原発つくる人の嘆きのつづき。
ある日、居酒屋で、電力会社の職員・推進派と地元反対派が出くわして、最初はおたがい無視して飲んでたもののだんだん意識しはじめ、最後はとうとう口論に。
口角泡を飛ばす論争の途中、肩がぶつかり合った拍子に推進派のおじさんがかぶっていたカツラがとんでしまった。
やってしまったほうが申し訳なくしーんとし、とりあえずすべてがなかったことにして両派飲み直しにかかったそのときに件のおじさんが我慢しきれずキレてしまって大暴れ。
店のものは壊すは、けが人は出るはで、警察出動の騒ぎに発展。
反対派の人たちが、いきおい・流れとはいえこころ傷つけたことをわび、暴れた本人もお店に弁償するということで一件落着したのですが...
電力会社の上層部の知るところとなり、「今後、いっさい地元で酒を飲むべからず!」というおふれがでましたとさ。
おかげで、S市からK市まで、片道2時間以上かけて毎週末のみにいくはめに。(帰りはどうしてたか知りません。)
地元の飲み屋さんは客が減り、原発推進のメリットなしと、はなれる人が増えたそうです。
やっぱ、どこかに無理のある仕事は、どこかでその無理が表出するものですね…。
また久間防衛相がすごい発言をやらかしましたね。
しょうもない大臣。いや、しょうもない人物、か。
それにしても、松岡前農水相問題、年金問題、情報保全隊、などなど……落ち目のときってこう続くもんなんですね。
なんだか、景気循環の上昇局面と下降局面を見ているよう。
小泉さんのときは、何をやってもうまくいく、どんなドジを踏んでもたいした問題にならないうちにつぎの局面にうつる、と、景気がいいってこういうことなんだなあという感じがありました。
「人生いろいろ」みたいな国民を愚弄する不謹慎発言さえもが、彼の「陽」のキャラクターづくりに一役買っていました。
安倍さん、景気が悪いっていうのを体現されてます。もともと「陰」のキャラがますます不景気面になってきて、どんどん運気が落ちていってる感じです。
ウラから頼んで本州越えのミサイルでも打ち上げてもらうぐらいしか、流れを変える策はなさそうですが、それでもこの下降線を反転させるのは難しいでしょう。
小泉さんのときは、長年つづいた自民党政治の矛盾が限界近くまできていて、「自民党をぶっこわす!」という威勢のいいかけ声が共感を呼んだ。
やったことの中身はひどかったし、実は矛盾をいっそう深化させたのだけれども、とにもかくにもそれまでのものを事実ぶっこわしたし、「いまの痛みに耐えればよりよい明日がくる」という言葉に国民は期待もした。
それを受け継いだ安倍さん、もうぶっこわしには国民もあきてきて、痛みも限界、よりよい明日っていつくるの?、それはどんな明日?、と期待が不信にかわってきた。
そこに、いろんな問題が露呈してきて、実は大切なものがぶっこわされ、よくないものが温存、拡大されていたことが見えるようになってきた。
蓄積されてきた矛盾のエネルギーが解放されつつある、といったところでしょうか。
「陽」のキャラクターがためこんできた矛盾のエネルギーが、「陰」のキャラクターのもとで解放されつつある。
歴史的にみて興味深い構図です。
しょうもない大臣。いや、しょうもない人物、か。
それにしても、松岡前農水相問題、年金問題、情報保全隊、などなど……落ち目のときってこう続くもんなんですね。
なんだか、景気循環の上昇局面と下降局面を見ているよう。
小泉さんのときは、何をやってもうまくいく、どんなドジを踏んでもたいした問題にならないうちにつぎの局面にうつる、と、景気がいいってこういうことなんだなあという感じがありました。
「人生いろいろ」みたいな国民を愚弄する不謹慎発言さえもが、彼の「陽」のキャラクターづくりに一役買っていました。
安倍さん、景気が悪いっていうのを体現されてます。もともと「陰」のキャラがますます不景気面になってきて、どんどん運気が落ちていってる感じです。
ウラから頼んで本州越えのミサイルでも打ち上げてもらうぐらいしか、流れを変える策はなさそうですが、それでもこの下降線を反転させるのは難しいでしょう。
小泉さんのときは、長年つづいた自民党政治の矛盾が限界近くまできていて、「自民党をぶっこわす!」という威勢のいいかけ声が共感を呼んだ。
やったことの中身はひどかったし、実は矛盾をいっそう深化させたのだけれども、とにもかくにもそれまでのものを事実ぶっこわしたし、「いまの痛みに耐えればよりよい明日がくる」という言葉に国民は期待もした。
それを受け継いだ安倍さん、もうぶっこわしには国民もあきてきて、痛みも限界、よりよい明日っていつくるの?、それはどんな明日?、と期待が不信にかわってきた。
そこに、いろんな問題が露呈してきて、実は大切なものがぶっこわされ、よくないものが温存、拡大されていたことが見えるようになってきた。
蓄積されてきた矛盾のエネルギーが解放されつつある、といったところでしょうか。
「陽」のキャラクターがためこんできた矛盾のエネルギーが、「陰」のキャラクターのもとで解放されつつある。
歴史的にみて興味深い構図です。