*『死の淵を見た男』著者 門田隆将 を複数回に分け紹介します。49回目の紹介
『死の淵を見た男』著者 門田隆将
「その時、もう完全にダメだと思ったんですよ。椅子に座っていられなくてね。椅子をどけて、机の下で、座禅じゃないけど、胡坐をかいて机に背を向けて座ったんです。終わりだっていうか、あとはもう、それこそ神様、仏さまに任せるしかねぇっていうのがあってね」
それは、吉田にとって極限の場面だった。こいつならいっしょに死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう、とそれぞれの顔を吉田は思い浮かべていた。「死」という言葉が何度も吉田の口から出た。それは、「日本」を守るために戦う男のぎりぎりの姿だった。(本文より)
吉田昌郎、菅直人、斑目春樹・・・当事者たちが赤裸々に語った「原子力事故」驚愕の真実。
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**『死の淵を見た男』著書の紹介
第16章 官邸の驚愕と怒り
「えっ、全員退避?」 P255~
2号機がやっと落ち着き始めたという情報を得た原子力安全委員長の斑目春樹は、日付が3月15日に変わろうとする頃、仮眠をとった。事故発生以来、徹夜が続くハードな日々に、斑目の肉体が悲鳴を上げていた。
ふらふらになった斑目は、周囲に休むことを勧められ、同じ原子力安全委員会の久木田豊・委員長代理のいた部屋にあったソファで2時間ほど身体を横にしたのである。
だが、斑目は午前2時ごろ、叩き起こされた。ふたたび2号機の圧力が上昇して事態が深刻化し、官邸5階の総理応接室に来るように命じられたのだ。
斑目が総理応接室に入っていった時、菅首相はいなかった。枝野官房長官、福山官房副長官、海江田経産相、細野首相補佐官、寺田首相補佐官ら政治家と、安井正也(資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部長)、伊藤哲郎(内閣危機管理監)といった役所の人間が集まっていた。その場で、斑目は枝野と海江田から意見を求められた。
「東京電力が福島第一から全員退避したいと言っている。どう思うか」
枝野と海江田の表情は険しかった。斑目は、そう聞かれた時、「まさか」と思った。
これに先立って枝野、海江田の両大臣は東電の清水正孝社長から電話連絡を受けていた。
2号機が非常に厳しい状況になっており、今後ますます事態が悪化する場合は、退避を考えている―。
清水社長はこのとき、そんな内容の報告を行い、了承を求めている。清水はこの電話で、
「制御に必要な人間を除いて」という言葉を使っておらず、2人は、清水のいうことを「全員退避」と受け止め、さっそく斑目を呼び出して、意見を求めたのだ。
斑目は驚いた。全員退避など、あり得るはずはない。それは、原子炉の制御を放棄し、すべてのプラントを”暴走”に任せるという意味である。
そんなことが許されるはずがない。もし、全員退避が本当なら、東京電力は事業者としての責務を完全放棄したことになる。それは「日本」を見捨てるという意味でもある。斑目は、驚きと同時に怒りがこみ上げた。
斑目は、その場にいた安井部長と共に、意見を述べた。
「一度撤退したら、原発に近寄ることは難しくなります」
「東京電力が撤退した後、自衛隊とか米軍に後始末してもらうなんて、そんなことはあり得ない。最後まで事業者が面倒を見なければいけません」
「免震重要棟というのは、放射線防護のためにきちんとフィルター、換気設備がついているから、まだ頑張れるはずです」
斑目と安井は、そう意見を述べた。彼らは、福島第一原発の免震重要棟に600人もの人数が残っており、吉田所長がプラント制御に必要な人間を除いて、「福島第二原発に移動」させようとしていることを全く知らない。
そのため「全員退避はあり得ない」という認識はその場にいる人間の統一意見となった。
午前3時、総理執務室の奥の応接室のソファで寝ていた菅は、秘書官に起こされた。海江田からの緊急の報告を受けるためである。
「東電から撤退したいという話が来ています。どうしたらよろしいでしょうか」
(「えっ、全員退避?」は次回に続く)
※続き『死の淵を見た男』~吉田昌郎と福島第一原発の500日~は、
2016/4/26(火)22:00に投稿予定です。