聖書には神エホバに意図せずに個人が罪を犯した場合の、贖罪をどのようにすべきかが記されています。引き続き神エホバがモーセに命じた、イスラエルの民全体・会衆が意図せず神エホバに罪を犯して有罪の場合の贖罪の方法が次のように記されています。
「もし、イスラエルの民全体が意図せずに罪を犯して有罪であるにも関わらず、エホバに禁じられたことを行ったことに会衆が気付かず、後にその罪が知られるようになったのであれば、会衆は罪の捧げ物として若い雄牛を差し出し、会見の天幕の前に連れていかなければならない。民の長老たちはエホバの前で雄牛の頭に手を置く。雄牛はエホバの前でほふられる。
選ばれた祭司は、その雄牛の血の幾らかを会見の天幕の中に持って行く。その血に指を浸し、エホバの前、幕の前で7回血をはね飛ばす。また、会見の天幕の中にある、エホバの前の祭壇の角に血を付ける。残りの血は全部、会見の天幕の入り口にある全焼の捧げ物の祭壇の基部に注ぐ。雄牛の脂肪を全て取り、祭壇で焼いて煙にする。先ほどの罪の捧げ物の雄牛と同じことをする。このようにして祭司の民のために贖罪を行い、民は許される。雄牛を宿営の外れに運ばせ、先ほどの雄牛と同じように燃やす。これは会衆のための罪の捧げ物である」(レビ記4:13~21)。
上の聖句に記されている通り、イスラエルの民全体(会衆)が意図せずに神エホバに罪を犯し有罪の場合の、贖罪の方法が記されています。神エホバがモーセに命じた通りに雄牛をほふり、贖罪することによって、イスラエルの民・会衆の罪は神エホバによって許されました。
引き続きモーセは、会衆の長が意図せず罪を犯した場合の贖罪の方法を記していますので、次回にお伝え致します。
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