アートプラス京めぐり

京都の探索、記事数6500 いろいろなテーマで京都をめぐります 
京都市外も始めました 先ずは京都南部から

寺院上0252  浄光寺 浄土宗  池大雅の墓所

2015年05月20日 06時53分30秒 | 寺院

浄土宗

 

明治18年建立

 

 

 

乾三十三所 第二十二番                    右 墓所案内碑

 当寺境内墓地に、江戸時代の文人画家・池大雅(1723~1776)の墓がある。墓は碑面に「故東山画隠大雅池君墓」と記し、側面に大典(相国寺の文人僧)が書いた銘文を刻んでいる。大雅は享保8年(1723)京都に生れ、姓は池野氏、名は無名といい、大雅・玉海などと号した。若くより絵を志し、柳里恭(柳沢淇園)や祇園南海に学んだほか、中国の画論や画譜を通じて独学で「南画(南宋画)」を研究した。また禅を修業し、日本全国を旅したことでも有名である。生まれつきの超俗的な性格と大胆な行動力が相まって、おおらかな画法で人物や風景を誌的に表現する独自の画風を大成し、与謝蕪村と共に、日本における南画の大家と讃えられる。代表作に、蕪村との合作で川端康成が購入した「十便十宜図(国宝)」や萬福寺所有の「五百羅漢図(重要文化財)」等がある。30歳の頃、祇園町の娘、町と結婚し洛東真葛ケ原に草庵を建てて住んだ。妻も「玉蘭」と号する画家として有名。夫妻共々、数々の奇行が伝えられている。安永5年(1776)大雅は54歳で没し、遺言により当寺に葬られた。 京都市

 

寺院 前回の記事  ➡  寺院上0251  興聖寺  臨済宗  古田織部 曽我蕭白 石仏 

川柳

妻の愚痴 頷いてたら 俺の事       /筒井

下のユーザー地図で京都市内の記事探索が出来ます。試してみてください

 


寺院上0250 称念寺 ねこ寺  称念寺 では 猫は見かけなかった

2015年05月20日 00時50分58秒 | 寺院

浄土宗知恩院派  寺紋は三つ葉葵

 

本空山と号する浄土宗知恩院派の寺である。慶長11年(1606)に現在の茨城県の土浦城主・松平伊豆守信吉が師僧の嶽誉上人のために建立した。松平家の菩提寺として栄えた、当寺に葬られた松平信吉の母が徳川家康の異父妹であったことから、徳川家定紋の三つ葉葵を寺紋としている。三代目住職のころには、松平家と疎遠になり次第に荒廃した。寺伝によれば、この三代目住職は猫好きであったが、寺が貧窮しているにもかかわらず、ある夜、愛猫が美しい姫に化身してのん気に舞を舞ったことに怒り、この猫を追放した。ところが、数日後、猫は住職の夢枕に立って松平家と復縁を取りつけたことを告げ、不審に思っていると、その翌日松平家の姫が亡くなり、その遺言によって葬儀を当寺に於いて執り行うことを伝えてきた。これが機縁となって再び寺はさかえるようになった。猫は住職に報恩し、寺は立派に再興したという。以後、寺では猫の霊を厚く守護しており、本堂前の老松はその愛猫を偲び、伏した猫の姿になぞらえて植えられたものであるといわれる。このことから、称念寺はいつしか「猫寺」と呼ばれるようになったという。

寺では動物供養が行われ、墓地には動物合同供養塔が建てられている。また、宝暦5年(1755)の再建の本堂の本尊お内仏来迎仏阿弥陀像は、平安中期の高僧恵心僧都の作といわれる。 京都市

ここに、いた  猫の姿    猫の姿をした松だったのか

寺院 前回の記事 ➡ 寺院上0249  因隆寺  浄土真宗 大谷派 船岡山

 

川柳

 

入場料 顔見て即座に 割り引かれ    /赤羽

 

下のユーザー地図で京都市内の記事探索が出来ます。試してみてください