「仕事をしていれば、自分に向き合わないことを正当化できる」 タモリ
タモリさん、そんなこと考えてたんや・・・驚いた。
そしてこの言葉、いろんな意味で鋭いなーと何度も反芻している。
「仕事」という安定の梯子を外されたら(私の場合はピョンと飛び降りたけど)
おのずと自分と向き合わざるを得ない。
「仕事」をしている方が楽なことだってたくさんある。
その一番は「先送り」が許されることではないだろうか。
とりあえず毎日仕事しているだけで、何かを「積み重ねている」実感を得る
ことはできるから。
さて、その実感は本物なのか。
求めているものなのか。自分が心の底から欲しいものなのか。
そんなこといちいち考えてたら生きていけない?
そこで考えるのを辞めることができるのが「仕事をしている」自分。
その先を突き詰めて考えていかなければならないのが「今の」自分。
目の奥がいたーくなる。
自分に向き合う自分とたたかう日々。
タモリさん、そんなこと考えてたんや・・・驚いた。
そしてこの言葉、いろんな意味で鋭いなーと何度も反芻している。
「仕事」という安定の梯子を外されたら(私の場合はピョンと飛び降りたけど)
おのずと自分と向き合わざるを得ない。
「仕事」をしている方が楽なことだってたくさんある。
その一番は「先送り」が許されることではないだろうか。
とりあえず毎日仕事しているだけで、何かを「積み重ねている」実感を得る
ことはできるから。
さて、その実感は本物なのか。
求めているものなのか。自分が心の底から欲しいものなのか。
そんなこといちいち考えてたら生きていけない?
そこで考えるのを辞めることができるのが「仕事をしている」自分。
その先を突き詰めて考えていかなければならないのが「今の」自分。
目の奥がいたーくなる。
自分に向き合う自分とたたかう日々。
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