林住期・遊行期
この数年、ブログにささやかな我が人生と、今まで疑問に思っていたよしなし事などを書き綴ってきた。名も知れぬ庶民の小さな営みにも、案外色々な出来事があるもんだ。このように文章にして吐き出すことは、精神衛生上、大変よろしい。付き合わされる皆さん、ありがとう、ご苦労さん。読者の皆さんは入れ替わりつつ、常に毎日数十人、なかなか100人とはいかないが、大きな手応えと励みになります。
便利な世の中で、インターネットで検索すると智識の元が簡単にザクザクと出てくる。縮小してプリントした紙が紙袋一杯になった。しかし自分で書いたことでも忘れる。マリ王国の黄金王は誰だっけ。何王の巡礼?あっマンサ・ムーサだ、とかね。
林住期という言葉は、五木寛之氏の本によって有名になったが、言いだしたのは3,200年も昔の印度人だ。バラモン教の経典『リグ・ヴェーダ』に始まるこの考えは、仏教にもヒンズー教にも引き継がれた。人生を4段階に分けて考える思想だ。
期 原語/音読み 日本語訳 解説 年齢
1 Brahmacarya
ブラフマチャーリヤ 学生期
がくしょうき 修行に励む時期 0 – 25
2 Garhasthya
グリハスタ 家住期
かじゅうき 職業と家庭をもって社会生活を営む 25 – 50
3 Vanaprasthya
ヴァーナプラスタ 林住期
りんじゅうき 仕事と家庭を捨てて森に住む 50 – 75
4 Samnyasa
サンニャーサ 遊行期
ゆぎょうき 森を出て、天下を周遊し、人の道を伝え、
生涯の結実を世に残す 75 -
年齢はまあ大まかな目安とすれば良い。実際シャカは16歳で結婚して29歳で出家した。まあおませなお人。この四住期説が楽しいのは、森に住む林住期の後に、何やら楽しげな遊行期が待ちうけていることだ。遊行期、遊行僧、昔の印度では老人が生きている間に、家族に別れを告げて物乞いをしたり、物語の話し手となったりして、気の向くままに風に吹かれて流れ歩き、最期は草原の木陰で行き倒れて息を引き取ったのかと想像される。
明らかに林住期真っただ中の自分は今、瞑想のトレーニングを始めた。とにかく体をリラックス。鼻で吸って口から吐く。鼻から吸って口で吐く。瞑想とは呼吸法である。何も考えないから、精神だの神だのとは無縁だ。いずれ不思議の国ミャンマーの瞑想ビザを取って、メディテーションセンターで修行だ。そのための準備の一つが瞑想のトレーニング。
人の脳からは、微弱な電気信号が出ている。それを脳波(Brain wave)という。それは1秒間に振動する波長(Hz)によって4つに分けられる。
脳波の種類 周波数帯域 特徴
β(ベータ)波 14Hz~ ・完全に起きていて仕事や家事の日常生活時。
・あれやこれや考えている時。
・緊張や不安状態にも。
α(アルファ)波 8~14Hz ・リラックスして心身とも落ち着いている状態。
・集中力や学習能力が高まる。
θ(シータ)波 4~8Hz ・眠る直前のうつらうつらして、まどろんでいる状態。
・禅や瞑想時の状態。
・創造力や記憶力がUPする。
δ(デルタ)波 1~3Hz ・ぐっすりと深い眠りに落ちている状態。
・ほぼ無意識な状態。
通常、人はイライラせかせか、振動の大きいベータ波で生活している。またそうでなければ車に撥ねられるし、後ろから来た人にぶつかる。温泉に入ってハー気持ちエーとなった時には、アルファ波が出るそうだ。あんまりブルンブルン振れないのね。瞑想はアルファ波の先のシータ波を目指す。最初はアルファ波とシータ波の境目を、眠らないようにして行ったり来たりする。そこまで行くのが大変なんだが、修行を重ねるとシータ波が頻繁に出てくるそうだ。
しかしそれで終わりではない。高僧、先達の瞑想ではデルタ波というほとんど振幅のない脳波が出るという。ここまで行くと、睡眠は必要なくなる。おシャカ様の修行も最初の6年は断食やら苦行だったが、無駄を悟りやせ細った体で沐浴し、村娘スジャータから乳かゆをもらう。その後は菩提樹の下でひたすら瞑想を行い解脱した。
ミ ャンマーのパゴタでは経を口ずさむ人、ひたすらお祈りする人、昼寝をする人、弁当を食う家族に混ざって瞑想する人がチラホラ見える。その姿はなかなかカッコえー。とはいえラオス・タイ・カンボジア・ミャンマー・スリランカ(まだ行ったことがない)といった上座部仏教国でも、僧侶が必ずしも瞑想をしている訳ではないようだ。古代語・経典等の勉強中心、写経・読経中心とか、何もしないでノンベンダラリ寺とか、個々の寺によって修行の内容はまちまちであるらしい。
自分は坊さんになる予定はないが、瞑想によってどんな世界が開けるのかワクワクする。デルタ波の瞑想ってどんなだろうね。そこまで深く潜ると、自分でもなく、人でもなくなって何か根源的な物に触れられるのかな。
この数年、ブログにささやかな我が人生と、今まで疑問に思っていたよしなし事などを書き綴ってきた。名も知れぬ庶民の小さな営みにも、案外色々な出来事があるもんだ。このように文章にして吐き出すことは、精神衛生上、大変よろしい。付き合わされる皆さん、ありがとう、ご苦労さん。読者の皆さんは入れ替わりつつ、常に毎日数十人、なかなか100人とはいかないが、大きな手応えと励みになります。
便利な世の中で、インターネットで検索すると智識の元が簡単にザクザクと出てくる。縮小してプリントした紙が紙袋一杯になった。しかし自分で書いたことでも忘れる。マリ王国の黄金王は誰だっけ。何王の巡礼?あっマンサ・ムーサだ、とかね。
林住期という言葉は、五木寛之氏の本によって有名になったが、言いだしたのは3,200年も昔の印度人だ。バラモン教の経典『リグ・ヴェーダ』に始まるこの考えは、仏教にもヒンズー教にも引き継がれた。人生を4段階に分けて考える思想だ。
期 原語/音読み 日本語訳 解説 年齢
1 Brahmacarya
ブラフマチャーリヤ 学生期
がくしょうき 修行に励む時期 0 – 25
2 Garhasthya
グリハスタ 家住期
かじゅうき 職業と家庭をもって社会生活を営む 25 – 50
3 Vanaprasthya
ヴァーナプラスタ 林住期
りんじゅうき 仕事と家庭を捨てて森に住む 50 – 75
4 Samnyasa
サンニャーサ 遊行期
ゆぎょうき 森を出て、天下を周遊し、人の道を伝え、
生涯の結実を世に残す 75 -
年齢はまあ大まかな目安とすれば良い。実際シャカは16歳で結婚して29歳で出家した。まあおませなお人。この四住期説が楽しいのは、森に住む林住期の後に、何やら楽しげな遊行期が待ちうけていることだ。遊行期、遊行僧、昔の印度では老人が生きている間に、家族に別れを告げて物乞いをしたり、物語の話し手となったりして、気の向くままに風に吹かれて流れ歩き、最期は草原の木陰で行き倒れて息を引き取ったのかと想像される。
明らかに林住期真っただ中の自分は今、瞑想のトレーニングを始めた。とにかく体をリラックス。鼻で吸って口から吐く。鼻から吸って口で吐く。瞑想とは呼吸法である。何も考えないから、精神だの神だのとは無縁だ。いずれ不思議の国ミャンマーの瞑想ビザを取って、メディテーションセンターで修行だ。そのための準備の一つが瞑想のトレーニング。
人の脳からは、微弱な電気信号が出ている。それを脳波(Brain wave)という。それは1秒間に振動する波長(Hz)によって4つに分けられる。
脳波の種類 周波数帯域 特徴
β(ベータ)波 14Hz~ ・完全に起きていて仕事や家事の日常生活時。
・あれやこれや考えている時。
・緊張や不安状態にも。
α(アルファ)波 8~14Hz ・リラックスして心身とも落ち着いている状態。
・集中力や学習能力が高まる。
θ(シータ)波 4~8Hz ・眠る直前のうつらうつらして、まどろんでいる状態。
・禅や瞑想時の状態。
・創造力や記憶力がUPする。
δ(デルタ)波 1~3Hz ・ぐっすりと深い眠りに落ちている状態。
・ほぼ無意識な状態。
通常、人はイライラせかせか、振動の大きいベータ波で生活している。またそうでなければ車に撥ねられるし、後ろから来た人にぶつかる。温泉に入ってハー気持ちエーとなった時には、アルファ波が出るそうだ。あんまりブルンブルン振れないのね。瞑想はアルファ波の先のシータ波を目指す。最初はアルファ波とシータ波の境目を、眠らないようにして行ったり来たりする。そこまで行くのが大変なんだが、修行を重ねるとシータ波が頻繁に出てくるそうだ。
しかしそれで終わりではない。高僧、先達の瞑想ではデルタ波というほとんど振幅のない脳波が出るという。ここまで行くと、睡眠は必要なくなる。おシャカ様の修行も最初の6年は断食やら苦行だったが、無駄を悟りやせ細った体で沐浴し、村娘スジャータから乳かゆをもらう。その後は菩提樹の下でひたすら瞑想を行い解脱した。
ミ ャンマーのパゴタでは経を口ずさむ人、ひたすらお祈りする人、昼寝をする人、弁当を食う家族に混ざって瞑想する人がチラホラ見える。その姿はなかなかカッコえー。とはいえラオス・タイ・カンボジア・ミャンマー・スリランカ(まだ行ったことがない)といった上座部仏教国でも、僧侶が必ずしも瞑想をしている訳ではないようだ。古代語・経典等の勉強中心、写経・読経中心とか、何もしないでノンベンダラリ寺とか、個々の寺によって修行の内容はまちまちであるらしい。
自分は坊さんになる予定はないが、瞑想によってどんな世界が開けるのかワクワクする。デルタ波の瞑想ってどんなだろうね。そこまで深く潜ると、自分でもなく、人でもなくなって何か根源的な物に触れられるのかな。
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