行雲流水の如く 日本語教師の独り言

30数年前、北京で中国語を学んだのが縁なのか、今度は自分が中国の若者に日本語を教える立場に。

【期末雑感】学生が中国語で詠んだ和歌

2018-01-15 11:09:26 | 日記
秋季学期の採点はほぼ終わった。最後の最後まで、作文の修正を求めてくる学生がいるので、数人はまだ空欄になっている。「先生、直すべき点はありますか?」「どう変えればいいですか?」としつこく食い下がってくる。少しでも高い評価を求める貪欲さがある。総合評点によって、奨学金の有無や留学先、さらには就職に響いてくるので、当人は必死なのだ。高額な海外留学が約束されている裕福な家庭の子女もいれば、ギリギリの生活費で暮らす農村の子どもたちもいる。だから私は、とことん学生に付き合う。確かに、直されてくる文章は、そのたびにさえてくる。点数だけではなく、本人の思考を深めることにも役立っている。

4年生5人の卒論指導も担当している。教師を志望している女子学生は、メディアが児童の早熟化に与える影響について研究をしている。ネットで人気のトークショーを社会や人々の価値観の変化から論じようと挑む学生もいる。少ない男子学生のうちの一人は新聞社への就職が決まり、卒業作品として長編のノンフィクションを残したいと取材に駆け回っている。私の授業に刺激され、AIによるメディアの変革をテーマに選んだ学生、外国人が登場する広告を通じ、中国の改革開放政策との関係を探ろうする学生もいる。いずれもその時代を色濃く反映する内容だ。根気よく彼ら、彼女らと向き合うことに努めている。

担当する「中日文化コミュニケーション」のクラスでは、中国語で和歌を作る課題を与えた。あくまで自主的な参加だ。提出した学生には無条件で20点を加算し、授業中の自由研究は80%として採点する。提出しない学生はそのまま自由研究を100%として採点する。別基準で成績評価をすることを告げ、了解を得た。自由研究の評価が低いほど、20点が重みを増すしくみだ。自由研究の高得点者にとって、和歌を提出した際の加算はわずか数点しかないが、成績とは関係のない傍聴学生者を含め計23人が参加した。クラスの正規メンバーは32人で、うち19人が参加したので、参加率は6割、予想以上に多かった。

せっかくの作品なので、私が日本語訳をつけ、絵葉書の表に本人が書いた中国語和歌、裏面に私が日本語訳を手書きして渡した。さらに、情感のあふれている佳作11首にはささやかな記念品を添えた。





手書きの日本語訳はかなり好評だったようで、多くの学生が自分のチャットで絵葉書の写真をアップしたそうだ。中国から伝わった五七五七七が日本人の感性によって独自の発展を遂げ、多彩な文芸の領域を築いた。中国の学生がそのあとをなぞるのもまた、文化の循環を体感する貴重な経験となる。

中国語は漢字一文字で風景から、動作、感情までをも表現できる。同じ文字数とは言っても、表現できる内容は中国語の方が圧倒的に多い。だが、その分、修飾語や形容詞がよけいに入り込む。風景や信条の描写も具体的になる。暗示的に仮託し、余韻を含んだ和歌の風合いとは異なる。そこで日本語訳は、直訳を避け、基本的なテーマを土台にしながら、私の情感を投入して自由に書いた。そして、これは中国人学生と日本人教師の「合作」だと名付けた。

たとえば、こんなふうに。

「雨晴」

雨晴云初敛
山寺闻钟昼已昏
人生亦苦短
空念前尘伤心处
莫若清泉濯吾足

雨がやんで、晴れ間がのぞいている。たそがれ時に、山寺の鐘が響き、一日の終わりを告げる。人生もまたかくのごとく短い。過去のことにこだわってあれこれ悩むよりも、目の前にある静かな安逸を楽しむに如くはない。原文の大意はだいたいこんな感傷だ。素朴な無常感は、和歌の感覚に近い。
私は次のように、桜を取り込み、「合作」を詠んだ。

雨上がり 黄昏(たそがれ)告げる 寺の鐘 空蝉(うつせみ)の身に 降る山桜(やまざくら)

もう一首。

「紫荆花」

微风轻拂面,
暖阳雀啼唤新日。
紫荆 空辞树 ,
粉紫红白复往昔。
去年光景曾如今?

早朝、涼風が地面をなでている。陽光が注ぎ、スズメの楽しげな鳴き声が響く。自然豊かな大学での新たな一日が始まる。南方に特有の紫荊(バウヒニア)の花が、いつ散ったのか、地面にこぼれている。開花時の薄いピンクから花盛りの紫色、散ればやがて色あせていく。毎年繰り返される光景を目の前に、ふと、去年の今頃はどんな気持ちでこの高家を見ていたのか、と振り返る。そして、来年は?と自問する。

色彩があふれているので、訳しにくい。和歌では「色」と詠むだけでよい。

朝の陽に 紫荊(しけい)の花が はらはらと 昨年(こぞ)の色かと 夢のそよ風

来年はどんな趣向を取り入れるか、思案中だ。

最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
素晴らしい課題、感動しました。 (斗余示)
2018-01-23 12:25:20
漢字と仮名の違いによる漢詩と和歌の表現と読み込みの違い、文化的なの視点を気づかせて頂きました。
五七五七七の漢詩と和歌の合作も、国籍を超えて人の心と心をつなぐ素晴らしい課題だと思います。
学生への参加の動機付けもお見事です。
ありがとうございました。
返信する

コメントを投稿