皆様方の中にも、蟻の働きを観察された方がいらっしゃるに違いありません。私も子供の頃、夏になると蟻が自分の体より大きな食べ物を運ぶ姿や、長い列を成し、食べ物を見つけると互いに何か伝えているような仕草をしながら働く姿を観察しました。また、甘い物をこぼしていると、小さな蟻が、どのようにその食べ物を発見するのか、何メートルも離れた所から、その食べ物を運びに来る姿には驚いたものです。私には蟻の指揮官がいるのかいないのか、分かりませんでしたが、その整然と協力し働く姿には子供心に驚いたものです。後に聖書を学び、聖書の箴言の書を読んだ時、「怠惰な者よ、ありのところに行け」と、勧め、その働きを観察し、小さな蟻の働きから学び、互いが協力し勤勉に働くように勧めている内容を読んだ時、子供の頃から観察し、その行動をよく覚えていましたので、とても分かり易い教えに納得しました。箴言の書は、小さな蟻から学び、互いが協力し勤勉に働くことの重要性を教え、動機付けを与えています。次のように記されています。
「怠惰な者よ、ありのところに行け。そのやり方を見て、賢くなれ。ありには司令官も、つかさも、支配者もいないが、夏の間にその食物を備え、収穫の時にその食料を集めた。怠惰な者よ、あなたはいつまで横たわっているのか。いつ眠りから起き上がるのか。もう少し眠り、もう少しまどろみ、もう少し手をこまねいて横たわる。すると、あなたの貧しさは浮浪者のように、あなたの乏しさは武装した者のように必ずやってくる」(箴言6:6~11)。
私の子供の頃は親もご近所の人も、学校の先生方も勤勉に辛抱強い持続性を培って、働くなら必ず物事を成し遂げることができることを教えられましたが、小さな蟻の働きから学ぶように、と、教えられた記憶はありませんでした。聖書の教えは、小さな蟻の働きを観察したことのある人にとっては、実に分かり易く、加えて思考力を働かせ、知恵を培い、勤勉に働く動機付けが得られます。人間は小さな蟻より、体もはるかに大きく、知恵を働かすことができる者として存在していることを知っています。まして、小さな蟻と違って、人間は学校で長い期間、教育を受けているのです。であれば、私たちの互いに協力し、勤勉に組織的に働くなら、物事を順調に成し遂げることができることを理解できます。聖書は、怠惰な者の人生の結末を率直に教えていますので、だれも箴言の書に記されているような「怠惰な者」になりたいとは、考えないで、聖書の教えを取り入れ、賢く生きたいと思うようになります。み言葉・聖書の教えを熟考することによって、知恵が与えられ積極的な生き方に導かれるのです。
家族連れ 流しソーメン 笑み溢る 今日の一句
小雨の中の、近くの生垣の「クチナシの花(ガーデニア)」
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