旅つづり日々つづり2

旅のような日常と、日常のような旅の記録と記憶。

8/1(土)新聞掲載 私の声よ字に乗って飛んでいけー

2015年07月30日 23時28分46秒 | 日々のこと
ここのところ何をしていたか。

必死に考えていた。書いていた。
新聞の中の小さな枠を与えられた時、どの言葉を削りどの言葉を残すのか。
一字一句譲れない部分はどこなのか。そして私は何を伝えたいのか。

もちろん私は完全なる素人で、文章の訓練を受けたこともないので
プロの方にお手伝いしていただいた。それでも譲れない部分は「できません」と
主張することができた。なぜか?

辺野古で出会ったあの人たちに読んでもらいたかったからだ。
ほんの1ミリでも嘘が入るのであれば、もう掲載を見送ってもらって構わないと
不思議なほど頭の中は落ち着いていた。

幾度かのやり取りの末、掲載が決まった。(多分)

台風で警報がでた日「今日しかない、この台風はそのためにきたんだ」と訳のわからない
理由で自分を鼓舞し、一気に書いた沖縄へのラブレターだ。一生片思いだけど。

辺野古からの帰りのバスの中で、私は島の人に対して少しいじわるな質問をした。
今しか聞くときはない、このチャンスを逃したら私はずっと一人で答えを想像するしかないんだ。
それなら怒られても、軽蔑されても、今聞いたほうがずっとマシだ。と考えて、恐る恐る
質問を投げかけた。
それに対しての答えは簡単だった。「あなたの言ってることはわかる。わかるけどそれって
誰が言ってたの?ネットでしょ。そんなのここでは誰も気にしてないし、信じてないよ」と。

肩の力が抜けたし、これからの“情報”との付き合い方が私の中で決定づけられた。

「名前を出していないもの、ただ(無料)のもの、簡単なものを信用しないこと。」

それを実践するために原稿用紙にグワーと書いて、お金を払って手間をかけて、(といっても切手代だけど)
投稿するという手段を選んだ。

なにしろ久々に書いた本気のラブレターだ。
書き上げた瞬間、届かないわけがないと思った。
そしたらやっぱり届いた。

どこに届くのかはもう私が決めることではない。
心の声が字になって、どこまでも飛んで行けばいい。声も字も自由であって欲しい。
どんな批判、反論、反応があっても、その責任は私がとる。だからどこまでも飛んでいけ。
現実の私はここで小さく唸っているだけだけど、字は自由に旅をすればいい。

8/Ⅰ 朝日新聞朝刊 「声」欄。 もし手に取る機会があれば読んでください。



友の声続き

2015年07月30日 23時26分17秒 | 社会と政治のこと
私が衝動的に「デモにいこう!」とメールを送ってから少し時間が流れた。
すぐに反応してくれた友人たち、2日くらいたってからゆっくり考えてくれたであろう
文面で丁寧に返事をくれた友人たち、そのあともぽつりぽつりとやり取りは続いている。
もちろん、スルーもされた。ちょっとだけ落ち込んだけど自分の意見を勝手に押し付ける
つもりは全くないし、タブーに切り込んだのは私なのだから、その責任はもちろん全て
私が引き受けるつもりだ。

やってみたらとても清々しい気持ちだ。これからも人づきあいの常識やマナーはしっかりと
守れる人間でいたい。(当たり前だが)
だけどうわべだけの会話とか、つながりとか、愛想笑いとかは、もういらんわ。そういうのは
仕事だけで十分や。
知り合いもいらんわ。そのぶん友だちを大切にすることに全力を注ぎたい。

さて、多分これが最後になる友の声。
私とは異なる意見を持っている友だが、彼の考え方に私は多くのことを学ばせてもらった。
こんなにわかりやすく賛成意見を述べる人に初めて出会った。彼は昔から「教える」のが
上手だった。私の知らないことをかみくだいて話してくれるのが上手だった。
何年たってもこうやって助けてもらっている。ありがとう。

◆海外に在住している友人

自由で民主的な国家に生きるのはとても幸せです。
梢さんも自らの信条のまま行動されていて素晴らしいと思います。
私は異国の地に暮らしており、日本と中国の良いところ悪いところ歴史文化を学ぶことに精力を費やしております。

私も戦争のない平和な世の中を望んでいますので、日本の未来はチベットやおろかベトナムであってもならないと考えます。

チベットは人口希少、軍備弱小と見なされ、助けてくれる国もなく征服されました。

元首は亡命を余儀なくされ、チベット民族は民族浄化の運命を歩んでいます。

私はこれにこそ怒りを覚えます。

ベトナムは小国と侮られるも実際は強くて征服されませんでした。

しかし侵略は受けてしまったのは、弱いと思われたからです。

日本は、弱いと思われてはなりません。それは戦争を避けるためです。

そのためには、日本に手を出したらただでは済まないことを思い知らせなければなりません。

戦争を避けるためです。日本に手を出させてはなりません。

中国は賢いですので自分より強い相手に手を出すことはありませんし、そんな根性もありません。

日本の現政権はよくやっています。

アメリカはもちろん、ベトナム、フィリピン、マレーシア、インド等と連携して、国際法の下現状変更ができないこを分からせる努力をしています。こんなこと現首相意外にやれる人はいるのでしょうか。日本国民にとって、他にもたくさんいれば選択肢が増えて嬉しい限りですが。

古来日本は、海洋で大陸から守られ、また冷戦期は日米安保で、強力な大国アメリカに守られてきました。

今後は、例え国民の中に取るべき必要な方策に反対する者がいても、その国民をも守のが政府の務め、古来から和を尊ぶ長い歴史を持つ日本の取るべき道です。


個々人の信条は様々であり、尊重されねばならないですし、同様に国家の主権は侵されてはなりません。個々人が連携してデモをするように日本はアメリカを始め東南アジアの国々と連携をとって自らを守り抜かなければなりません(それが戦争を避ける道です)。

私は息子に日本の素晴らしい文化や自然を伝え、守り抜くことの大切さを伝えたいと思います。

また、自由で民主的な国家を守ることが世界にとって大切なことだと思います。


→うーん。深いなあ。考えさせられるなあ。これに返す言葉が今の私には足りない。
 もっと学ばなければ、そして「学びたい!」と強く思った。

出会いたかった大人になったか?

2015年07月22日 23時35分21秒 | 社会と政治のこと
私は高校生の頃からいつも大人に対して怒っていた。
これと分かる反抗期はなかったが、面と向かって反抗するよりも、大人をじっと観察して
「こんな大人嫌や・・」とじっとり視線をおくる暗い子どもだった。
(今でも母に「自分がズルをした時のあんたの目が嫌やった」と言われる)

かっこいい大人は身近にいなかった。
父も、母も、うんと遠くから他人だと思って見てみると今でこそかっこいい場面が見えてくるが
同居していた頃なんてもう本当に最悪だった。

大人ってなんてくだらんのだろう、と真剣に思っていた。
大人ってなんてダサいのだろう、と通学電車の中でいつも思っていた。

かっこいい大人に出会ったのは、旅にでるようになってからだ。
私が大嫌いだった(おそらく父との関係が影響している)「おっさん」の中にもかっこいい人が
いることを初めて知った。会話できるおっさんがいることが衝撃だった。
かっこいいおばさんに出会ったのは北海道をなりゆきにまかせてヒッチハイクしていた時だった。
「旅を続ける中で、出会ったばかりの人と次々さよならしなければならないのが寂しい」と言った
私にそのおばさんは「それが旅なのよ。その素晴らしさに気づくときがくるわよ」と優しく
教えてくれた。「今、何歳?」「19歳です」と私が答えたときのその人の微笑みを私は今も
はっきりと覚えている。

さて、時は流れて大人の私。どうだ??

19歳の私が出会って、かっこいいとまではいかなくても「まあ、大人になるのも悪くない」と
思ってもらえる程度のかっこよさは身についただろうか?
今、彼らの話を「でもね」「そうはいうけどね」「まあ、大人になったらわかるよ」としょーもない
言葉で遮らずに聞くことができているだろうか?「大人になってないからわからないんだよ。だから
聞いてるんだよ」という若者の気持ちをごまかさずに受け止めているだろうか?
彼らの無謀さや、危うさや、飽きっぽさをバカにせずに「やってみなはれ」と応援できているだろうか?

SEALDs関西のデモに参加して、御堂筋を歩きながらそんなことを考えていた。
私の行動は少しでも彼らの疑問に答えることができただろうか。希望を感じたのは彼らではなく私の方。
大人のやることなすことに怒っていた私は、怒られない大人になれただろうか?



ためいきの朝

2015年07月22日 06時14分04秒 | 日々のこと
昨日は22時前にバタンキュー。火曜日だというのになんなんだこのしんどさは?
眠っている間に蚊にくわれたようで、朝からかゆい。不愉快。

今日雨が降るなんて知らなかった。せっかく乾きかけていた洗濯物が濡れているではないか。
うちにカワックなんてない、乾燥機もない、除湿器もない。はあ・・・

そんな日なのに福がおねしょ。毎日おねしょするわけではないのだけれど、
なぜか雨の日におねしょすることが多い。なんでや?冷えるのか?
朝から洗濯機をまわす。が、もう干すところない。

星が起きてきてシャワーをしないと泣きながら怒っている。
手足口病のぶつぶつで身体がカサカサなのでシャワーをして薬を塗りたいのだが
なぜこんな簡単なことにこんなに時間がかかるのだろう。

時間ばかりが過ぎていく。
電車に乗る時間が近づいてくる。
イライラしてもしゃーないと分かってはいるが、思い通りにならないことにイライラする。

はあーーーーーーーー
深呼吸。

もういっかい。
はあーーーーーーー


さ、今日を始めよう。
こんな朝でも、なんとかやっていこう。いくしかない。

友の声続き

2015年07月22日 05時47分53秒 | 社会と政治のこと
◆ちっちゃい子どもを二人抱えた友人

「返信遅くなってごめんなさい
 日々の雑事に追われ、なかなか現実的な動きが出来ないのが現状ですが、そんな中、デモに参加するママ友がいるとい うのは、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなとちょと上から目線(笑)で思いました。
 ぶっちゃけ、自民党が政権をとった時点で、もう戦争やな…(*_*)と思ってた私なので、安保が通ってもやっぱり…と しか思いませんでした。もちろん、安保も戦争も大反対です、憲法9条改正も大大反対です。祖父は満州に行ってた人 で、祖母たちからリアル戦争の話を聞かされて育ちました。沖縄戦に比べたら痴話喧嘩みたいなものでしょうが。
 
 平和ボケしてると言われようがなんだろうが、ベクトルが戦争の方へ向いたことが恐ろしいと思うのです。私も思うこ とは多々ありますが、現実的に息子が水疱瘡で昨日から発熱、今朝からぶつぶつ。出掛けられないと知って機嫌が悪い の で、家でお世話しときます。影でしか声援を送れませんが、戦争はんた~い!憲法9条まもれ~!

→現実的に息子が水ぼうそうっていうのが、リアル(笑)そうだよね。動けないよね。こうやってぐっと
 集中してメールを返信することだけでもどれだけ大変なのか、家の中に子どもがいる人ならみんなわかるはず。
 それを思うと「ああ、ほんとにありがとう」と思いました。

◆保育園の後輩

 「おはようございます。返事が遅くなりました。うまくまとまらないかもしれませんが、今の思いを綴ります。

 私、正直政治にそれほど興味はありませんでした。
 「選挙か。とりあえずマニュフェスト読んでみようか」 「あー、またしょうもないこと言ってるわやってるわ」   「いい大人がまともに話し合いすらできなくて、恥ずかしい」 「でも、でも、こんな日本だけど絶対戦争はしないは  ずだから…」

 と思っていたのですが、このところの穏やかじゃない空気には不安な気持ちでいっぱいでした。そしてこの安保法案可 決、ショックでした。日本もあの忌まわしい戦争を繰り返す道に進んでいってしまうの?と。そんな中、小島先生から のメールでした。話題に上らないことが一番怖い、まさにその通りだと思います。心にずんと響きました。自分がアク ションを起こす、そこまで考えたことなかったです。でも、このままじゃあかんと思います。何があっても戦争だけは 絶対にあかん。

 私、今は表面的なことしか知りません。絶対反対といいながら、そもそも安保法案の全文とは。今、日本はどこに向か おうとしているのか。まずは政治に興味を持つ、そして知ることを大切にしたい。今の状態でデモに参加するのは正直 言うと、不安です…。アクションを起こすにはあまりにも無知なので、知った上で、心の準備をして、私にできること を考えたい。
 小島先生の言葉に、思いに、心動かされました。ありがとうございました」

→私がメールを送ってから、一生懸命考えて、考えて、それでようやく返信をくれたんだな、という
 彼女の真面目さが伝わってきました。ありがとう。難しいボールを投げちゃってごめんね。
 私だって本当のところは何も理解できていないのかも知れない。「なんとなく嫌や」その感情で突っ走って
 いるだけなのかも知れない。学び、理解を続ける努力をしなければ、彼女のメールを読んで改めてそう思いました。