ヨッシャ★かやまよしのりの発信!

日々の暮らしの中で心が跳ねたので
伝えたくなって!

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頒布会「志季彩」2011年冬

2011-01-31 07:16:37 | Weblog

いつもお世話になっている京都の老舗漬物店「土井志ば漬本舗」さん。

四季折々を味わう会志季彩2011年冬の漬物セットが届きました

旬の京漬物が盛り沢山です。

京都の冬の味覚を代表する「すぐき」

大根を糠に漬け込むと、大根本来の甘味が糠の中で熟成され、歯応えの良い「糠漬大根」

赤かぶらをはん割りにして、独特の風味がたまらない「赤かぶら」

土井さんの看板商品「志ば漬」

旬を迎えた京野菜の聖護院かぶらの「千枚漬」

京野菜のさわやかなゆず風味の「聖護院大根」

白いごはんと、

美味しい漬物、

これだけで十分

いただきます

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芦屋・茶屋之町!その3

2011-01-30 09:11:09 | Weblog

芦屋・茶屋之町にある、美味しい豆腐店「芦屋むらかみ」さん

豆腐大好き人間にとってはたまりません

買って来たのが、

この2種類の豆腐です。

今日も、丹後地方は寒波と大雪

こんな日はあったかい鍋が

むらかみさんの豆腐で

 

 

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三田佳子さんスペシャルコンサート

2011-01-29 08:32:11 | Weblog

お知らせです

祐子の大親友が三田佳子さんのMG。

一昨年、「印獣」の舞台を拝見させて頂いた。

楽屋に行き、ご挨拶させて頂いたが物凄いオーラがあります。

やっぱり女優さんは凄いと改めて思い・・・・・・。

色々と挑戦される三田さんが特別公演を

 

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芦屋・茶屋之町!その2

2011-01-28 07:41:40 | Weblog

茶屋之町にある、美味しい「パン」のお店が

このパンタイムさん

一度お伺いしたかった「パン」屋さん

週末には交通整理のガードマンが立ち大行列

平日の夕方でしたが、次々にお客さんが

そして何点か買った中で、一番のお勧めは、

コレ

食パンです!

今まで食べた食パンの中で間違いなく一番

 

 

 

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芦屋・茶屋之町!その1

2011-01-27 07:10:38 | Weblog

昨日は久し振りに仕事で神戸に

数件、商談を終えたあとは芦屋に行って来ました

まだ具体的な「コト」は報告出来ませんが、少しだけ・・・・・・。

芦屋の「茶屋之町」をご存じでしょうか

通称、グルメストリートと言う何とも素晴らしい言葉

お世話になっている、草木様にご案内して頂き近辺を歩きながら散策

プロ野球選手も多く住んでいるとか・・・・・・、

アレ、そしたら偶然、阪神タイガースの打撃コーチ「片岡篤史」さんが数名と

飲食店・ケーキ・パン・お菓子・豆腐・・・・・・・・・・もう、いっぱいです

そんな中、新スポットとして新しく・・・・・・・

・・・ワッフルが

・・・・を使用したワッフル

ヘルシーな・・・・・を使用したワッフル

・・・ワッフルだけではなく、色々な仕掛けが盛り沢山

こ・こ・ま・で 

 

 

 

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癒されます~

2011-01-26 08:25:24 | Weblog

書類作りが多いこの季節、パソコンの前にくぎ付けの日々も・・・・・。

そんな時、癒してくれるのが

この与謝野くん

いい顔しています

今日は、これから芦屋に

ちょっと面白い「コト」が始まります

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鰤・ぶり・ブリ

2011-01-25 18:12:44 | Weblog

知人から「ブリ」を頂いた

いつも美味しい「もの」が入れば手土産で持って来てくれる。

美味しい「もの」を頂く事ほど幸せなことはありません。

どんなに些細な「こと」であっても、立ち寄ってくれて顔を見に来てくれる。

僕の為に時間や労力を裂いて・・・・・。

うれしい「こと」です。

 

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今、絶景です。

2011-01-25 07:59:38 | Weblog

日本三景・天橋立が絶景の「時」を向かえています

 

やっぱり化粧した「天橋立」は格別です

この景色、見たくないですか

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やっぱり日本人は米、

2011-01-24 16:39:16 | Weblog

面白い本を買いました

向笠千恵子さんの、

各都道府県のとっておきの一膳が

丹後に「ばら寿司」があるように全国各地色々な米料理があるもんです。

 

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与謝野は雪

2011-01-24 08:30:52 | Weblog

東京から帰省

与謝野は銀世界

晴れ間がのぞいたので、圃場に

野菜の収穫は出来なくても、この銀世界の景色良いものです。

そして、故郷・与謝野。

小さな町ですが、

良さの(YOSANO)わかる方にお届けする
YOSANO(与謝野)ブランド。

そんな「モノ」が沢山あります。

 

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霞町・すゑとみさんへ。

2011-01-23 08:42:24 | Weblog

東京視察が終わり与謝野組の大先輩方は一足先に与謝野へ帰省

僕は折角なのでもう一日仕事をして帰る事に。

取引先、お世話になっている方にご挨拶した後、夜は

霞町・すゑとみさんへ

とにかく一品一品が美味しいです。

久し振りに和食で美味しいと素直に感じる料理でした。

すゑとみのご主人とは昨年よりお付き合いさせて頂いており、とても素敵な方です

本当に楽しみにしていたすゑとみさん

さぁ、料理の始まりです

柚子の中にしらこです。とろっとろ

餅米と黒豆と小豆。豆の柔らかさに感激

焼いたお餅にからすみが挟んであります。新食感~美味です

日本海の高級魚。口に入れた瞬間ふわっふわ

つみれ汁。この出汁は何だろうとても上品

マグロは、溶けて口に入れると無くなりました。今まで食べたマグロは何だったんだろう

かぶらです。かぷら本来の味がやっぱり出汁が凄いです

焼き物は鯛の頭。目の前で焼いて頂き匂いだけでやられました

そして、間人がにと菜の花。ため息がでる美味しさ・・・・・。

そして、うにの炊きこみ御飯 一杯ではおさまりません

デザートは、苺と小豆。相性ぴったりの味

ビックリする位、一品一品が本当に丁寧に作られています。

いつも謙虚なすゑとみさん、

こう言う人が謙虚だと思えるすゑとみさん。

だからこんな料理が作れるんだと改めて実感した。

素晴らしいです。

一緒に行ったグルメさんも、

出てくる料理に美味しい、おいしい、オイシイの連発(笑)(笑)

この「言葉」に勝るものはありません。

美味しい時間の立つのは早いですね

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東京視察・勉強会

2011-01-22 08:19:32 | Weblog

1月19日~21日迄、東京視察、勉強会へ

丹後与謝野町から、9名の大先輩方とご一緒させて頂きました。

このグループは、与謝野町で会社経営されている皆様です。

僕も一昨年から入会させて頂き色々と勉強させて頂いております。

今回の視察旅行の幹事・小長谷様より東京とご連絡頂き、ヒラメキました。

日頃大変お世話になっている「イルマンジャーレ・鵜野シェフ」に、お願いして

丹後・与謝野町の京野菜・肉・魚を使用した「京都丹後コース」を作って頂こうと

大先輩方の職種は様々・・・・・・・。

東京の一流イタリアンのシェフが京都丹後・与謝野町の食材を使用して一体どんな料理に変身するのか

何かヒント、また刺激になればと思い大先輩の皆様をお連れしました。

また折角の機会なので、

丹後・与謝野の欠かせないお二人をご招待させて頂きました。

キャスターの宮川俊二様

ビールの巨匠・藤原ヒロユキ様

さぁ、京都丹後コースのスタートです

ご覧ください

皆さんとても美味しそうに!

如何でしたでしょうか。

京都丹後の食材がこんなオシャレでかっこよく変身います。

きっと大先輩方も何かヒントを得て頂いたと思います。

お忙しい中、ご参加して頂いた宮川俊二様、藤原ヒロユキ様からも色々な意見・参考になるお言葉を頂きました。

そして今回の大変ご無理な料理を特別にお願いし快くお引き受け頂いた鵜野シェフ、本当にありがとうございました。

当日の様子は、宮川様藤原様鵜野シェフのブログにも紹介して頂いておりますのでご覧下さい。

若僧のわがままで今回企画した「食事会」。

大先輩の皆様ありがとうございました。

ここ数年、取り組んで来た「コト」が一つ一つ進んでいます。

アクセルを踏みます!!!

 

 

 

 

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東京~

2011-01-19 06:31:45 | Weblog

今日から、東京出張

今回は色々と仕掛けが一杯です

土曜日にまた

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かに・蟹・カニ!

2011-01-18 10:48:02 | Weblog

丹後網野小浜温泉へ新年会と仕事の話で「湯元・浜招月」

この季節、日本海の味覚と言えば

やっぱり

食べる前から、美味しいのは分かっています

食べ始めると仕事の話しは一切無し

ご覧の通り

日本海が目の前の素敵な「浜招月」さんです

 

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阪神大震災から16年

2011-01-17 07:36:38 | Weblog

今日、17日は阪神大震災から16年・・・・・・・・。

丹後へ帰って来る数年間は、神戸で仕事をしていた。

忘れもしない、1995年1月17日。

当時住んでいた、マンションは跡形もなく・・・・・・・・・。

運良く、1994年の8月に丹後・与謝野へ帰ってきました。

まだまだ若かった事もあり、丹後・与謝野へ帰るのをためらっていました。

数年間、都会に出て色々な勉強もさせてもらった。

両親の説得もあり悩んだ末・・・・・・・、

しかしあの時、丹後・与謝野へ帰っていなかったら・・・・・・・・・、

23才で命を失って・・・・・・・、

感謝。

 

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