Kobby loves 埼玉&レッズ

埼玉と浦和レッズを愛する管理者のブログです。

五輪予選3位決定戦(カタール対イラク)

2016-02-01 18:04:10 | ワールドサッカー
今日はあまりの寒さで、予定していたトレーニングを中止したので、家で五輪予選の3位決定戦、カタール対イラクを見ていました。イラクが勝利したという結果は知っていましたが、今回の五輪代表はそのまま最終予選で日本と対戦するA代表に昇格する可能性もあるので、両チームがどんなチームかに着目して見ていました。

まずはイラクですが、このチームはスピードを生かすサッカーも、ロングボールを使ったパワープレーも、両方できるのがストロングポイントです。この試合は延長の末、2-1でイラクが勝ちましたが、その2点はロングボールからのカッラール(8番)、アイマン・フセイン(16番)のヘディングです。A代表なら、この1トップのポジションにイラクのレジェンド、マハムードが入りますから、このサッカーでFWがマハムードなら脅威だと感じます。

もちろん、弱点もあります。それはDFラインの裏を比較的容易に狙われることです。イラクはパスを回す能力は高く、つないで攻撃する能力はありますが、カタールの中盤の選手にプレスに行けていない時間があり、簡単にスルーパスを出される課題があります。カタールのゴールは、たまたまスルーパスをカットしようとしたイラクボランチのパスがミスになって、アフィフ(10番)のところにこぼれた偶然ではありますが、その前のパスをフリーで出されているので、その課題が表に出たと言えます。

それを生んだ要因が、イラク15番が相手左SBハサン(3番)にマンツーマン気味について消しにいった戦略上の理由でもあります。ハサンがドリブルに行くと、イラクDFは最大3枚をつけてつぶしに来ましたが、それで真ん中が空いたことも、この弱点が出た理由だと感じます。

カタールは、これまでのA代表を見ている限り、セットプレーの守備が弱い印象でした。ブルーノ・メツ、ミロバン・ラエバツら、かつてアフリカの代表チームを躍進させた名将でも、その弱点は直っていませんでした。しかし、今回の五輪代表は、クリアはできなくても人数を掛けてシュートをブロックすることで、その弱点をカバーしていた印象です。1トップ、7番のスピードを生かした裏への走り込みという、攻撃の形もできていました。

NHK-BSの放送によれば、カタールは若年層の代表強化を進めており、U-20W杯も3戦全敗とはいえ出場しています。細かいパスより蹴って走るという、中東独特のスタイルはあるとはいえ、最終予選で当たれば今まで日本が勝てたようにはいかないと感じます。
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堅守速攻と地味な貢献(レスター対ストーク)

2016-02-01 17:35:15 | ワールドサッカー
今日は休日出勤の代休で会社を休んでおり、平日朝にワールドサッカーのビデオを見るという贅沢ができました。カードは岡崎慎司のいるレスター対ストークというものです。レスターが昇格チームであることを考えると、注目ポイントは岡崎一人に思われますが、実際はレスターが2位ということで、その強さの秘密も探ってみました。

レスターは堅守速攻のチームです。普段は低い位置に2ラインを引き、カウンターになるとサイドのMFのオルブライトン(11番)とマレズ(26番)が思い切って上がって起点になり、クロスを岡崎(20番)とバーディー(9番)が合わせる形です。以前、ブラジルW杯で8強と旋風を起こしたコスタリカに注目したことがありますが、こういう守備を軸にするサッカーを機能させるには、攻撃時に何人敵陣に上げられるかが勝負です。

レスターが優れているのは、得点ランキングトップのバーディーの決定力の高さもありますが、その攻撃時に上げられる人数が大きいと思います。こういうサッカーは、岡崎に合っています。岡崎はインタビューで「プレミアリーグのFWの能力は自分とは違う。自分は守備における貢献とか、目に見えない部分で勝負したい。」と言っていました。岡崎のハードワークで前から取ったり、相手のビルドアップを阻止したりといった、地味なプレーがこのチームには大きな効果を持っていると感じます。

レスターはバーディーが15得点ですが、チーム2位の13得点は右MFのマレズです。ボランチのカンテ(14番)とドリンクウォーター(4番)は中央で守備的な仕事を一手に引き受け、前の4人を信頼してチームが耐えるからこそできるサッカーでしょう。この試合では岡崎は負傷交代して、サブのウジョア(23番)が出場しますが、このウジョアがサイドに流れてMF的な仕事をこなすことによって、さらにカウンターを研ぎ澄ました、レスターにとって完勝といえる3-0でした。

対戦相手のストークは、この日はまったくいいところがありませんでした。トップ下にはスイス代表シャキリ、FWには元ナイジェリア代表オデムウィンギや元イングランド代表クラウチなどもいましたが、彼らをどうやってチームとして生かしているかは、見ることができませんでした。
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ドキュメンタリー「復活北の湖、苦闘の1年」

2016-02-01 14:03:11 | 他スポーツ
昨日、元横綱北の湖の訃報を受けて、NHKアーカイブスの「復活北の湖、苦闘の1年」を放送していました。1984年、休場が続いた北の湖が、病院に通ったり知人に会ったりしていた、1年間の日々を映像に残していました。結果的に、北の湖が1984年夏場所で全勝優勝を達成して、見事ハッピーエンドになったのは偶然と聞きます。

北の湖はもちろん、懐かしい千代の富士、隆の里、北天佑、若島津、高見山などの取組の映像を見られたのも嬉しかったですが、この映像からは、80年代の日本がどういう文化、生活だったかと、当時少年だった私は振り返ります。

80年代、ペットボトルという文化がなかったのが最初の気付きでした。北の湖が、支度部屋で水を飲んでいたのが、使用済みコカ・コーラのビンだったのを見て気付きました。確かに、当時パーティーなどで子供がジュースを飲むのは「バヤリース・オレンジ」のビンが定番でした。国鉄の電車で、特急列車などにはビンの栓抜きが備え付けられていたので、間違いないでしょう。今でも、鉄道博物館に行くと、当時の風習を偲ばせる列車を見られます。

また、当時は電話といえば、10円を入れて電話する「赤電話」でした。北の湖が妊娠中の夫人を気遣って電話していた光景で気付きました。今と違って、長距離の電話料金が高かった頃ですから、当時公衆電話で長距離の電話をするときは、10円や100円をたくさん持って電話していたことを思い出します。もちろん、携帯電話が普及するのは、その10年以上あとの話です。

北の湖がふくらはぎの治療で出向いた「国立スポーツ医療センター」の建物も、80年代を感じました。今の建築物は、ある程度美しさを考えて作っていますが、当時の建築物は黄土色の味も素っ気もない建物でした。昭和の高度経済成長期、見てくれよりどんどん建物を建てた重厚長大産業が華やかだった時代の名残を感じます。今はなき、国立競技場もそんな建物でした。

北の湖自身がこの世にいないことを考えると、この時代は遥か昔です。当時、誕生日にお刺身を作って北の湖を励ましていた、先代の親方夫人も今は生きていたとしても相当の高齢ですが、それでも時代は変わっても人間のやることはあまり変わらず、人同志が支え合って生きる姿が、今の時代でも美しいと感じました。
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