能代に行って来た。
行きのバスは乗客3人、帰りは貸し切り状態で・・(^_^;)
前回も行きは貸し切りで帰りは3人ぐらいだった(笑)
何というか・・・いつ敗線になってもオカシクナイよなぁと思いながら、感謝である。
母は前回よりも少し元気そうに見えたが、何しろ暖房器具を持ってきてくれても玄関先だもの・・・寒がってねぇ・・・(苦笑)
ひざ掛けやら上着やらを持って来てもらい・・・あぁ、家にあったひざ掛けがあったのを持って来ればよかったと悔やんだ。
持参した黒糖蒸しパンを半分食べて妹が持って来てくれたくろもじ茶なるものを飲んだら、もう家?に帰るという・・・ん~?イエ(家)?おかしいなぁと思っていたら、自分の部屋に戻って眠いのだという事だったらしい・・・スタッフさんの話ではこの頃は昔のことをよく話すようになったとか言ってたが・・・
そうなのね、通ってた頃にもそういう事は多々あり、ワタシなんぞは知らないことが山ほどあって、その頃の記憶はまだ確かだった感じだから、メモったりもしたし、知らんでもいい父親の話も散々聞かされたりしたものだったなぁ(笑)。
スタッフさんとは何を話してたんだろうかと気にもなったが、まぁ、大したことじゃないわな・・・と(苦笑)
多分、自分だけが父親に随分可愛がられたとか、姉たちの話とか戦死した兄の馬好きの話とか・・・祖母が料理上手だったとか・・・何を食べてたとか・・そんな話だろう(笑)
それでも、以前よりも少し話せるようだと聞けば、良かったわ~と思った。
中々思うように言葉が出てこないとか、ジェスチャーで分からせようとしていたことを思えば、認知症が進んでたのが少しはまた戻ったのかな・・・と、妹と話したりした。
寄せては返す波のような繰り返しをしながら進行するんだろうねぇ・・・と。
ま、元気ならいいさ。食べられたらいいさ。そんな感じで戻った。
空はアヤシゲな空だったが、雨に当たらず、寒々とした外気だったが、ラッキーだったかな~(^_^;)
それにしても、お母さんが話す、昔の話は、録音するか、メモして、更に色々、質問するといいですよ。Kyon様は能代の実家の長女でしょ? 母親がいなくなると、父親のことも、その前のことも、誰も知る人がいなくなります。聞いておけば良かったなあ、と思う時が、なぜかしら今後の人生に、ふっと思うものです。聞いておいて、損はありません。何せ、相手は過去のことはしっかり覚えていますので、根掘り葉掘り聞くのも、ボケ防止ですし、こっちは貴重な財産です。母親の古いアルバムなど見ていて、これは誰なんだろう?と思わず考え込むような人物が出てきます。親父のアルバムで、祖母の話が裏付けられて、大発見したこともあります。我が家に残る石碑との繋がり。幼子2人、若夫婦、そして、2人の尼僧の、写真館で撮影した記念写真。祖母の話と、娘が結婚前に業者に依頼して手に入れた戸籍情報。じっくり解明していて、はっと理解しました。大事な写真の意味が分かったのです。
古い写真と戸籍情報と母親の昔の何気ない話は、貴重なKyon様の「歴史」ですよ。母親の記憶の中には、この世から消えてしまった人の映像がたっぷり残っているのです。
母の古い記憶は泊まり込みの通いの時によく聞いたわねぇ・・・知らなかった話も一杯(笑)
そうなのよね、古い記憶程覚えてるんだもの~(笑)
時々妹に話すと「今初めて分かったわ~」とか言われて苦笑してます(^_^;)
大事なことはメモしてあるしね・・・まぁ、これ以上は無いでしょうね・・・今は話せる環境が無いしね・・・十分ですわ・・・(^_^;)