
かつての 向ヶ丘遊園モノレール線 500形電車 (1993年)。 生田緑地正面口 (ウィキから)。
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17日 今は閉園した遊園地の名を残す駅名の小田急線「向ヶ丘遊園駅」から歩き出して、南下して「生田緑地」を回って、専修大学脇を通り、日向山を経由して生田駅への 6km を2時間ほどかけて歩きました。
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ウィキペディアから __ 向ヶ丘遊園 (むこうがおかゆうえん) は、神奈川県川崎市多摩区で1927年から2002年まで営業していた小田急電鉄系の遊園地。 遊園内にあった「ばら苑」は川崎市が「生田緑地 ばら苑」として管理を継承している。 向ヶ丘遊園駅から遊園地までは、かつて小田急向ヶ丘遊園モノレール線で結ばれていた。
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モノレール線は撤去され、跡地には集合住宅・マンションが建っています。 長者穴口から山道を登り出して、30分で枡形山 (ますがたやま 標高 84m) 広場に到達しました。
「枡形山にはかつて枡形城があり、鎌倉時代の源頼朝の重臣 稲毛の居城があった。 眺めもよく天然の要害で、江戸時代に廃城となるまでは戦場の拠点として使われた」と、広場にある展望台に置いてあったパンフレット “今は昔 枡形山” の中に書かれています。
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そこから15分で日本民家園に来ると 白川郷にあるような茅葺 (かやぶき) の合掌造りの民家が二棟建っていましたが、一棟は喫茶店となっていました。 道から覗いてみるだけにしました。 家の中を見ても なんて事もない、ただの昔の家ですからね。
道なりに数十メートル下って歩くと広場に「かわさき宙 (そら) と緑の科学館」があります。 脇にはなぜか 青い塗装の客車が1両展示されていました。

上左から 美術館へのアプローチのメタセコイアの林。 その階段。 下左からカフェテリア TARO、ミュージアムショップ。 航空写真。 右は母の塔 (ウィキから)。
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さらに30分歩いて、「岡本太郎美術館」に到達しました。 高いメタセコイアの木は真っ直ぐに生えていて趣がありました。 奥にあるモニュメント “母の塔” を見たら、いかにも岡本太郎作品だぞという気分でしたね。 岡本太郎について書き出すと、長文になりそうですから、割愛します。
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その後 山道を登って専修大学脇を通り、小田急線を交差して北上し、根岸稲荷神社・日向山を経由して住宅街を1時間歩き、生田駅北口に辿り着きました。 途中に明治大学生田キャンパスがありました。 13号線を挟んで2つの大学キャンパスがあるんですね。
なお 訪れませんでしたが、「生田緑地」の隣に漫画家の藤子・F・不二雄ミュージアムもあります。 予約制・有料ですので、ちょっと行きにくい?
汗ばむほどの春の陽気は散歩にぴったりだと感じました。 あとは多摩センター駅まで小田急線で行って、レストランを探すだけです。
続く