11月11日・12日(土・日)の両日、小川理事・乘松理事と私望月の3人で、来年4月21日・22日(土・日)の1泊2日で予定されている第261回見学会「信長の北伊勢侵攻と関連城郭」の下見に行ってきました。
先ず、阿坂城に行きました。この城は「白米城」ともいわれ、応永22年(1415)に北畠満雅が幕府軍を迎え撃った際、北畠軍が馬の背に白米を流し幕府軍を欺いて撃退した伝説をもつ城です。北郭(椎之木城)と南郭(阿坂城)の二つの主要な曲輪から構成されており、土塁や堀、切岸が見事な城郭です。二つの曲輪の頂上から眺めた景色も見事なものでした。
次に大河内(おかわち)城に行きました。この城は15世紀前半以降、伊勢国司北畠氏の根拠地の城郭として位置づけられ、16世紀後半の織田信長の中・南伊勢侵攻の際には激戦が展開された城ですが、主要部の大半は神社境内地として整備されてしまっています。それでも、周辺部には堀跡が残存しており、大規模な城郭であったことがうかがわれました。
1日目の最後は田丸城に行きました。同城も北畠氏ゆかりの城ですが、現在見る姿は天正期遺構近世に整備された織豊系城郭の姿で、石垣は見事なものがあります。ここで沈む夕日を眺めつつ、松阪の宿に向かいました。
2日目の朝は、先ず松坂城に行きました。 同城は蒲生氏郷が整備した織豊系城郭として有名ですが、最終的には紀伊徳川家の伊勢支配の拠点となった、典型的な近世城郭です。見事な高石垣や曲輪の建物跡、城下の屋敷などを堪能することができました。
そしていよいよ、今回の見学会のメインともいえる北畠氏館跡・詰の城・霧山城に向かいました。先ず、館跡の少し手前にある資料館で城館の歴史や出土遺物などを見て予備知識を得た後、山麓にある北畠氏館跡へ。ここでは、写真にあるように、紅葉がちょうど見頃になっており、思いがけず紅葉を愛でることができました。(当然のことながら、本番の見学会では見られませんが・・・)
館跡の背後の山を登ること約15分で「詰の城」に到着。「詰の城」では曲輪や堀切、竪堀が観察できました。そこを後にし、山道を延々と登ること約30分で霧山城南曲輪群に着きました。南曲輪の山頂付近は樹木もまばらで歩きやすく、堀切や土塁をじっくり観察することができました。更にそこから10分ほど歩くと北曲輪群に着きます。ここは南曲輪以上に多彩な土塁・堀切が良好な状態で残存しており、遺構を堪能することができました。周囲の山々の景色も見事なものでした。
霧山城の遺構を堪能した後は、滝之川城に行きました。同城は霧山城とは対照的に案内の看板等もなく、鬱蒼とした山林の中に残る城跡ですが、太平洋側の山城にしては珍しい畝状竪堀群が観察できました。その位置付けや遺構全体の配置など不思議な点が多く、3人で語り合いながら城跡を後にしました。
下見の最後は八田城に行きました。同城は一時城跡の公園として整備され看板等も立てられていますが、今は訪れる人も少ないようでひっそりとしていました。ただ、虎口や高い土塁、堀の入れ方など非常にわかりやすい縄張で、その構造をじっくり見ることができました。
-以上、どれも見応えのある興味深い縄張遺構が楽しめる城郭でした。本番の見学会では、多くの方々の参加をお待ちしております。
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