内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

いのちの鼓動を捉えた形に眼で触れる ― 熊谷守一美術館訪問記

2024-08-10 18:13:26 | 雑感

 帰国前に散髪を一度と予約しておいた白山駅近くのカットサロンで短めに刈りそろえてもらう。店を出て時計を見ると10時20分過ぎ。まだ暑さもさほどではなかったので、ふらりと春日方面に歩き出す。
 帰国前に訪れておきたいところ、見ておきたいものはと自問すると、熊谷守一美術館(豊島区立)とすぐに答えが浮かぶ。守一の生まれ故郷岐阜県付知町にある熊谷守一つけち記念館は2018年の夏に一度訪れたことがあり、そのとき以来、東京にある美術館も訪れたいと思っていた。
 しかし、豊島区千早にある美術館まではさすがに歩いていく気にはなれず、地下鉄を利用することにする。それでも、西片、本郷と今回何度か歩いた町を通って本郷三丁目駅まで歩く。そこで大江戸線に乗り、飯田橋で有楽町線に乗り換える。この乗り換え、駅名は同じだが、駅構内を7、8分歩かされる。ほとんど一駅分であり、これは駅名詐称罪(架空)で告発に値する。美術館の最寄り駅は要町か千川駅でそこからはほぼ等距離。飯田橋からだと手前になる要町で下車。そこからは徒歩9分。
 観覧料は一般が500円。土曜日で混んでいるかと思ったら、まだ午前11時前ということもあるのか、数人しか先客がいない。1・2階が常設展示スペース。3階が企画展示・貸しギャラリー。
 その3階では8月1日が命日(1977年、97歳で没)の守一のために「守一 最後の十日間」という特別展が開催中。守一の次女で自身画家であり、この美術館の創立者でもある榧(かや)が守一臨終までの十日間の姿を描いた数点の作品と家族の写真が展示されていた。それはそれでとても興味深かったが、1・2階の常設展示の守一の諸作品がやはり素晴らしい。作品を鑑賞するというより、いのちの鼓動を捉えた形に眼で触れる、とでも言えばよいだろうか。
 守一の1960年代以降の油絵は、描く対象をはっきりした線で表し、色面は筆目を揃えた平塗りなり、榧によれば、守一は70歳を過ぎて、ようやく独自の画風に辿りついた。
 観覧券といっしょに受付で渡されたパンフレットに印刷されている榧の一文「熊谷守一のこと」にはこう記されている。
 「守一は、いのちを大切にしていたので、生きとし生けるもの、何気ない身の回りのものに眼差しがいったのでしょう。」
 美術館を出たのは昼過ぎ、入館したときよりも気温が2,3度上がっていることが直ぐに肌に感じられる。少し風もあり、湿度はそれほど高くない。要町駅まで戻る道のり、気のせいか、少し足取りが軽くなっていた。