旅つづり日々つづり2

旅のような日常と、日常のような旅の記録と記憶。

母であること。保育士であること。

2019年12月25日 18時38分51秒 | 日々のこと
・週に4日しか働きません
・8時半から13時半までしか働きません
・家から10分以内の保育園でしか働きません
・有給は年度内に全て消化します
・どこのクラスでも、補佐でも、加配担当でも、ピアノ、お帳面、記録、
 カリキュラム、保護者対応、勤務時間内であれば全てやります

この条件で採用されたので、自分にできることは精一杯やっているつもりだ。
でも裏をかえせばこの条件というのは

・平日に必ず一日は休みます
・残業は一切しません
・通勤に自分の時間を割くことはしません
・連休も取ります。
・持ち帰り仕事は絶対にしません

ほとんど全ての保育士が当たり前にやらざるをえないことを
「絶対にやらない」と宣言しているに等しい。

今日の面談で「来年度の雇用延長はなし」と言われた。
「みんながみんなこんな条件を出されたら保育園がまわらない」というのが
理由だった。

わかる。よくわかる。もしこんな条件を全ての保育士が宣言したら
保育園なんて一日もまわらない。きっと日本全国ほとんどの保育園が
そうだと思う。

じゃあ仕事って何だ?我慢して雇われること?不満を飲み込んで黙って
従うこと?あきらめること?こんなもんだと割り切ること?

もうそんな働き方で自分の人生の大事な時間を他人に奪われたくないのだ。
40歳超えて、それを主張するのがこんなに難しいとは。

家に帰ったら子どもが四人いる。
それぞれの子どもを「おかえり」とゆとりをもって迎えてやりたい。
今私が心からしたいことはそれだけだ。
取り返しのつかない時間があるのだとすれば、それは今なのだ。

母であること。保育士であること。
両立は無理でした。
4月からの仕事をまた探さないと。

敗北感でいっぱい・・・
大好きな仕事なのに。やりたい仕事なのに。できないんだなあ。
「甘い」と言われればそれまでだけれど、スーパーお母さんにはなれないし
スーパー保育士にもなれない私は、ただの行き場を失った自分探し中の
うろうろ人間なんだなぁ。

年末年始、次をゆっくり考えます。
求ム。仕事。(ちょっと切実)

インフルエンザがやってきた♪チッタカタ

2019年12月24日 23時03分52秒 | 日々のこと
さて、今年は何人ダウンするのか・・・(去年は福以外全員ダウン)
スタートは終業式を終えたばかりの星。

その時点で、全ての予定が未定に。
全ての計画が白紙に。

大掃除、帰省、友人とのランチ、一年の振り返り、ブログ更新、
買い出し、夫とのささやかな会話の時間、

全ての日常が止まる。

思うようにはいかないものだ。知ってる。分かってる。
何回も経験した。

それでもやっぱり「はぁ・・・」でるのはため息。
いや、ため息と違う。これは深呼吸。深呼吸なのだ!!

もうこのままフェードアウトします。
みなさま今年も一年ありがとうございました。
会えた人にも、会えなかった人にも、ありがとう。ハグを。


今日は高熱の娘のそばで眠ります。
私の免疫力とインフルエンザウイルスとの一本勝負!
「予防接種するなら、そのお金で肉食べにいかない?」と
スキップして肉を食べにいった私の英断は泣きをみることになるのか。
うふふ。もうどうにでもなーれ。

それぞれの場所でどうかよいお年をお迎えください。
来年も共に。前へ。

2019年12月24日
小島 梢




たちきることはできたのかな

2019年12月15日 21時35分53秒 | 日々のこと
両方の実家にこの一年の写真を添えてクリスマスカードを送った。
住所を書くのも、切手を貼るのも、もう子どもたちだけでできるようになった。
住所はいつの間にか漢字で記入できるようになっている。

星が描いた絵に「ふく、あかり、つばさ、あお、とうちゃん、かあちゃん、
ばあちゃん」が並んでいて、虹の上で「じいちゃん」が笑っていた。

星の心の中にこの絵の風景があるのなら、
自分で言うのはおかしいかも知れないけれど、私がんばったと思う。

子どもたちは何も知らなくていい。知りたいと思う時が来たら、私が育った
家族のいびつさを正直に伝えるしかないと思うけれど、少なくとも今は
何とか食い止めることができてるのかな、とホッとした。

長い長い反抗期。やめどきを完全に見失った反抗期。
我が子の真っ当な感性に、ゆるされ、支えられているのはむしろ私だ。


(無題)

2019年12月05日 22時46分52秒 | 日々のこと
アフガニスタンで中村哲氏が銃撃された。

とても尊敬していた。
勝手に私の心の中の希望にしていた。

目が好きだった。

桜がどうのこうのと逃げ回っている日本の首相よ。
同じ枠のニュースで扱われて恥ずかしくないのか。

私はこの世界中の誰の前に立っても、恥ずかしくない生き方をしたい。
立派なことも、大きなことも、そんなたいそれたことはできないけれど
それでも、私は私の想像力を最大限に生かして、世界中の苦しみの中に
ある人の暮らしを自分のところに引き寄せて考えることのできる人間でありたい。

ペシャワール会の活動によってアフガニスタンの砂漠に緑が戻る映像は
一度は見てほしいと思う。

合掌。