
仙台から石巻へ行く途中の松島町にある 瑞巌寺 (ずいがんじ) 内の中門 紅葉 境内。
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今年の夏に 地元自治会・懇親会の集まりの中で、東北 仙台・石巻の話しが出て、旅行計画が持ち上がり、「先ず 先遣隊が行かなくてはならない」などの積極意見もあり、『みちのく旅行』が急浮上しました。
きっかけは、石巻出身の出席者の親戚が石巻市内で有名割烹店 (『滝川』) を営んでいる、という話しからだったと記憶しています。 それから 旅行好きの幹事が取りまとめ役となり、積極派の5名の方が自治会館に秋に数回集まって 計画を練り上げ、1泊2日の旅行計画案が纏まりました。
実行予定は11月26~27日の平日 (火曜~水曜) なのですが、11月半ばに最終計画案が届くまで 何度も 行動計画・タイムスケジュールが煮詰められ、幹事の方々は随分と頭を捻 (ひね) っていたようです。
また 参加者7名中3名の方が JR「大人の休日クラブ会員」で、新幹線切符が安く購入でき その料金で7名全員の費用をならして非会員の4名分も安くしていただきました。 駅の緑の窓口に本人3名が出向いて、非会員の4名分も購入するなど、仕込みもちょっと手間だったと想像します (ご苦労様です)。

松島町の五大堂 (ごだいどう 瑞巌寺内の境外仏堂)。 松島めぐり遊覧船。
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ただ途中で 連れ合いの方の仙台の実家でご不幸があり、その方は旅行前から車で現地入りし、残り6名が新幹線で行き、現地で集合して7名で行動するなど 小変更があり、幹事は調整に苦労したと思います (こういう予期せぬ事って、よく起こりますよね)。
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当日は 26日朝6時に最寄り JR 駅で待ち合わせ、八王子 → 東京を指定席の中央特快で東京駅へ到着。 新幹線乗車までの待ち時間が1時間あったので、東京駅で朝食用に駅弁を銘々が購入 (ビールも一緒に買って “朝からビールの人が何人も”!)。
2時間後の10時過ぎには仙台駅に到着、そこで現地入りしていた方と合流し、仙石線で松島海岸駅へ。 まず 有名店『利休』で牛タン極定食を全員取る予定が、銘々好きなものを注文に変更。 私は「牛タン+海鮮丼」にしたのですが、これがちょっと “微妙” でした。 有名なだけに、牛タンは良かったですが、海鮮丼はイマイチでした。
銘々が好きなものを注文するので、幹事が紙に注文品+注文者を記入し、各自の料金を集め、電卓で計算して一括して店に支払います。 私にはとてもできない芸当です (私だったら混乱してしまうでしょう)。
その後 瑞巌寺境内 (冒頭写真) を散策し、遊覧船で松島を巡り、海岸沿いの五大堂 (上記左写真) を見学。 潮風に年中晒されるせいか、五大堂の木質表面がほぼ真っ白でした (写真では分かりませんね)。 周りの観光客からは中国語がよく聞こえました。

みやぎ東日本大震災津波伝承館の外観 (屋根が傾いた設計)。 割烹 滝川 宴会場。
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松島海岸駅 → 矢本駅に15時到着。 予約していたタクシー2台で、石巻市 震災遺構 門脇 (かどのわき) 小学校へ向かいます。 タクシー運転手が震災後の惨状を説明するのですが、「全国から集まったボランティアが流されて亡くなった人たちを泥の中から掘り起こしてくれたのですが、彼らの服の中の “財布が空っぽ” が多かった」__ つまりボランティアが XX してしまったんですよと、身振り手振りで話すのです。 しかも時々ハンドルから手を離し、後ろを振り返ったりするので ちょっと怖かったな …
門脇小学校から 100m ほど歩いて16時頃 石巻市 津波伝承館 (上記写真) へ向かいます。 説明員の説明が素晴らしかったですね。 ただ冬という事もあり、説明する内容で窓の外の説明もするのですが、季節がら 陽が落ちて “真っ暗” だったのは残念でした。
そして再びタクシーで17時過ぎ 今回のメーン・イベントの石巻『割烹 滝川』へ。 広い宴会場 (上記右写真) での “おまかせ料理” となりました。 お品書きがないので、よく思い出せませんが、うまい魚料理のパレードでした。 生ビールもクリーミーな泡が美味く、日本酒 (銘柄名は失念) もクセのない水に近い味で良かったです。 ワインを頼んだら 普段用意してないらしく、グラスワインでシャルドネをもらいました (“冷えてなかった” のは残念)。 震災時には人の高さほどまで津波が1階室内に押し寄せたそうです。
8時すぎにはお開きして、タクシーで駅そばの「石巻 グランドホテル」へ。 運転手に繁華街はどちらかなど訊いてる人がいましたから、飲み直しに行ったのかも (?)。
続く