legno-Diario-自閉症児は不思議生命体-

~自閉症のすーさん(小学1年生)といい婆さんのなんでもかんでも~

音の不思議 2

2005-04-30 15:24:39 | 音の不思議









そこにピアノがあった。
だから、すーさんは鍵盤に指を滑らせた。
それが事実だ。


さーーーて、皆様お待たせいたしましたのう。
婆さんは至近距離で初めてスノー先生にお会いしましたがな。

そうなんです。
すーさんは初めてスノー音楽スタジオに行って参りました。

一見普通のお宅。
だけど、玄関前では発表会で婆さんだけ聞くことが出来たスノー先生の声とピアノの音がこぼれれてきた。

すーさんは、ドアの前で立ち止まった。
「ピアノ・・・」

「そうだねぇ~ピアノの音が聴こえるねぇ」(緊張気味の婆さん)

「はいるの」・・・・そう言って右側のドアを開けようとした。

開かなかった。

でも、すーさんは諦めなかった。

左のドアを開けて中を覗いた。
確かにピアノの音はさっきより近くなった。
すーさんは靴を脱ごうとした。

「ちょっと待った!カエルさんと一緒にここに座ってようよ」

婆さんはこれで中に入っていくのはさすがに出来なかったので、玄関先に座っている古風なカエルさんの置物で一時すーさんを留めることにした。

「カエルさん」  と言いながらしゃがんで置物を眺めているが、耳は「ピアノの音」に向いていることは確かだった。

何も答えないカエルさんにすぐ飽きて立ち上がった時、左のドアから見事なショートカットの白髪でツルツルお肌のお婆ちゃんが出て来てくれた。

「玄関先でごめんなさい。今日は、スノー先生に会う約束があるんですがちょっと早かったみたいでレッスン中のようなので」(婆さんシドロモドロ)

「まぁまぁ、遠慮ならさずに中に入って頂ければよかったのに。さぁ、中へお入りになって」

そのお婆ちゃん呼ぶにはピッチピチしておる方がスノー先生のお母さんだとすぐにわかった。

「生徒さんはみんないらしたら勝手に
2階に上がって待ってるんですよ」

「へへへぇぇぇぇぇ (ひれ伏す婆さんww)」

そんな短い会話をしている隙にすーさんはさっさと靴を脱ぎ、揃え、上がり、勝手に別の部屋のノブに手をかけておった。

「コラッーーーーーーーー」

いつも怖がりで有名なすーさんが、初めてのお宅で動揺・パニックは全く起こさず、
ただひたすらピアノの音を探していることが明らかであった。

「すいません、すーさん、障碍がありまして・・・・」
「あらっ、そうなの? そんなこと・・・・すごい利発そうな
お坊ちゃんだこと」
スノー先生のお母さんはすぐにすーさんの手を取り2階に上がり始めた。

「婆さんは後について参ります」 (誰もそんな言葉なんぞ聞いちゃいないがな)

急な階段を上りおわると「新しいドア」が出現。
すーさんはためらいもなく開けた。


そこには
「普通の家の2階に長女の部屋があって、長女は絵本とおもちゃが大好き」って所だった。


グランドピアノと電子ピアノ、小さなラヴソファーに発表会で見た記憶が残る姉妹ちゃんが座っていた。

すーさんは、すぐさま手前にあった電子ピアノの椅子に座り鍵盤に指を添えた。

「やめちくれーーーーーーー」


すーさんは「ミ」の鍵盤から「ミ」の音が出てきたことで納得し、電子ピアノの上にあった飛行機を手に取り
「飛行機、ヒュ~~~~ン」と言った。

時を同じくしてダウン症の男の子が部屋に入ってきた。

レッスンを終えたスノー先生は婆さんに「はじめまして」と言う代わりに

「あらっ?こうちゃん、今日? この時間? やだっ、重なっちゃった」とおっしゃった。

「いいんです、すーさんと婆さんはご挨拶だけで帰ります」

「そうでしたね、ご挨拶を・・・」

すーさんは、既に電子ピアノから出てくる音に夢中になっていた。

スノー先生はご挨拶だけとおっしゃりながら、すーさんのその自然な姿に継続を決めたらしい(笑)

まずは、ダウン症のこうちゃんにすーさんと一緒に挨拶をする場面を作ってくれた。

こうちゃんは、グランドピアノの上にあるトイストーリーのおもちゃをで遊び始めていたが、
スノー先生の「すーさんとご挨拶しよう、こうちゃん!!」の声でおもちゃ片手に婆さんのそばに来てくれた。

婆さんはちゃっかり電子ピアノの椅子に座って演奏(爆)しているすーさんを膝の上に座らせた。

「こうちゃんにご挨拶しよう」(婆さん)
「こうちゃん、こんにちは」・・・・目は電子ピアノに釘付け。

「こうちゃん、すーさんにこんにちはだよ」・・・とスノー先生。

「すーさん、こんにちは」・・・とこうちゃんが言ってくれると不思議にすーさんはこうちゃんを目で捕らえた。

不思議な空気。 なんでだ? きれいな声じゃな。


「婆さん、私、すーさんのこと覚えています」とスノー先生が言った。
「保育園でのコンサートの時はピアノに擦り寄って行ったと保育士の先生から聞きましたしね」
「そうですよね、そうですよ、すーさん、やっぱりすーさんだ」・・・スノー先生はかなりハイテンションな声だった。


「すーさん、椅子のもう少し向こうに座ってくれる? 先生、こっちに座りたいの」
電子ピアノの長椅子にすーさんとスノー先生が座った。
その二つのキュートなお尻が並んでいるのを見て、わしは正直夢を見ているみたいだった。

「じゃ、すーさん、あらぺこあおむし  いくよ。 知ってる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「これ・・絵本」 そう言って、譜面台に「はらぺこあおむし」の本を置いた。

「はらぺこあおむし」の絵本は最初に小児科のカバ先生の所で知って、保育園でチュー先生が読んでくれていた。
2ヶ月位前にすーさんが「げつようび~あおむしは~・・・」と自宅で突然歌い出したので
「どっかで聞いたことあるな」と思ったら、我が家にもプレゼントでもらった「エリックカール」の絵本うたに入っている「はらぺこあおむし」の歌だった。

「これは知ってます」・・・と婆さんはスノー先生にすーさんの代理で返答したが、
すーさんは一向に歌わない。

でも、歌えないのである。
だって、だってだって、心も体も全部鍵盤の上を走る先生の指に、そこから聴こえてくる音に集中しているんだもん(笑)

一人で音楽スタジオへやって来たこうちゃんのお母さんが後から入ってきた。

「スノー先生、今日はご挨拶だけで・・・。」 婆さんは切り上げを要請した。

「そうでしたね、そうそう、じゃ、来週7日土曜日に。すーさん、その時また一緒に唄おうね」

夢中になっていることを取り上げられると癇癪を起こすすーさんなのにこの時はすんなり椅子から降りた。

婆さん:「みんなにご挨拶だよ~~~」
「こうちゃん、さようなら」・・・あらま、こうちゃんのこと覚えていたの??

「スノー先生にもさようならだね」
「しぇんしぇい、さようーなーら、ありがとごまいす (訳:ありがとうございます)」

「こうちゃんのお母さんにもね」
「こうちゃんのおかーしゃん、バイバ~~~イ」

婆さんは「これだけは絶対に忘れてはいかん」と出かけに決心した

ピアノとスノー先生の写真の撮影の承諾を得て、思わず出会ったこうちゃんの写真も撮って外に出た。

スノー先生のお母さんが車まで見送りに出て来てくれた。

スノー先生のお母さんとは年が近いせいか(婆×2)、庭にある巨大な馬の置物(馬の等身大)について話が盛り上がってしまった。

この馬の置物は近くにある競馬場のイベントにはちょくちょく借り出されるらしい。
どうりでゼッケンやら手綱やら本物だと思ったよ・・・・。(これは有名旗手さんからのプレゼントらしい)

わしはすーさんを車に乗せジュニアシートのベルトをして・・、改めて思った。

「音(楽)は全ての人を受け入れる」


「保育園児すーさんはその後すぐに保育園へ行った。
門の前で「あっち」と保育園とは反対方向を指差しわしの顔を見た。
「あっちはまたね」 
チクッ・・

保育園ではちょうど給食タイムだったのではらぺこすーさんにはグッドタイミングと思った。

手を洗い終えたすーさんが、「もう、ダメ!!かえるぅぅぅ」とベソをかいた。

いつもは保育園を後にする爺婆にほとんど未練なく、低い声で「バイバイ、いってらったい」と言うくせに・・・。

今日に限って・・婆さん泣かせてどうすんだよ!!

バッキャロー!! うれしいぜ。




笑って許して

2005-04-28 17:21:06 | すーさん




上の画像をクリックして「ゲームの館」をクリックするとサンプルやファイルのダウンロードができます。


すーさんがパソコンをいじり始めて色々な発見があった。
視覚からのアプローチの方がすーさんには入りやすいと言うのはわかっていた。、
flashで短時間に思いっきり手抜きの「ひらがな」のゲームと呼ぶにはおこがましいが
動作もクリックするだけのスライドショーみたいなものを作ってみた。

面白いからやっただけ・・って感じなのに、結構文字を追っていって画面の文字を
1つ1つ指差して「声」をだして読んでいくのである。

「これはいける?ww」

ノンタン教徒であるすーさんにはノンタン一家でスタートであったが、
その後の動物や食べ物にも同じように反応していく。

まさるママさんのページで色々なことを教えてもらって(婆さんはなぜかネット検索が苦手)
ヒントを集めた。
まさるママさんいつもありがとう。


絵カード・コミュニケーションカードなどには絵と文字が描かれている。
だけど、すーさんは人の表情や動作のマッチングはうまくできない。
であれば、ひらがなを読めれば少しはイメージへの手助けにならないか?
と思ったのだ。

でも、50音はわかるけど、文字を連ねて言葉にすると言う概念がなかなかわからんようだ。

「言ってダメなら見せてみよう」

ってことで、非常に粗雑ではありますがゲーム感覚でやってもらえたらなぁ~
と公開させて頂くことにしました。

ちなみに公開したのは、ノンタン一家は入っていません。
あんまし好きじゃない人には嫌われそうだし、著作権の問題もありますからね(笑)

数字のflashはみちこさんの所の次男君に試してもらったことがあるのですが、
これからどんどん改良の余地あり(改良はきっと全部だろうww)のものです。

音に敏感なすーさんも効果音がある方がよかったようです。
1つが終わって次に行くと言うのが音からでもわかりやすかったようです。



なぬおぉぉぉぉぉぉぉ-2

2005-04-26 07:51:41 | すーさん
(前のブログをお読み頂かないと話が続きませんので、そちらからお読み下さい)




【なぬおぉぉ~:その3】

今朝、26日午前5時に起きて仕事の続きをする前にノノパパさんの

ウイルスバスターのおかけで、もう寝る暇もありません(^^;


の神々しいばかりのお言葉を拝見した。

もしや・・・・もしや・・・・もしかして・・・・インターネットニュースを読みあさった。

なぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・ウイルスバスターのミスだったのか?!!

全ては「すーさんの仕業」だと思い込んでおった。

すーさん、本当にごめんちゃい。
あなたは、ただ、ウイルスバスターのアップデート画面が邪魔でブヒブヒ言ってただけだったのね。

ウイルスバスターのせいで我が家の週末は「地獄」だった。
それも「叱るに叱れない」とすーさんを横目で見ながら、ひたすら「元のDELLちゃんへ」と頑張ってしまった。

ノノパパさん、ありがとう。
そして、しばらくは続くサポート業務にお体を壊されませんように。

すーさんが起きてきたら、大好きな「ぶどうパン」と「クリームパン」をシコタマ食べて頂こう・・・とさ。



追伸:今朝、爺さんに会ったら(それほどまでに会話をする時間がありません・・苦)ウイルスバスター側のミスのことは知っておった。
   だが、全部がそのせいかどうかは爺さんとしてはまだわからないと言う見解だそうだ。
   確かに悪夢のアップデートの時間より前に既に我が家のウイルスバスターの設定が無効になっていたこと。
   爺さんが帰宅してから様子を見たほんの数分間の間にすーさんのアカウント名が書き直されたという不可解な事実。
   今、ウイルスバスター側には問い合わせが殺到しておるのであろうが、この大波が引けた頃を見計らって爺さんは問い合わせをしてみるらしい。
   頼んだぞ、「我が家のパソコン担当」



なぬおぉぉぉぉぉぉぉ

2005-04-26 07:50:45 | すーさん

23日土曜日。
【なぬおぉぉ~:その1】

朝から保育園で「懇談会」が行われた。
5月から始まる(初めて聞いた)保育園の
セキュリティー強化の為、夕方5時以降は教室へ入れないことになった。
それに伴って、荷物の置き場所や延長保育の着替えなどのこと、上履き袋の用意や歯ブラシケースなどを揃えるなど
朝一からの懇談会にしちゃーハードな内容だった。
そのあと、今年度の「父母会」の役員を決めた。
婆さんは去年(まだ終わってないけど)役員を真面目一筋にやらせて頂いた。ここでは「勉強になりました」と書いておこう(笑)
メチャメチャ細かいことを言う父母会の会長さんからは「絶対にジャンケンで次期役員を決めないように」
・・と当日、保育園の玄関で渡された役員への注意事項に書いてあった。

「ジャンケンがダメなら《アミダ》とか《くじ引き》ならいいのかい??」と今年一緒にやった役員Tと毒を吐いておった。

「年が上に行くに従って役員は大変になりまっせ。一丁、ここらでやっておくことをお勧めしますがな」

その声かけに無事に次期役員は決まった。

全大会の後、わしはタコ先生とウイング先生とすーさんのことで話し合いをすることになっていた。
ママ同士のメルアド交換にちょっと参加したが、タコ先生が大学ノートを抱えてウロウロしていたのが
見えたので、
「じゃぁね」と言うとすーさんのことでこれから話をすることになっているのを知ってる婆友は
「この後のことは任せておけや。いっといで」・・・そう言って送り出してくれた。

今朝早くにこの話し合いのことで最近のすーさんのレポートを作成したので3部印刷した。
ヤッツケ仕事にしちゃ、かなりすーさんの実態に迫った追跡調査報告となったので、
婆さんは胸を張って(いつもこんな感じか?)ホールに入った。

タコ先生もウイング先生も、そして、5分遅れでやってきた(参加してくれるとは思わなかった)園長先生は、
揃って大学ノートを広げ婆さんの話を聞いてくれた。
これじゃ、「講習会」じゃないか?(笑)

【なぬおぉぉ~:その2】

この時の話は後ほどとして・・・午後1時、セブンイレブンの冷やし中華を片手に帰宅した。
お昼ごはんを食べながら急ぎの仕事をしようとディスクトップのパソコンを立ち上げた。
・・・・と思ったら、待てと暮らせどイラストレーターが起動しない。
[Ctrl][Alt][Delete]で様子を見ると5分後に数知れないタスクマネージャーが現れた。

「なんじゃぁ~、これは??」

次に立ち上げようとしても、強制終了したのでXPのスキャンが始まるはずなのに、XPは何も要求しないで動き始める。
でも、依然各ソフトは立ち上がろうと懸命になっておるのだが立ち上がれないでいた。

「これはただごとじゃないぞ!!」

わしは爺さんに連絡を取りながらノートパソコンで仕事を進めることにした。
もう、そのころには冷やし中華の麺がうどんサイズになっていた。(それどころじゃないよ)

この一大事に爺さんの携帯からは「留守番電話サービスに接続します」しか言わない。
電源を切っておるのか!!
今日は土曜日だけど、仕事があるからって出掛けた。
仕事のフロアーが3階から2階になったことで1月末に変えたばっかりのFOMAじゃ電波が届かないってことで、
先日ムーバに無理矢理戻したのに!!

2回この世の声とは思えない恐ろしい声で留守電にメッセージを残した。
それでも電源を入れるたびにできることがミルミル少なくなっていくディスクトップのDELLちゃんのCPUが
唸りを上げていくのを聞いていたら・・・たまらなくなって、会社に電話した。

たぶん、部長さんじゃなかったか?と思うがそんなことはどうでもよい。
「爺さんをお願い・・いや、爺さんを捕まえてくれ」と伝えた。
爺さんとは違って「電話慣れ」している部長さんは
「違う階にいるのでわからないんですが、内線に出ないんですよ。またしばらくしたら見に行ってみますね」

おりゃ~~~!!どこにおるのじゃ!!今すぐに降伏して出てきやがれ!!

結局、DELLちゃんは死への道のりを加速しながら走っているのが確実となった頃

ごめんよ、ごめん。半地下の場所で打ち合わせしているんだよ

普段声色を変えない爺さんもさすがにこの時ばかりは焦っていた。(そりゃそうだ)

とりあえず、土曜日出勤と偽って逢引しておったのか、どうか??を手短に聞いてから、
DELLちゃんが危篤状態だからすぐ帰ってくれ・・と伝えて電話を切った。

電話を切ってから今日のことを振り返った。

●わしは早朝タコ先生達とお話する時に必要な原稿を作った。・・・・その時は問題なし。
朝、7時20分にすーさんが起きて来て「パショコン、おりーて」と言うので、印刷だけ付き合ってもらってから、
DELLちゃんはすーさんと朝デートした。

●婆さんは、ウイルスバスターのアップデート画面が出ていたのだけはチラッと見て朝食の仕度に取り掛かった。

●7:55 すーさんに「パショコン、お~わ~り」と告げて食卓につくように言った。その時は、すーさんはちゃんと終了させていた。

これは爺さんが早々に帰って来てくれてから聞いたことのなのだが、
●前日の夜、爺さんがパソコンと戯れておった時に「ウイルスバスターの設定がすべて無効」になっているとの警告を受け、
 とりあえず、設定を有効にした。

結果、前日の夜にすーさんがウイルスバスターのファイアーウォールをはじめ全ての設定を無効にしたことによってウイルスに感染した!!

午後4:30。保育園へすーさんを迎えに出ようと思ったら爺さんが帰って来てくれた。
婆さん:「すーさんでログインすればまだ起動するかもしれない」
爺さん:「すーさんは制限ユーザーだから、少しだけ逃れたのかもしれない」
婆さん:「マジに思いっきり興奮してますがな」
爺さん:「まずはLANコードを抜こう」
婆さん:「ウイルスじゃよ、ウイルス!!」
爺さん:「(画面を見ながら)これは外部から操作されているよ~~~~」
婆さん:「ひぇ~~~、寿命がこれで5年縮まったぞよ」

すーさんと一緒に帰宅した時にはすでに爺さんはDVDに「Eドライブ」のデータを落とそうとしていたが、
ファイル名に「ポ」と「全角ハイフン」が入っていると書き込めないとDVD書き込みソフトがダダこねているので、
一個一個ファイル名を「ポ」を「ホ」に直していた。

婆さんの仕事柄「ポスター」とか「ワンポイント」とか「ポ」がファイル名に入っているのは数知れず。
ご苦労である。

すーさんは、久しぶりに自分を待っていてくれる爺さんがいることで上機嫌。
だが、DELLちゃんを使えないとわかると「ヤダヤダ攻撃」を仕掛けてきた。

婆さんは、あらかじめそんなことだろうと思っておったのでノートパソコンにDELLちゃんと同じ仕様を仕込んでおいた。

婆さん:「こっちでやんなさい」
すーさん:「あい」

すーさんはノートパソコンの電源を入れた。
「おい!おまえには電源の入れ方だけは教えてないぞ」

土曜日の夜は爺さんが頑張ってCとDドライブをフォーマットして、出来る限り「元のDELL」に戻そうと頑張ってくれた。

夜12時近くにすーさんが寝て、婆さんも1:30まで仮眠をした。
1:30にリヴィングへ再登場した婆さんは闘志に燃えていた。
「ウイルスには負けない!!」

婆さんは朝までに早急に必要なソフトを入れ直した。
そろそろ外の空が明るくなった頃、弥生会計を入れた。

わしの2004年度のデータは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・消えていた。

Dドライブに弥生会計は入っていた。そして、バックアップもそこに保存されていた。

忘れてた

他のバックアップはボスの所にあるのじゃが、わしが自営でやっているデータは消えた。

ボスに「すーさんがウイルスバスターをいじったのでバックアップ下さい」と傷心のままメールで懇願した。

ボスからの返事は
「ウイルスバスターめ、損害賠償しろ」だった。

わしは「ボスはやっぱりすーさんのファンなのね」と思って返事を書いた。


24日、日曜日。

ノノパパさんが忙しい!!それもウイルスが大流行!!


「はて???一家に一人すーさんがいるのかな?」

そんなとぼけた状態で月曜日はまだ手をほどこしていない設定と仕事に明け暮れた。


緊急告知!!

2005-04-22 13:10:17 | すーさん

*画像をクリックして頂きますと
  NHKのページに飛びます

チャンネル: 9ch : NHK教育
放送日時: 4月23日(土) 20:00-23:00
Gコード: 28292168

ETVワイド・ともに生きる
第1回 できない子って言わないで~発達障害の子どもたち~

新入学の季節にお送りする第1回目のテーマ
「教育」です。

勉強や集団行動が苦手で、「わがまま」とか「できない子」と誤解されてきた
「発達障害」の子供たち。その一人一人に合わせた教育を行おうという「特別支援教育」が各地で始まっています。みんながともに学べる学校・教室はどうしたら可能か。スタジオに多彩なゲストを迎え、VTRや中継も織り交ぜながら、考えていきます。

ETVワイド・ともに生きる3時間の生放送
▽テーマは“教育”
▽アスペルガー症候群やLDなどの“軽度発達障害”
▽国の特別支援教育
▽発達障害とはどういうものか?
▽なぜオーダーメードの教育が必要なのか?
▽学校独自のアイデアや地域の取り組み
▽一緒に学べる学校づくりを考える
▽石井竜也ミニコンサートを中継


[詳細] ETVワイド・ともに生きる
◇障害のある人とない人が共に生きる社会を目指すノーマライゼーションをテーマに送る。
1回目は「教育」にスポットを当てる。
文部科学省の調査によれば、全国の小中学生の6%がアスペルガー症候群や学習障害(LD)などの
「軽度発達障害」であることが分かった。
国は特別支援教育をはじめ、そうした子供たちに適したオーダーメードの教育ができるよう動き始めている。
しかし現実には教師の人数や資金の問題など、多くの課題がある。
学校独自のアイデアや地域の力などを上手に利用している取り組みを紹介し、
一緒に学べる学校をどのようにつくり上げていけばよいのかを探る。


うさこ86さんKmamaさんのブログで幸いにも知ることができたのは昨夜。
一晩たって、ビデオの準備をしようとしたら・・テープがない!!
これから買いに行こう・・・。
もしかして、婆さんのブログを見てこの番組のことを知って下さる人がいるかもしれんと思い、
うさこ86さんの真似をして
緊急告知!!

地方によってチャンネルが違うかもしれませんので番組表なのでご確認下さい。
この時間は、すーさんとの「バタバタタイム」ですし、どのご家庭でも3時間ぶっ通しで
ご覧になるのはかなり難しいかと思いますので、是非、今日のうちから録画の予約をお勧めします。

準・母子家庭

2005-04-20 18:02:29 | すーさん
婆さんもフラフラしているようで何かと忙しい。 でも・・・・



爺さんは、激務中!!



曲がりにも(失礼w)サラリーマン。
会社が請け負った仕事は社員がこなすのは当たり前田のクラッカー。


永年ってほどでもないが爺さんは婆さんの何気に気弱な性格を知っておるので、
今回の激務突入に当たり、前もって



5月から8月いっぱいは土日もなし。夜も遅い。



そう通達してたのであるが、すでに先々週から思いっきり遅い。



”うそつき”



ゴールデンウィークも夏休みも全く関係ないそうだ。

でも、でも、でも、すーさんは関係あるじゃん。
ってことは婆さんにも関係あるじゃん。

婆さんだって今仕事の嵐が確実にやってくることがわかっている状態。
それまでになんとか片付けられる仕事からチマチマやっているんじゃ。

そんなこんなの昨日の夜。
久し振りの保育園に行ったすーさんはやっぱり1時間半以上も床の中でゴニャゴニャやって寝ない。
とうとう夜11:15分になって玄関のドアが開いた。

すーさんはその瞬間にゴニョゴニョをやめてピタリと静止した。
目はギラギラ。
まるで獲物を仕留める直前のライオンのようだ。

獲物はいつもだったらすーさんと婆さんが横たわっている部屋をまず覗くのであるが、
昨夜は足取りも軽く向かいの部屋に入って着替えていた。
標的になっているとは知らずに・・パジャマに着替えちゃって・・オホホホ

ライオンはしばし「考え中」の様子。

爺さんは3日間のすーさんの早寝に(昼寝なしの鼻水の薬服用が手伝ってくれて)
気を許していたので「まさかギラギラしているとは思わなかった」そうだ。
(後から聞いた話)

しかし、婆さんとしてはギラギラのライオンをずっと黙って見ているのは精神衛生上
とてもよろしくないと思い、
「もうそろそろ寝ましょうよ」と声を出した。(罠を仕掛けたとも言う)

疲れてヨボヨボに磨きがかかってるにもかかわらず、その声に気がついて爺さんが部屋に入ってきた。



おとうしゃ~ん・・・ガブッ


首を一撃され即死したかに見えた獲物は蘇った。



「どうして寝ないの? また、寝る時間が遅くなっちゃうのかよぉ~」
と、苛立ちを隠せない調子ですーさんの隣のベットに横になって反撃した。


(やるじゃないか、獲物よ)


婆さんは「爺さんの夕食の配膳」と言う大義名分で入れ替わりに部屋を出た。
(ちょっと休憩よっ)


15分後、「あれからギラギラライオンはすぐ寝たよ」と言って爺さんはリヴィングに戻ってきた。

そして、安堵の表情で言った。

「ギラギラライオンは待ってたんだな」

もしかして、やっぱり、すーさんは爺さんの帰りを待っていたのかな。

婆さんもなんとなくそんな気がするのじゃ。

ってことは・・・っだ


これから何ヶ月も毎晩遅寝のギラギラなのか???


・・・・恐ろしいことなので今は考えるのはやめよう。
但し、婆さんは決して安堵などしない。
とにかく、今考えるのはやめただけじゃ。


まずは、嵐が近日中にくるのだからその前に少しは何かしておこう。



って、何から手をつけようか・・・   




いつでも歌おう

2005-04-19 15:23:02 | すーさん
昨日、療育センターですーさんの2回目の診断がくだされた。

広汎性発達障害
軽度知的障害

昨日で生後48ヶ月と0日のすーさんは、31ヶ月(生後2年7ヶ月)の発達と診断された。

あくまでも平均値ではあるが、爺さんも婆さんも発達の凸凹加減とやらには納得できた。


これからのすーさんとの関わり方についてK医師からお話しも聞いたが、
基本的には「すーさんをよく見て、その時のすーさんにどうやって手を差し伸べたら良いかはその時々の親の判断に任せる」と言うものであった。


婆さんは昨日仕事を取り止めた。
すーさんと休みを確保してくれた爺さんと3人で過ごすことにした。

皆さんからの心温まるコメントに感謝しながら今日タコ先生に渡す報告書を作成した。

戸惑いや迷いは影を潜め、「私立探偵、いい婆さん」が勢い良く走り出しK医師の丁寧なお話をヒントにすーさんの実像を探ることが楽しくなっていた。

健常児の平均的発達を100とすると65の発達しかしていないすーさん。
その65の指数はたぶん変化しないであろうとK医師に告げられたことも受け止めた上で婆さんはすーさんの追跡調査を改めて開始したのであった。

決して、今後も婆さんがすーさんと同化することはあるまい。
しかし、近寄ることはできるのだと信じることにした。

近寄ることができるのは婆さん、爺さんだけではない。
タコ先生も親族も面白人間達も・・そして、これから出会う全ての人達も。

すーさんは生きている。
すーさんは生きている生身の人間であることを肝に銘じた。
『10分ですーさんが全部わかる本』なんてものはこの世に存在しないこともよくわかった。

これからは歌いたい時に唄おう。
気持ち良く唄っていたら、もしかするとすーさんも一緒に唄ってくれるかもしれない。
かもしれない・・それでいいじゃないかのう。

追伸:5月からすーさんは「あの」先生の所でレッスンを受けることが決まった。
   4月30日に初めてお会いする約束をした。
   まだ見ぬ先生が電話でこう言った。
  「婆さんが先日のお電話で『治療と言うレッスンでなくていいんです。
   そこにピアノの音があってすーさんがそれを聞くことができて、
   あわよくば、音を楽しめる空間であればそれでいいのです』
   と、おっしゃって下さったので、喜んでお受けすることにしました」・・・と。
   そして、
   「婆さんが楽しんで下さいね」・・・と念押しされた。

   

頑張らない誕生日

2005-04-18 07:31:49 | すーさん
今日はすーさんの4回目の誕生日

昨日は爺さんが休日出勤だったので婆さんとすーさんだけの日曜日だった。
母子休日は久し振り。
婆さんは・・・ほんとはかなり緊張してた。

うまくやっていけるのか?
まるで嫁入り直前の初々しい不安と同じように(例えが違いすぎるか?w)

今夜ちゃんと寝られないと明日の誕生日は朝から不機嫌になってしまうだろうから・・。


頑張ろう!!

モトイ

一緒に笑おう!!だ。


1つだけ意識して過ごしたことがあった。
すーさんに「どうして?なんで?」と言うのはやめようと。

チュー先生がこども館をお休みしていると電話で確認してから、
公園を渡り歩き、お昼ご飯もなんだか適当にして、ペットショップに1時間もいたり、
夕食も超手抜き。

ダメ婆さんを優先したら、すーさんは聞いたことない言葉がチョロチョロお目見えした。
膝の上に乗せて一緒にパソコンでノンタンの絵合わせをやったら、
すーさんは透視できているみたいに絵合わせをもの凄いスピードでやった。
婆さんは「すご~~~いね~~~!!」と言うしかなかった。
すーさんは画面から目を離さないまま「ニヤッ、へへっ」と笑う。
色々な意味で不気味で面白かった。

お昼寝は「ない」と言うので素直に寝かせなかった(笑)

鼻水の薬を盛ったこともあってか、夜9:45には没。
今、朝7時を過ぎたけど起きて来ない。
そしてそして・・夜泣きも夜叫びも夜の徘徊もしなかった。

これこそ、記念すべき朝を迎えたわけだ。
心から嬉しい。

すーさんが生まれてからクリスマスケーキとBirthdayケーキはわしが作っていた。
今回の誕生日・・何も用意していない。
アロマポットのろうそくを見ただけでも絵本でケーキを見ただけでも
「誕生日おめでとう!」とすかさず言う最近のすーさん。

でも、婆さんには「手作り手作り」と気負うことは「今」はしていない。
できる時にできる人がやればいい・・・。

今日は、療育センターの合計3回に渡る診察検査の集大成「診断」がくだる。
誕生日と重なっていることもあって、爺さんは必死に今日のお休みを確保してくれた。

既に最初の診断から3ヶ月。
2回目になる今日の診断にはさほど身を固くしていない。
それよりも3回の診察検査は婆さんにとっては「ありがたや」と思えることばかりだったので、
感謝の言葉だけは忘れずに言えることを願って。

追伸:今日、2時まですーさんを保育園に預けるか?
   婆さんは今日の仕事を取り止めにするか?

   考え中考え中考え中


笑うのは・・・あなた

2005-04-17 10:03:45 | すーさん
和田アキ子です(笑)

ここ数日、療育手帳を一応(まだ説明が全部終わってないので再度市役所に出向きます)手にしたり、療育センターへ3回目の検査へ行ったり、発達支援課へ行きK先生独自の方法で結構有意義な40分を過ごしたりと色々あった。

が、収穫はこれ、

”笑うのは・・あなた自身!”

あなたとは=親 ってことです。

わしはどっかでちょっと違ってました。

「すーさんの笑顔が欲しい」

そう一途に思い、懸命になり・・・そして、疲れていた。

でも、これは親として家族として「当然」のことなんだろうと。
「ヘコタレチャだめやんけ」
そう、言い聞かせてきた。

これは頑張ってますで賞もんだった。

しかし、これは違っていた。

療育センターでの3回目の知能検査の時、マッチングの問題を終えた後すぐに「検査拒否」するすーさんに
先生はそれなりの言葉で
検査へ戻る気ある?・・・と聞いて、すーさんが「ない」と答えると
すぐに気に入りそうなおもちゃを持って来てくれた。

そして、その後婆さんの話を聞きながら色々なことを話してくれた。

今まで会った先生の中で一番長老かも?と思われるその先生は、
婆さんとすーさんの初めてのおもちゃを介して交わされるほんの
わずかな会話と動作を見てこう言った。

「いい親子に見えますよ」

婆さんは「え"?」と言いながら、「いい親子」と言う言葉の意味を探っていた。

婆さんは探っているうちに今まで自分がなんだかんだと元気で頑張ってきちゃったこと、
そして、そろそろ疲れが出てきたかもと自覚し始めてきたことを
話してしまっていた。

「笑うのはすーさん1人じゃダメです。笑うのは婆さん、あなたですよ!!」

と、きっぱり言われた。

「婆さんが楽しくて笑って、でも、すーさんは笑わなかったとします。
でも、それは気にすることじゃないんです。
すーさんは、婆さんが笑った事の意味がわからなかったかもしれない。
可笑しいと思えなかったのかもしれない。
でも、婆さんは可笑しくて楽しくて笑えたのなら・・
それでいいんです。
婆さんが笑えることが一番大事なんです!!」

「自閉症のお子さんを持つお母さん達の中には鬱病を患ってしまう人が多いんです。
一生懸命に我が子の為にと一心不乱に毎日を休みなく過ごしていくと
どうしても疲れてしまうのです。
疲れて当然なんです。
先は長いんです。婆さんが倒れたらすーさんも共倒れです。
一生懸命に頑張らなくても親は自ずと自然に子の事を考えるもんなんです。
だから、だから、だから、
婆さんが笑っていることを最優先していいんです!!」

同じようなことを垢パンダ殿からも言われたことがあった。
「頑張りすぎるな、一生懸命になりすぎるな」と。

村先生からのメールにも
「このままじゃ、婆さんあんたは死んでしまう。もっと楽にしてくれ」と。
面白人間達からも「頑張りすぎるな」とフォローしてもらったことも幾度もあった。


聞き流したわけじゃなかった。
でも、どうすればこの「突っ走り系」の婆さんを止められるのか?
本人でさえも実はわからなかった。
突っ走っていることさえも自覚がなかったからじゃ。

昨日、1年ぶり位で婆さんは兄貴の所へ遊びに行った。

「実は、すーさんとのやり取りの中でわし自身が癇癪を起こして
『今、すーさんのこのプチプチの太腿をバシッ!!』って
叩きたい衝動にかられた時があった」と婆さんは言った。

「俺もあったよ、ミーちゃん(自分の息子=重度障害者)が
まだまだ初期の頃『ここで殴ったらすっきりするだろうなぁ』
って思ったことが」

そんなこと初めて聞いた。
いつでもどこでも最愛の息子として受け入れている兄貴の姿しか
見たことなかった婆さんにはそんなことを思ったことがあるなんて
全然わからなかったし、知らなかった。

「でもな、殴ったところで、蹴ったところでたぶんスッキリしない
だろうって思うんだ。自分を責めて責めてもっと苦しくなるだろうって
思ったんだ。

最初は健常者との差を一生懸命埋めようとしたよ。
スタートはマイナスだったけど、きっといつしかマイナスの数値は縮まり、
ある時、差がなくなる・・そう思ってた。
だけど、一生懸命やってもやってもマイナスはマイナスのままである現実に
『どうして差が縮まらない?!』とミーちゃんを心の中で責めることになった。
責めるしか一生懸命の親にはできなかったんだよ。
ある日、こんなのは、悲しいよ・・とわかったんだ。」

「そうなんだよ、一生懸命って疲れるから笑えなくなるんだよ」
婆さんは素直にそう言えた。


昨日、兄貴の所へ行く前に保育園に寄ってお昼寝布団のカバーの交換をした。

タコ先生がいた。今回の土曜日はタコ先生は出だったんだ。

タコ先生はすーさんの担任の先生で別の言い方をすれば加配の先生である。

保育園に行く前に爺さんから
「最近、すーさんはあんなに好きだったタコ先生に『おはよう』と
挨拶はするもののその後は目も合わさないんだよ」と聞いていた。

案の定、すーさんはタコ先生に「おはよう」と言ったきり目を合わさずに「帰ろう」と婆さんに言った。

2階の教室に行って布団カバーの交換をし始めてまもなく、タコ先生が教室に入ってきた。

「これがすーさんの作った鯉のぼりです、見て下さいね」と掲示されている鯉のぼりを指差した。

タコ先生はちょうどお昼ごはんどきの時間だったのに、他の子供達を置いてわざわざ教室へ来てくれたのだ。

タコ先生は悩んでいる・・そう、婆さんは思った。
タコ先生は自信を失くし始めている・・そう、見えた。

わしは、カバーの交換をしながらタコ先生と目を合わそうとしないすーさんのことをなんと見るかをどう言おうかと考えた。

「タコ先生がいつも近くにいてくれるって甘えているんですわ」

そう切り出した。

「今までは探さないと見えなかったタコ先生が探さないでもいるってすーさんはわかったんです。
いつもそばにいてくれると知ったのです。」

タコ先生がまだまだ「よくわからない域」にいる表情をしているのを感じながら婆さんは教室を後にした。

みちこさんは、次男君との接触が薄いのかも?と思われる加配の先生に対してなんらかの疑問を感じているとコメントから伺える。

婆さんはタコ先生がすーさんに接近し過ぎてすーさんが満腹感を感じているのではないかと思われる。

今日は、爺さんが日曜日だが仕事に出掛ける。

チュー先生いるこども館に行ってみよう。

タコ先生のこと、すーさんのこと、チュー先生に会えたのならちょっと話をしてみよう。

誰でも自信なんて持てないんだ。

でも、笑うには自信みたいなものが必要だ。

わし一人ではやっぱり笑えない。

だから、婆さんが笑えるためにみんながそこにいてくれるんだと・・・・。

抽象的な表現ですまんのう。

タコ先生は立派な先生だ。
婆さんの「もっとすーさんを見ておくれよ」ってことに
一生懸命に答えてくれているのだ。

わしは、タコ先生の気持ちが痛いほどにわかる。
わかるからこそ・・・なんとか「今」を笑って過ごして欲しい。
わしも笑いますがな・・大声で笑いますがな。
笑う婆さんを「真剣じゃない」と言われても・・わしは笑うのじゃ。

「文句ありまっか?!」

文句あるならいつでも引き受けまっせ。
どんなに自閉症の子を持つ親が笑うことが大切なのか?!語りますがな。

すーさんは、障碍の程度は中度ですがな。
それって、婆さんが笑顔を失くして良い程度ですか?

婆さんはこれからも面白人間でいたい。
どんなにそれが「冗談ばっかりでいい加減な婆さん」と突付かれてもだ。

笑おうぞ・・皆の衆!!



追伸:ノノパパさん、ネオンテトラが白点病でヤバイです。薬浴してます。残り2匹です。


受診サポート手帳

2005-04-14 00:12:45 | すーさん
すーさんもそしていい婆さんもここの所ずっと忙しかった。
ブログの更新もできなくて・・・。

書きたいことは山ほどあった。
すーさんの担任の先生のことや来週のすーさんの誕生日に向けて仕込んたアクアリウムのこと。
あのぽぽちゃんが我が家に来てすぐに馴染んだこと。
大きな地震のこと。

でも、昨日、まさるママさんのサイトで「受診サポート手帳」のことを教えてもらったことで
山のように書きたいことを後回しにすることにした。

すーさんのかかりつけのカバ先生の所(小児科)だけなら良いのであるが、
中耳炎になったりして見慣れない病院へ行くたびに親子共完全にくたびれてしまう。
行き慣れない場所に白衣の見慣れない人達に怯えパニックを起こすと
すーさんをなだめたり、とにかく落ち着ける道具と場所を探したりして、医療関係者には
なかなかパニックのことを知らせられないのが実情である。

「受診サポート手帳」なるものがどの程度効力があるのかはわからないが、
診察券や保険証を提出するのと同時にほんの少し読んでもらえるだけで、
なんらかのすーさんの情報が看護婦さんや医師に伝わるのではないか?と
思っているのである。

誤解のないように書きますが、これは「自閉症だから大目に見てね」と言う大きなプラカードのように使用するのではないのです。
「自閉症だからって世の中に甘えるつもりなのか?!」と聞かれたら「違います」とはっきり言える。

婆さんはこの手帳を貰えなかったら自分で作るつもりだった。
ただ、市役所の方にこの手帳の現物が来週でないと入って来ないと聞いたので
作るのはその後でもいいかな?と思ったのだが、地方自治体でこのような手帳が
発行していない地域の人達が「使ってみようかな?」と思ったら、自宅のパソコンで
作れるようなものがあってもいいような気がして・・・。

完全模倣なので簡単なものであるが、作ってみようか?とお思いの方がいたら
一度ここを覗いて見て下さい。


この手帳はなんの強制力もないものだが、手を差し出したくてもどのタイミングで
どういう手を差し出したら良いのかわからない人側にも「あったら便利」なメモじゃないかと思う。

追伸:参考ページはこちらです。


始まりは5冊目から

2005-04-04 00:26:17 | 保育園
すーさんが2歳児クラスでチュー先生と村先生と交わした「連絡帳」は3月31日で既に5冊目になっていた。

つい、先日5冊目に突入したばかりだ。

****3月30日(水曜日)*****(たぶん、チュー先生からだ)

新しい教室にも少し戸惑いの見られる面もありますが、スムーズに進んでいます。
この1年のすーさんの多方面に渡る大きな成長を感じ、4月に入ってからの変化にもいきつもどりつ何とか超えていけるかな と思います。
すーさんのそばに必ず知っている顔もいるはずです。
すーさんの力も爺さん婆さんが乗り越え積み上げてきた力も信じています。
何かあれば、今年一緒に生活した2歳職員も園長先生も主任も皆、力になってくれるはず。
勿論、担任になる人は言うまでもなく。
この一年がもとにもどることはありません。
それを経験した上でのスタートです、

その再スタートに一緒にいられなかったのは本当に残念ですが、まわりにたくさんいますから安心して下さい。
そしていつでも会いに来て下さい。

園庭では、たいそうのCD等がかかっていたのでそちらに気が行ってそばを離れず、聞いたり歌ったり腰をフリフリ動かしたりしていました。

今日の給食のデザートのリンゴも他のものと一緒にテーブルにおいたのですが、ちゃんと食後のデザートとして最後に食べていました。
***************************

3月30日、婆さんは早目に迎えに行けると思っておったが玄関で靴を履いている時に仕事の電話が入ったのでいつもと同じ時間になってしまった。

前日は(チュー先生が異動と知った日)1日中そのことをずっと考えながら仕事をして、保育園に迎えに行った時に再度掲示板を見直し、眠れないけど眠ろうと思った夜を過ごし、30日のお迎えの時間を迎え、それらの疲れからか自分の体がリセットされていることに気がついていた。

教室に入ろうとしたら・・チュー先生が満面の笑みをたたえ「婆さん、おかえりなさい」と迎えてくれた。

「まだいらしたんですね?」
「えへぇ、まだいますよ」 そう応えるチュー先生はやっぱりいつものチュー先生だった。

チュー先生は帰り支度を進めながら聞いている婆さんに本当に色々な話をしてくれた。
いつもは「伝えたりない」と思うのは婆さんの方なのに、今日はチュー先生が「これでもか!これでもか!!」とご自身に言い聞かせるように話してくれる姿が嬉しかった。

婆さんはチュー先生のおっしゃりたいことがこの時全部理解できたと思った。

「伝わったぜ・・チュー先生。新しい場所で新しい子供達とその笑顔でたくさん触れ合ってくだせい。わしは、やっとお礼を言える気持ちになったから」

そう、口には出せなかったがな。

チュー先生はすーさんのいる教室まで降りて来てくれた。
すーさんはやっぱり今日も最後の1人の園児だった。

すーさんが上着を着て、靴を半分婆さんに履かせてもらって正面玄関のドアを「あ~け~る」と言おうとした時、
チュー先生は「明日の朝は爺さんがいらっしゃるんですね?」と聞いた。
「たぶん、そうなると思います」 と婆さん。

それはこの保育園でチュー先生と会う最後の瞬間が今なんだと言うことをはっきりさせた。

「ありがとうございました。また明日、チュー先生・・・さようなら」

すーさんは「せんせい、さようなら」と言うか言わないかで外に出た。

「すーさん、おまえさんはそれだけかい?」 そう言ってしまいそうになった時、すーさんは分厚いドアに戻り、両手をドアに当てて「バイバ~~イ」とチュー先生に言った。

ドアを閉めたら振り返ることのないすーさんが、門の近くまで来たのにドアに戻ってそう言ったのだ。

わしは、3歳児クラスに一緒に上がれるとずっと思っていてくれたチュー先生を送り出すと決めたのだ。

もう、泣かない。

分厚いドアの向こう側ですーさんの「バイバ~~イ」に応えているチュー先生の膝下だけを見てることしかできなかった。


自転車の後部座席に座ったすーさんが首をかしげた。
「おつきさま・・ない」

「そうだね、今日はおつきさま出てないや。 すーさん、お願いします」
「はい、しゅっぱつしんこう!!」

すーさんのいつのも掛け声で漕ぎ出した自転車はいつものように走りだした。





3月31日夜、婆さんはいつもの時間にすーさんを迎えに行った。
もう、チュー先生は今日の午後から引継ぎのため新しい職場へ旅立ったはずじゃ。

保育園の玄関では他の園へ異動してしまう先生とお子さん、親御さんとの記念撮影の真っ最中だった。
年寄りの大きな御世話ってことでシャッター押す係りを買って出た婆さん。
その写真の被写体としてドラミちゃん先生もやよ先生もいた。

すーさんが「やよせんせ~~い」と呼び、
やよ先生が「は~い」と答えてくれる。
やよ先生が「すー~~さ~~ん」と呼び。
すーさんが「は~~い」と答える。

このやり取りは今年に入ってすぐ延長の時間にやよ先生とすーさんが育んだ挨拶だったな。

やよ先生は他のクラスの先生なのにこの掛け合いの相手にすーさんが選んだのだ。
やよ先生は美人。そして、すーさんと同じように「デコッパチ」 (笑)
すーさんはやはり面食いだったのか?

撮影会でのシャッター係を終えて階段を昇ろうとしていた時

「婆さん、今年もどうぞ宜しくお願いします」   と声がした。
振り返るとそこにはアイボリーのPコートを着てにっこり笑っているタコ先生が立っていた。

発表が遅くなってしまったが、すーさんの3歳児クラスでの担任の先生は「タコ先生」と「ウイング先生」である。

タコ先生は保育士さんの中ですーさんが一番好きな先生なのである。

「こちらこそ、またまたご迷惑をたくさんお掛けすると思いますが、どうぞよろしくお願いします。」
「なんでも言って下さいね」
「ええ、遠慮なくそうさせてもらいます。 今年は『なぜすーさんがタコ先生が一番好きなのか?の謎に迫る一年にしたいと思っております。』
「なんででしょうねぇ~。でも、たぶん、最初に私がすーさんを抱っこしたからだと思いますよ」

うっへぇ~~、そだそだ、そうだった。

タコ先生は1歳児クラスの担任でもあった。最初は、すーさんは抱っこされることを嫌がっていた。
ある日、タコ先生が「すーさん、抱っこを嫌がらなくなったんです」と話してくれた時のタコ先生の素朴な笑顔を今でも覚えていた。
すーさん側からすれば「初めて抱っこを許した先生」だったのだ。

そうか、それは確かに村先生もチュー先生も勝てないはずだよな。

30日の夜、チュー先生はこう話してくれた。

「タコ先生はすーさんの一番好きな先生なんです。私も村先生も勝てませんでした。」と園長先生に話しておきましたと・・・。
「また、チュー先生クラスミーティングするんですか??って言われる位ミーティングをしてきたし、連絡帳は事あるごとにタコ先生にも読んでもらっていましたから」と・・・。

タコ先生は2歳児クラスの時も隣のクラスの担任だったので、すーさんの過去2年間の様子はほとんど知っている。
すーさんは幸せ者だ。

その日、保育園の玄関で「婆さん、今度担任になったウイングです。これからなんでも聞いて下さいね」と春色のコートに身を包んだ人に声をかけられた。
「そそそそそそうでしたか・・こちらこそどうぞ宜しくお願いします。」
「本当になんでも聞いて下さいね」
「婆さんに食いつかれるとしつこいでっせ。長いですしね・・・」と言ってから「しまった、最初から脅かしてどうすんだよ?」と後悔したが遅かった。

帰宅後、わしはこれで最後になる5冊目の連絡帳を開いた。


****3月31日(木曜日)*****(たぶん、村先生からだ)

今日は全体でのお別れ会、クラスでのお別れ会、”別れ”というのをなんとなくかんじているようなので
”さようなら” ”いやなのー” と泣いたりする場面もありました。
今日はさすがにすごく感じるようで寝付けずにいます。

すーさん、この一年ですごく成長しましたよね。
私達もすーさんと一緒に成長させてもらったような気がします。
また新しい生活の中ですーさんがどんな成長をしてくれるか、とても楽しみです。

婆さんが迷った時、くじけそうになった時、いつでも呼び止めて下さい。

本当にこの1年、ありがとうございました。

2人共もちあがれませんでしたが、いつも見守っています。 

チュー、村、

*************************************



村先生は0歳児クラスの担任になられた。
よっしゃー! すーさんと一緒に赤ちゃん部屋へ遊びに行こう。

そう、思って明日は持っていかない5冊目の連絡帳をテーブルに置いて夕食にした。



****4月1日(金曜日)*****(たぶん、タコ先生からだ)・・でも1枚の紙に書いてリュックに入っていた

すーさん、進級おめでとうございます。

園庭では滑り台をしたり、フープや縄跳びで汽車をして、もーちゃんとツンちゃんと走りました。

進級式は保育士の膝の上でしばらく参加し、各クラスの担任に名札を配られ始めたら泣き出してしまい、
ままごとコーナーで落ち着きました。

「エビカニニクス」の体操では耳をふさぎながらも様子を見ていて、終わってからもエビエビと言っていたすーさんです。

クラスのトイレだけではなく、4・5歳のトイレにも行きました。

今日は疲れたのか布団に入ると早めに寝ていました。

ノートは前年度のを使用しますのでお持ち下さいね。よろしくお願いします。


*************************************


が~~~~ん、そうだったのか。

4月2日(土曜日) 曇り
今朝、7時30分頃徹夜明けで帰って来た爺さんを起こさないようにすーさんと出掛けた。
図書館に行ったり、長いループ状の滑り台のある公園へ行った。
この間まではシャカシャカ滑っていたその滑り台に又恐怖心が舞い戻って来てしまったようで、階段を昇りきった所で「おりる~、怖い」と言って急な階段を降りてきたすーさん。
ブランコもほんのちょっぴり乗っただけで「もういいの」と止めてしまった。
ジャングルジムもすぐにやめた。
今日は爺さんじゃないから乗りが悪いのかな?と思ったりして・・・・。
「ぽぽちゃん、買いにいこうか?」 できれば、爺さんと一緒に買いにいきたかったがこんな調子じゃ公園に長居してもつまんないだろうし・・・。
「ぽぽちゃん、いく」
すーさんのハキのある声が返って来たのでベビーザラスへ足を伸ばした。
が、ベビーザラスでは取り扱ってないとのこと、トイザラスなら置いてありますよ。と言われ、
ディズプレイの赤ちゃんを3体触った後帰宅することにした。(ベビーザラスでよかった(笑)

マンションのエレベーターを降りると「お父しゃん」コールが始まっていた。
玄関を入るなり「おと~しゃ~~~ん」
寝室からまだ半開きの目をして出てくるまですーさんは玄関で待っていた。
「イジラシイのう」

遅めの昼食を取って、トイザラスにぽぽちゃんを探しに行くことにした。
もう2つ目的があった。
トイザラスの道を挟んだ向かい側にはチュー先生がいる。
土日もやっている「こども館」勤務になったチュー先生に会いに行こう。
そして、チュー先生がいる同じ建物の中に、明日、ピアノのレッスンを受けさせてもらえるかどうか?とお話させてもらった音楽スタジオの発表会があるので、入り口だけでもすーさんに慣れてもらうには丁度いいや・・・。

かなり中が変ったこども館で「チュー先生はいらっしゃいますか?」と聞くと、「2階のスタジオにいますよ」と教えてくれた。
こども館の2階には行ったことがない。
やはりすーさんは小パニック。
腰を屈めて入り口の下駄箱を整理しているあの見慣れた後姿・・・チュー先生だ!!

でも、すーさんにその姿を見つけて欲しかったので爺婆も「ほらっ、チュー先生だよ」と言うのを止めた。

「ないの、いらないの」 そのすーさんの声に気がついて振り返ってくれたチュー先生が両手を広げてすーさんを迎えてくれた。
すーさんはと言うと感動の再会とは全く思っていないご様子。
”ガクっ”

しばらく爺さんとすーさんはスタジオのプレイゾーンで遊んでいる間にチュー先生と話していた。

「チュー先生の写真撮るのを忘れていたんですが、ここで撮らせてもらっちゃ・・ダメそうですね」
「そうですね・・ちょっとダメかも。それにまだ私新人ですからねぇ~~~~」
確かに新人には違いない。(笑)

絵本コーナーにはたくさんの本があった。
すーさんは一回りすると絵本コーナーにやってきた。
まずは「しろくまちゃんのホットケーキ」を見つけた。
これは、2歳児クラスで後半チュー先生や村先生が教室に増やした絵本のうちの1冊だ。
次は「電車にのって」を見つけだし読み始める。
これも保育園で読んでもらっていた本だ・・。
それからそれから・・・8冊ぐらい探し出しては読む本が全部チュー先生や村先生に読んでもらった本。
その中には1歳児クラスでタコ先生がいつも読んでくれた「もこもこもこ」も入っていた。

チュー先生が一旦お仕事に戻られすーさんの周りに本が広がった頃そばに来てくれた。
「あっ、これも私が持って来てみんなに読んでもらった本です」・・そう言って目を細めていた。

その絵本コーナーの一角になんとなく揃っていたのであろうが、すーさんが探し出す速さを見るといかに絵本が好きだったかがわかった。
背表紙だけでわかるのだから・・すごい。
これが自閉症特有の記憶力だったとしても爺婆もチュー先生も嬉しかった。

「もうそろそろぽぽちゃんをゲットしに行きますね」
「すーさん、またおいでね。バイバイ。さようなら」
「すーさん、チュー先生にさようならだよ」 婆さんはそう言ったもののちょっと心配していた。
30日から「さようなら」と言う言葉に敏感に反応して「プイっ」と不機嫌そうにその場から離れようとしていたのだ。
「さようなら」・・・それでも今回はそう言えた。
しかし、思い切り素っ気無い。

「すいません、無愛想なもんで」 (そんなことは気にするチュー先生ではないがな)
「そのうち何回かしたら、ここにいるんだってわかってくると思いますよ」 とチュー先生らしいことを言って送ってくれた。

その夜、村先生からメールを頂戴した。
村先生は4月1日から5日まで休暇を取ってらしたそうなのだが、すーさんの新しい生活を気にかけてくれ、1日、保育園にそっと覗きに行って、寝顔を見てくれたと知った。
そして、すーさんがお別れの前日に先生に「さようなら、バイバイ」フェ~~ンと半べそで言いに行ったことも。
これにはチュー先生も村先生も驚いたそうだ。(そうじゃろう、わしも驚いた)
すーさんは一番感じやすい子だと・・・。
他にも婆さんにきめ細やかな激励も添えて・・・。
ありがたや・・・ありがたや。

さぁ、タコ先生が書いてくれた初日の連絡帳を任務終了かと思っていた5冊目の連絡帳の続きに貼り付けよう。
村先生だっていつでもいてくれるんだ。
朝食がっちり喰わせて保育園へ送り出そう。
明日はまた午睡なしで療育センターへ言語の検査に行くけど・・・タコ先生とウイング先生にお知らせしなきゃな。