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原発問題

原発事故によるさまざまな問題、ニュース

『死の淵を見た男』<決死の自衛隊 ~重さ20キロの「鉛」の防護衣~> ※61回目の紹介

2016-05-24 22:24:59 | 【吉田昌郎と福島第一原発の500日】

 *『死の淵を見た男』著者 門田隆将 を複数回に分け紹介します。61回目の紹介

『死の淵を見た男』著者 門田隆将

「その時、もう完全にダメだと思ったんですよ。椅子に座っていられなくてね。椅子をどけて、机の下で、座禅じゃないけど、胡坐をかいて机に背を向けて座ったんです。終わりだっていうか、あとはもう、それこそ神様、仏さまに任せるしかねぇっていうのがあってね」

それは、吉田にとって極限の場面だった。こいつならいっしょに死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう、とそれぞれの顔を吉田は思い浮かべていた。「死」という言葉が何度も吉田の口から出た。それは、「日本」を守るために戦う男のぎりぎりの姿だった。(本文より)

吉田昌郎、菅直人、斑目春樹・・・当事者たちが赤裸々に語った「原子力事故」驚愕の真実。

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**『死の淵を見た男』著書の紹介

第19章 決死の自衛隊

 重さ20キロの「鉛」の防護衣 P287~

(前回からの続き)

 離陸後およそ30分。加藤二佐は、次第に近づいてくる福島第一原発を見ながら、「任務をどう達成するか」と、それだけを考えていた。もちろん、福島原発を直に目にするのは、事故後始めてである。加藤は、操縦席の左右に座っている伊藤輝紀・3等陸佐(40)、山岡義幸・2等陸尉(32)の両操縦士の間から前方の景色を見ていた。

 これまで飛行訓練で何度も近くを通ったことがある。直上こそ通貨したことはないものの、その姿は見慣れていたつもりだ。しかし、「ああ、あそこが原発なんだ・・・」

 今回にかぎってあらためてそんな思いがしたのは、やはりこの任務に特別な気持ちを抱いていたからに違いない。

「到着の直前にモニタリングの値を聞いて、前日の値とそれほど変わらないことがわかりました。自分の機と、もう一機に、予定通り上空からの放水を実施するということを伝えました。建物から高度30メートルのホバリングによる停止した状態での投下ではなく、高度90メートルを移動しながらの投下です。あとは水をどう目標に向かってまくかということだけを考えていました」

 放射線量によっては、ホバリングによる「定点散水方式」をおこなう可能性もあったが、やはり前日と同じで数値が高く、「移動散水方式」をとることになった。言うまでもなく定点散水方式のほうが目標への投下量は多くなるのだが、現場の放射線量を考えれば、致し方なかった。

 普段の訓練とは違う緊張感が彼らを捉えていた。放射線量への不安もあったが、彼らを特別な気持ちにさせたのは、その厳重な状態と装備である。

 空港ヘルメットの下に、防護マスクをかぶり、戦闘用防護衣を来て、その上に放射線を遮断するための”鉛”の入った偵察用防護衣を着こむのである。これには鉛の襟巻がついており、首回りをこれで保護した。

 さすがに、鉛の防護服を装着した時には、任務の重大さと危険性を感じて身が引き締まった。

「驚いたのは、やはり重さですね。全部で20キロもあって、つけてみると、ずっしりと来ました。首のまわりの襟巻にも、手袋にも、鉛が入っているんです。鉛の襟巻は、つけてマジックテープで留めましたが、鉛の手袋はつけるのをやめて通常のゴム製のものにしました。鉛の手袋ではスイッチ類なんかも全然触れませんから」

 放射能への不安はなかったのだろうか。

「不安はありましたが、一般的に、被曝する時に一番守らなければならないのは内臓です。防護マスク事態は、訓練でつけているのでどうということはないんですが、ただ、声は、ほとんど聞こえませんでした。機内は普通にしゃべっても聞こえないぐらいうるさいので、航空ヘルメットの中にリップマイクがあります。通常はそれを通じて話すんですが、今回は、中に防護マスクをつけていますから、当然、口にはリップマイクがつかない。だから、リップマイクをガムテープで防護マスクの声が出るところに貼り付けました」

 加藤機は、南下したまま海側から右に回り込んだ。上部が吹き飛ばされ、廃墟のような状態となった原子炉建屋を、加藤は、上空から見た。あまりに無残な光景だったが、加藤にはもう放水任務を完遂することしか頭になかった。

「建屋の屋根がなかったり、鉄骨はあるんですけど、まわりにいろんなものが飛散していました。間近で見るとやはり、ああ、すごい被害だなあと思いました」

 気になったのは、建屋の周囲にある高い鉄塔だ。風が吹いて、少しでも機体が流されれば、この鉄塔にぶつかる可能性がある。注意の上にも注意が必要だった。

「あらかじめつけていたデジタルの線量計の値が、近づくにつれ上がりました。もうここまで来ると私が指示することは何もありません。操縦士が合図を送って、うしろの整備員がスイッチを押すだけです」

 3号機建屋は目前だ。緊張が高まった。高度がぐっと下げられた。

「放水用意・・・放水・・・いま!」

 伊藤操縦士の「いま!」という合図によって、スイッチは押された。

 スイッチは、木村、中嶋の2人の整備員が握っている。コードのついた黒いスイッチレバーの先に赤いボタンがついている。この時、木村と中は一緒にこの赤いボタンを押した。思いを込めた”スイッチオン”だった。水は投下された。

「直上ぐらいに来た時に、デジタル線量計で測っていた線量がドンッっと上がりました。相当な線量だったと思います。スイッチは一人で押せるんですけど、木村と中嶋が2人で押したと言ってました。思いを込めて押したのだと思います。私はずっと現場を見続けていました」

 投下が終わった。爆音が続く中、整備員が叫んだ。

「異状なく、投下完了!」(略)

  (「重さ20キロの「鉛」の防護衣」は、次回に続く)

※続き『死の淵を見た男』~吉田昌郎と福島第一原発の500日~は、

2016/5/25(水)22:00に投稿予定です。

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日


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