今はやっている格差論について細かく議論しても仕方ないが、国会論戦や一部のエコノミストの議論を聞いていて気になったことがある。それは「企業は内部留保を溜め込み、労働者に還元していない。これが経済格差を大きく助長している」というものだ。この文脈で言われる企業とは「大企業」のことであり、その論調を聞いている限りそうなのかと納得してしまう部分もある。だが、その意味するところは何かという問いに答えた議論は少ない。内部留保をなぜ溜めるのか、それは近年に限ったことなのか。あるいは日本に資本主義社会が導入されて何度かあった現象なのか。それは何故なのかという答えは驚くほどない。あまりハードルを上げすぎてもやっかいなので、直近の企業の内部留保の積み上がりについて少し調べてみる。
財務省の法人企業統計を加工して作成ししてみた。もっと長い期間のデータで試したかったが、現データが2008年からの時系列データだったので過去6年分の比較的短いデータだが、確かにリーマンショックが発生してから、企業業績が回復するにつれて内部留保の額が大きくなっている。データは法人企業統計が把握する資本金1億円以上の大企業が対象になっている。直近の数値では100兆円の大台に乗せようとしているがわかる。これだけを見ると「大企業は従業員に還元することなく、キャッシュを積み上げている。けしからん」というロジックになりそうだが、では企業は内部留保をキャッシュとして金庫に詰め込んでいるのだろうか。同じく法人企業統計のバランスシートに関する時系列データがあるので見てみる。今度は西暦でなく、元号表記になっているが少し長くとれている。
まあ、大体想像はしていたがやはりこういう結果に。確かに企業は絶対金額ベースで現預金を増やしているが、バランスシートに占める割合では大きくキャッシュを膨らませているわけではない。むしろ、内部留保はキャッシュとしてではなく、投資有価証券の増加ということで再投資されている。この投資有価証券は株式のことだが、金利水準が低いから企業は株を買っているというわけでは決してない。毎日、新聞を読んでいれば理解できるように、たとえばサントリーがビーム社を1兆6千億円で買収とか、第一生命が米国損保を6千億円で買収、最近では近鉄エクスプレスがシンガポールの会社を1400億円、日本郵政が6000億円で豪州の物流会社を買収といったように、日本企業は海外の会社を買収しまくっている。また、海外の上場企業の買収だけでなく、米国、欧州、中国に現地法人を設立した場合は株式会社形態になるので投資有価証券(子会社株式)が増大する。統計を見ると過去10年でなんと117兆円も増加している。
日銀の「2013本邦対外資産負債残高」で業態別にみると先ほどの法人企業統計と時間軸が異なっているものの、製造業での増加が著しい。どの業態も増えているけれども、製造業に限ってみれば2005年対比でほぼ倍増している。まあ、これも結論は見えていたわけだが、すなわちグローバル化の進展で国内で儲けられなくなった企業は海外に出ざるを得なくなってMAもしくは現地進出という形がバランスシートの投資有価証券の増加になっている。
それで問題だが、「企業は内部留保を溜め込んで従業員に還元していない。けしからん」という議論だが、これは正しいのだろうか。一瞬、「そうだ、そうだ」と頷きかけるのだが、それは正しい指摘なのだろうか。企業が海外企業をMAもしくは現地に子会社設立する理由は「国内が儲からないから」だろう。一つには長期間にわたる円高で国内の製造業が競争力を失ったことだ。そして海外進出もしくは買収して得た利益を国内の従業員に還元するのは正しい、いやここでは合理的と言っておこう。合理的な企業行動なのだろうか。
例えば、海外で得た利益(ここでは国内で製造して輸出したという意味ではなく、海外工場で製造して海外で販売して得た利益と定義する。)を国内の従業員に還元する。すると国内で製造するコストが上昇して輸出競争力が低下する。すると国内の利益はさらに減少してしまう。仕方がないので国内の従業員をリストラせざるをえなくなる。次の年に海外の利益が増加するとして、それを国内の従業員に還元する。すると国内での製造コストはさらに上昇して国内事業の競争力が低下して、利益も低下する。で、最初にもどると。たとえばこれを永遠に継続したとすると国内で従業員を雇用することが不可能となり、企業は所在地が日本というだけで、国内で従業員がゼロということになる。もしこれがずっと続けば、企業の所在地を日本に置く理由も存在しないため、その企業は日本を出ていくことになるだろう。
無論、これは極端な仮定を置いた議論なので実際にはそうはならないと思うが、論理立てて考えてみれば企業の内部留保の積み上げがどこに源泉を持っているのかという議論を捨象して「けしからん」という話になっているとしか思えない。むしろ、日本企業が国内製造拠点の競争力低下を懸念して積極的にM&Aしたり、現地で工場を建てて、円高に対抗し、利益を獲得してたというのは極めて合理的な判断ではないだろうか。企業で働いて給料を得ている人にとっては、「そんなことどうでもいい、儲かっているなら給料あげてくれ」というのが正直なところなんだろうが、結局のところ、日本の製造拠点の競争力が回復しない限り無理だろう。国会論戦でも「円安は一部の輸出大企業を利するばかりで大多数の庶民には関係ない」と知性のかけらもない発言をする議員がいるが、日銀統計を見てみなさい。過去8年間で日本の対外直接投資は72兆円も増加している。これがいかにものすごい数字かわかっていない。むしろ、過去の円高が企業をそう駆り立てているわけで、円安のせいにするのは間違っている。少し安直な言い回しだが、国内製造業の空洞化で日本の貿易構造に大きな変化が起きている事を直視して政策を決定してもらいたい。
福島第一原発の事故から日本の貿易赤字が定着してしまっていることは新聞をみるまでもなく理解できるが、不安の種は原油・LNG輸入の増加だけではない。
財務省の貿易統計から作成してみたが、確かに燃料輸入は大きく増加しているのが分かるが、一方で不気味に増えている項目がある。一つは医薬品だ。過去10年で3倍になっている。貿易額としてはまだ目立たないが、高齢化の影響とスルーしてはいけない。日本の知財開発力が弱いからこそ、医薬品の輸入が増加していると解釈するべきた。確かに国際的な製薬企業と比較すると日本の製薬メーカーは小粒だが、こういった知能集約型で外貨を稼ぐ国にするべきだ。もう一つきになるのが電気製品の輸入動向だ。
これを見ると危機感高まるんだが、日本のお家芸ともいわれた電気製品の貿易収支はかなり縮小している。このままいくと将来赤字になるのではと思えてくる。電気製品のサブセクターに通信機という項目があるのだが、これが爆発的に上昇中だ。これはなにかというとアップルの「アイフォーン」とかサムスンの「ギャラクシー」とかが入る。この通信機セクターの輸入額の急増は大いなる皮肉と私の目に映る。先ほどの「企業は内部留保を溜め込んで、従業員に還元もしないでけしからん」式の議論だが、けしからんと言っている人たちが競って「アイフォーン」や「ギャラクシー」を購入しているわけだ。パナソニックやソニーではなく。別に国産至上主義を掲げるつもりはないが、外国製品大好きだからバンバン買うけど、国内製品はダサくて買わない。でも給料は上がるべき。と言っているようにも聞こえてしまう。日本企業の怠慢があるのかもしれない。でも、消費者のアップル信仰はなんか行き過ぎているような気もする。(それだけアップルのマーケティング力が優れている証拠かもしれない。)
この問題に処方箋があるとすれば、円安と時間だ。円はピークと比較して5割以上減価している。今年とか、来年に状況は変化しないが、円安傾向が続く、少なくとも現在の為替レートが安定的に長期間維持できるもしくは維持される見通しが立つとき、企業は必ず行動を起こす。それは日本企業が過去10年以上にわたって行った膨大な対外直接投資の逆の現象。すなわち、国内への回帰が始まる。しかし、それは着実だが、テンポは非常にゆっくりしたものとなるだろう。10年以上にわたって続いてきたトレンドを逆転するわけだから、同じようなタイムフレームで考慮する必要があるだろう。
こんなことを言うと怒られるかもしれないが、格差問題の一部は自分自身で作り出しているかもしれないと思う時がある。街中でこんな会話を聴くかもしれないと想像してしまう。
「国内企業は内部留保を溜め込んでいる。」
「そうだ、そうだ」
「労働者に還元していない」
「そうだ、そうだ」
「アベノミクスは失敗している」
「そうだ、そうだ」
「企業も政府もけしからん」
「そうだ、そうだ」
「ところで、今度の新型アイフォーンってどうよ」
「超クールだよ、発売日には徹夜でならぶよ」
「だよねー」
財務省の法人企業統計を加工して作成ししてみた。もっと長い期間のデータで試したかったが、現データが2008年からの時系列データだったので過去6年分の比較的短いデータだが、確かにリーマンショックが発生してから、企業業績が回復するにつれて内部留保の額が大きくなっている。データは法人企業統計が把握する資本金1億円以上の大企業が対象になっている。直近の数値では100兆円の大台に乗せようとしているがわかる。これだけを見ると「大企業は従業員に還元することなく、キャッシュを積み上げている。けしからん」というロジックになりそうだが、では企業は内部留保をキャッシュとして金庫に詰め込んでいるのだろうか。同じく法人企業統計のバランスシートに関する時系列データがあるので見てみる。今度は西暦でなく、元号表記になっているが少し長くとれている。
まあ、大体想像はしていたがやはりこういう結果に。確かに企業は絶対金額ベースで現預金を増やしているが、バランスシートに占める割合では大きくキャッシュを膨らませているわけではない。むしろ、内部留保はキャッシュとしてではなく、投資有価証券の増加ということで再投資されている。この投資有価証券は株式のことだが、金利水準が低いから企業は株を買っているというわけでは決してない。毎日、新聞を読んでいれば理解できるように、たとえばサントリーがビーム社を1兆6千億円で買収とか、第一生命が米国損保を6千億円で買収、最近では近鉄エクスプレスがシンガポールの会社を1400億円、日本郵政が6000億円で豪州の物流会社を買収といったように、日本企業は海外の会社を買収しまくっている。また、海外の上場企業の買収だけでなく、米国、欧州、中国に現地法人を設立した場合は株式会社形態になるので投資有価証券(子会社株式)が増大する。統計を見ると過去10年でなんと117兆円も増加している。
日銀の「2013本邦対外資産負債残高」で業態別にみると先ほどの法人企業統計と時間軸が異なっているものの、製造業での増加が著しい。どの業態も増えているけれども、製造業に限ってみれば2005年対比でほぼ倍増している。まあ、これも結論は見えていたわけだが、すなわちグローバル化の進展で国内で儲けられなくなった企業は海外に出ざるを得なくなってMAもしくは現地進出という形がバランスシートの投資有価証券の増加になっている。
それで問題だが、「企業は内部留保を溜め込んで従業員に還元していない。けしからん」という議論だが、これは正しいのだろうか。一瞬、「そうだ、そうだ」と頷きかけるのだが、それは正しい指摘なのだろうか。企業が海外企業をMAもしくは現地に子会社設立する理由は「国内が儲からないから」だろう。一つには長期間にわたる円高で国内の製造業が競争力を失ったことだ。そして海外進出もしくは買収して得た利益を国内の従業員に還元するのは正しい、いやここでは合理的と言っておこう。合理的な企業行動なのだろうか。
例えば、海外で得た利益(ここでは国内で製造して輸出したという意味ではなく、海外工場で製造して海外で販売して得た利益と定義する。)を国内の従業員に還元する。すると国内で製造するコストが上昇して輸出競争力が低下する。すると国内の利益はさらに減少してしまう。仕方がないので国内の従業員をリストラせざるをえなくなる。次の年に海外の利益が増加するとして、それを国内の従業員に還元する。すると国内での製造コストはさらに上昇して国内事業の競争力が低下して、利益も低下する。で、最初にもどると。たとえばこれを永遠に継続したとすると国内で従業員を雇用することが不可能となり、企業は所在地が日本というだけで、国内で従業員がゼロということになる。もしこれがずっと続けば、企業の所在地を日本に置く理由も存在しないため、その企業は日本を出ていくことになるだろう。
無論、これは極端な仮定を置いた議論なので実際にはそうはならないと思うが、論理立てて考えてみれば企業の内部留保の積み上げがどこに源泉を持っているのかという議論を捨象して「けしからん」という話になっているとしか思えない。むしろ、日本企業が国内製造拠点の競争力低下を懸念して積極的にM&Aしたり、現地で工場を建てて、円高に対抗し、利益を獲得してたというのは極めて合理的な判断ではないだろうか。企業で働いて給料を得ている人にとっては、「そんなことどうでもいい、儲かっているなら給料あげてくれ」というのが正直なところなんだろうが、結局のところ、日本の製造拠点の競争力が回復しない限り無理だろう。国会論戦でも「円安は一部の輸出大企業を利するばかりで大多数の庶民には関係ない」と知性のかけらもない発言をする議員がいるが、日銀統計を見てみなさい。過去8年間で日本の対外直接投資は72兆円も増加している。これがいかにものすごい数字かわかっていない。むしろ、過去の円高が企業をそう駆り立てているわけで、円安のせいにするのは間違っている。少し安直な言い回しだが、国内製造業の空洞化で日本の貿易構造に大きな変化が起きている事を直視して政策を決定してもらいたい。
福島第一原発の事故から日本の貿易赤字が定着してしまっていることは新聞をみるまでもなく理解できるが、不安の種は原油・LNG輸入の増加だけではない。
財務省の貿易統計から作成してみたが、確かに燃料輸入は大きく増加しているのが分かるが、一方で不気味に増えている項目がある。一つは医薬品だ。過去10年で3倍になっている。貿易額としてはまだ目立たないが、高齢化の影響とスルーしてはいけない。日本の知財開発力が弱いからこそ、医薬品の輸入が増加していると解釈するべきた。確かに国際的な製薬企業と比較すると日本の製薬メーカーは小粒だが、こういった知能集約型で外貨を稼ぐ国にするべきだ。もう一つきになるのが電気製品の輸入動向だ。
これを見ると危機感高まるんだが、日本のお家芸ともいわれた電気製品の貿易収支はかなり縮小している。このままいくと将来赤字になるのではと思えてくる。電気製品のサブセクターに通信機という項目があるのだが、これが爆発的に上昇中だ。これはなにかというとアップルの「アイフォーン」とかサムスンの「ギャラクシー」とかが入る。この通信機セクターの輸入額の急増は大いなる皮肉と私の目に映る。先ほどの「企業は内部留保を溜め込んで、従業員に還元もしないでけしからん」式の議論だが、けしからんと言っている人たちが競って「アイフォーン」や「ギャラクシー」を購入しているわけだ。パナソニックやソニーではなく。別に国産至上主義を掲げるつもりはないが、外国製品大好きだからバンバン買うけど、国内製品はダサくて買わない。でも給料は上がるべき。と言っているようにも聞こえてしまう。日本企業の怠慢があるのかもしれない。でも、消費者のアップル信仰はなんか行き過ぎているような気もする。(それだけアップルのマーケティング力が優れている証拠かもしれない。)
この問題に処方箋があるとすれば、円安と時間だ。円はピークと比較して5割以上減価している。今年とか、来年に状況は変化しないが、円安傾向が続く、少なくとも現在の為替レートが安定的に長期間維持できるもしくは維持される見通しが立つとき、企業は必ず行動を起こす。それは日本企業が過去10年以上にわたって行った膨大な対外直接投資の逆の現象。すなわち、国内への回帰が始まる。しかし、それは着実だが、テンポは非常にゆっくりしたものとなるだろう。10年以上にわたって続いてきたトレンドを逆転するわけだから、同じようなタイムフレームで考慮する必要があるだろう。
こんなことを言うと怒られるかもしれないが、格差問題の一部は自分自身で作り出しているかもしれないと思う時がある。街中でこんな会話を聴くかもしれないと想像してしまう。
「国内企業は内部留保を溜め込んでいる。」
「そうだ、そうだ」
「労働者に還元していない」
「そうだ、そうだ」
「アベノミクスは失敗している」
「そうだ、そうだ」
「企業も政府もけしからん」
「そうだ、そうだ」
「ところで、今度の新型アイフォーンってどうよ」
「超クールだよ、発売日には徹夜でならぶよ」
「だよねー」