katsura's note

katsura's note 以下に移転するかも!
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2004年07月30日 | Weblog
今日は橋を2つ、
そして、3つの盆踊りに遭遇した。

こんな日はなかなかないだろう。。。

最近お気に入りとなった、
チャリでの下町散策。

今日はその第二弾。

目的地は図書館(笑。

先日、大家さんに
近くにある図書館について話をきいたばかり。

すると、
「こっから自転車で30分もかからない所に、
 この辺では一番大きな図書館があるよ。」と、教えてくれた。

今日は雨が降るのかなぁ~と
怪訝そうに空をうかがいつつも、

「え~い、行っちゃえ!」と、
ばかりに、行動開始!

ネットであらかじめ道順を確かめ、
いざ、出動!

生ぬるい風が吹く中、
いそいそと目的地へ
一心不乱に向かう、私。

初めて行く所って、
どうして
こうも
わくわくするのだろう。。。

海外に行って、
初めての場所を散策するのと同じくらい、
いや、
国内だからって変化がないわけでもないし、
このわくわく感がたまらなくなる。

至って、普通の風景で、
何がいいってほどのものは何もないのに。

ケベックのなんとも風情のある
石畳の道もなければ、
イタリアやスペインのような、
明るい日差しという訳でもないし、

ごくごく普通のありふれた風景。

しかも、
大きな道路沿いなので、
決してキレイとは言えない風景だけど、

"初めて"という、
二度と味わえない感覚が
こうも
楽しく、わくわくさせるのか。

"気は持ちよう"と言うけれど、
確かにそうかもしれない。

だって、ごみごみしてるといえば、
そう思えるし、
そう思っちゃうと、
別に
この風景に対して、
わくわく感は生まれないのだから。

そうこうしながら、
たどり着いた"橋"。

進むにつれ傾斜があるので、
少し立ち漕ぎみたいに、
力強くペダルを踏む。

さっきまで
暑かったはずなのに、
橋の上は
風がたなびき、
心地よい、
空気、風、風景のご褒美をくれる。

橋の真ん中を拠点に
周りを見渡すと、
川の上流と、
川の下流とに、

対称のようで、
対称でない
違う風景が
目に飛び込んでくる。

あまりに風景に目を奪われると、
時々
人や、
ガードレールにぶつかりそうになりつつも、

橋を越えて行く。

私は、今日、
2つの橋に遭遇し、
2つの別々の橋を渡った。

その風景は違うし、
感じた風も違った。

その時考えていたことも違う。

でも、橋をとおして感じたことがある。

それは、通過点ということ。

橋って、居座るところじゃないってこと。

橋を渡る前の風景、
橋を渡っている時の風景、
橋を渡ってしまった後の風景。

どれも違う。

そして、
そのどれもが
通過しないと見ることができないってこと。

今の自分におきかえてみると、
私は今どこにいるんだろう?
と、ふと思った。

橋の真ん中にいるのか、
それとも、
全然進んでもいないのか。

ただ言えるのは、
どこの位置にいるかどうかは別としても、

通過点にいるということ。

早く越えてしまいたいという、
少し焦りたくなる衝動もあるけれど、

物事が上手く進まない時もあるであろう。

例えば、
強い向かい風が吹いているかもしれないし、
追い風が吹いているかもしれない。

ただ、どうせ渡るなら、
ちゃんと楽しみたいと思った。

ちゃんと周りを見たいと思った。

そんなことを思っていた所に、
なんだか遠くに見えるかすかな明るい光を発見。

もしや。。。?!
と思って近づくと、
やはり私の予感は当たっていた。

“盆踊り大会”だ。

浴衣を着た涼しげな人達が
足早に会場に入り、
その場に溶け込んでいく。。。

そんな光景を見たのは、
先週だったか、
これで2度目だ。。。

と思っていたら、
なんと他会場を含め、
他に2箇所も遭遇した。

合計4回も
“盆踊り大会”に遭遇するなんて。。。

私って、運が良いのかも?

なんて、思ってしまった。

そう、私は運が良いと思う。

今までいろんな人と出会ってきて、
そのおかげで、
いろんな経験をさせてもらった。

いろんな風景を
見ることも、
楽しむことも、
できてきていた。

そう考えると、
今渡っている“橋”も、

どうせなら、
周りを見つつ、
楽しんでしまった方がいい。

今後、
いくつもの“橋”と遭遇するだろう。

その“橋”を通して
感じる、
経験することが、

今後の私を形成していくのか。。。

じゃ、ここでやっぱりガンバッテおかなければ...

と思うのである。

この先、
どんな“橋”と、
どんな“風景”と出会うのだろうかと思うと、

とても
わくわくしてきたのであった。

昭和のにおい

2004年07月28日 | Weblog
“昭和のにおい...”

とてもなつかしく感じるのは私だけでしょうか?

それを実感できる、絶好の場所を発見しました。

柴又です。

そう、寅さんの舞台でもある、柴又。

「生まれは、葛飾柴又」という、寅さんの有名なせりふを覚えている方も多いはず。

私の仮住まいのある地域から、
チャリで行ける距離にあるんです、柴又って。

こちらに来て、3週間あまり、
行ってみようと思いつつも、
なかなか足を踏み出していませんでした。

昨日は、柴又の花火大会がありました。
私は別に見に行く予定があった訳でもなかったのですが、
大家さん(以下、Kさん)の配慮で、
「仲間と隣のビルで花火見っから、
 良かったらおいでよ。」と、声が。

Kさんは地域のことを良く知ってる方で、
スポーツマンで、
スポーツ仲間もいれば、
飲み仲間も、
そして趣味仲間など、
とても交友関係が広く、
気さくな方と聞いていたし、
お言葉に甘えさせて頂くことにした、私。

花火が上がる時刻にビルの屋上に行くなり、
Kさんの隣の席をすすめられ、
席につくなり、
真正面に見える花火!

「あそこが、柴又なのね~」と、ふと思った瞬間でもあります。

すると、
Kさんの友人の方が、
「柴又はもう行ったの?」と。

「いえ、まだ...」と、私。

すると、
他の方々も一斉に、
「まだ行ってないんだったら、
 行ってみるといいよ!」と。

次々と○○がいいよとか、
△△が面白いんだよとか、
××の道を通ったら早いよとか、
いろいろ教えて頂きました。

それで、
今日は私にとってのoffの日だったので、
天気予報(夕方から50%の確率で雨)を気にしつつも、
晴れている間に!とばかりに、
それなのに、お昼から向かったのでした。

柴又に着くまでの間、
いくつかの駅を通り過ぎたのですが、
風景がなんとも昔なつかしいんですよ。

こじんまりとした昔ながらの商店街があって、
そこに集まる人々を尻目に、
柴又へチャリを進める私。

これが下町の風景なのかなぁ~、と。

しばらくチャリで行くと、
電柱に表記してある住所が、
どんどん変わり、
柴又に変わった瞬間、
もうすぐ!だと、
炎天下、チャリを進めました。

柴又駅周辺についたのはすぐ分かったのですが、
まず、向かったのは河川敷。

近づくにつれ、
心地よい風が吹いていくのを感じながら、
河川敷に上がると、
なんとも言えない風景が待っていました。

さわやかに吹く風といい、
河川敷からの川や緑の広々とした風景といい、
いい所見つけた、
とても得した気分になれました。

河川敷にしばらくいた後、
次に向かったのは、柴又帝釈天。

ここでお参りをして、
次は帝釈天の参道。

昔ながらの雰囲気の残る
浅草と似てるような
そうでないような
雰囲気を感じつつも、

自分の両側にそびえる
おみやげ物屋さんや、
おだんご屋さんを見つつ、
参道を進むと、
一軒のお店に惹かれた私。

お店に惹かれたというより、
ごま油の香ばしい香りに惹かれたというのが正しいのだけど...^_^;

「そういえば、お昼食べてなかったんだ~」と、
心でつぶやいていた私、
思わずその店に飛び込んだのでした。

そのお店は、
ごま油の香りに惹かれたというだけなのだけど、
お店に入って気づいたことが。

壁にそれとなく、
あまり邪魔にならない程度に、
写真が何枚か貼られていました。

その写真の数々に共通するのは、
「フウテンの寅さん」と
その撮影で訪れたスタッフや
監督さんが、
店の主と映っているということ。

しかもどれもとてもいい顔をさせている。。。

そして、店内で注文して、
天丼が出てくるまでの間に気づいたことがもう一つ。

「寅さん」シリーズの生みの親であり、
ずっと監督を続ける、
山田洋二監督が一筆したためていた色紙を発見したのです。

その色紙にある言葉は
とても温かく、
素直な、
それでいてとてもステキな文章でした。

きっと何度もスタッフや出演者の方々と
この店で食事し、会話して、、、
という風景が何度もあったのではないかと思うと、

とても味のある店に、
たまたま行き着いたんだなー、私。
って、なんだか嬉しい気持ちになりました。

「寅さん」もそうだけど
そのお店も、
独特の、
それでいてなつかしい、
“昭和のにおい”がしました。

もちろん店内にあるテーブルやイス、
調度品なんかも
確かに年季が入っているのだけど、

その空間に
じっとひそんでいる
“昭和のにおい”があって、
その雰囲気というか、
その空間にいる心地よさ。
なつかしくて、平和な空気。

外との異空間に
すっぽり包まれた感覚が
なんとも言えず、

雑踏に疲れたら、
こういう店でゆっくりしたり、
河川敷でのんびりしたり、
そういう時間が今後持てそうで、
とても嬉しくなってしまったのでした。

香ばしく、カラと上がった
美味しい天丼を頂きつつも、

昭和という、
何気に64年も続いた時代について、
寅さんについて、

いろいろ思いを巡らした、
そんな貴重かつ愛おしい時間が過ぎていくのを
感じていた、私。

天丼を食べ終わり、
「ご馳走様でした。」と言って、
御代を払い、
店を出る時、

年老いた先代である店の主人と
後を継いだであろう、
30代とおぼしき若旦那とが、
揃って頭を下げて、
「すいません、
 ありがとうございます。」と言っていました。

その姿がなんとも、
謙虚で、
愛おしく感じました。

そこには、
決して奢りはないんですよ。

またいつか来たいなと思える店だし、
ずっとずっと
そのままの空気・雰囲気のままで、
そこにいて欲しいと思ってしまいました。

店を後にした私は、
柴又駅で寅さんの銅像を見た後、

帰り際に見つけた、
"珈琲専門店"なる喫茶店で、
珈琲を飲むことに。

店内に入ると、
これまたレトロというか、
昔ながらの。。。
が詰まったお店で、

これまた低姿勢なおじさんが
おしぼりと水を持ってきて、
たったそれだけの動作の中に、

昔なつかしさを感じずにいられない程、
昭和らしさみないなものを感じさせる店主、
そして店に、
なんとも言えない心地よさを覚えた瞬間がありました。

アイス珈琲を注文すると、
TVからは
夏の甲子園の横浜地区予選の模様が放映されていて、
それを見ていても良かったのだけど、
とりあえず本棚を見てみることに。

そこにあったのは、
漫画系の雑誌と、週間文春。
そして、なぜか一つだけアウトドアの本がありました。

その中から私は、
アウトドアの本と、
週刊文春を取り出し、

珈琲を飲みつつ、
普段読まないそれらの本に目を通しつつ、

普段あえて自分で好んで、選んで読まない本の中にも
いろんな発見があることに気がつきました。

普段はバックの中に、
必ず1冊は本を入れていて、
今読んでいるのはビジネスに直結する実用的な本だったり、
自己啓発系の本だったりするのですが、

コラムだったり、
短編小説だったり、
そういう、
ある意味"実用的でない"ものに、
とても惹かれたのでした。

また、その"珈琲専門店"なる喫茶店は、
心地よく、
邪魔しない程度にJAZZが流れていて、
これがまた読書にぴったりなのです。

もの静かな店内には、
私が入店する前は男性と女性が
それぞれ一人づつ、
席を隔てて座っていて、
二人とも、
読書に没頭している様子でした。

あたりを見回すと、
古ぼけた、
すごーく低いテーブルだとか、
ソファは端っこが擦り切れて、
ガムテープで応急処置されているのが
ずっと長いこと続いているであろう姿が、
隠すこともなく、そのままにされていて、

店内はちょっと薄暗くて、
ここでも私は、
“昭和のにおい”を感じずにはいられませんでした。

昔、こういう喫茶店、
あったよなぁ~、と。

思い起こすのは、小学校低学年くらいの頃かな。

なつかしさと心地よさが共存するその空間が
突然4名の子ずれのお母さん達が来ると、
あっという間に、
心地よい空間でなくなってしまったので、

私はしばらくいたその店を後にして、
それと同時に柴又を後にしたのでした。

チャリで来れる距離にあるので、
また来よう!と思いつつ、
チャリに乗り、
昭和という時代について、
自分の過去も、
いろんな出来事も
振り返りつつ、
とても有意義で、
楽しい時間を過ごせたのでした。


余談:

くしくも、帰宅してネットのニューストピックに
「寅さん」シリーズで
「おいちゃん役」を長年されていた俳優さんが
数日前に亡くなったとの記事がありました。

「寅さん」に負けないくらい、
いい味を出していましたよね、
「おいちゃん」も!

別に「寅さん」シリーズを好んで見る訳でもないし、
はっきり言って、
一話もすべて見た記憶はないのですが、
日本人の心というか、
人情味というか、
そういうものを、
見事に表現してる作品ではないかと思います。

シリーズものとして、
世界的にも稀な作品らしいですね、「寅さん」って。
(確か世界的にも、
 一番長く続いているシリーズ物だと聞いたことがあります。)

渥美清さん、
そして、
裸の大将で有名な芦屋雁之介さんも
この映画、
この役に、
この人あり!っていう人ですよね。

そういう、
実績、存在感を出せる人って、
ある意味ステキですね。

賢兄の思い出

2004年07月27日 | Weblog
賢兄が亡くなった。

歳がいくつだか、
はっきりは分からないのだが、
確か40手前ぐらいだったと思う。

賢兄(けんにい)こと、
賢兄ちゃんは、
実の兄ではなく、
(現に私は三姉妹だし。。。)
母のいとこにあたる。

前回会ったのはいつだろう?
少なくとも4、5年は前のことで、
会ったといっても、
母の叔母の家ですれ違った際に、
少し挨拶した程度だった。

物静かな人だった。
けれど、
優しい人だった。

何故亡くなったのかは、
詳しくは聞いていないものの、
突然死。

いきなり心停止したのか、
どうかは
わからないにせよ、
亡くなったと聞いて、
一瞬とまってしまった。

そして、賢兄が亡くなったのは、
実は1週間位前のことだったらしい。

葬儀はしめやかにいとなまれたそうだ。

若くして、
知り合いが亡くなるということ。

しかも働き盛りの賢兄が亡くなってしまい、
母の叔母で、
私も仲良しの大叔母、大叔父は
悲しみにくれているらしい。

一人息子に先立たれてしまったのだから。

賢兄には、姉がいて、
姉の薫姉は、
賢兄とは違い、
天真爛漫なタイプ。

とても姉弟と、
傍目には想像つかない姉弟だった。

今日、たまたま用事があって、
実家に電話して、
母とたわいない話なんかをしていたら、

「そうそう、貴女に話さなきゃいけないことがあるのよ」と。

すかさず

「えっ、何?
 何かあったの?」と聞くと、

「賢がねー、
 亡くなったとよ」と。

びっくりすると同時に、
賢兄のことが頭を駆け巡った。

母が、
「貴女は賢とはあまり思い出がないだろうけど。。。」と。

すかさず私は、
「ここ数年こそ会ってないし、
 話すこともなかったけど、
 実は、
 私の映画好きは賢兄の影響もあるとよ...」と。

母も驚いた様子だったが、
私はその内容を聞かせた。

母はあまり覚えがない様子ではあったが、
「そうねー。
 そんなことがあったとねー。」と。

母とは、その後、
とりあえずは、
お盆に帰った際に、
大叔母のところに行ってみようという話をして、
電話を切った。

賢兄がねぇ。。。

なんだかとても不思議だ。

タイムスリップすること、21年前の話。

私が小学校2年生の頃。

大叔母の家に遊びに行った際、
薫姉の部屋でお菓子を食べていたら、
隣の部屋が気になり、
賢兄の部屋に、
興味の赴くまま足を踏み入れた私。

そこには、
「セーラー服と機関銃」という、
当時大ブレイクしていた、
薬師丸ひろ子のポスターが貼られていて、

そのポスターに妙にひきつけられた私。

しばらく見ていたら、
上階に上がってきた賢兄が、
私の様子をしばらく見ていたらしく、
「それ、欲しい?」
と、ぼそっと聞いた。

「うん」と、私。

すると、すぐさまポスターを取り外し、
丸めて渡してくれた。

賢兄はわりかし、
見た目カッコいい人で、
優しい。

それは、
大叔父を見ていたら分かるのだが、
大叔父に似ているからかもしれない。

カッコよさも優しさも、
きっと父親譲りなのだ。

私はふとしたことから、
賢兄からもらったポスターを
家に持ち帰り、
姉や妹と一緒に使っていた、
共用の部屋の、
自分の机の横にはりつけた。

そして、何度も何度も
そのポスターを見ては、
映画って、どんな内容なんだろう? とか、
映画館って、どんななんだろう? とか、
想像していた。

それが後に憧れに近いものとなった。

そして、
当時高校生だった賢兄が、
とても大人に思えていたことを覚えている。

あの時ほど、
見てもいない映画について
あれこれ考えたり、想像したり、
してたことはないかもしれない。

それも、
たった一枚のポスターから発生する想像の世界。

薬師丸ひろ子にしても、
原田知世にしても、
“映画女優”という、

テレビに出ている女優さんとは違う、
オーラや雰囲気があったし、

ポスターや映画一つとっても、
とても独特の世界を、
醸し出していて、

今見る映画とは違って、
とても貴重なもの、
とても特殊なものという
イメージがあった。

現代のように、
ビデオやDVDが普及してなかったし、
テレビと違って、
映画は映画館でしか見れないし、

映画のロードショーが終わると、
それこそ、
二度とお目にかかれないかもしれない可能性だってあるのだ。

その、一種独特な
そして、特別な映画に
あこがれていたあの頃。

ストーリーも何もほとんど知らなかった私が、
一枚のポスター、
一枚の画から、
何かを想像していた瞬間。

この積み重ねが映画に対する憧れへと
導いてくれたのかもしれない。

それこそ、
中学時代に妙にはまった映画鑑賞。

その後も高校時代、短大時代、
留学先、旅先なんかで、
時間があったり、
映画が見たい気分になると、
すぐさま映画館に駆けつけることもある。

たまたま今、台風が来ているが、
台風が来ると、
ムショウに映画を見たくなることがある。

短大の頃のある日。

台風が来ているにも関わらず、
まじめに学校に行ったのだが、
1限目を受けている最中から、
映画を見たい衝動にかられ、
2限目以降は欠席し、
そのまま天神へ向かい、
映画を立て続けに3本見たことがある。

台風の日の映画館って、
すごいガランとしてて、
静かで、
でもちょっと湿った空気が流れてたりする。

そんな空間の中、
ただただ映画に没頭する。
ストーリーに入り込む。

そういう時間が好きだった。

未だに時々台風が来ると、
ムショウに映画館に行きたくなるが、
そのせいか、
たまたまTSUTAYAでDVDを数本借りてしまった。

1本は関西にいる友人が、
「おすすめがあんねん。
 絶対、ケーコ好きやわ~、この映画」と、
教えてくれた作品。

他はたまたま見たかったのが数本あったので、
とりあえず借りてみた。

賢兄の思い出。

やっぱり私にとっては、映画かなぁ。。。

賢兄の冥福を祈りつつ、
賢兄の分まで
映画を楽しみたいと思うのであった。

父からの電話

2004年07月27日 | Weblog
昨日、父から久しぶりに電話があった。

前回は、こちらに来た翌日のことだったので、
およそ2週間ぶりということになる。

昨日、議事録作成していたため、
予定していた飲み会に参加せず、
家にいたせいで、
電話を取ることができて、
お家にいて、
ほんとに良かったと思った。

父とは、
最近携帯メールをやりとりしていた。

パソコンは自宅にあるし、
何度かキーボード練習させようと思っていたのだが、
パソコンの立ち上げ方は分かっても、
気分転換でフリーセルばかりやってて、
なかなかブラインドタッチにまでは及ばない様子。。。

そんな父だが、
「(携帯)メールは俺はなかなかだんだぞ」と言って、
いつだったか、
ふと笑わせてくれた。

こちらに来る前、
福岡にいた頃は、
それこそ、
携帯メールはできなくても、
電話すればよいことが多かったので、
父とは、携帯メールはしていなかったし、
父はDocomoで、
私はauということもあり、

Docomoユーザならではの、
インターネットメール拒否だとか、
そういう設定がなされていて、
私のPCからのメールも、
携帯からのメールも、
設定を変えない限り、
送ると、エラーが返ってくる。

これは、不快極まりないのだ。
 (無論、父にとってではなく、
  所詮、私にとっての話だが。。。)

ただ、父の場合は、
携帯メールはできても、
メールの設定変更など、
携帯の機能までは詳しくないので、
先日父の会社に行った折、
たまたまDocomoショップの営業マンが来てて、
その人に私のメールが受信できるよう設定してもらった。

それからというもの、
父からたまにメールが来るようになった。

こちらに来て、数日は
お願いしていた用件なんかについて、
メールをすることが数回あったけれど、

それ以後は、

父らしい言葉、
父らしい語り口、
父らしい文章で、
父らしいコメントが送られて来ていた。

メールの文章や語り口には、
普段の会話ではめったにお目にかかることのない、
茶目っ気やユーモアが隠されていたりして、
これがなんとも味があって、
父のメールはなかなかオモシロイ。

父が自分で
「メールは俺はなかなかだんだぞ」という理由が分かる気がした。

とても温かい言葉を送ってくれたり、
ぼそっとした素朴な言葉を送ってくれたり、
時折、注意も交えてメッセージを送ってくれるのだ。

何せ、生粋の九州男児であり、
お酒を飲まない限り、
多くを語らない父。

 (とはいえ、人あたりの良い彼は、
  誰と会わせても恥ずかしくないくらい、
  ある意味ステキだし、
  社交的な面も兼ね備えている、
  私の数少ない最も尊敬する人の一人でもある。)

普段言葉にしない言葉や思い(思いやり)が、
携帯をとおして、
デジタルな文字として、
伝わってくる。。。

デジタルなんだけど、
とてもアナログな感じ。

 デジタルのもつ、
 冷たいイメージとは裏腹に、
 とてもwarmな感じがするのだ。


その父から、
昨日はあえて電話がかかってきた。

私と父は、仲が良いし、
(注意:喧嘩中を除いて(笑。)
ここ1,2年は、よく飲みについて行っていたし、
それこそ社会人になってからは、
飲んで帰ってきた父と夜中に語りあったり、
父の話をじっくり、よく聞くことがあった。

今では距離が距離うえ、
実質(飲みに行ったり)できないのが残念なのだが、

メールではなく、
電話があったことに、
私自身、どうしたの?と聞きたくなる気持ちを抑え、

とりあえず、私から話すというよりは、
父の話をさえぎらないように、
じっとしていた。

「元気か?」と、第一声。

「うん、元気だよ。
 今、議事録書いてるとこ。」と、私。

「そうかー。お前もガンバッテルってことだな。」と、父。

「うん、なんとか。
 でも、まだのんびりしてるし、
 大したことないよ。」と、私。

「ところで、お前、○○のSさん知ってるか?」と、父。

「あっ、以前言ってたあの人ね。
 結局私はお会いしたことないけど、お名前は覚えてるよ。」と、私。

「うん、そうだ。」と、父。

「今日、亡くなってなー。」と、父。

「えっ、お父さんが入院してた時、
 病院に後から入院した人だったよねー?」と、私。

「そうだ。」と、父。

この時点で、私の目から涙がこぼれた。

「そうかぁ~。
 お父さん、あまり気を落とさないでね。」と、私。

「うん。
 だけど、残念でなぁ~。」と、父。

聞くと、実家の近所にある、
よく一緒に行っていた小料理屋で、
一人飲んでいるとのこと。

これ以後の会話はあえてここでは詳しく書かないが、

私が東京にいるから、

一緒に飲みに行けないこと、
そばで話を聞いてあげられないことを
悔やんだのは言うまでもない。

父は、泣き言や愚痴をあまり言わないタイプの人で、
だからこそ、私には言って欲しいのだ。

飲みに行くと、
あまり身構えたり気兼ねしていない
本音の部分が聞けるのが、
とてもウレシクて、よく着いて行っていた。

電話の最後に私はこう言った。

「私がこっちにいるから、一緒に飲めなくてごめんね。
 お盆にはそっちに帰るから、その時一緒に飲もうね。」、と。

すると、父は、

「おう!
 それじゃ、元気でな。
 ちゃんとご飯食べてるか?
 無理していないか?」、と。

電話を切った後、
私がこちらにいるということ、
をすごくしみじみ考えることとなった。

ただ、その時点でまだ議事録の作成途中だったので、
あまりしみじみもしていられず、
気持ちを切り替え、
とりあえず議事録を書き上げることに専念した。

その後、父のこと、
亡くなったSさんのことなんかが、
脳裏から離れなかったものの、
昨日中にやらなきゃいけないプリンタの設定だとか、
その他もろもろを終え、寝たのが、午前3時。

福岡にいた頃は、
この時間から、父との会話が弾むこともあった時間。

とか、思い出すと寝れなくなりそうで、
明日の用事のことを考えると、
寝ておかないとまずいので、
とりあえず雑念をよそに就寝した私。


そして、今朝目覚めて、ふと思い出したことが。

思い出したというより、
ある曲が頭の中でBGMとして流れてきた。

それは、平井堅の“キャッチボール”という曲。

今や誰でも知ってる、
かなり有名になってしまった、平井堅。

私が大好きなミュージシャンの一人なのだけど、
その平井堅が、
まだ“LOVE LOVE LOVE”や“楽園”でブレイクする前、
「Stare At」というセカンドアルバムに収められた
“キャッチボール”。

この曲は静かな感じだけど、
しみじみと良い曲。

詩が絶品!

素直な飾らない気持ち。
それが、なんとも切なく、
とても印象深い、
とても大好きな一曲。

平井堅って、
ルックスのイメージとか、
売れてるからというイメージとか、
たまに歌詞が妙にエロティックだからとか、

そういうイメージとは別に、
とても地に足のついたミュージシャンだと思う。

歌っている曲にしても、
曲も詩も自作が多々あるし、
他のアーティストとのコラボレーションや
話題性の派手さもあるけど、
着実に一歩一歩歩んでいるんじゃないかと。

そして、
平井堅として感じた、
優しさ、
切なさ、
温もり、
そういうものを曲に素直に反映してる気がする。

きっと“キャッチボール”を書いた時って、
平井堅が上京して、
いろんなことを思ったり、考えたりしたことが
あったんじゃないかと思う。

その時の
“気持ち”だとか、
“切なさ”だとかを
曲にしたんじゃないかと。

それはまったく同じ
“気持ち”や“切なさ”じゃないかもしれないが、
似たものだったり、
共通の部分はあると思う。

と、まぁ、
父の電話と題しておきながら、
平井堅でクロージングしている私。

朝からしみじみしちゃってる自分を、
遠めで見るような、
そんな感覚がありつつも、

父がいつまでも元気でいて欲しいと思う
気持ちや切なさを、
平井堅の曲を通して、
再認識したのだった。

打ち合わせ

2004年07月26日 | Weblog
現在、週に何日か、
知り合いの方の仕事を手伝わせてもらっていて、
(というより、勉強させてもらっている)
今日は、お客様先での打ち合わせに参加させてもらい、
9時半~14時半まで、3件+αの打ち合わせに参加した。

その後、少しミーティングがあった後、解散となった。

今日の打ち合わせの場所、
そして、解散の場所が
新宿だったということもあり、
ついでに、先々週行った眼科に寄ってみることに。

そしたら、想像以上に時間がかかってしまい、
時間配分を間違えたなぁ。。。と後悔しつつも、
どうせ近日中に眼科に行く必要があったので、仕方なかった。

なぜ、時間配分を間違えた。。。と思ったかというと、
今日は、知人に誘われている飲み会があって、
それには、なぜかとっても参加したい気分だったのだ。

その飲み会に参加するのは、初なのだけれど、
とても面白そうな方々がいそうだし、
また、数名知っている方がいるかもしれなかったし、
何よりそのメンバーの方々は、
とあるプロジェクトを動かしている人達。

とはいえ、
今日の私には課題があった。

それは、議事録の作成。
今日参加させてもらった会議の議事録を
メールで今日中に送る必要があったのだ。

恥ずかしながら、
今まで(元の職場で)は、
議事録を書く場合に、
上司が作成したフォーマットを使用していて、
とても親切な上司だったので、
書いたものを提出したら、
参加者に配布する前に、
上司が添削してくれていた。

フォーマットなしに、
自分で一から議事録を作成する機会って、
考えると、ほんとに数回しかない。。。

でも、前の職場で、
上司がいろんなドキュメントを作成して、
その添削なんかをさせてもらっていたので、
コツは得ているような気がしていた。
(有難うございます、Oさん!!!)

お家に帰るまでの電車で、
読本に没頭しつつも、
ぼーっと外を眺めていても、
どのくらいで作成できるのだろう?!と、
正直、議事録のことが頭から離れなかった。

そして、集中力が落ちないうちに
どうしても議事録を作成したくて、
でも、マシン(PC)は持参してなくて。。。

とてもやるせない思いを胸に、
急ぎ早にお家へ。

帰るなり、マシンを立ち上げ、
メールチェックの後、
(異様にも、昨日はメールが沢山来ていた。。。
 有難いことだ!!!
 送ってくれたみんな、有難う!!!)
すぐさま作業開始。

今日の3つの打ち合わせは、
議題にしても、内容にしても、
初参加のものばかりで、
まとめるにも、
ノートに書ききれていない部分もあれば、
理解しきれていない、
消化できていない部分が多々あって、、、
でも、とりあえずは議事に入れるべき内容の
ピックアップをしつつ、タイプしていった。

タイプが終わると、
今度は構成。

最初から構成を考えていない訳ではなかったのだが、
“打ち合わせ”は“打ち合わせ”でも、
内容も違えば、性質も違うものがあり、
Aの打ち合わせに含まれる内容が、
必ずしも、Bの打ち合わせと合致するとは限らない。

そのため、
とりあえず、情報のピックアップ→インプット、
その後全体の構成を行うという手順で行った。

そうこうしているうちに、
この作業を依頼したMさんの思惑である、
情報の整理、頭の整理、理解度の整理が
頭の中でカチャカチャと音を立てるかのように、
進んでいくのが、
自分の中で実感できた。

議事録作成という、こういった作業を
あえて私にさせてくださるということは、
とても有難いことだと思った。

人が作成したものであれば、
すんなり「あぁ、こうだった、こうだった!」と
流すかのように、ただ確認することはできるけれど、

自分が作成するということは、
ある程度、
自分の中で整理する必要があるのだ。

Mさんの期待、思惑、懸念に
値するだけの議事録が出せたかどうかは、
Mさんに今度お聞きすることにして、
とりあえずは、
自分の予定、希望の時間よりも
オーバーしてしまった感もあるが、
期限であった今日中に提出というのは、
果たせて少しほっとした私。

とっても、
のんびりした、
仕事をしていない生活を
ここ1ヶ月しているもので、
少しでも仕事じみたことをすると、
充足感を得られるという、
とても得した気分になれるのだ。

ただ、一つ残念なのは、
飲み会に出れなかったこと。

でも、仕事が一番ですから。

お誘い頂いたAさんが、
気を遣って、
途中で何度か電話をくれていたのだが、
快諾してくれ、
「じゃ、また今度誘いますよ」と
明るくこたえてくれたのが、ウレシイ。

Aさんは、先日からセミナーや飲み会など、
いろんな場に誘ってくれる、
とても人脈の広い方。

そして、私が東京に来たばかりということで、
いろんな方にご紹介頂いたりしていて、

そのわりに、
今日のような事情やら、用事で、
ドタキャンが数回あるにも関わらず、
いつも
「じゃ、また!」と言ってくれるのが、
とても有難い。

0さん然り、
Mさん然り、
Aさん然り。

その他の方も含め、
とてもいい方との出会いに恵まれているなと実感しているのであった。。。

しみじみ。。。

映画はというと。。。

2004年07月25日 | Weblog
今日見た映画はというと。。。

一緒に行ったUさんも言ってましたが、
ちとイマイチだったかもしれません。

とはいえ、久々の映画館の雰囲気なんかは十分楽しめたし、
行って後悔は全然ないです。

ただ、映画見た後しばらく経って、
映画の話をすると、
結構笑えたところがありました。
(↑この笑いとは、
  無理があって、苦笑する場面や、
  皮肉めいた笑いですので、ご注意を~)

あと、私が映画見てる最中に、
思わず笑っちまったシーンがあって、
そこもしっかりUさんにバレてたのが可笑しかったっす(苦笑。

私、結構映画館で映画見てても、
平気でリアクションしてたりすることがあるんですよ~。

でも、私の映画友達R子は、
あるシーンで、
すっごいびっくりしたらしく、
思わず手を握ってくることがあるから、
彼女には負けちゃいますけどね(笑。

 ↑ごめんよ、R子。
  って、手を握ったのは私のじゃなかったはず!

そうそう、今日見た
「デイ・アフター・トゥモロー」は、
デニス・クエイド主演の映画で、
意外にも、
知ってる俳優さんが結構出てました。

とはいえ、かなりマニアックな人しかわからないかも!

という私は、冒頭の出演俳優の名前のところで
"ピン"ときちゃう程、
かなり映画俳優に詳しかったり、
その人の出演作に詳しかったりします。

それが原因で、
最近は映画見てても、
メジャーな俳優さんが出てるやつなんかを見ると、
その人の私生活が介入してきて、
すっごい紳士の役をこなしてる有名な俳優さんとか見て、
「でも、この人実生活ではかなり暴力的なのよねー」とか、
思っちゃったりします。

いけませんね。。。
集中力がないのか。。。

時々こんな話をすると、
一緒に行った友達から指摘されることがあります。
もったいないって。。。

今日の映画は、
デニス・クエイド主演だったのですが、
ご存知かどうかは分かりませんが、
デニス・クエイドって、
メグ・ライアンの元の旦那さんなのですよ。

彼らのおしどり夫婦ぶりは、
かなりのものだったのに、
デニスがアル中になったからなのか、
それとも、
メグがラッセル・クロウと噂になったからなのか、
数年前に離婚しちゃいましたものねー。

以前、メグがデニスとの子供のジャックについて、
インタビューでかなり語ってたのを思い出したりすると、
とても切なくなる。。。

だって、デニスは最近結婚したばかり。
しかも、12歳になったジャックが介添え人だなんて。。。

相変わらずメグはシングルなのにぃ~。
かわいそ~じゃ~ん!
なんて、映画の最中にちょっと考えてた私。

実際彼らの友達でもないし、
深い、詳しい事情も知れないのに、
こんなに考えてる私って、
ちょっとヘンかもしれませんね(笑。

それでも、まだ考える私は、
それこそ80年代だったか、90年代初頭頃だったか、
デニスとメグが出会った記念すべき映画。
「インナー・スペース」について、
思い出していたりしていました。

中学生の頃、
ちょうど私が映画にハマっていた最盛期に、
見たその「インナー・スペース」は、
当時はなかなか好きな映画だったんですよ。

それで、いつだったか、
数年前に深夜テレビで映画が放映されてたのを見たんですよ。

すると、なんてツマラナイ映画なの~と思ってしまって、
そう思う私が悲しくもありました。

きっと映像の古さが逆手に出たというか、
味気のある作品のはずが、
なんとも味気がなくなってて、
切ない気持ちになりました。

私にとっては、
結構記念すべき映画だったのにぃ。。。
って。

って、これまた考えすぎって?(笑。

あと、この映画、意外と楽しめたのが、
前述にも述べたとおり、

"意外にも、知ってる俳優さん"が結構いたんですよ!
コレって、映画の違う楽しみ方ができるのかも!
と言う意味では、
この映画、かなり当たりかも。
なーんて♪

まず、1番目はタムリン・トミタ。
彼女は日系3世なのかな。
日本女性の役=タムリンでしたから、以前は。

工藤夕貴が日本人女性として、
ハリウッドデビューする前までは、
必ずと言っていいくらい、
タムリンでした。

それこそ、タムリンとデニスは、
以前日本人が捕虜になる映画で、
共演してたような気がする。。。

あと、もう一人、
かなりのキーマンがいました!

それは、俳優名を言っても絶対と言っていいくらい、
分からないと思うなー。

でも、あえて言うなら、
その人の名は、、、

と、書きたいのに、
顔は容易に思い出すのに、
思い出せない。。。

なぞなぞじゃないですけど、
ちょうど10数年前に流行った、
米ドラマ「Twin Peaks」にはまった人なら、
俳優さんの名前までは知らなくても、
大体分かるんですよ。。。

あぁ~、誰か教えて!って感じです。

ちなみに、、、
Twin Peaksでは、
カイル・マクラクラン演じる、
クーパーFBI捜査官の元上司でありながら、
ドラマの終盤にだけ現れた、
レオを捕まえて、
クーパーに仕返しをすべく、
盗聴器付きの盆栽を保安官事務所に送った人。。。

って、これ、
「Twin Peaks」知らない人にとっては、
「なんじゃ、それ?」って話ですね。

自分で読んでも、可笑しい(^<>

で、その人が歳を重ねて、
ちょっと太ってたけど、
今日の映画に出てました。

副大統領役で!

結構エライ役なのだけど、
私にとっては、
「Twin Peaks」で、
とってもmadでクリーピーな役柄が
すっごく似合っていたのを覚えているし、
とても副大統領には思えない訳ですよ。

最後にエエ台詞があったりするのに、
全然説得力ないんです、私にとっては。
先入観というか、
その人が以前演じた役が、
役のイメージが先行しちゃって。。。

でも、まぁ、
そんな雑念を含めると、
いろんなことを思い出せて、
この俳優さん、まだガンバッテるんだーっていう、
いろんな発見があって、
私にとっては、意外性に富んだ作品でした。

そうそう、この映画の内容について、
あまり触れていませんでしたね。

へへ。

えっと、この映画については、
一緒に行ったUさんと話してたんですが、
まず、

・CGがすごい!
・お金がかかってそう!
・いろんなところに無理がある!
・笑っちゃうようなこじつけがある!
・えっ?!って思っちゃうような、描写がある。
・思わず目を覆いたくなる場面がある。

とか、そういう感じですかね。

って、全然レビューになってないですね。

まぁ、それでもいいんです。
レビューではないので。

それでは、また♪

映画

2004年07月25日 | Weblog
今日、久々に映画見て来ます。

こっちに来て、初ですわ。

4月、5月に数本映画みたきりで、
最近映画見てなくて、
気になる映画は、
ミニシアター系でいくつかあったし、
福岡でよく一緒に映画に行っていた、
「真珠の耳飾りの少女」を一緒に見たR子とも、
「スイミング・プール」見たいね
なんて話してたんですが、、、

ホントは、ハリーポッターを見たいのですが、
これは、福岡に帰った時に、
ゆっくり自分で車運転して行きたいので、
全然いいので、

今日は一緒に行く人の推薦ということで、
「デイ・アフター・トゥモロー」を見て来ます。

有楽町のとある映画館に行くのですが、
その映画館に行くのはきっとこれが2回目。

それこそ6年前に行ったかな。
その時見たのは、
「Message In A Bottle」。
映画よりも、
主題歌だったか、
曲が良かったのを、
すごく覚えています。

なんか、タイトルは映画なのに、
ハリーポッターのことを書いていたら、
車のことを思い出して、
ムショウに愛車のVolvo君が恋しくなりました。

(現在母が乗ってくれていて、
 母は"Volvoちゃんじゃないの?"って言ってますが...(笑。)

お盆には帰福するので、
その時、
ドライブというか、
少しでもいいから、
運転したいです。

映画といえば、
車で行ってましたから、
映画とリンクして、
車のことを思い出してしまいました。。。

では、そろそろ出発しなくては。

最近、スーツとかカタイ格好していたせいか、
今日はとっても若者?っぽい、
くだけた格好してしまいました。

映画一緒に行く方がびっくりしないといいのですが。。。

盆踊り

2004年07月24日 | Weblog
盆踊りって、見たり、参加したのって、前回はいつだろうか???

思いおこすと、
小学生の頃以来のような気がする。。。

盆踊りというだけで、
懐かしいイメージと、
花火とならび、
夏の風物詩だよな~と
遠い記憶をよび起こしてみた今日。

というのも、
今日、夕方、
夕飯の買い物および雑用を済ますべく
駅近くまでチャリで行ったんです。

そしたら、なんだかやけに
浴衣姿の小さい子やら、おば様方が
どこへ行くともなく歩いているんです。

どうしたんやろ?
この地域にして、この人の多さは。。。

と思っていたら、
道路の一部の区間が歩行者天国になっていて、
そこに書かれていたのは、
「○○盆踊り大会の為、xx時~xx時まで通行止めです」と。

それで、途中までチャリを押しつつ進むと、
いつもはそこに存在しない、
臨時のカキ氷屋さんで、
妙に発色が良くて強い蛍光色のシロップがかかった
カキ氷をつつく中高生がいるかと思えば、

こてこての盆踊りサウンドというわけではないのですが、
会場に近づくにつれ、
なんだか独特な音楽が近づいてくるような感覚。

で、人も少しづつ増えてて、
様子をうかがいつつ進むと、
そこに前からあったといわんばかりの舞台が出来上がっていました。

普段は空き地であろう、その地に、何があったか、
もしくはそこがどんな風景だったかを
思い出そうとするけど、思い出せずに、
首をかしげつつも、
会場の風景を見つつも、
そこに参加する訳でもない私は、
部外者はさっさと退散!とでも言うように、
少し足早に会場を後にしました。

今日が盆踊り大会の日ということを
以前から知っていた訳ではなく、
たまたま買い物に出かけたのだけど、
なんだかとっても得した気分になれました。

だって、
たまたま盆踊り大会に遭遇したおかげで、
自分の経験した盆踊りを思い出して、
勝手に
当時を、盆踊り大会を、なつかしみ、
また、こちらでの盆踊り大会の模様を
そこに来ていた、
この地域の、
お年寄りから子供までの幅広い人達と共に、
見ることができたのですから。

私の場合、小さい(小学生の)頃に体験した、
その盆踊り大会というのは、
当時私が住んでいた地域が主催していたもので、
子供はだいたい誰でも参加していたし、
同じ地域に住んでいなくても、
近隣の子がいたり、
同じ学校の同級生がわざわざ来ていたり。

その盆踊り(=祭り)の間中、
誰が来ていて、
誰が来ていないだとか、
友達と話したりしながら、
なんだかんだ言ったって、
自分がお気に入りの子がいるかいないか、
そういうのに、敏感だったあの頃。

おませだったんですねー。
今思うと(笑。

私の場合は、姉も妹もいるので、
会場には必然的に、
姉の友達、自分の友達、妹の友達、
そして、母の知り合いなんかがいて、
知ってる顔を見かけると、
会釈したり、おしゃべりしたり。

そういう何気ないふれあいが楽しかった。

そして、
今思うと、
なんの利害関係、仕事関係もなくて、
とても気軽なつきあいだったんだなーって思います。

軽いつきあい、
気兼ねないつきあい。

今じゃ、そういうの、
気の置けない友達意外にありえませんけど。。。
(って、他にもありそうな気もするんですが、
 思い出せへんのですわ、今は。
 って、関西弁モードになってます、ハイ(笑。)

はぁ~、
思い起こすと、
大人になった分、
生き辛くなっているのかもしれませんね。

つきあいって、
建て前とか、
誰と誰がどういう関係だとか、
いわゆる間柄だったり、
いろいろ考えなきゃいけないことってありますからねー。

そう思うと、
保守的になりがちだし、
最初何の警戒もなしにつきあえないし、

なんだか純なつきあいをしていないようで、
さみしく、かなしくもありますが、
これが、子供と違う、
大人の世界なのかもしれませんね。。。

なんだか、昔の無邪気だった頃がなつかしく、
いとおしく感じますし、
なにより、あの淡い遠い昔の、
ちょっとほろ苦いような思い出が
切なさを思い出させてくれたりします。

みなさんはどんな思い出があるのかしら、
盆踊りとか祭りって。

はぁ~、
できることなら、
ちょっとだけ、
あの時代(小学生の頃)に戻って、
あの当時の感覚をもう一度味わってみたい気がします。

まぁ、無理は百も承知なんですけどね(苦笑。

アカルイ?

2004年07月23日 | Weblog
ここ数日、とっても充実した日々を過ごしています。

というのは、
とっても明るい人達から、
とっても明るい、かつ、ポジティブな
エナジーを頂いているからだと思うのですが。

正のパワーの相乗効果がなせる業なのかもしれません。

負のパワーと違って、
とても元気になれるんですよ。
これは、とっても心地よい♪

なんか、
根っからポジティブな人、
明るい人達と一緒にいて、
そんな方々から、
いろんな話を聞くことができたここ数日。

きっとこの人達は、
くよくよしないんだろうな~って思ってしまう。
(↑わりに、私がくよくよしがちなので。。。)

そのおかげか、
私までとってもポジティブで、
朝日や日の出のような、
まぶしいくらいの、
それでいて、
とっても純粋な
明るい気持ちになれます。

一言で明るいって言っても、
性格というか、気質の面で、
また、知識や見解の意味で、
だったりするんですけど、
とにかく、
いろんな意味で、
明るい人の近くにいて、
その方達の話の内容を理解し、
屈折した目や、
卑屈な目、
また偏見なしに、
言葉そのまんまを受け止め・受け入れ、
その人達から影響を受け、
明るくなれるって、
こんなに良いことってないですよね。

たまに、
落ち込んでいる時や、
屈折している時って、
どんなに良い言葉や対応も、
すんなりそのまま受け入れられない時ってありませんか?

別に私自身、今、
落ち込んでもいなければ、
屈折もしていないから、
受け入れられたのか?

というと、そうでもないような気もしますが、

そのまま受け入れられることの要因として、
その方達のお話には説得力があって、
かつ、
いい具合に力の抜けた感じ(=力みすぎてないということ)が、
こちらに抵抗感を与えないのかもしれないですね。

威圧感もないし。

それって、結構大事な要因じゃないかなーと思います。

って、言ってること分からないかもしれないですが、
なんか妙にポジティブすぎるくらい、
ポジティブな自分がいるんですわ(笑。

不思議なくらいに。

って、朝っぱらからこんなこと書いてる私(^^ゞ。

今日は、
しなくちゃいけないことがいくつかあるし、
仕事でのMTG(複数)もあるし、
夜はセミナーに行くのですが、

この明るさがあれば、
どんなに多忙でもやっていけそうな気がしてきます。

健康って有難いなって思います。
心の面でも、
身体の面でも。

それでは、そろそろ仕事と用事に取りかかりたいと思います。

それでは、みなさんも明るく行きましょ~♪

暑いわ。。。

2004年07月20日 | Weblog
今日の東京地方、39度ぐらいまで気温が上がったのだとか。

7月の観測史上、最高らしいです。

確かに、暑いですね。

でも、今日お出かけする必要のなかった私は、
お家で時折クーラーつけたり消したりしながら、
見てなったDVD見たり、
洗濯物を一気に片付けたり。。。
と、とても充実した一日だったように感じます。

暑い日は暑い日なりに、
海に行くもよし、
涼むもよし、
いろんな過ごし方ありだと思うんです。

でも、こちらに来て、
こちらに先に来ている友達も言ってたけど、
海は関東より、
絶対九州がいい!って思うのです。

だって、キレイだし、人も少ないし。

去年、友人と一緒に私の運転でドライブがてら、
逗子・葉山に行ったのですが、
関東では有数の海のリゾートと聞いていた
地に行って発見がありました。
海がキレイじゃない。
ここが有数のリゾート?!と聞きたくなるくらい。
ある意味、関東の人ってカワイソウって思いました。

でも、海が汚くても、
海のそばにいると、
海の波の音を聞いているだけで和めるので、
好きな場所ではあるんですけど。。。

ただ、こっちは人口が違うじゃないですか。

それを思うと、
遠いところに行くのに、
電車も車も混んでるんじゃ、
そんな労力に報いるだけの、
とってもキレイな海だったり、
静かなところじゃないと、
あまり行く気がなくなります。

とはいえ、
(海が)なかったら、ないで、
どこでもいいから
海行きたい!って思うんでしょうけど。

というわけで、
今年の夏は、関東で海に行くかどうかは分かりませんが、
福岡に帰ったら、海に行きたいと思います。

以前、私の職場だった百地はほんと環境面では最高でした!

クリーンだし、
ドームで野球やイベントがなければ、ほとんど渋滞はない。
車で通勤できるし、
5分歩けば、ビーチに行けるのですから。

それこそ、
去年の秋口には、よくビーチでランチしたものです。

昼食時になると、
職場近くにタコスやタコライス売りに来ていた車があって、
そこでよくタコスを買っていました。
その車は、ジャマイカを思わせる色彩でペイントされた改造バス。
BGMはレゲエ。
いかにもミュージシャンタイプのお兄さんがタコスを売ってました。
(今は百地にその車は来ませんが、
 その後、時々西通りで見かけたことがあります。)

一人でとことこビーチに行き、
海のまん前(と言っても人目につかないように)で、
タコスをほおばり、
海の波の音をBGMに軽めの昼食を取り、
真昼の健康的な太陽光のふもとで、
本を読むというのが、
私の大好きな時間でした。

嫌なことがあって、イライラしてても、
気分が晴れるんですよね、自然の近くにいると。

自分がどうあがいたって、
状況が打破できない時ってあるじゃないですか。

それに、無理したり、
あがかない方がいい時もあるじゃないですか。

昨年の私は、
自分の身にふりかかった、
大きな問題、
不可抗力、
そういったものが
どーんと、
ずっしり
のしかかっていて、
もがいても、
あがいても、
どうしようもない状態にいたことがあって、

苦しくて、
つらくて、
でも、
自分の努力ではどうしようもない状況だったのです。

ひたすら、
時間が経つのを待ったり、
嵐が通り過ぎるのを待つしかない。

とりあえず、
状況が変わるまで、
何もできないそんな追い詰められた状態でした。

でも、百地に職場があったおかげで、
ほぼ毎日百地にいるわけで、
少し歩けばビーチがあるという、
少し歩けば一人になれるという、
そんな環境でした。

危なくもないし、
クリーンだし、
とても良い環境下で仕事していたんです。

どんなに有難かったことか。

そして、車通勤してたので、
帰りにふと唐津まで行ってみたり。

今思うと、
とても贅沢だったなー。

でも、そんな贅沢な瞬間があったからこそ、
なんとか乗り切れたのかもしれない。。。

あんなに追い詰められていた自分が、
今ここ東京で、
思い切り、好きなことをできる環境にいるのは、
あの時、逃げずに真剣にがんばったからなのかもしれない。

あの時はあの辛さを打破できるかどうかわからなかったけれど、
現に、
打破して、ここで新しい生活をはじめた私。

そうか、いろんなことに感謝しなくちゃなって思えてきました。

今日、すっごく暑かったことから、
いろんなこと思い出しちゃいました。

そうか、今、私は自由なんだー!
って、こっちに来て初めて実感してるのかもしれません。

なんだかここんとこ、
すっごいのんびり、
ある意味だらだらと過ごしていたような気がしますが、
こうやって、
あるきっかけが元で、
またガンバロウ!って思えるんだから、
休んでいたのも、
無駄じゃなかったんだって思えてきました。

よっしゃ、また明日からガンバロウ!

と、自分をケイキズケテル、カツラでした!

ほんじゃ、また♪

追伸:
夕食作ろうと思っていたら、
書くのに没頭して、
気がつくと20時過ぎてる。。。

今日はシチューを作ります。
暑いけど、食べたいんですもの♪

何時に出来上がることやらわかりませんが、
まぁ、のんびりやりますわ~~~♪