行雲流水の如く 日本語教師の独り言

30数年前、北京で中国語を学んだのが縁なのか、今度は自分が中国の若者に日本語を教える立場に。

【独立記者論⑳】良知と人格、価値観を重んじる老記者が受けた賞

2016-03-13 14:05:14 | 日記
中国の元新華社記者、楊継縄が著した『墓碑』(邦訳名『毛沢東 大躍進秘録』) が米国ハーバード大学ニーマン財団のルイスライアンズ賞(Louis Lyons Award)を受け、10日、授賞式が行われた。本人は出国を禁じられ、式典に参加できなかったが、英訳されたメッセージが読み上げられた。

http://nieman.harvard.edu/awards/louis-lyons-award/yang-jisheng-speech-transcript/

同書は、無謀な生産計画と偽りの報告によって未曽有の人的被害を生んだ大躍進(1958~60年)の惨状を克明に描いた。彼は各地の資料を調べ、大躍進による餓死者を3600万人と推定した。書名は、その犠牲者たちへの追悼を著したものである。中国共産党は大躍進を左傾路線によって「国家と国民に重大な損失を与えた」と誤りを認めてはいるが、詳細な実態への言及はタブー視されている。同書も中国国内では発禁で、香港で出版された後、各国語に翻訳された。これまでに米国やスウェーデン、香港で受賞歴がある。

ルイスライアンズ賞の受賞理由は「壮大なビジョンと、困難を恐れないリポート」である。同財団は「楊継縄の仕事は、事実を伝えるため多くの障害に直面している世界のすべてのジャーナリストの努力に訴えるものであり、今日において、彼のような勇気ある、熱情あるジャーナリストがかつてないほど求められている」と称賛した。



彼が用意した受賞スピーチは独自の記者論である。

記者は、事実を捻じ曲げ、多くの人間をだます下劣な職業にもなるし、真実を明らかにし、社会の良心を担う高尚な職業にもなる。自己保身に走り、真相を見て見ぬふりする凡庸な職業にもなるし、将来を見据えて権力を批判し、社会と対話をする神聖な職業にもなる。権力に取り入り、要人と宴会を重ねる安全な職業にもなるし、権勢集団の利益と衝突する危険な職業にもなる。

下劣と高尚、凡庸と神聖の間を分けるものは、記者本人の良知と人格、価値観である、と彼は言う。メディアを学ぶ学生たちには次のように教えるそうだ。

「一つ、何も求めない。二つ、何も恐れない。三つ、天地の間に自立する。何も求めないとは、地位や金儲けを求めないということ。何も恐れないとは、自分の行動を正し、外部の付け入るスキを与えないこと。自立するとは、権勢に頼らず、自分の人格と専門性によって社会で独立すること」

彼のスピーチは、「真相は真理を検証する試金石であり、真相がなければ真理も理もない。記者はすなわち、真相を記録し、発掘し、それを守る者である」と結ばれている。

楊継縄は昨年6月、12年間、編集に関わっていた歴史月刊誌『炎黄春秋』からの退陣を迫られた。宣伝当局が彼の福利厚生を主管する新華社通信に圧力をかけ、「年金をストップさせる」と脅す悪辣な手口を用いた、と北京で周辺関係者から聞かされたことがある。彼は退任に際し、メディア監督官庁の国家新聞出版ラジオテレビ総局向けの「最終陳述」を発表し、「以前に比べ世論への締め付けは厳しくなっている。あなた方は事前の届け出を審査に置き換えており、言論の自由を認めた憲法に違反しているばかりでなく、『中国に事前検閲制度はない』としている対外公約にももとるものだ」と抗議した。

現在、全国人民代表大会が開かれている北京では、現職の新華社記者が自身のブログに、ネットでの恣意的な言論統制に対し「言論の自由を侵害するものだ」と抗議する意見を公表し、話題になっている。中国だけの問題ではないことを、楊継縄の受賞は訴えかけている。彼は「事実を伝えるため多くの障害に直面している世界のすべてのジャーナリストの努力に訴える」と評価されたのである。

習近平政権が発足する前夜、彼は私にこう話した。

「上から少しずつ改良することが大切だ。急激な変化は制御不能を招き、10年から20年の混乱を招く恐れがある。習近平には強い改革の意思を持って、積極的かつ穏当に政治体制改革を進めることを期待したい」

私も同感である。



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