*『死の淵を見た男』著者 門田隆将 を複数回に分け紹介します。57回目の紹介
『死の淵を見た男』著者 門田隆将
「その時、もう完全にダメだと思ったんですよ。椅子に座っていられなくてね。椅子をどけて、机の下で、座禅じゃないけど、胡坐をかいて机に背を向けて座ったんです。終わりだっていうか、あとはもう、それこそ神様、仏さまに任せるしかねぇっていうのがあってね」
それは、吉田にとって極限の場面だった。こいつならいっしょに死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう、とそれぞれの顔を吉田は思い浮かべていた。「死」という言葉が何度も吉田の口から出た。それは、「日本」を守るために戦う男のぎりぎりの姿だった。(本文より)
吉田昌郎、菅直人、斑目春樹・・・当事者たちが赤裸々に語った「原子力事故」驚愕の真実。
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**『死の淵を見た男』著書の紹介
第18章 協力企業の闘い
「男泣きに泣いた」 P282~
その時だった。佐藤がハンドマイクを持って阿部を呼び出したのである。
「原防の阿部さん、原防の阿部さん、電話が入ってますので、こちらに来ていただけますか」
唯一、免震重要棟の緊対室とつながるPHSに、阿部宛ての電話が入っているというのだ。体育館の一番奥にいた阿部は、暗い体育館の中に身体を横たえている人をよけながら、佐藤のもとに走った。
「阿部GMから電話です」
それは、同じ姓の阿部孝則・防災安全グループGMからの電話だった。
「阿部さん、(残った)消防車のエンジンがまた止まってしまいました。消防車の水タンクに水を補給するやり方を教えてくれないだろうか」
水タンクに水を補給するには、吸管をいったん水から引き揚げて、ポンプの中を一度、空にしなければならない。手順がいくつもある。
「阿部GMは、それを今から自分ひとりでやる、なんとかやり方を教えてくれないかと、私にいうんです。でも、それって、一人でやるのは大変なんですよ。場所が場所だし、重たいし、さらに、ポンプの操作もあるわけですよ、とても経験のない人が一人でできるようなものじゃない。私、それを聞いて、急にどうしようもないでね、哀れになっちゃってね。涙が出てきたんですよ・・・。現場に行ってやりたいんだけどって・・・」
阿部は、暗闇の中で一人で活動をやるGMの姿を思い浮かべた。あまりに、哀れで涙があふれてしまったのである。
「もし水が上がらん時は、もう一度、操作をやり直していろいろやらないといかんわけです。そういうのを思い浮かべたら、あまりにかわいそうでかわいそうで、私、男泣きに泣いたですよ。”わしがいきますから・・・”って言いましてね。でも、こっちは社長から行くな、と言われているから、私も勤め人だから、行けない。連絡手段もないから、社長に直接頼むこともできなかったですよ。うちの社長は東電の出身だったでね。許可さえ下りたら、私は行くから、って言ってね。なんとかそっちからうちの社長に連絡とって頼んでもらえないだろうか、って話をしたんですよ」
(次回は「男泣きに泣いた」の続き)
※続き『死の淵を見た男』~吉田昌郎と福島第一原発の500日~は、
2016/5/18(水)22:00に投稿予定です。