Bankの秘密基地

個人日記兼つれづれなるままに

オフショア口座の開設(1)

2006年11月26日 | グローバル投資
 ご承知の通り日本の国債発行残高は700兆円をゆうに超えており、地方政府の分を含めるとなんと1000兆円を超えている。金利水準にもよるが、今後の金利上昇局面を考慮すると確実に増税が起こる。消費税の増税は既に暗黙の了解事項であるが、政治家、国民ともにあまり将来のことは考えていない。というより、考えたくないのだ。金利が今後、3%程度上昇するとしよう。1000兆円の残高に対して、単純計算でも30兆円。消費税が現在10兆円程度の収入があるとして、仮に5%が15%に上昇しても金利上昇でチャラとなる。しかも消費税の増税は年金などの福祉関係にきえるわけであるから、当然、現在積みあがった債務の返済に回るわけではない。

 1-2年前には日本の破綻本がよく売れたが、今ではそれを気にしている人は少なくなった。しかしながら、日本の歴史を良く見ると債務によって破綻を何回も経験しているのだ。まずは第二次世界大戦直後、敗戦によってというよりも敗戦のドサクサに紛れて企業の戦時債務が棒引きされた。形の上では戦時の債務を国が支払った上で、その収入に対して100%の税をかけた。はっきりいって詐欺ですな。企業への債務はこうした詐欺的行為で帳消しにしたが、国民から集めた国債はそういうわけにもいかず、今度は預金封鎖という強制手段により購買力を大幅に縮小させた上に、折からのハイパーインフレにより、実質的な債務の棒引きを行った。資産家に対しては財産税を最高90%課したことで国民のほとんどが窮乏化することになった。戦時債務の名目額は変化しなかったものの、インフレにより実質的な価値は戦後10年でなんと300分の1に低下した。やっぱり詐欺ですな。

 関東大震災後の昭和恐慌においても銀行モラトリアムという形の強攻策がとられており、3週間の支払猶予令が発せられた。さらに遡れば、明治維新後の混乱も同じようなことが起こっている。武士に対して俸給を国債で支払ったことで国債価格が暴落。多くの旧武士が換金を焦ったことで価値が急落。結果的にインフレを招き、実質的な価値を棒引きする形になる。江戸時代にも同じことが起こっている。寛政の改革(1789年)時に松平定信が棄捐令を発布。当時の金融機関である札差(大名などに多額な債権を保有していた)に対し、6年以前の札差債権を無効として棒引きした。札差は一日にして118万両を失ったと言われており、これによりマネーサプライの激減、デフレが進行した。江戸時代前は徳政令が有名で結局、政府は時に極めて強攻策を取りうることを示している。

 結局の所、自分の資産は自分で守るしかないという結論ではあるが、人がまず考えるのは円資産を外貨資産に換えて保有するという手段である。ソ連崩壊前後ではロシアの人はドル資産をより多く保有しようとした。ブラジル、アルゼンチンなどの南米諸国でも同様である。外国債券や外貨預金であるが、国内で外貨資産を保有したとしても100%の資産防衛にはならない。アルゼンチンでは数度にわたり経済危機が発生し、1990年にいわゆる預金封鎖を実行し、強制的に国債に転換させられた。アルゼンチン国民はペソ預金からドル預金にシフトして資産防衛を図った。2001年に再度の経済危機が発生。政府はドル預金の引き出しを制限し、月額1000ドル以下の引き出しとした。それでも預金流出が止まらない状況に政府はついにドル預金をペソ定期預金に転換させ、しかも1年間の払い出し禁止。いわゆる預金封鎖を実行した。ようするに国内法に準拠する金融機関であれば通貨がなんであれいつでも財産は没収できるということである。

 すなわち、国内法に準拠しない、海外での銀行口座を保有することが資産ヘッジになるわけである。というわけで、実際に海外にオフショアの銀行口座を開設してみることにした。それによってその開設方法や解説にかかわる実際を体験しようと思う。


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