精神世界(アセンションについて)

このブログの内容は、色々なところから集めたもので、わたくしのメモであって、何度も読み返して見る為のものです。

ガイアに魅せられて  3

2008年01月27日 | Weblog
〇病室

  恵菜が部屋に入ってきた。お盆の上に透明の水が入ったグラスを持って。その水は少し虹色に輝いて見える。

恵菜「おはよう。これ飲んでみて」

  ヒデトはグラスの液体を飲み干した。

ヒデト「不思議な味。花の香りのような」

恵菜「きっと、元気が出るわ」

  恵菜はウインクした。

ヒデト「ほんとだ。何だかスーッと心の奥まで沁み込んでいくような気がする」

恵菜「フフ。やっぱり」

  恵菜はヒデトに体温計を渡しながら、嬉しそうな顔をしている。

恵菜「フラワーレメディっていうの。せせらぎの水を入れたボールに、摘んだばかりの花を何十個も浮かべ、太陽光線のもとで、その花の波動を水に転写したものなのよ」

ヒデト「フラワーレメディ? 花の波動?」ヒデトのキョトンとした顔。

  恵菜はヒデトから体温計を受け取り、頷きながら言った。

恵菜「花の波動にはね、大きな癒しの効果があるのよ。そう、花だけでなく、自然の中には、人や動物を癒してくれるものがいっぱいあるの。人間が忘れてしまっただけ」

  ヒデトは首を傾げて考え込んでいる。しばらくして、恵菜に向かって相づちを打つように頷いた。

ヒデト「ところで、大野先生って――」

  そう言いかけて口をつむぐヒデト。

恵菜「ああ、彼? 不思議な人でしょ? 宇宙人かも?」

  恵菜はいたずらっぽい目をして、からかうように言った。
  そして、ヒデトの目を覗き込んで、神妙な顔をしている。

恵菜「よかったわね、ヒデトくん。めぐり会うことができて。彼も私も、あなたと出会うべくして出会ったのよ」

  恵菜の秘密めいた微笑み。

ヒデト「出会うべくして出会った――」

  恵菜は例の詩の入った封筒を指差した。

恵菜「読んだ?」

  ヒデトはかぶりを振った。

ヒデト「読むのが怖いんだ」

恵菜「そうね。もう少し元気になってからのほうがいいかもね。どう? 朝食は食べられそう?」

ヒデト「はい。レメディを飲んだせいか、お腹がすいてきました」

恵菜「そうこなくっちゃ! でも、いきなり固形物は無理だから、流動食から始めましょうね」

  いそいそと部屋から出ようとする恵菜。
  ヒデトは小さな声で言った。

ヒデト「ありがとう。夏木さん」

恵菜「まあ、夏木さんはよしてよ。エナって呼んで。私もヒデトって呼ぶから」

  恵菜は嬉しそうにそう答えて病室から出ていった。

  音楽イン。尾崎豊かの『I LOVE YOU』。
  画面に、苦悩に打ちひしがれる若者の姿をぼんやりと映し出す。
  
  ヒデトの詩がゆっくりと流れる。

N「私は生まれてくる時代を間違えたのだろうか
  物質社会の中で情報に洗脳され
  魂を失い 愛を忘れた人々があふれる世界
  快楽や心地良さだけを求める愚かな人の群れ

  私が生きている理由 真実の愛を求める為
  精神世界の中で真の心を得る為

  心の温もりを求めて 孤独の中で喘ぎ
  私の魂は涙を流している 独り 気付かれることなく

  私は心を殺して生きてゆくことは出来ない
  たとえ苦悩や悲しみに染まったとしても――
  魂を失い愛を忘れた人々があふれる世界
  しかし私は心を捨てない たとえ死に至るとしても

  生と死、情熱と狂気、光と闇――
  すべては紙一重なのだから
  私はどんな困難にも耐え抜き 光へと向かう

  この覚悟と共に 死への恐怖は消えていく
  真実の愛に辿り着くために さまよう心
  私は求め続ける 心のままに生きていく

  すべての困難を克服し私は辿り着くだろう
  愛へと―― 光へと―― 」

  
  ベッドの上に散らばる紙。何十篇もの詩。
  ヒデトは大きなため息をついた。仰向けになり、目を閉じる。

ヒデト「ぼくは一体、誰なんだ!? 何のために生まれてきたんだ」

  握りこぶしで布団を叩くヒデト。
  
  
  どこからか、かすかに歌声が聴こえる。
  入院患者たちの歌声。
  ♪ゆるし合う微笑みは 神様がくれた 最高の贈り物~♪

ヒデト「♪ゆるし合う微笑みは~」
  
  思わずヒデトもつられて、小さく口ずさむ。
  自分の詩に一通り目を通したところだった。

ヒデト「まわりの人間も何もかも、敵のように感じていた――。自分すらもゆるせない孤独なやつ――」

  ヒデトは少しずつ記憶を取り戻しているようだった。

〇ヒデトの回想シーン

ヒデトのN「物心ついたころから、自分はいつもひとりぽっちだった。
  幼い頃から、急に自分が世界中でたった一人になったような孤独感に襲われた。そして、それはいつも急に彼を襲った。
  その孤独感が何処から来るのか? 長い間わからないままだった。

  それに幼い頃、繰り返し見た不思議な夢。見知らぬ星で泣いている夢だった。
  父も母も可愛がってくれた。にもかかわらず、自分のほんとうの両親ではないと、疑ったりしたことも――」

  音楽イン。尾崎豊のメロディ。

ヒデトのN「学校に行くようになってからも、孤独感と疎外感はつのる一方だった。
  中学生になったとき、いつも他の生徒と違うことに感動し、違うことに喜びを感じる自分を知った。それがいつの間にか、他の生徒のいじめの対象になっていった。
  
  高校になってからは、学校に全く行けなくなってしまった。夜になると自分を責め、過去のいじめを思い出しては、リストカットをして、苦しみを紛らわそうとした」

  ヒデトの両腕の無数の傷が映し出される。

ヒデトのN「両親は心配して、精神科に連れていった。いくつかの精神科の病院に通ったが、いっこうに良くならなかった。
  父は、『お前が弱いから』と責め続けた。
  もともと体の弱かった母は、息子を気遣いながら、ある日突然亡くなった。血液の癌だった。
  そして、結局、高校を卒業することもなく、引きこもってしまった」

  悲しい音楽、大きく鳴り響く。

ヒデト「母さん! どうして――」

  布団をかきむしるヒデト。目から涙がポロポロ零れ落ちる。

ヒデト「ぼくをゆるして!」


〇再び回想のシーン

ヒデトのN「かろうじて絆がつながっていた母を亡くし、喪失感までも加わった。
  得たいの知れない毎晩の孤独のすべて。やり場のない怒りのすべて。社会にかかわらないでいることへの不安。かかわろうとすればするほど、嫌悪を感じて苦しくなる。――その繰り返し。
  この孤独感、疎外感から逃れるために――」

〇ヒデトの部屋

ヒデト「そうだ! 一週間前、すべてを終わらせるために――。ためていた薬を一挙に飲んだ――」

〇病室の窓

  白いカーテンがそよぐ。サーッと風が入ってくる同時に、姫神の曲が静かにイン。


ガイアに魅せられて  4

2008年01月27日 | Weblog
〇病院の庭園

  大きなドーム型の温室のような庭園。
  いたるところに樹が茂り、花が咲き乱れている。
  小鳥のさえずりや水のせせらぎの音。
  患者たちの笑い声、歌声が楽しそうに響き渡る。
  庭園の中をゆっくり散歩するヒデトと恵菜。

恵菜「思ったより背が高いのね。かっこいいじゃん。でも、もう少し日焼けしなくっちゃ」

  ヒデト少し照れている。

恵菜「この病院はね――。少し変わってるでしょ?」

ヒデト「はい」

恵菜「実は、癒しの場をとても大切にしているのよ」

ヒデト「癒し?」

恵菜「ホリスティック医学って聞いたことない?」

  ヒデトは首を横に振った。

恵菜「この病院では、西洋医学と併用して、代替医療に力を入れているの」

ヒデト「代替医療?」

恵菜「そう、医師や看護師はもちろん、心理療法士。鍼灸師、気功師、アロマセラピスト――。みんなで癒しの場を作っているの」

  患者たちの歌声が流れる。

恵菜「ここでは、身体性の病気を『治す』だけでなく、精神性の病気を『癒す』ために、あらゆる療法を実践しているのよ」

  ヒデト、答える代わりに、立ち止まって深呼吸した。
  ずいぶん顔色が良くなっている。

恵菜「中でも、大野先生は、『音楽を聴く、歌う』、『笑う』ことに力を注いでいるの。音楽と笑いは、病人の免疫力を高め、命のエネルギーを高めるそうよ」

  恵菜も気持ち良さそうに深呼吸した。

ヒデト「毎日、ここで歌っているんですか?」

恵菜「歌の集いは毎週土曜日だけ。患者さんが自然に集まるようになったの。ふだんはヒーリング音楽が流れているわ。そうそう、お笑いのタレントさんが、ボランティアで訪れることもあるのよ」

ヒデト「お笑いですか?」

  不思議そうに尋ねるヒデト。

恵菜「笑いは効果抜群なの。よく笑ったあとの患者さんはいろんな数値が良くなっているのよ。ホント、不思議なんだけど」

ヒデト「それにしても、この庭の樹や花は勢いがあって、みずみずしく見えるなあ」

恵菜「なかなか鋭いわね、ヒデト。なぜだと思う?」

ヒデト「さあ? もしかしたら――音楽のせい?」

  ヒデトはジョークのつもりで言った。
  
  恵菜はちょっと驚いた顔をして、
恵菜「ピンポーン。当たり! 植物もいい音楽を聴くと、よく育つんだって。科学的にも実証されているのよ」

  適当に言ったのが当たって、ヒデトは決まり悪そうにしている。
  少し照れながら、話題を変えた。

ヒデト「それに、ここはまるで『オアシス』みたいだ」

恵菜「あら?」また恵菜の驚いた顔。
  「そうなのよ。ここはみんなに『オアシス』って呼ばれているの」


〇庭園の中ほど

  患者たちが集まっている。
  老若男女合わせて20人くらい。
  めいめい籐の椅子や曲げ木の椅子に腰掛けている。
  車椅子の人もいた。

おばあさん「こっちへいらっしゃいな。一緒に歌いましょう」

  車椅子のおばあさんが、二人に手招きしている。

恵菜「みなさん、紹介します。ヒデトさんです。よろしくね」

ヒデト「ヒデトと言います。よろしくお願いします」

  ヒデトはペコリと頭を下げた。

みんな「よろしく!」

患者1「さあ、一緒に歌いましょう」

患者2「仲良くしましょうね」

  あちこちから温かい声がかけられた。ヒデトの何ともいえない顔。安らぎを感じているようだった。

おじいさん「おお、ヒデトか。いい子だ、こっちにおいで」

  一人のおじいさんが手を振りながら、切り株の椅子をヒデトにすすめた。
  おじいさんは少し認知症がすすんでいるように見える。
  ヒデトははにかみながら、おじいさんの隣に腰掛けた。

おじいさん「いい子だ、いい子だ。かわいそうにのう。もう、だいじょうぶだよ、安心したらええ」

  隣で先ほどのおばあさんも一緒になって頷いている。
  おじいさんはヒデトの頭から肩にかけて、そして背中を優しくさすり続けた。
  ヒデトはなされるがままにしていた。
  おじいさんの手の温もりに優しさを感じ、思わず涙がこぼれそうになった。

  男の子の姿。かなり痩せこけている。
  その男の子が急に立ち上がり歌い出す。

  ♪ぼくらはみんな生きている 生きているから歌うんだ~

  男の子は力いっぱい歌っている。

  ♪手のひらを太陽に~
   かざしてごらん~ 真っ赤に流れる ぼくの血潮~

  みんなは一緒に歌いながら、いっせいに手のひらを空にかざした。
  たくさんの手は波のように左右に揺れて、ゆっくりリズムをとっている。
  ヒデトもつられて、両手をぎこちなく掲げた。そして、歌った。
  恵菜はそんなヒデトの様子を見てクスッと笑った。

  
  大きな樹の陰から、洋介がみんなに声をかけた。

洋介「みなさん、残念ながら、今日は愛子さんはお休みです」

患者1「ええ~!? 残念」

患者2「どうして?」

  みんな口々にそう言いながら、顔を見合わせた。

洋介「お母さんのコンサートに出演することになったそうです。彼女も残念そうにしていました」

  洋介はみんなに「まあまあ」と言うように、手で制しながら続けた。

洋介「でも、来週はきっと来ますから、よろしく伝えてくださいと言ってました」

おばあさん「愛子さんの歌を聴くのを楽しみにしていたのに」

男の子「エヴァに会えないの?」

  男の子のつまらなさそうな顔。

洋介「その代わりと言っては何ですが」

  洋介はラジカセをみんなの前に置いた。

洋介「愛子さんの歌をアレンジして曲を作りました。まだ未完成なんですが、聴いてもらえますか?」

患者3「まあ素敵!」

患者4それはいい!」

患者5「どんな曲かしら?」

  みんなはラジカセをまぶしそうに見つめている。

  
  ラジカセから響くシンセサイダーの音。サラサラ流れる水の音。
  小鳥のさえずり。空を舞う風の音――。
  いつもオアシスに流れている音楽とよく似ていた。
  いや、もっとダイナミックな感じもした。
  ヒデトはすっかり、この不思議な音楽に心を奪われていた。それは深遠な音の世界だった。

  みんなは頷きあいながら、拍手をしている。

患者2「心が洗われるようだ」

中年の痩せた女性「ほんと、(ハンカチで目頭を押さえながら)いい音楽をありがとう」

学者ふうの男性「未完成だなんて、とんでもない。素晴らしかったよ」

  初老の男性だった。額に神経質そうなしわが刻まれている。彼は目尻にもしわを寄せながら大きな拍手をした。
  
  それにつられて、また、みんなの大きな拍手。

  キーンコーンカーン――。
  澄んだチャイムの音。夕食の合図。

患者3「ありがとうございました」

おじいさん「ありがとう、いい曲だった」

おばあさん「また、来週ね。楽しみにしているわ」

  車椅子を押す人。そっとお年寄りの背中を抱きかかえながら歩く人。頬を紅潮させ嬉しそうに笑う子ども。それぞれ幸せそうな顔をして食堂に向かった。
  彼らの体や心が病んでいるふうにはとても見えなかった。


〇がらんとした庭園の中

  ヒデト、恵菜、洋介の3人。
  恵菜はいまだ余韻から覚めず、という表情。うっとりしている。

恵菜「素敵だったわ、洋介」

  恵菜は洋介にささやいた。

洋介「ありがとう、もう少しで完成する」

恵菜「今日は? 帰るの?」

洋介「今夜は先生のところに泊めてもらう」

恵菜「残念! 夜勤なの」

  恵菜はヒデトの視線を感じて、ちょっと照れくさそうに笑った。

恵菜「(ヒデトのほうを振り返って)彼は佐伯洋介。ムー文明や縄文文化の心を音楽で表現する作曲家よ」

  洋介をヒデトに紹介した。

洋介「よせよ。作曲家だなんて。単なる山男だよ。オレは」

  洋介は頭を掻きながら照れ笑いした。

洋介「佐伯です。よろしく!」明るい声で言った。

ヒデト「星野ヒデトです。よろしくお願いします」

  ヒデトは洋介に少し嫉妬を感じているように見えたが、素直に感想を述べた。

ヒデト「何て言うか――。こんな音楽初めて聴きました。新鮮な驚きと同時に、なつかしくてたまらないという感覚が体中を駆け巡りました」

  洋介は微笑んでいる。

ヒデト「僕は――、その――、いろいろあって――」

  洋介も恵菜も温かい目で、ヒデトを見守っている。

ヒデト「僕にとって、音楽だけが唯一の支えでした。音の世界に浸っているときだけ、生きていると実感できました。
  クラシック、ロック、手当たり次第に聴きました。いつの間にかヘビメタにはまって――」

  ヒデトはうつむいたまま一気に話した。
  
  洋介がヒデトの肩にそっと手を置いた。

洋介「うん。何となくわかるよ。オレにもそんなときがあったから」

  ヒデト、驚いた顔をして洋介を見る。
  恵菜は軽く頷いて、ヒデトの顔を見た。

洋介「しかし、それは決して心の闇から、オレを開放してはくれなかった。それどころか、さらに闇の中に閉じ込めるだけだった」
  
  洋介は過去を回想しているようだった。


〇オアシスの屋根を通して見える空

  3人は空を見上げていた。
  空はすっかり夕焼け雲に覆われていた。ブルーとオレンジと白の微妙なグラデーションが目に沁みるように美しかった。

ガイアに魅せられて  5

2008年01月27日 | Weblog
〇病室

  きれいに片付いたベッドのまわり。
  大野がヒデトの脈をとっている。

大野「顔色が良くなったね。オーラもきれいになった」

ヒデト「オーラ?」

大野「ハハハ――。冗談ではないよ。くすみがとれて、明るい色になっている。とてもきれいなブルーだ」

  大野は満足そうに微笑んでいる。
  キョトンとするヒデト。


〇病室の扉

  ドアのノックの音とともに、恵菜が入ってきた。小さな花束を抱えている。

恵菜「退院おめでとう。これ、みんなから」

  花束をヒデトに渡す。少し淋しげな恵菜。


〇病室

ヒデト「お世話になりました」
 
  ヒデトも淋しそうだった。

ヒデト「(花の香りを味わいながら)正直言って不安です。また、以前の自分に戻ってしまうのではないかと――」

  ヒデトは自分の思いを正直に打ち明けた。

大野「焦ることはない。今、始まったばかりだ。君自身を探す旅が」


〇病室の扉

  ノックをして、ヒデトの父がそっと入ってきた。
  ヒデトは父と目を合わせなかった。

大野「お父さんは心配して、毎日病院に来られていたんだよ。『そっとしておくのが何よりだから』という私の忠告を守って、容態を聞くだけで帰っていただいていた」

  大野は恵菜に目配せして、一緒に部屋から出ていった。

父「(小さな声で)ヒデ、だいじょうぶか?」

  父の目は赤かった。瞼も少し腫れてみえた。

父「すまなかった、ヒデト。お前の気持ちをわかってやれなくて」

  二人の間にしばらく沈黙が流れた。
  
  突然、父の目から。大粒の涙がポタポタ落ちた。

父「頼む。父さんを一人ぽっちにさせないでくれ」

  消え入りそうな悲しい声だった。肩を落とした父はすっかり老けて見えた。

ヒデト「父さん、僕こそ。許して」

  ヒデトもいつしか泣いていた。

ヒデト「僕は父さんの期待に沿うことができなかった」

父「いいんだ、もう、いいんだよ」

  親子はしばらく抱き合ったまま泣いた。


〇ヒデトの家

  父は妙に優しかった。

父「自分の心に正直に生きるということが、どんなにつらいことか。父さんにもやっとわかるような気がする」

  以前のように、説教がましいことは、いっさい言わなくなった父。

父「焦らず、自分の道を見つけるがいい」

  父は息子をそっと見守るようになっていた。
  ヒデトはそんな父を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

ガイアに魅せられて  6

2008年01月27日 | Weblog
〇公園

  ブルーの半そでのシャツを着たヒデト。ひとり言をつぶやきながら歩いている。

ヒデト「久しぶりだなあ。何年ぶりだろう。幼い頃、母さんとよく来た公園。なつかしいなあ」

  手入れが行き届いた美しい公園。
  大きな桜の木の葉が、涼しそうな木陰をつくっている。
  桜並木をくぐりぬけて、噴水のところまで来た。

ヒデト「これは?」驚いた顔。

  美しい歌声が流れていた。それは言葉のない歌だった。よく聴くと、アやオの母音だけで、歌っているように聴こえた。
  先週、病院で聴いた洋介の曲に似ていた。

ヒデト「天国の歌?」呆然としてつぶやく。

  それは宇宙の音楽と言われる『リラ』のようだった。
  ヒデトは耳を澄ました。たしかに人の声だ。その美しい声の主は若い女性のようだった。
  フラフラと歌に引き寄せられるヒデト。


〇公園のステージ

  愛子が歌っている。ラジカセからピアノの伴奏が流れている。愛子は両手を胸の前で軽く合わせている。祈りを捧げている姿のように見えた。
  透明感のある神秘的な瞳。理知的な額と弓形の眉。つややかな黒髪が肩に自然に垂れている。美しい女性だった。

  愛子の隣に犬が行儀よく伏せていた。ラブラドールレトリバー。
  隣にハーネスが置いてある。盲導犬のようだった。
  たくさんの人が観客席に座って聴いていた。みんなうっとり聴きほれている。
  ヒデトも静かに後ろのほうに座った。

  愛子の不思議な歌声は、ヒデトの琴線に触れ、涙が自然に流れてきた。
  他の人たちも同じようだった。
  誰も一言も口をきかず、ひたすら聴き入っている。


〇公園の時計

  1時間くらい経っただろうか。公園の時計が2時半を指していた。


〇ステージ

  愛子が歌い終わって、おじぎをした。

愛子「ありがとうございました」

  ラブラドールもきちんとお座りをして、あいさつをしているように見えた。
  みんなの拍手。
  ハンカチで目頭を押さえている人もいる。
  
  音楽。不気味なリズムでイン。
  
  その時、ステージの影から、怪しげな男が現れた。3人いた。
  愛子を連れ去ろうとしているようだった。
  犬は、「ワンワン」吠えながら、一人の男の服を引っ張っている。
  突然の事件に、観客はおろおろしている。
  ヒデトはとっさに携帯をかけた。

  わざと大きな声で、
ヒデト「もしもし、警察ですか? 桜町公園で」

  3人のうちの1人が、ヒデトに駆け寄り、いきなり殴りかかった。
  ヒデト、倒れる。携帯が宙に飛ぶ。

男1「テメ~! 痛い目に遭いたいのか!」

  殴られながらも、ヒデトは携帯を拾って、また大きな声で叫んだ。

ヒデト「もしもし、早く来てください!」

  コソコソ逃げかけた人たちも、ヒデトの態度に勇気づけられて、携帯をかけだした。

何人かの声「もしもし、警察ですか? こちら――」

男2「チェッ、覚えてろよ!」

  3人は捨てぜりふを残して去って行った。
  ヒデトはステージに駆け寄った。
  二人を心配そうに見守る人々に、お礼を言いながら。

ヒデト「だいじょうぶ? けがしなかった?」

愛子「あなたこそ。だいじょうぶ?」

  愛子はヒデトと視線が合わなかった。
  宙を見ている。
  ヒデトの顔は痛々しそうに腫れ上がり、口元は血で滲んでいた。

ヒデト「たいしたことないよ」

  ヒデトはわざと快活な声で言った。

愛子「お願い! タクシーを拾って!」

ヒデト「わかった! 僕につかまって」

  ヒデトは愛子のかばんとラジカセを持った。愛子の片手はヒデトの腕を、もう片手は犬のハーネスを持って足早にヒデトについていった。


〇タクシーの中

  後部座席に二人と一頭が座っている。犬は愛子に自分専用のシートを敷いてもらって、二人の間におとなしく座っている。
  遠くでパトカーのサイレンの音。

愛子「ありがとう、助かったわ」

  愛子はホッとした様子で、ヒデトにあらてめて礼を言った。

運転手「どちらに?」

愛子「神野町の友愛病院にお願いします。あなたは?」

ヒデト「(ちょっと驚いた声で)僕も」

  愛子は首を傾げた。しかし、とりたてて驚く様子もない。

愛子「私の名前は――」

ヒデト「愛子さんでしょ? この子はエヴァ」

愛子「えっ!?」

  一瞬びっくりした様子。が、またしても、何事もなかったように澄ました顔。
  あまり驚かない愛子にヒデトのほうが、内心驚いていた。
  エヴァは人なつっこそうな目をして、ヒデトの手を舐めた。

ヒデト「僕はヒデト。よろしく。ところで、どこかで会ったような――」

  ヒデトはそう言いかけて、愛子の目が見えないことに気づいてハッとした。ヒデトはエヴァの頭を優しく撫でながら、エヴァに話しかけているふりをした。

ヒデト「エヴァ、いい子だね。ところでエヴァってどういう意味?」

愛子「『愛』という意味。宇宙語よ」

ヒデト「宇宙語?」

愛子「そう。ところで、この子だいじょうぶかしら? けがはない?」

ヒデト「どうもないみたいだよ」

  ヒデトは一通りエヴァの体のチェックをして、また頭を撫でた。
  愛子もエヴァの頭を撫でる。
  ヒデトの手に愛子の手が触れた。
  ヒデトは一瞬ドキッとしたが、そのままにしていた。