福ちゃんの散歩道

コロナ禍で関空での遊びも卒業、栂地区ウオーキングコースを中心に近場の日々の散歩で何か見つけよう。🚶‍♂️🚶‍♂️

堺市南区役所 前の“1本のモミジバフウ“ の木が消えていた散歩道🚶‍♂️チョットショックだ❗️

2022-07-05 00:10:00 | 福ちゃんの散歩道(iPhone14ProMax)
散歩道🚶‍♂️🚶‍♂️

今日”モミジハフウ“の実を見に行くと
何と
木が伐採されていて残念
残せなかったのかなぁ



栂美木多駅前北広場の整備に関連しての伐採だろう


もう楽しめない

2021年11月25日
黄葉が綺麗だった


位置


昨年12月の果実

南区役所を望む

4本程の木も伐採されてた




モミジハフウの果実を手に取る様に見ることの出来る
唯一のスポットだったが

今年の果実の様子を追っかけよう
果実の成長が楽しみです










今日はどんな感じかなぁ
と思いきや
7月4日
伐採されていた
恐らくニュータウン開発時に植栽されたと
推測されるので
半世紀以上経過している


開発当時にはソレなりに考えて植栽していると思う
伐採されたモミジバフウの横のスダジイも伐採
続きの法面には
クマシデ
イヌシデ
ハンノキ
と楽しませてくれる
此処に来れば5種類の樹木が見れたのだがなあ
モミジバフウの果実の成長が見れない事は残念
緑がなくなる事は残念である
栂美木多駅前北整備工事を進めている
その一環での伐採だけど
緑が失われる事は残念である

散歩道🚶‍♂️🚶‍♀️



[堺市南区]栂・美木多駅前の再整備工事始まる 区役所側は送迎用に

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歩行者の通路も整備 駅前広場のリニューアルが計画されている泉北高速鉄道栂・美木多駅前で、区役所のある […]

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【難読漢字】「感ける」って読めますか? 「かんける」ではありません 現代ビジネス編集部

2022-07-05 00:05:00 | 難解漢字 現代ビジネス 連載
【難読漢字】「感ける」って読めますか?




「かんける」ではありません


「かん」に「ける」……?


突然ですが、


感ける」という漢字読めますか?


感じるや感動の「感」に、


送り仮名の「ける」。


「かんける」ではないとすると……。


気になる正解は?


答えは、「かまける」でした。


あることに注意や気を取られて何かをおざなりにする、といった意味で使われます。


現代ビジネス編集部


「かまける」の漢字と意味

「かまける」の意味は「ある一つのことだけに注意を奪われる」

「かまける」の意味は、ある一つのことだけに注意を奪われるです。 ある一つの事に気を取られ、他のことをおろそかにしてしまうという状態の時に使う言葉です。 その他にも「心動かす」といった意味がありますが、こちらの意味で使われることはほとんどありません。

「かまける」の漢字は「感ける」

「かまける」は漢字で「感ける」と書きます。 「感」は音読みで<かん>と読みます。 「感」には、物事を見たり聞いたりした時に、心が惹かれること、関心、共感をするという意味があります。 心の動きが一つの事に囚われて、他の事が手につかないという様子から、「感」という漢字が使われていると考えられています。 「感ける」<かまける>は、日常生活で使う漢字として国に定められている「常用漢字表」には記載されていない「表外読み」と言われている読み方なので、新聞や公文書で使われることはありません。 この「表外読み」とされている漢字は、ひらがなで表記されることがほとんどなので、「かまける」もひらがなで表記されていることが多いです。 「感ける」を見て<かまける>とすぐに読むことができない人が多いのは、その為といえるで


かまける」は方言?語源は?

「かまける」は方言ではない

「かまける」という言葉は、年配の人が使うイメージが強いので、方言だと思っている人も少なくないと思います。 一般的に使われている「ある一つの事だけに注意を奪われる」という意味の「かまける」は方言ではありません。 しかし、岐阜県や長野県では方言として「かまける」を使用している地域もあります。 方言で使われている「かまける」は、地域によって使い方が異なる珍しい言葉です。 長野県の北信や東部では、「物事を一生懸命に行う」という意味で使われており、中信や南部では、「愚痴をいう」という意味で使われています。

「かまける」の語源は古語で「感動する」の意味

「かまける」の語源は、古語です。 日本最古の歌集である万葉集に「はやしき翁の歌におほほしき九の児らやかまけて居らむ」という歌があることから、7世紀頃から使用されていた言葉なのではないかと言われています。 この時の「かまう」は、心をひかれる、関心するという意味で使われていました。 日本書紀では「中臣鎌足、便ち遇まるるにか負けて舎人に語り曰く」という一説があり、この「かまける」が現在使用されている意味の「一つの事だけに注意を奪われる」であることから、720年頃より現在のような使いかたをするようになったのではないかと言われています。