遠藤こどもクリニックは小平市の小児科アレルギー科のクリニックです。こども達の近くにいる診療を心がけています。

腰痛とメタボからの脱却とアンチエイジングを決意した65歳体育会系小児科医の日記

奔流 (終章)

2013年07月31日 | 日記
達成感と疲労と痛みのなかで、
バスの窓から九十九折りを望む。
眠りたいのに眠れない。

降りたバス停でお土産を買う。
軽さ重視だったのは許されるだろう。
駅までの5分はまた永遠の距離だった。

友人の1人とは渋谷まで一緒。
アスリートの友人はとても
気づかってくれた。
長閑な在来線、新幹線を乗り継ぐ。
なぜか大宮から在来線を指示した
緑の窓口のひとは正しかった。

ただひとつ、湘南新宿ラインの渋谷で
降りた場所はほとんど恵比寿だとは
教えてはくれなかった。

「もう大丈夫、先に行って。
   ゆっくり行く。
   奥さんによろしくね。」

膝が曲がらないと自然に足を
足を外側回して歩いている。
遠くない将来こんな風になる
のは覚悟しているけれど、
出来るだけ先のことでありたいから
少しでも半月板を労わった
左側の手すりに頼り、井の頭線に
たどり着く。またタクシーかを迷う。

流れを止めてはいけないと思う。
自分の力でたどり着かねばならない。
急行は止まらないけれど座ることが
先決だから急行を待つ。
力尽きたらそこからタクシーがある。
まだ諦めない自分を褒めた。

各駅停車に乗り換えようやく最寄りの駅に着く。
自宅まであと600mゆっくりゆっくり歩んだ。
運動したいけどもう出来ないかもしれない。

自宅が玄関の数cm以外はバリアフリー
なのをこれ程有難く感じたのは初めてだった。
お風呂で、今度こそはと足湯でなく膝まで浸かり、
車を仕事場に置いてきてしまっていること、
雨の中をギアチェンジしないで
バイクで行くほどの根性もないこと、
だけどタクシーだけは避けたい、
そんな事を思いながらまたビールを飲んだ。
頑張った自分へのご褒美は日本酒を少しだけ。
許されていいと思う。

色々な事を思いつつ、これでもかと
たくさん湿布を貼った。

早起きしてなんとか少し曲がる様に
なった膝を労わりつつ、出来るだけ
駅はエレベーターを使いクリニックへ
辿り着いた。
座って出来る仕事で良かったと
改めて思う。

ようやく仕事を終え、整形外科は終わって
しまった時間だからマッサージに向かう。

「左膝が」

不安をすぐに伝えるほど、こどもでは
ないけれど、

「いつもの倍の時間でお願い出来ますか?」

とだけは伝えた。
担当してもらってもう5年以上の施術の方に
任せた。覚悟しながら。

「今までで1番筋肉張ってますね。」

終わってみたら膝は曲がるし、
ちょっとだけは痛いけど歩けちゃう。
左膝外側半月板損傷→筋肉痛
に診断名を変更した。
整形外科医ではないから誤診とは
言われたくない。
言わないで欲しい。

昨日は東京ドームに行った。
階段のぼりおりした。
今日はもうこれ以上休めない
テニススクールに行けたから
たぶんきっと大丈夫。

これからは流れに身をまかさず、
Noと言える自分でいたい。
身体を鍛えると心底思う。
これで何度目なのかとかは
聞かないでいて欲しい。

奥日光、近くて綺麗な場所。
でも僕には、遠くて険しい場所。

おわり。







奔流 (その3)

2013年07月31日 | 日記
三大名瀑は幅25m、高さ75m、
その水の音を聞き、上から望むだけで
僕には十分だったのに、
遥か下のいる人の姿をみて、
怖気づいたわけではない。
ただ、これを下り、また登るのは
出来るだけ避けたいとは思った。

「さあ行こう」

鼾をかいていた友人はそう言い先へと進む。
ぬかるんだ土の階段は滑り、
きつく曲がって、しかも急だった。
昨日行った東京ドームの観客席より明らかに。
日曜日、初心者向きの遊歩道では
あったかもしれないが、僕には
けもの道に思えた。

高低差75mのぬかるんだ土と木の階段を
ほとんどみんなの半分の速度で
片足ずつ降りようやく着いた所には
勇壮な水の落ちる様子が一望出来た。

そんな景色を楽しむ間もなく、
お腹が痛くなる。緊急事態勃発。

そりゃ、少し過ぎるとお腹をこわす
のが常だから、気をつけてはいた。
薬も飲んでいた。
なのになぜ?
なんとか間に合い、蒼白であっただろう
顔色も朱がさして、みんなのところへ戻る。

「今来た道を戻るか、もう少し進んでバス、
   さらに進んでからバスでもいいし、どうする?」

こんな坂をまた登るのはだけは避けたかった。
近くの駐車場にタクシーと叫びたかった。

「こんな急な坂はないはず、基本下り坂」

という言葉を信じた時、
もう戻れない所にまで流されていた。

幅45cmの濡れた木の遊歩道はけっして
平坦ではなく、底の減ったウォーキング
シューズを履いた僕は苦戦、利き足の
左膝外側の鈍痛は次第に持続的かつ強くなり、
少し曲げるのも辛くなった出発から約1.5時間
中継地点に辿り着いた。
ここまでまだ4km弱とは思えない道程だった。

「ここから30分で国道に出てバスか、
   もう1時間少し進んで最終目標までいく?」

自分の心はすでに決まっていた。
「一人でももう帰る。出来ればタクシー」
そんな時に雲行きの怪しかった空から
ついに雨が落ちてきた。
傘やカッパのない者もいたので、
最終目的地には向かわず、国道に
みんなで向かうことになった。

「1人じゃなって~、素敵なことね~」
と天地真理の歌が脳裏に浮かんだ。

少し幅の広くなったきの遊歩道を傘を
さして進む。
今思えば、昔戦場だったらしい湿原には
綺麗な花や白樺があったのに、
見ていたのは足元ばかり。

先を進む鼾で寝かせてくれなかった友人の
小学生の様な黄色い傘との距離は
頑張っても離れてしまうけど
オンブして貰いたいけど、
そう言えず歩き続ける。

ホテルを出て約2時間、
最終目標には至らなかったけれど
バス停に着いた。
でもバスは1時間に2本。
やはりタクシーは来ない。
バスの時間まで30分、
雨の国道脇に立ち続けた。

バスに乗ることたった15分、
出発場所にバスを降りたら、
もう左膝は曲げると激痛、

「関節いった。外側半月板損傷」

もはや自分の診断に間違いはないと思う。
バス停から、荷物を預けたホテル、
そこからのお食事処までのたった
数百mは永遠の距離に思えた。

炊き込みご飯を食べる体力などなく、
鍋焼きうどんを頼む。
それでも少しだけ飲んでしまう自分。

急いで歩けないのを気づかってくれる
みんなはやはり友達だった。

「足湯に入るとちょうどいいかも」

と言われ、もう流れの中の自分に
あと少し、頑張れと言いながら進む。
膝が曲がらないのに靴下を脱ぐのが
ここまで苦行だと知る。

足湯はけっして膝湯ではない。
ここで跪いて膝を温めたいけれど
勇気のない自分が悲しかった。

(もう少し続く)




奔流 (その2)

2013年07月30日 | 日記
そう言えば、寝られないで横に
なっていた時に、小学生の林間学校
での点呼やご年配の人の体操の声が
していたような気もする。

朝ごはんを食べたら、醒めたように
思っていた酔いをまた感じた。
少しだけ度が過ぎていたかもしれない。

休みたいのに休めないで横になりながら
すぐに9時半、出発の時がきてしまった。

湖畔を回るなら高々3km、1時間も
かからないから、大丈夫だとまだ思っていた。

家族連れや釣り人を横目に平らな
平らな舗装路の湖畔を歩き始めた。
きつくなったら、途中で待つ作戦だった。

すぐに道は変化した。
舗装から土に乾燥から湿潤へと。

すぐ脇に重装備の釣り人がいる。
でも、それは歩道の下3m、
滑り落ちても、
「お魚逃げてしまいましたね。
    ごめんなさい。」
ではすまない高低差だった。

だから、景色も見ずに、
すれ違う人に挨拶すらできず、
下を向き続け、さらに酔いを
強く感じた。明らかに過ぎていた。
歩行開始15分で既に苦行だった。

ヌルヌルする道を時に木に手を添え
片足づつ降りたり登ったりしながら、
「僕はどこに行こうといているのだろう」
とか思い始めた30分後、湖畔を半周し終えた。

その時、僕の左膝はすでに悲鳴を
あげ始めつつあった。痛みを我慢しながら
ようやく湖の美しさに思いを馳せ、
壮大な滝の落ちる様に感動した。
自分は辿り着いたと思った。

「ちょっと急な坂だけど降りてみようよ」

その言葉に嫌と言えない仲ではないし、
見栄をはる場合でもないのに、
なぜかもう少し頑張ろうと思っていた。

今思えば、その時すでに流れの中に
いてしまったのだと思う。



奔流 

2013年07月29日 | 日記


けっして過信してはいなかった。

下ればまた登らねばならないこと、
体力維持を怠れば報いがあること、
強い意思を持たねば流されてしまう
ことなど知っているはずだったのに…。

年に一度、気のおけない友人達と
色々な場所で集う。かれこれ20回目、
土曜日仕事を終えから急いで向かった。

大雨で電車は30分近く遅延、
ひと気のない駅前でタクシーの
運転手さんと視線が合わない
様にしながら乗り合いバスを待った。
やはりそれも30分。

数人しか乗っていないバスに揺られ、
雨で曇ってなんの景色も見えない
九十九折を揺られることさらに80分、
なんとか夕食に間にあう時間に到着した。

その2時前についた友人達は既に
もう出来上がりつつあったから、
少し急いで追いつこうとした。

もう、みんな沢山は食べられないし、
沢山は飲めないけれど、それは
とても楽しく美味しい夕食だった。

なぜなのか、必ずしなければならない
4人で行う騙し合いの様なゲームですら
勝っていたのにその半ばで友人に譲り、
ゆっくりゆっくり飲みながら、
「明日は湖畔を歩いて滝をみにいく。
    みんな元気なら3時間コースに
延長するかも。」
とか言うから、ひそかに僕は
体力を温存していた。大人だから。

どうせ、5時か5時半には眼が覚めて
しまうにしろ、それはそれとして、
早朝5時前に行方不明の携帯電話を探して
かけた着信音に起こされてしまうとか、
その後、睡眠時無呼吸の友人の鼾で
それからまったく寝られないとかは
想定外だった

予め送ってもらっていたコースとかは
よく見ていないかったのはともかく、
周囲3kmの半分は楽勝のはずだ。
普段ジムで最低3kmは歩いているから。

でもアップダウンを考えていないし、
靴も格好もあまりにも適当だと自覚
したのは歩き始めてしばらくの後、
昨日の雨で滑りやすいのが気になり
はじめた頃だった。

いつのまにか少しずつ歯車は
狂い始めていた。

(その2に続く)

丹田

2013年07月21日 | 日記


予想最高気温が30℃くらいだし、
お昼で仕事は終わる予定だし、
何も用事が入っていないから、
土曜日午後からツーリングに
行きました。

ナビはなくても地元だから、
道に迷うはずもない奥多摩湖
に向かいました。


思えば小学校六年生の時、
八王子から奥多摩湖を目指し
ツーリングをした事があります。
もちろん自転車で。

朝6時前に出ました。
行けるところまで行こう、
まずは五日市、出来れば青梅、
最終目標は奥多摩湖でした。

途中、担任の先生のお土産に
しようと栗畑で栗を拾っていたら
農家のおじいちゃんに見つかり、
取るものも取らず逃げ出しました。
1時間も拾ってたのに…。

地図を見たら約50kmだから
時間的には余裕があるはずでした。
小学生は最後がずっと登りなのを理解して
いないから、最後の20kmを本当に
泣きそうになりながら走りました。

着いたのは午後2時半過ぎ、
往復10時間の予定の85パーセントを
費やしていました。
湖面をチラ見して、すぐに帰路につきました。
登る苦しみは地獄のようでも、
重力に手伝われた下りは天国でした。

帽子が飛んで、100mくらい歩いて
戻る時はそりゃ少し涙目になったけど、
帰りは5時間くらいで帰りました。
自分には自転車は不向きだと確信しました。


今回はたとえ250ccとは言え動力機付き、
同じ往復100kmだけど予定時間4時間弱です。
朝から多めの水分摂取、お昼もカロリーに
目を瞑り海苔弁当を食べたし楽勝の予定でした。

けれど、ナビは無いから青梅街道の渋滞とか、
前の日、ジムで歩いたのが裏目に出るとか、
ビギナー&リターンライダーの予想は
見事に裏切られました。

行きに3回も休憩するなんて、
左足が2回つって、左手もつって、
コンビニで休憩する余裕もなくて、
郵便局の前で休憩するとかって、
ほんの少し自分で自分が悔しいって思いました。


幾ばくかの間、山の涼しさを感じて写真も撮り、
駐車場で排気量ヒエラルキーとかの悲哀も感じつつ、
帰りに向かいました。
ガラスに映るライディングポジションは
とてもお腹が出てしました。
格好をつけるためなら腹筋背筋します。
水泳はパスだけど。

農道脇の野菜は泥が付いてて怒られたことを
思い出しつつ、せっかくだからお土産を
買おうと思いました。良心的です。
野菜は売ってないし、荷物にならないお饅頭にしました。
8個入り840円を買って帰ろうとしたら、

「お客さんーん!」って呼ばれました。
「あれっ、忘れ物、もしかしてまた小銭入れ?」
かとか思ったら、
「これサービス!」
とお饅頭を1個貰いました。
その場で頬張り、2本目のペットボトルの
残りのお茶を飲みました。

帰りは順調、休憩1回で家に着きました。
賞味期限3日間とか、見る余裕が無かったのは
致し方ないと思って、8個のうち2個食べて、
責任を果たしました。
合計3個。饅頭こわいです。



「丹田とは、気を集めて練る事により、
内丹を作り出すための体の部位。
気が集まる場所とされる。
丹とは、気エネルギーが蓄積され赤く輝く状態を指し、
田とは、そのエネルギーを貯める器を指す。
当然のことながら、解剖学的には丹田は存在しない。
目に見えない気の世界で存在する。」



記録

2013年07月18日 | 日記

ジムとテニススクールとゴルフレッスンしてます。

やっぱり、両立(並列?)無理です。

テニスはなんとか現状維持したい。
ジムで一番長い時間歩くとか、
足つかないで泳ぐとか、
もう記録達成は望みません。
あれだけ凝ったゴルフも、クラブを
何時握ったか定かでないくらい
 だからベストスコア更新は諦めます。

ゴルフは今はしばらくいいかなぁって
思うけれど、また再開するだろうし、
お世話になるから、ご挨拶を時々
している先輩がいます。

 果物の問屋さんの社長さんで季節毎の旬の
 果物を送ってくれます。
人生54年のなかで一番美味しかった
スイカも、グレープフルーツも、
マンゴーもその方から貰いました。

もうこれ以上はないかと思って
いました。
これまでの一位は三浦半島の小ぶりな
スイカでした。
そしたら、今日松本産、等級A、階級5L
の大きなスイカが届きました。
記録更新です。

また真剣にゴルフに取り組もうとすら
思いました。
ありがとうございます。渡辺さん。

(写真左は普通の大きさのトマト) 




ダイエット

2013年07月07日 | 日記
日曜日でお休みですが、長男が車を貸して欲しいと前々から
言ってたから車はありません。
徒歩、自転車、バイク、バス、電車移動手段は数々
あるから、起きて何するかを決めることにしました。

ゆっくり過ごせると思う日曜日、
それなのに朝早く起きてしまいました。 

そう言えば、次男の切なる願いで注文
していた部品が届いていると、ショップ
から電話がありました。そこで
暑くならないうちに、出向いて着けて
もらいました。

部品待ち、2ヶ月、装着時間1時間。
実用的な効果はほぼなし。
なんとなくレーシーになる改造でした。

次男の要望だから写真はおくりました。
「かっけぇー!!」
彼は自分が払うからと約束したことを
思い出してくれるはず。
お父さんも嬉しいから1/3で許したい
気はしてるのに支払いのことに触れてきません。

僕も実は嬉しくてふらふらしたくなり、
散歩がてら以前住んでいた所まで車とバイクの試乗
に行くことにしました。気温35度とは後で知りました。

イタリアの小さくて元気の良い車に乗って
とても気に入ったけれど、ドアが二つしかないし、
マニュアルで僕しか運転出来ないから却下だなと
思うと悲しくなりました。

そこで
「家族で行ってたお店の肉野菜卵麺を
食べたら元気になるはずだ。」
とふと思いました。

行ってみたらメニューはリニューアルされ、
肉野菜卵麺が見つかりません。
そこで諦めない壮年男子は事情を説明し、
七年前のメニューを頼んでみました。
そしたらちゃんと作ってくれて
小学生以下へ食後にくれるヤクルトまで
いただきました。

またすぐに食べにはなかなか行けない
けど、美味しかったからまた行きます。
決してヤクルト欲しさではありません。

それからイタリアの今のバイクの5倍くらいにエンジン
が大きいバイクに乗ったら、新幹線みたいでした。
ずっと1番欲しいバイクだったけど、
宝くじ当たったらでいいと思いました。
我慢出来る大人です。
宝くじ買わないから買えないけど。

帰り道、京王線の踏み切りが開かずの踏み切り状態になって
ちょっとふらっとしたけど、何とか帰宅しました。
肉野菜卵麺は辛いのでお水を沢山飲んだし、ヤクルトも
飲んだのに体重は1kg減ってました。

バイクはレーシーになったけどライダー自身はレーシーでなく
軟弱なので、バイクは夏の間は朝晩だけ乗ります。








気持ちとしては

2013年07月05日 | 日記
今日やるべき事は今日のうちに出来るだけ
済ませたい。
中期的にやるべきことは気にはなっても
手付かずの事が多い。
長期的な事もしっかり考えなければならないが、
さらに後回しなっている。

けど、今日やるべき事は本当に今日でなければ
ならないかと言えばそうでもなかったりする。
中期的なやるべき事の期限もそう近くはない。
長期的な事は考えなければならないけど、
心配しなくても何とかなるかも知れない。

長期的なことは楽しいこと七割、心配事三割とし
良いことを中心に考える。ずっと心配して
アンダーな気持ちでいる必要はない。

中期的な事は時々ノートに書き出し、
それを優先順位をつけて、出来たら横線をひく。
下の方の事は後回しにしていたら、解決していたり
要らなかったりする事も期待する。

短期的なことはカレンダーに書き込み
詰め込み過ぎない。
楽しい事を必ず混ぜておく。
義理を欠かない範囲で気の進まない事や
嫌なことは、見ない、聞かない、近付かない。

齢50も半ばになれば体力や気力は徐々に
低下するのは致し方なく、記憶力だって
「あれ、名前なんだっけ?」 とか
「あれ、何をしようとしてたんだっけ?」
思うこともあったりする。みんなそうらしい。
だからと言って安心していいものではない。

今年も早くも半分終わり後半戦、
経験を活かし勉強もしてきちんと仕事をこなす。
完璧主義ではないけれど、貧乏性で生真面目なA型気質は
残しつつ、良い加減におおらかで楽しい人でいたい。
それにはやはり健康。なのに疲れやすいし
最近やった人間ドックでいろいろ出てきた。
それはそれで受けいれる。
3日間禁酒した。やれば出来るので摂生する。

当たり前だけど、からだは一つで、一日は24時間。
なんでも欲しがっていた青年でなく、
何を残すかを考える大人になる予定。