夕暮れ時の訓練は兎を追跡することに関しては効果的な方法の一つで、猟全体か
らみると、その前に兎の寝屋を探し出す大仕事を省いたものになるため、この方法だ
けの訓練に頼るのはよくない。また兎は寝屋から出て来たばかりで行動範囲は狭いこ
と、その足跡の臭いは時間が経っていないので臭いが濃く跡さえあれば簡単に追跡
できる。実際の猟は朝から開始することが多い。仮に昨夜の臭いがある所からスター
トしても、そこには新旧の臭いがいたる所で交叉し方向もまちまちであり、それを選別
して寝屋まで一本の線につなげる必要がある。
地鼻と言い地面の臭いを拾いながら丁寧に嗅ぎ取り、梢の一本、葉の裏までその対
象にする。寝屋まで行き着く速さは『犬の技術』、場合によっては芸術と言っても過言
ではない。追跡だけの訓練はこの仕事がないので犬にとっては楽だ。
家の近くには訓練用の兎が3羽は見つけてあり順々に使い訓練する。歩いても15分
もあれば尾根に着く距離だ。今晚あたりは一雨ありそうな厚い雲が覆っている。家の
近くだから迷うこともあるまい。
20年は経っている檜の造林を通る、薄暗くすっかり陽が暮れたようになる。いつも来る
場所だから心得たものだ。炭釜跡の先を左に行けば兎の遊び場がある。造林を過ぎ
ると夕暮れ時の明るさを取戻した。
パピーは臭いを取りながら勝手に進んで行く。出歩いていた兎に出会ったのだろうか
大声が響き奥に向けて断々と小さな声になっていった。
この縄張りは狭い部類に入るが何度か来ているので自分で何とかするだろう。山の反
対で鳴く声が反射してすぐ傍にいるように聞こえる。この調子だと今晩は飽きるほど追
い続けるだろう。犬を残し家からパピーの声を聞くことにしよう。予想通り夜が更けても
帰ってこない。耳を済ますと微かにパピーの声が聞こえる。明け方に雨が降り出した。
雨は兎の臭い、自分の足跡の臭い、総てを流し去ってしまう。翌朝か昼頃には疲れた
格好でトボトボと帰ってくると予想していたがそれとは異なり夕方になっても帰って来な
かった。会社から帰り捜索に出かけてみたが手がかりはなく次の朝を迎えた。疲れ果て
て木陰で露を凌ぎ寝ているだろう。しかし空腹には閉口しているはずだ。それから毎日
々、探し続けるが姿は見えない。膠着状態が続き五日目、遂に有線放送で『尋ね犬』を
流してもらうことにした。
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