京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

 政治屋さん

2012年06月28日 | 日々の暮らしの中で


消費税増税法案の衆議院本会議採決で、反対票を投じた議員さん方の処遇をどうするか、処分などの検討もなされているかのように報道されているが…。内輪もめもいいかげにせーよ!と、不快感の方が先に立つ。いろいろ矛盾を感じながら、時に腹立たしく見聞きしている。

そもそも政治の動きにはいつも矛盾を孕んでいる気がする。ではあっても、政治に、何かもっと明るい方向へ社会を転化する力、推進力みたいなものが湧かないものだろうか。
国民の反応ばかり見ていても政治はできそうにない。国の舵取りをしていくなどできっこないだろう。ぶれない政治家、リーダー、どこかにいないものだろうか。政治家はいなくなって「政治屋」ばかりになった、って誰かがどこかで言っていたのか、そう言っていたと誰かが言ったのか、それをどこで読んだのだったかも忘れたけれど、そうなのかもしれないと思ったものだ。政治屋さんたちばかりとなれば、我が身の保全は大仕事に違いない。靴も減ることだろう。

自分自身を省みても、大勢に雷同しないような考えがまとめられたらいいのだけれど、ニガテダだ。たちまち我が身に直結してくる問題は多いのだから、たとえ「ろくじゅうのてならい!!」などと言われようと、勉強した方がいいのかもしれないと考えてもみる。…のだけれど、やっぱりどうもね…。批評家になるのだけは得意らしい。けどそれも、高見の見物でもまずいよなあ…。

 通学用の黒い靴や履きやすいマジックテープ式の靴が多かったので、ちょっと目先を変えてこんな靴をJessieに。わかっていること、それは、靴ひもが問題であること。一人で結べない。マミィゴンが時々角を出すのだ…。でも可愛いからはかせてやって。日本の靴は軽くてクッション性もいいし喜ばれています。
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 ビタミンカラー

2012年06月26日 | 日々の暮らしの中で
 

      萱草(かんぞう)が咲いてきれいな風が吹く  大峯 あきら

この一重のものは野萱草と言って、八重のもの(藪萱草)とはまた別称である。夏に似合う健康的な色合いはビタミンカラーとも呼ばれるらしい。そんな現代のイメージとは裏腹に、強い赤みを帯びた黄色の萱草色は、平安時代には喪に服す際に着る色で凶色だった。華やかな紅色ではなく、赤みを落とした黄色を身につける風習だったという。この花を身につけていると憂さを忘れられるという言い伝えがあったところから、「忘れ草」ともいうことが歳時記で説明されていた。

「忘れ草吾が紐につくときとなく思ひわたれば生けりともなし」 忘れ草を着物の袖につけてみた。ずっと思い続けている人がいて生きた心地もしないので…。万葉の昔から、恋に苦しむ心情は変わらずに今の世にも蘇るのだから、人間ていいなあ~っと!? 

海の向こうでは、あの元気者が初めて学校を休んだという。娘の一家が風邪に襲われていた。Jessieと娘がダウン。Tyler…、父親Jayは…、彼ら男二人は健在だった、みたいだ。強い日差しを避ける工夫がされた家屋だが、気温が低下するとともに寒い!「日本は、外は寒くても家の中はあったかいからましやなあ」とは娘だが、家の中が寒くてたまらないとはずっと聞かされっぱなしだ。「寒いのはいやや」「まだも少し寒くなるしなあ…」、嘆いてばかりいないで工夫したら、と思うのだけれどね。

Jessieは前半の学期が終了し休暇に入った。一年生、初めてのレポートカード(日本で言う通知表)をもらった。
 【 very high - high - high sounds(これで100%) - developing - support required N 】 
となり、日本と同じ5段階評価になっている。そこに態度や努力のあとも評価されている。 

excellent ~ 一年生、よう頑張りました。プレゼントでもしてみようか?いけないことだったかな。
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 やっぱり…、でも…。

2012年06月25日 | 日々の暮らしの中で
昨夜は静かに雨が降り出していたようで、気づくのが遅かった。というか、テレビの前で長時間過ごしていたせいで、意識は飛んでいたのかもしれない。いつものように「平清盛」を見た後、NHKスペシャル「知られざる大英博物館」を1時間。そして夕刻に、京都スペシャル「知られざる巨人動物行動学者・日高敏隆」を録画しておいたので、それも1時間。私としては珍しいテレビとのなが~いお付き合いが続いてしまった。
         
  

この晩の雨が災いしたのか、小さな白い花はかなりが消え失せてしまっていた。梅花藻だと言っていただいて、もう一度写真を撮ってみたいと思って自転車で急行! 花は2つ3つほどしか数えられない。あ~あ、である。ガードレールの内側に入って、腰をかがめてカメラを向けて…。でも、この結果だった。それでも肉眼では見えなかった茎が伸びているのを確認できた。良しとしよう。チョコチョコ様子を見ることにしたい。
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 …だったらいいのにな

2012年06月24日 | 日々の暮らしの中で

どこでもキョロキョロしながらが幸いしたのかどうか。
人家の脇の側溝だが流れも速い。ふと覗きこんだ先に小さな白いものが見える。花!? ってことは梅花藻!? と思ったわけである。
ねえ、そうよね!?っと確かめたくても、だあれも聞く相手はいなかった。

朝からなにやら肩が詰まって気分がすぐれず、昼からウオーキングの場所に向かうところだった。
帰り道で誰かがいたら聞いてみることにしよう。カメラを持って出直そう。そんなことを考えながら先を急ぎ、予定を消化。
戻ってみると、すぐ近くの家の女性が花に水遣りなどされていたので声をかけてみた。バイカモをご存じなかったし、目と鼻の先の水中で藻に花が咲いているのも気づかれてはいない。

   
ガードレールから身を乗り出してカメラを向ける。が、道路から1mほど下の水底に小さな花が咲いているわけで、手持ちのカメラではうまくとらえきれないかった。

キンポウゲ科の水生多年草で、清流でしか育たないという梅花藻だが、滋賀県米原市の醒ヶ井がよく知られている。ただ、京都市内の住宅街でも咲いている所はあるらしいから…。梅花藻だろうか。いかんせんこの写真ではピンボケもいいところ。明日、再挑戦してみようか。それよりどこかに聞いてみようか。「何言ってるの。これはねえ、…」なんて感じでガックリするのかもしれないけれど。

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 遊びをせんとや生まれけむ

2012年06月21日 | 展覧会
朝からの雨だったが「絵本で英会話」に出席した。今日で4月からのワンクール終了、来月からまた新しい絵本で再開される。雨が強くなる前に早く家に帰ろうと別れたものの、四条通も地下鉄四条駅構内も多くの人出だ。帰るのももったいなく思えてきて、せっかく出てきたのだからと、「平清盛」特別展を観に立ち寄ることにした。

平氏追討の命を出した以仁王の邸宅跡に建てられている京都文化博物館で開催中である。

       

今からおよそ900年前、瀬戸内の制海権を手に入れ武家の棟梁となり、太政大臣にまでのぼりつめる平清盛の実像に迫ろうとする展覧会。厳島神社に伝えられる至宝、同時代に生きた人々の肖像画や絵画、美術工芸品など数多く展示されている。
館内は【第1章 平氏隆盛の足跡】【第2章 清盛を巡る人々】【第3章 平氏の守り神―厳島神社】【第4章 平氏の時代と新たな文化】【第5章 平家物語の世界】といった流れになっていた。

水戸徳川家が伝来してきた「源平盛衰記絵巻」、絵巻による源平盛衰記は他に例がなく初公開とあった。平治物語絵巻にしても武者姿は細密で、色が鮮やかで目を引く。清盛が一族の繁栄を願って「平家納経」を奉納しているが、尽善尽美とか、金箔を施してみたり、4色の絵具を用いた写経文字の美しさで仏との結縁を願っている。経文は仏舎利と等しく重要だと考えていたためだと説明されていた。33巻を収めた金銀荘雲龍紋銅製経箱、随分見事なものだと思ってみていたら模造と記されてた。

安徳天皇の産着、これはその雛型だろうとあった。隣には麻の肌着も並んでいた。赤ちゃんサイズになにやらあわれさが誘われる思いだ。春先に長楽寺で見た天皇形見の直衣から縫われたという旗(幡)を思い出すことになった。
大原寂光院へ御幸された様子を描いた屏風絵には、後白河上皇を迎える信西の娘・阿波内侍、野で花を摘んで帰って来た健礼門院の姿をみた。

「遊びをせんとや生まれけむ / 戯れせんとや生まれけむ / …」後白河法皇が好んだ今様(imayou song)だが、面白う生きたい、という清盛が重なりはしないだろうか。
骨肉争う政争に、武士として政治権力を握った清盛は「時代への挑戦者」だそうだが、所詮は諸行無常ということなのか。

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 まる子ちゃん

2012年06月20日 | 日々の暮らしの中で

こんな絵本があることを知らなかったが、回転する棚にシリーズで6‐7巻ほどが並んでいた。咄嗟に、Jessieが喜ぶだろうかと思って3冊だけ購入することにした。漢字や漢数字、カタカナも含まれているが、すべてにルビがふってある。大好きな“まるちゃん”だから、問題ないだろう。

『まる子が生まれた日』
まる子は、宿題で作文を書くことになります。題は「わたしが生まれた日」。まる子が生まれた日はどんな日だったのかと、家族のみんなに聞いてまわることにしました。
まる子の誕生を家族みんながどれほど喜んだかが、ちゃあんとまる子に伝わっていく。

    

で、これを点訳してみようと思い、別に2冊購入した。いもとようこさんが文と絵を描かれた『おおきなかぶ』を今月仕上げることができたので、実は次の作品を探しているところだった。Jessieに!と思うほどだから、選択の基準はクリアーと自己判断。

世の中多くの絵本が出回っている。その中から何を基準に子どものために一冊を選択するのかは、会員個々に委ねられている。自己満足になりやしないかと不安な面もある。
楽しんでもらえる子がいることを想像しながら打ってみよう。私自身は十分に楽しめる「ちびまる子ちゃん」の世界だ。


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 梅雨どきを涼しげに…

2012年06月19日 | 日々の暮らしの中で
ここのところの雨で汚れは洗い流され、しっかり水分を吸い上げた木々の葉が緑の奥深い濃さで輝きを放っている。雨風の様子を見に外に出てはなんとも言えない風情を感じていた。なんとも新鮮だ。

のんきな話に聞こえようが、ひと月前に和歌山県で目にした昨年の台風12号による被害の光景は頭から離れない。復興に向け重機が入っていた。屋根だけ残して巨岩に埋まってしまっていた家屋、1階部分がすべて流され骨組みだけの幼稚園。
過剰な雨は降らないでいあげてほしいとさえ思ってしまう。台風情報が気になって、午後からはラジオを聴いていた。

今年は早目の梅雨入りなのかと思ったら、昨年より一日遅いということだった。私の記憶も感覚もいいかげんだけれど、厳密に言うなら、昨年の事を記憶していたわけでもなく、誰かが来週あたりだと言っていたのが頭に残っていたからだけのことと思う。
いずれにしても、じめじめとした季節はやってきた。

  

「梅雨はフハイの季節だ。雨が降り、湿気がたちこめる、ものすべてがじとじとしてくる。カビが生え、ものが腐り、異臭が鼻をつく。だから梅雨どきになれば、感情もフハイする。…」つい先日、山折哲雄氏によるこんな書き出しの文章を目にした。最悪だ。

「蒸し暑いね~」が挨拶代わりに聞こえてくる。若い頃から、夏でもあまり汗をかかない。汗かきではない。体質なのだろう。「涼しい顔してるわえ~」なんて言われ、申し訳ないような気にさせられてきた。汗をかかないようにしているわけでもないのだからしかたがない。「私だって暑いんよ。ただあんまり汗を…」と、いちいち弁明しその場に合わせる。

こうしたタイプは、だいたい淡白な気質らしい。当たってるかな。邪魔にならない感じでよさそうだけれど、人生粘っこさが足らんということも言えそうだ。バリバリのやり手と淡白なイメージは重なりにくいのだから、成功しない部類だろうか。
ただ、草食系男性が増えているらしい現代ではあっても、梅雨時の環境の体感温度は下がらないし、暑苦しさも一向に解消されない。

見た目涼しく、夏に限れば結構良さそうよ~。
「涼しさは新らし畳伊予簾透綾縮(すきやちぢみ)色白の美女(たぼ)」とは、狂歌に窺える江戸っ子の感覚でした。

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 小さな生き物が

2012年06月15日 | 日々の暮らしの中で
                                             ツキヌキオトリギ 
                                      
5月、うっかり足を滑らせ仰向けに倒れかかった友人は、咄嗟に右手をついて腰から落ちるのを防いだ。が、その時に上腕部(肘から手首にかけて)の骨を複雑骨折してしまった。右手のことで不自由極まりない話を聞かされていた。
驚いたことには、周囲にいた人が救急車を呼ぼうとしてくれていたのを「やめてください」と制し、タクシーでかかりつけの病院へ向かったという。救急車ではどこの病院へ回されるかわからないから、というのが理由だった。即刻入院で手術。もろく薄くなった骨、それなりに回復の途上だが、すっかりしょげかえって老けこんでしまったようにさえ見える。

娘さんに送られやってきた彼女と二人で、植物園で時間を過ごした。ベンチに腰掛けおしゃべりする時間が多いのだが、家で何もすることがないと言う。縫物などしたくてもできない。「働きに出たいけどあかんやろ~」って。そんなんできるわけないやろ。
家でじっとしていることがなかった人だから、することを見つけるって大変なことなのだろうか…。

雨の心配をしたがよい天気になった。

 
 

園内には水が引き込まれている。名前さえ定かではないのだから雄か雌かもわからないが、蝶やトンボを見つけた。このトンボ、猫面相? 足元付近でじっとロープに止まったまま動かないでいる。2匹が「キャッ」「キャッ」とひと声づつ、 とてもカエルとは思えない鳴き声を発してチャポン! 大きな頭のオタマジャクシが見えたのでその類だろうか。
この蝶、会津マッチャンさんのブログで拝見した翌日のことだったので、「あれだ!」「珍しいのかな!?」とばかりに息をひそめてシャッターチャンスを待った。

友人は関心もなさそうに、私が嬉々として狙っているのをただただじっと待っていてくれた。一人楽しんでいたことになりそうだ。まあ、いいか~。
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 「大谷探検隊」

2012年06月14日 | 展覧会

「仏教の来た道」を日本で初めて学術的に調査したのが、浄土真宗本願寺派・西本願寺の第22世門主、大谷光瑞師によって組織された「大谷探検隊」でした。【「仏教の来た道」― シルクロード探検の旅 】と題した特別展が、龍谷ミュージアム(開館1周年)で開催中とあって訪れてみました。
光瑞師からは「取捨選択せずに収集せよ」という指示が出されたそうで、膨大な品がジャンルを問わず持ち帰られたようです。が、資金問題でやがて派遣も中止。収集品も各地に散逸してしまったようです。

 

トルファンの地にある「べゼクリク石窟」には、特に見事な壁画が残されていたという。特に第15号館には「コ」の字型になった大回廊に大きな仏像15体が描かれていたそうだ。だが保護のためにと、発掘最盛期に次々にこれらほとんどが世界各国の探検隊によって持ち帰られてしまった。
100年余の間、現地にひっそりと取り残されたわずかな壁画があった。龍谷大学では、そこに使用された染料を研究し、持ち帰った壁画のデジタル映像から、しかも、世界中から集めて、その大回廊を復元してみせた。会場内には、復元された原寸大の回廊がある。実際にその中を歩いてみた。ご覧の通り艶やかな色彩で、釈迦になる前の男性の姿が描かれている。
     
     
参加した隊員の組立暗箱式カメラ一式、ガラス板、日記、植物標本、懐中時計、木製の旅行鞄、探検指図書などもあった。収集品を積んで砂漠を進む探検隊の様子がポスター上部に見て取れる。
仏教の源流などについて詳しくわからない。ただ、様々な文化が影響し合いながら中国・朝鮮半島を経て日本へと伝播しているのだ。多様な民族、言語、思想というか信仰の姿などをそこに見ることはできた。世界は平和であらねば、な~んてことをちらっと思う瞬間があったようなな…。

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 応援メッセージ

2012年06月12日 | HALL家の話

ワールドカップサッカー・アジア地区最終予選の日本対オーストラリア戦は、ブリスベンにてのアウェイゲームだったが、1-1で引き分けた。(上の写真はネットよりの拝借)

今日は久しぶりに娘からの電話があってJessieとのおしゃべりもかない、Tylerの泣き声も耳にした。
学校も楽しいとのことだ。日本語補習校で、今日のこの試合に備えて日の丸の旗にメッセージを書き入れたという。栗原選手の先制ゴールに、どこかでその旗が振られていたことだろう。

              
Jessieの父親はフットボール大好き。一人ででもスポーツバーに飲みに行ってテレビ観戦してくるし、この競技場に娘を連れて応援に行ったりもしている。ところが、残念なことにサッカーにはあまり興味を示さない。
父娘がお揃いで着ているのは、Jayごひいきのフットボールチームでブロンコスというチームのユニホームだそうだ。Tylerが夢中になる日も、そう遅くはないのかもしれない。一家あげて、楽しそうでいいことだ~。

今日はJessieの応援が届いたと思うことにしよう。



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 青い秘仏蔵王権現

2012年06月08日 | 催しごと

6日、「期間限定!奈良県社寺秘宝秘仏特別開帳」【金峯山寺蔵王堂(仁王門大修理勧進 秘仏蔵王権現特別開帳)― 唐招提寺(鑑真和上坐像、東山魁夷画伯の障壁画特別開扉)―法華堂(十一面観音菩薩立像特別開扉)】のバスツアーに参加してきました。新聞を見て飛びついたのは私だけではありませんでした。
ツアー参加者は47人。好きな座席に座っているお二人さん。私の後ろでは、「6番」の席に6人も!?? 席の入れ替わりで狭い通路がすったもんだです。左右を間違えていたり、前からしっかり数えきれなかったのか後ろへ下がる人など、思いやられるような、おかしいいようなで出発となりました。

車窓から右手はるかに山容を現わした二上山。その左手には葛城山が続くこの山並みが金剛山脈だと説明を聞きながら、大津皇子が眠る二上山の姿を目で追った。左手に三輪山だ。バスはやがて明日香村に入っていく。河原寺跡の礎石が見えた。棚田が広がり、橘寺、小さな甘橿の丘もすぐそこだった。“まほろばの国”大和。好奇心がかきたてられ寝ている間もない。右に左にとガイドさんに案内され続けて2時間半、吉野に到着した。

はるばるやってきた吉野。「紀伊山地の霊場と参詣道」に含まれて世界文化遺産に登録されている。ようやく念願かなった吉野の地だというのに、ここでの滞在時間はたったの1時間だった。集合時間が決められて、自由行動に。

山並みを見ながら、黒門をくぐり、大修理を終えた棟の高さ20.3mの仁王門への石段を上がる。と、桧皮葺の大伽藍の蔵王堂だ。
  
  
(左・黒門は金峯山寺の総門=吉野一山の総門と。右・仁王門。右手奥に蔵王堂の屋根)

  

堂内に見たこともない大きさで厨子の扉が開かれている。立ったまま見上げるその奥に、大きな青色を発した三体の像の存在があった。正面に坐して見上げた。中尊の7mを超える像はその位置ではよく見ることができず、左にずれて座り直した。右尊6・1m、左尊5.92mの三尊がお堂ごと背負ったかの迫力で前のめり、上から覆いかぶさってくるようだ。すべてに巨大で圧巻なのだが、相対していると、やがて張りつめていたものが呼吸とともに吐き出されていくような感じに…。圧倒されるこの威容を焼きつけて、その場をあとにした。
    (撮影禁止でネットより拝借)
ふつう修験道では不動明王を祀るようだ。蔵王はいわばその変型で、日本化した仏だと説明されている。中国では、不動像は唐時代から造られているが、蔵王は皆無だそうだ。蔵王の像は日本独自のもの、役小角による創造ということになるらしい。中尊の釈迦如来、右尊の千手観音像、左尊の弥勒菩薩像、それぞれが過去、現在、未来の三世に渡って私たちを救済するために憤怒の相のお姿となって出現されたのだと。

蔵王堂から出て周辺を見歩く時間もなく、来た道を下らなければならなかった。唐招提寺、法華寺では時間を持て余した。結果、京都着は予定時刻より2時間も早いではないの。それだったら…。
「天武・持統の古から吉野は人を招きつづけている」そうだ。ぜひもう一度行ってみたい。

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 「青色の体」

2012年06月05日 | 催しごと

           
 朝ぼらけ 有明の月とみるまでに 吉野の里に ふれる白雪    坂上是則

夜の明けの月がまだ残ってそのあたり一面を煌々と照らしているかのように、吉野の里には一面に雪が降り積もっている ― 百人一首にも収められているので、良く知られるところだろう。
深く険しい吉野の谷々を埋め尽くす積雪。神秘的なまでの美しさを想像して深く印象に残ったのは、高校時代の古典の授業でのことだった。それが、吉野を知った最初だったと思う。

いよいよ明日。役小角(えんのおづぬ)を開祖とした修験道の根本道場・蔵王堂のご本尊ご開帳にあたって、参拝のためのバスツアーに参加する。これまで、夕日の入りの吉野、月光が照りわたる吉野はもちろん、紅葉も、桜の季節でさえ訪れたことはなかった。初めての吉野ということに期待は膨らんでいる。

ご本尊は桜の木で作られているのだそうだ。吉野の人々は、さくらの枝を折ることは蔵王権現の指を1本折ることにも等しいこととして、桜の木を大事に守り育てて来られたという。この、花の山が「山岳宗教のメッカ」ということになる。吉野からその背後の熊野へとは「大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)」が続いている。
桜がない時季でよかったと思いたい。桜がない分、きっと見えるものは増えるかも知れないからだ。目を凝らし心凝らして吉野への一歩を印そう。


   I hung the doll under the eaves by the window.
     I wish for good weather~

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 姉とおとうと

2012年06月01日 | HALL家の話
           相変わらずのぷくぷくちゃん。
    なんでもモグモグ。納豆も食べるというTylerは8カ月半ほどになりました。

Jessieもこのテーブルで食事を。食べることに飽きると、梅干しの種をプイッと飛ばして見せたり、指先に食べ物をつまんでは腕をそーっと下ろし、大人顔負けの素知らぬ顔でポイと放つ。「あんたね~~!」「食べんとき!」「もう、やらへんで!」 母親と長~いにらめっこ状態が続きました。それでもしら~ん顔のJessieでしたっけ。

いつの間にかお座りしているTylerでした。寝返りをし出してから、膝を曲げ、腕を使って体を起こしてお座りへと移行していく。Jessieの時には、ちょうど日本にいる時だったこともあって、その様子を何段階かに分けてカメラに収めたりしたものでした。
先週辺りからは、腹ばいのまま手と足を使って前進し出しているらしい。母親の姿を探し回り、両腕を広げて抱っこ抱っこをせがむという。いつも「にこにこ♪にこにこ♪」と言うくらい、母親との関係も良好~、かわいいくて仕方がない様子が伝わってきています。


           弟を座らせて、リーディングタイム。 
タイラー、おもしろい? わかってんの? 何を読んでもらってるん? 姉と弟、ちょっと声をかけてみたくなりますね~。

運動量が増える今後、変身もあるのでしょうか。ふっくらでも、ちっともかまいませんが。

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