京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

『洟をたらした神』

2017年12月22日 | こんな本も読んでみた

「エッセイ 麗しの磐梯」で吉野せい著『洟をたらした神』を教えていただいていたことで、立ち寄った書店で平積みされた文庫本に目が留まった。16篇が収められたエッセイ集と言ってもよいのだろうか。〈詩人である夫とともに、阿武隈山麓の開墾者として生きた女性の年代記〉は大宅壮一ノンフィクション賞、田村俊子賞受賞作品であった。

何か嬉しく手に取った。1作目の「春」は、息の長い、肺活量がどれほど大きいんだ?と思わせる1文の長さで書き出されていく。あれまあ、とページを繰って、【ノボルはかぞえ年六つの男の子である。】で始まる表題作「洟をたらした神」を開いて少し立ち読みした。これほどタイミングよく書店で見かけるとは思ってもおらず、また、知らなければ上滑りしていたに違いない一冊で、購入を決めた。1889年福島県の小名浜町に生まれた吉野せいさん。没後40年、私は今になって初めて出会いを得た。

力強い言葉が読むものにリアリティを実感させてくれる、素晴らしく豊かな表現、語り口の厳しさ・強さ・ぬくもり。鮮やかな描写。人間性の発露があり、体験したこともない時代、環境、現実が目の前に立ち上がってくる…。魂の発露を感じさせてくれる作品だった。

【生涯憤ることを慎んだ木偶坊のような】夫・混沌。【いくら働いても追いつかないような生活の困窮が、お互いの性格をひびいらせ】【ひいては憎悪の烈】【無言のたたかいがあった。あるときは…猛りほとばしり、あるときは…身のほどをふり返りながら悲しく悔い合う】、そんな一日が描かれてもいた「水石山」。生後8ヶ月の娘・梨花の死の前後を綴った文章が組み込まれている「梨花」。可愛い娘が死に向かうく一刻一刻の描写。眠るように死んでいった梨花。教えもしないのに上の二人の子が【小さな花畑に眼をすりつけて、一輪咲きはじめたパンジーの紫色を見つけて、小皿にのせてお前の枕元に手向けたよ】、と語りかける。【梨花、さようなら。土にかえれよな】。切なくて、鼻の付け根がジンとくるのだけれど、潜むせいさんの強い愛が迫力をもって胸を打つ。


【母が持つ愛に頼れる安心は、子供たちをあたたかい日向でたわむれる犬ころ同然の愛らしい姿に変える。】、玩具を買って与える余裕もない、子供は買って欲しいと言い出す言葉も持ち合わせない。だからノボルはいつも何かを作り出すことに根気よく熱中する。それを母は誇りに思っている。心まで凍れそうな暮らしと「吉野せい」という人間の魂が織りなす骨太なあたたかさ強さに惹かれた。

今日は図書館で借りていた3冊を返却した足で、図書点訳のメンバーとの会食の場に向かい交流を深めた。個々が家でパソコンに向き合っての作業となるため、そろって出会う機会は少ないのだ。この一冊、点訳してみたくなったことを話してみた。

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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (yo-サン)
2017-12-23 01:10:27
素晴らしい書評ですね。

吉野せいさんも、その「洟をたらした神」も知ってはおりましたが、求めて書を読むパワーも無くなって久しい私です。

点訳もなさるのですね。佳いことをおやりです。昔、私の母が音訳ボランテイアをしていました。
私など今日まで、何のボランテイアらしきこともせずに、暮らしてまいりました。恥ずべし痛むべしです。

いつもながら深夜便にて失礼致しました。
なげくな、たかぶるな、いかるな、と混沌さんです、yo-サンさん (kei)
2017-12-23 11:32:33
自分の生ぬるさを痛感します。
でも、こんなふうに生きた一人の女性がいたことを知ることができました。
よかったなあと思うのです。

どうやら性格的に私は点訳向きのようです。
市内の飲食店の点字メニュー作りから入りました。
パソコンと向き合うだけでなく、人との関わりが欲しくてしばらくですが続けました。
「あなたは村の石橋…」のお言葉拝読しました。
これまでいくつも“思いの架け橋”を架けられて人と人をつないでこられたのですね。
少し力はいり過ぎました(笑) ありがとうございます。

吉野せい (会津マッチャン)
2017-12-24 18:09:26
ご紹介恐れ入ります。
いろいろ考えさせられています。

いつか、書いたものです。
http://blog.goo.ne.jp/tosimatu_1946/e/61286b14b18eba65781ffae54462e4fb

ありがとうございます、会津マッチャンさん (kei)
2017-12-24 22:32:10
こんばんは。
「序」が串田孫一さんですね。
単に文章がうまい、なんてものではありませんね。
「書く」ということも改めて考えさせられました。

「人間の根源を照らす光」、…それが読むものを奮い立たすような??感じで、胸の内に差し込むのでしょうか。
感性の鋭さ、言葉の力の強さ、人間の強さ、あたたかさ、素直さ、、もろさ、かわいさ、…
上手く言えないのですが、とても多くのことを感じています。
「底辺に生き抜いた人間の真実の味」。
おかげさまで良い一冊に出会えました。ありがとうございます。
「野の学舎」も、ゆっくり拝読させていただきます。
こんばんは (Rira)
2017-12-25 23:07:48
このご本と縁があったのですねぇ
不思議な巡り合いですょ

明治 大正 の方のご苦労はタイヘンなものがあり
文章表現もですが素材が光るように感じます。
新聞の投稿欄に元気な90代の短歌やエッセイは骨太です

苦労や悲しみが 心の温かな強さ のようなモノを
育てるでしょうか。。
好いご本に出会えて良かったですね。
素材、Riraさん (kei)
2017-12-28 10:05:37
こんにちは。
コメント戴きながら、時間的に重なってしまっていたようで気付かずごめんなさい。
素材にきらりと光るモノが、ですね。
「京都文藝」でも高齢者の投稿は目立ちます。
のびやかで自在だな、といつも鑑賞し味わっています。
まだ肌で感じるほどには至っておりませんけど、こうありたいと思うことはしばしばです。



こんばんは (Rira)
2017-12-29 22:55:12
文藝をされてる先輩方には憧れます。
静かで控えめで、でも正直で自然。
自在…目指すところです
昔、自在さがないと叱られたことがあります(笑)

毎日、忙しいですねぇ

有意義な年末をお過ごしください。
最後のご挨拶は、また別の日に!
文藝、Riraさん (kei)
2017-12-29 23:19:42
『京都文藝』では「冠句」もあるんですよ。
短歌、俳句、川柳に冠句です。たまに投稿を(笑)

明日は孫娘がおせちづくりの手伝いのために(名目上?)まずは一人でやってきます。
あと2日ですね。すべてマイペースです。
ありがとうございます。

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