するのである。

 12/31の夕食から1/2の朝食まで宿での「す~さん」用の食事には一切手を付けなかった。食べたのは親の刺身だけである。

 大舅は「甘くて柔らかい物なら子供はなんでも喰うんだよ」と思い込んでおるのだ。
 だから、食事を取らない「す~さん」に得意げに「ほら、これあげろ」って自分があんまり美味しくないと思っているおかずを「す~さん」に食べさせようとするが、「す~さん」は「いらないの!」ときっぱり拒否。

 この世で「こいつが食べているからもしかすると美味いかも?」と「す~さん」が心を動かす相手は、婆さんだけである。(ザマァミロ)

 今度は「これじゃ、腹が減って夜中に寝れないだろう。どうするんだ?」と婆さんへ責任を押し付ける。
 
 「腹が減ってもマズイ物は食べないので仕方ありませんね」と婆さんは澄ました顔で言っておいた。だって、本当だもんww

 婆さんは厳しいからお菓子を「す~さん」に与えないと思っているらしいが、それも違う。「す~さん」はマズイお菓子も喰わないのだ。徹底したグルメ志向だって何度言えばわかるんだよ・・そこのポンコツ大舅め。

 いつもニコニコしている姉の夫が、1/2の朝食後こう言った。
 「「す~さん」は頑固ちゃんなんだよね。簡単に大人のごまかしには応じないタイプだから見ていてカッコイイよ。」と言った。

 で、帰り道は爺婆より「大舅は前を走る車で仕切れ!」と苦情が出たので姉家族の車に乗り込ませた(笑)

 「後ろの車の存在を気にしていると疲れるでしょうから、それぞれ大舅大姑の自宅に集合ってことでバラバラに走りましょう」と提案した。

 婆さんは好き勝手に走れると思ったのに結局途中まで後ろを付いてくる。(笑)

 で、婆さんは後ろの車(大舅)をまいた。ここまで来れば大舅の庭だから大舅の得意の仕切りで最短ルートを走れるはずだ。大舅の家で先に着いた自慢話ぐらいは聞いてやろう・・と、言う婆さんの優しい配慮だ。

 後部座席で静かに居眠りしていた大姑も「あっちの車の方が先に着くわね」と目を輝かせていた。

 結果は、15分以上も早く婆さんがゴールテープを切ってしまった。
 到着するなりドライバーの姉の夫は「疲れたよぉ~」と倒れこんだ。大舅の娘である姉は「人間ナビがいい加減だからさ、途中で諦めたわよ」と嘆いた。

 ペシャンコになって可哀そうかな?って婆さんが慈悲の心を出し始めたら・・大舅は「新しい道が出来てたんだよ」とか「角の店が年始でやってなかったから気が付かなかったんだよ」とかわけのわからん演説を始めた。

 どこまでもうるさい大舅でいるつもりなんだな。(笑)

 

お手並み拝見

2005-01-04 11:03:55 | 婆さん
今日は暖かかったなぁ。
朝・・ここ数年電話でも話していない高校時代の友人から電話がかかってきた。

同級生が昨日亡くなったと言うのだ。名前を聞いて婆さんは同じ苗字の子(男子)がいたが「どっち?」と聞き返した。
「カッコいい方だよ」と友人に言われて「そうか」と納得。

婆さんの年齢で病死したりすることもあるだろうが、彼の死は「親切心からの死」だった。
高速道路上で横転している車を見た。変なところで横転しているので「あのままでは次の事故が起きてしまう」と言うことで自分の車を路肩に止め、家族を車に残し1人で発炎筒を持って横転している車の所へ戻った。

そうしたら・・・別の車にはねられて死んでしまったと言うのである。

何も言えない・・・。

彼はそこそこワルでそこそこスポーツマンでそこそこ勉強もできる奴だった。でも、そんなに親切な心を持っていたなんて知らなかった。

やっぱり、かなり遠方での通夜葬儀なので婆さんは行けない。友人もそれはわかってるって言った。
「婆さんは文章がうまいからな」ってまるで「来なくていいから感動する弔電を打て」と言っているように聞こえる。

ちょっと時間をくれ・・わしにはこの冷たい世の中でそんな風にして命を落とした同級生についてまだ語れないよ。まして・・弔電なんかさ。

昨日ころちゃんから賞金を受取る際に全く見ず知らずのスナイロユンクに「500dd」をカッ去られたのだ。
(こんな世の中だよ・・優しい人がドンドン減っていったらどうなるんだよ)

でも、ころちゃんは気の良い人なのでまた500dd出してくれたんです。だから、今度は1秒で貰いました。(笑)
気の良い人・・減るなよな。

その時にころちゃんが「垢パンダは1000を出したよ」ともぐらタタキに対する闘争心に火をつけてくれた。

どうやれば1000点なんか出るんだよ・・まったく神業だ。

で、研究熱心な婆さんは垢パンダ殿の性格と持っているマックの性能・設定などを想像しながら環境を似せることに時間を費やした。

きっと画面サイズはこのくらいだろう。たぶん、結構シブトイ垢パンダ殿のことだからもぐらが消えそうになっても諦めないで叩いているだろう・・と想像した。

そしたら、900以上の点数が出た。すぐに垢パンダ殿がつかまったので探りを入れてみた。

やはり、画面サイズが婆さんのとは違ったらしい。大当たり~~~。

でも、やはりそれだけの理由で1031点は出ない。やっぱり天才・名人なのかもしれないな。

婆さんは修行しよう!!

それまでは神業を拝見しておこう。

みんな今年も元気に気の良い人で楽しくやろうね。