奈良市の新薬師寺から盗まれていた薬師如来像(香薬師)の右手が発見され、奈良国立博物館で一般公開されるとした新聞記事の切り抜きを残しておきました。合わせて、興福寺の国宝館が耐震改修工事で休館するために、「仏頭」は同寺の東金堂に80年ぶりに戻され還座開眼法要が営まれたとか。堂内で拝観できることも知りました。いつか奈良に行こうと機会を待ちました。
日本史の資料集などで見慣れている「仏頭」です。こちらは火災で頭部だけが残り、再建された東金堂の本尊の台座に納められたとか。それから500年後の1937年に発見されるという経緯があります。納まるところに収まって、ずっとここがいいのではないかと思うのですが…。東部の総高98.3センチ、ということは、八頭身ということはないにしてもです、まあいかばかりの大きさに。
手首近くで切断された「右手」は長さ8.6センチとありましたから、10センチにも満たないそのサイズを指で描き想像しました。が、実際に多くの展示物の一角に見い出したときは、ハッとするほど小さなものでした。いたわしい。ですが、見惚れます。その前に立って、しばらく目を向けていたのですが、何かおしゃべりしたくなってきます。
展示されている「なら仏像館」には、他にも壊れた像の一部など数多くが収蔵、展示されています。「右手」の持ち主、香薬師の受難の経緯を知るので、見る者には尚更強い心入れが生まれるのです。本体はいずこに。
せっかくです。友人と二人ぶらぶら、東大寺三月堂まで足を延ばしました。
素晴らしいお堂の中に、不空羂索観音像と日光・月光両菩薩像に出会ってみたくて。2012年、三月堂の改修工事の際に東大寺ミュージアムに移され公開されたのを拝見して以来で、私は5年ぶりになります。何度も東大寺を訪れていながらお堂の中に入るのは長いことありませんでした。若い時の記憶ではもっと薄暗がりだったはず。その違いはLED、ライトが変わったせいだろうと堂内にいた方が言われます。
井上靖が昭和46年1月半ばにここを訪れていて、随筆を残していました。(『まほろばの国を尋ねて』収)
「底冷えのする寒い日の午後、三時を少し回った時刻であった」「堂内は冷蔵庫にはいったように寒かった」。
「奥の障子扉から入っていて、その光線を受けていた本尊不空羂索観音像の両脚が金色に光って見えていた」という描写があります。私にも本尊の腰から下が金色に輝いて見えたのですが、それはライトのせいだったのです。大きな違いです。自然光だけでは無理なのでしょうか。腰を掛けて長いこと対面。「仏像の拝観は冬が一番ですね」と堂内の方と意見が一致。「寒いですけど」。
「世にも贅沢なものの置かれてある贅沢な空気に触れるだけのことである」が「贅沢な気持ちになれる」と記す井上靖の思いを共感します。