旅つづり日々つづり2

旅のような日常と、日常のような旅の記録と記憶。

四十路の旅

2019年01月31日 14時18分55秒 | 旅のこと
もう一人で旅にでることはないだろう。
目的地まで一人で行くことはあるかも知れないが、あてもなくふらふらさまよう旅はもう終わった。

これから残りの人生の時間を一緒に使っても使いきれない愛する人たちを私は見つけた。
それは家族であり、友だちであり、ここまで一緒に歩んできた仲間たち。

一人で自分に向かって語りかけ続ける時間や、答えのでない問いを問い続ける時間はもうおしまい。
それをしながら長い長い時間バスに揺られ続けて知らない町を歩き回るのなら、その時間を愛する人
たちと少しでも長く一緒に笑っていたい。飲んでいたい。しゃべっていたい。

大人になっても、結婚しても、出産しても、終わらなかった一人旅がついに終わった。
たどり着いたのは「愛」のある場所だった。「愛」って日本語で文字にしたり言葉にすると
ものすごく薄っぺらくて恥ずかしくて、変換するのもためらうほどなのだけど、でもうんうん唸って考えた結果、
これしか言葉がみつからなかった。

どれだけ旅をしても見つからなかった終わりが見えたのは、自分が四十路に足を踏み入れたことが大きかった。
びっくりするくらいある日突然ストンと納得できた。

“行きたい場所はあの人がいる場所。この人と一緒に旅ができるなら目的地はどこでも構わない。”

今は心からそう思う。

私が一人旅できた時間はわずか20年ほどだった。全ての旅が今この瞬間につながっている。
こんな豊かな時間軸を持つことができた私は本当に幸せだ。

これからも旅は続く。行きたい場所も行かなければならない場所もまだまだたくさん。
誰かの感想は誰かのものだ。私が知りたいのは「私がどう感じるのか」それだけだ。

行きたい場所には行けるし、会いたい人には会える。
これからもより熱くそう願って、旅と日々を行き来していきたい。




元気になりました

2019年01月30日 21時04分12秒 | 日々のこと
ご心配おかけしました。ようやく日常が戻ってきました。

【インフル語録】

・星が「あのなー、プールの中が全部はちみつでな、そこをクロールせなあかんの
 やけど、うおーうおーって全然進まへんくて苦しかったわー」
→タミフルの異常行動かっ??(悪夢)

・ふぅふぅの熱で私の隣で寝ていたつばさが目を覚ましたので「お布団あったかいねー」と
 声をかけると「ちゃう!かあちゃんが、あったかいの!!」とにっこり。

→非行にはしった時に読むノートに早速書き付けておく。

・薬を飲むのを全身で拒否していた青之介。私に対する不信感が積もりに積もって
 私がスプーンで食べさせようとすると怒り狂うように。
 ついに自分でスプーンを奪い取ってこぼしながらも自分で完食するように。
 しゃべれなくてもちゃんと訴える姿はたくましい。

【余談】

・福、今日ももちろん半袖短パン。
 歯医者の待合室で隣のおじさんに「みとるだけでさむいがな、なんか着ぃや」と
 笑いながら怒られていた・・・

【お知らせ】

畑の大根がまるまる太って「そろそろ食べごろよ(うっふん)」と微笑んでいます。
食べてくれる方はどうぞ引っこ抜きに来てください。
大根ほうれんそう白菜・・・どこにでもありすぎておすそ分けできる人がおらんっ!
そのうえ隣の畑から3本もらって・・・ううっ。大根が夢にまででてくる今日この頃。

インフルなう

2019年01月22日 21時24分16秒 | 日々のこと
ついに恐れていたものがやってきた。
予防接種を打つ代わりに焼き肉を食べたのが悪かったのか、めっちゃ寒い早朝に
釣れないアジ釣りにいったのが悪かったのか、集団生活で集団感染しているから仕方ないのか、

まあ、とにかくインフルですわ。

今のところ星とつばさとダンナ氏がダウン・・・
青はお腹の調子が悪い。

福はピンピンしているけれど、今日一人で歯医者に行かせたら帰り道が暗くなってしまい
号泣しながら帰宅。途中まで迎えに行ったけれど時すでに遅し。私の顔をみるなりオンオン
泣き出し、その声が山に響いてそっちの方が断然怖かった。ごめりんこ。

病気になるとなんでも好きなものを食べて、飲んで、とにかく好きなようにさせるのが
我が家のルール。39度8分の体温計を脇にはさんで意識が朦朧としている星が
「かーちゃん、アクエリアスいっぱいいっぱい飲むからな!」とうわごとのようにつぶやいていた。
福が隣で「いいなぁ。星、熱でていいなぁ」と本気でうらやましがっていた。

時間も食べられるときに食べられるものを。もちろん口をつけてから残すのもオッケー(普段は
好き嫌いで残すことは認めていない)熱で真っ赤な顔をしながらもニヤけているのがおかしい。

私が昔、強烈なインフルにやられた時、なぜか「肉、肉、肉!!!」と肉のことしか考えられず
母が「そんなに言うなら」と肉を焼いてくれたことをとてもよく覚えている。「こんな時にそんな
消化の悪いものを」と言わずに焼いてくれたことがとてもありがたかった。そういうルーズさが
我が家のいいところ?だった。その思い出はしっかりと引き継がれている。
インフルのしんどさは普通の風邪とは全然違っていて、マジ死ぬ??と毎回本気で思う。
肉をそれだけ欲したのも、それだけ身の危険が迫っていたからではないかと私は分析している。

夜中に寝ぼけて交代で泣き出したり、部屋をうろうろし始めたり、トイレにお茶にオムツの交換。
この睡眠不足が一番こたえるけれど、母ちゃんいまは倒れるわけにはいかない。
気合を入れて、全員よくなるまでがんばるからっ!!

そして、そのあと一週間ぐらいしたら・・・母ちゃんぶっ倒れさせてください。よろしく。

いつ自分も倒れるか分からないから、普段よりもこまめに掃除して、洗濯もすぐにまわして、
台所のシンクも磨いて(ダンナ氏は洗い物するけど磨かない)、自分の体も髪もこまめに洗って、
整理整頓して・・・ってなんか本末転倒なことをしているけれど、戦々恐々の非常にスリリングな日々。

熱がでていても、保育園行かずにずっと家にいても、おもちゃぶちまけていても、それでも
6人が同じ空間にいると、それだけで安心している自分がいる。「みんなで一緒にいればなんとかなる」
実際は人数が多いことで何とかならないことの方が多いのだけど、それでもこの安心感は不思議な力を
私に与えてくれる。

さっ。朝になったらどうなってるかわからないから、洗濯干してこよ。

車と共にある生活

2019年01月18日 10時02分18秒 | 淡路島のこと
「淡路島で生活するなら車がないとなーーーんにもできないよ」と言われて
渋々運転を始めたが、これは紛れもない真実で本当に車がないと生活が立ち行かない。

で、運転が嫌なのかというと、全くそうではなく、むしろ運転することが楽しくて仕方ない。
下手だけど、ものすごく下手だけど。あちこちぶつけているけど。掃除してないけど。
もちろん磨いたこともないけれど。

島の中を走っている車を見るのが好きだ。
ものすごく主張している軽トラと軽ワゴン。畑からそのまま上がってきて、土だらけの
野菜や束になった花を乗せて走っているのを見るのは楽しい。
魚屋さんの車の後ろを走っている時は魚のことばかり考えてしまうし、肉屋さんの時は肉の
ことばっかり考えてしまう(笑)
「何年乗ってるんだろうか??」と三度見してしまう錆だらけの車も味わい深いし、あまりにも
あちこちぶつけている車を見るとツツツーと車間距離を開けてしまう。

ウインカーを出さずに急に曲がるし、クラクションは友人に会った時のあいさつだし、
狭い道でも突進してくるし、ヒヤヒヤすることは多々あるけれど、全体的にはのんびりしている。
「顔を見て運転している」雰囲気がどこか感じられるから安心できるのかも知れない。

仕事の車もたくさん走っているけれど、ダントツ多いのは「こども運搬車」これに違いない。
私の車もこれに含まれる。毎日北へ南へピックアップマシーンと化しているのですれ違う車も
いつの間にか覚えてしまった。(子どもたちは友だちや先生の車のナンバーを全て暗記している)
すれ違う時に軽く手をあげるだけの小さな行為でお互いを最大限にねぎらい合う瞬間がいつの間にか
毎日の小さな楽しみになっていた。

そして当たり前だけど、どこを走っていても海を感じられることが最高に気持ちいい。
子どもたちをサッカーとプールに連れていくのに片道20分、なんとその間に信号はたったひとつ!!
しかもひっかることはほとんどない。海沿いをただまっすぐ走るだけ。
休みの日に都会の人たちがお金を払ってドライブする道を、毎日走り抜ける喜びは一年たっても
ちっとも変わらない。

その人の備えるスペックのひとつとして評価される車ではなく、ただ必要に迫られて走り回っている
島の車たち。今日も明日も酷使されているけれど、どことなく幸せそうに見えるのは私だけかな?

休日になるとドドーンと登場する島外車を見るのもひとつの楽しみになった。
ピカピカで傷がなくて真っ青なBMWとかが海沿いを走っているのを見ると「あー!ええなぁ!!」と
思わず目で後を追ってしまう。おしゃれなカップルがオープンカーでデートをしているのを見るのも
目の保養(笑)高級そうな車の隣にはできるだけ駐車することを避け、適当に車をつっこんで
買い物できる幸せよ!運転の上手な人にはきっとわからないだろうけど、私にとってはこのおおらかな
環境で運転できることが本当にありがたい。淡路島バンザイ!