杉並の純一郎(3)

2009年12月で68歳に!
先の戦争が一体なんだったのかを今一度勉強し、次の世代に伝えてゆきたい。

富田メモ、語られぬ観点

2006-07-25 16:16:44 | Weblog
友人とメールのやり取りしていて、気がついたことを書いてみた。結果として友人との合作になっている。

富田メモの信憑性

1.「富田メモ」による昭和天皇発言の信憑性は時間をかけてゆっくり検証しても良いとは思う。何故なら「富田メモ」によって右往左往する政治家が大勢居るからである。
しかし既に述べたことではあるが、これを政治的に利用することだけは、厳に戒めるべきことである。さもなくば国を危うくするからである。

2.このメモの信憑性についての議論が盛んではあるが、一つ語られていないことがある。
誰しもが避けているのかもしれないし、恐れ多いことではあるが、しかし避けて通ることが出来ないのが昭和天皇の当時のご年齢と健康状態であろう。サンデープロジェクトで岡崎久彦氏がもう少しで言いかけたことではなかったのか?

3.具体的にはこうである。1989年1月昭和天皇は87歳で崩御されたが、「富田メモ」によると昭和天皇との面談はその10ケ月前の1988年3月である。

4.私事になるが私の母は現在89歳で「パーキンソン病」であるが、かっての主治医が昭和天皇はパーキンソン病で有られたはずと言っている。テレビ映像などでご記憶とも思うが、口を閉じたまま‘もごもご’と動かすしぐさである。あれが「パーキンソン病」の特徴と主治医はいっていた。比較するのも恐れ多いが我が母も‘もごもご’している。動きを見るだけでも判断できる病気のようでもある。

5.この病気には今のところ効果的な治療方法が見つかっておらず、病気の進行を遅らすことしか出来ないという。そして問題は“脳の中にある運動神経をつかさどる機能に障害”がおきることによる。正しく伝えられ受け止められたかにも障害がある。

6.もちろん、陛下には当時最高の治療が行われていたことであろうことに疑いはないが、もし投薬と言うことになれば薬は限られているはずであり、副作用もある。私の母も認知症に加え投薬の副作用で妄想・幻覚がしばしば現れていた。

7.恐れ多いことではあるが、「富田メモ」にある昭和天皇の発言はその時期、崩御の時期、年齢、病気ということも影響していると考えざるを得ない。即ち病状が進行しているという側面があるということである。でも、そこまで議論したくない話ではある。聡明で条理に合ったご判断を「英断」という表現で総括した国民にとって、昭和天皇のお心を推し量るには時間がまだまだ足りないからだ。
(2006.7.25)

政治に皇室を利用するな!

2006-07-20 19:57:05 | Weblog
 靖国問題に関する昭和天皇の過去の発言が急にマスコミで取り上げられ始めた。

 靖国問題であろうと皇位継承問題であろうと国内・外の政治問題に皇室もしくはその関係者の発言を利用することを国民は厳に戒めなければ成らない。これこそ、悪しき戦前への回帰以外の何ものでもない。

戦後を清算する

2006-07-17 09:03:06 | Weblog
友人のホームページに載せたものですが私の基本的な考えを述べているので、ここに載せておきます。二つ有りますが、一度に乗らないかもしれないので一つづつ出します。

「戦後を清算する」は昨年10月。
「日本よ、お前は誰だ?」は本年1月です。


戦後を清算する

1.謝罪外交の終わりへ!
日本もそろそろ中国・朝鮮(以下「南北朝鮮」を指す)との戦後を清算する時期に来ていると思う。そして、そのきっかけになっているのは靖国問題である。
我々は戦後60年、中国、朝鮮への侵略の責任の全てを負わされ、あるときは謝罪し、金を払い、あるときはじっと下を向いて両国による断罪・侮辱に耐えてきた。一方では、二度と戦争を犯さないためとしての平和憲法のもとひたすら経済専一として国を営んできた。
  しかしながら、最近に至りいくら日本が経済だけに力を入れても国家としては立ち行かない事態に我々は気づき始めている。そしてそれは国内外に亘っているが、このままでは21世紀を生き延びてゆくことは出来ない、戦後の清算が必要である。
  国内の清算は異論があろうとは思うが小泉内閣から始まっている。銀行、道路、郵政、教育、年金他歴代の自民党政権が先送りしてきた問題に手をつけ始めている。世代の交代がきっかけではあるが残念ながら年配の守旧派の政治家からの十分なサポートがなく、その歩みは遅く中途半端である。果たして今回の小泉大勝利、後一年で「うさぎ」の歩みに変わるだろうか?そう願いたい。
  国外(外国)との清算は意外と思うかもしれないが小泉の靖国問題がきっかけである。
そして良く考えてみると意外でも何でもないことに気がつく筈だ。一般国民は歴史問題で中国・朝鮮が明治時代にまでさかのぼり歴史を見直し、日本を非難し続けるのを止めないと日本人の側から本当の友好関係を持てないことをひそかに感じて来ている。そして、いつ彼らがそのような気持ちに成ってくれるかをこの60年じっと耐えて待ってきたつもりである。
小泉が果たして意図したことなのかは分からぬが、靖国参拝問題で日本の外交に新しい方針作りを迫るきっかけとなったと考えている。西村幸裕の『反日の構造』を一部要約すれば、“小泉による終戦記念日の靖国参拝の公約は守られていないが、参拝そのものは毎年行われており、過去16年間橋本を除く歴代の首相が靖国に足を踏み入れることが出来なかった異常事態に少なくても楔を打ち込む役割を果たし、中国の外交カードを無力化する役割があった。日本の反日メディアと中国・韓国の連携が誰にでも分かりやすく露呈するようになり、その力を削ぐことにもなった。”
更に言えば、中国に操られている日本の国会議員の醜い姿があぶりだされ、これまでのチャイナスクール中心の外交方針は廃棄せざるを得ない状況に成ってきている。それぞれの側に“もう我慢し続けるのは止めよう”・“折角ここまで我慢したのだから、これまでの金と努力を無駄にしないためにもう少し”という思いもあろうが、これ以上の我慢は無駄であり、これ以上の譲歩には何の意味もない。
いまや、彼らに分かる言葉で我々が思うことを中国・朝鮮に伝え理解を求めることが必要な時期ではないか?謝罪を続けることからは解決策は生まれてこない。新しい外交方針を建て、「21世紀日本」の主張を始めよう。
我慢したり、沈黙を守ることは弱さの現われとしかとらないのが外国人、思っていることを言わないと分からないのが外国人である。外国人には分かりにくい日本人、それは中国人・韓国人の日本への理解にしても同じである。彼らには物申して初めて対話が始まるのである。奥ゆかしく「惻隠の情」等と言ってもお隣の韓国人にすら理解されないと考えてよい。日本文明の特徴であるデリカシーは強者の論理が勝つ外交の世界では全く通用しない。

2.戦前をどこまで正当化出来るか?
日本は終戦に至るまでの間、アジア諸国で何をしたのかそして何をしなかったのかを国として明確に把握していない。あるいは公表すべき資料が終戦時に焼失してしまったということかもしれないが、いずれにせよアジア諸国・他に向けてだけでなく自国民に向けて公式見解とでも言うべきものをつくるべきと思う。そして、その最たるものが南京事件である。新たな資料・証拠が数多く発見されており、是が非でも解明してより真実に近いものをまずは国民に周知させる必要がある。
さて、先の戦争については日本側から見れば言いたいことが山ほどあるのは分かるが、少し頭を冷やし冷静に分析する必要があろう。まずは何故あの戦争をせざるを得なかったかということであるが、それは近代兵器を備えた白人の500年に及ぶ侵略・植民地化に対抗し、独立・自存する為であったのは明らかであるが、しかしそのために他人の領土(併合条約のある朝鮮については議論がわかれるところである)に足を踏み入れたことは許されることではない。
日本だけが白人に対して立ち上がり結果として共に立ち上がる国民国家が現れなかったことは悲劇ではあるが、かといって大東亜共栄圏という理念をもってしてもそれが侵略と見られても弁解の余地は無い。大東亜共栄圏の名のもと、日本が他の列強より植民地により良い条件を与えたかもしれないが、大きな歴史の流れのなかでは帝国主義英国の支配が帝国主義日本国に変わったということでしかない。日本は白人に向かってその非をあげつらうことは出来ようが、アジア諸国民への弁明には通用しない話であることを今一度確認しておきたい。
  日本が白人社会と戦ったから列強の植民地支配が早く終わったということもよく耳にするが、きっかけでは有ったかも知れないが、正当化できるほどの内容を持たない。むしろ、戦後の植民地の独立にあたっては、アメリカの力が大きく貢献していることも忘れてはならない。1899年にアメリカが行った門戸開放宣言は日本に限らず列強すべての植民地に対するものであるが、当時のアメリカのダブルスタンダード(即ち白人に甘く日本人に厳しい)もあり敗戦により日本一国が植民地主義のすべての汚名を着せされてしまっている。これは確かに日本から見れば憤懣やるかたなしということであろう。
しかし、戦後の歴史のなかでアメリカはイギリスの期待・希望にも拘らずその植民地主義復活への後押しは一切行っていない。そしてその一番分かりやすい例がスエズ動乱である。アメリカはイギリスの行動を支持しなかったのである。日本人はとかく終戦を境に歴史を見る癖があるが、過去を通しで見れば違った見方も出てくるということではないか?アメリカは自らの理念である門戸開放を戦後も引き続きそして徐々に実行に移しているのである。複眼の視野が求められる所以である。
それよりも、戦争による大きな犠牲を払った日本ではあるが、戦後かつての敵国アメリカの長期に亘る庇護の下、社会の近代化・民主主義化を大きく進めることが出来たということも忘れてはならない。日本は国内の民主化と経済だけに集中し、外交・軍備に金も力も注ぐことなく世界で有数の先進経済大国に成ったという大きな利益を得たのである。
最後に繰り返しになるが、日本は国家として戦前にしたこと、しなかったことを独自に調査、検証、記録にとどめ、世界に向かってその評価を素直に公表することを求められているし、それを行動にして示すこと(例えば日本の軍事行動により死亡したアジアの人々を祀る慰霊碑を東京に建立するといったこと)もありうる事との覚悟も必要である。アジアだけでなく欧州でも日本の戦時中の蛮行・残虐性を非難する声は存在しており、日本から見れば事実に反することに基づくものもある。痛みを伴うかも知れないが、他国の干渉を受けずに日本が独自にこれを行うことが国際社会への「日本の説明責任」であり「最後の終戦処理」に繋がるのではないのだろうか?

3.戦争を自ら裁いたか?
サンフランシスコ平和条約11条のJUDGEMENTSを「判決」と読むか「裁判」と読むかの解釈について議論が交わされているが、この件については産経6月11日『正論』での稲田朋美氏は「どちらに訳しても11条の解釈に変わりは無い」と明確に解説されており、その理由として、戦犯は日本の国内法でなく国際法上の戦争犯罪人として有罪判決を受けたものだったため、日本国として戦犯裁判を有効(受諾)としなければ、条約発効後の日本国内では刑の執行を継続できなかったからである。その後、日本は刑の執行に法的な問題点もあり、「平和条約第11条に関する法律」を作り最終的には戦犯全員を釈放することになったとしている。
いかなる戦争であろうとも勝者による戦争裁判等というものが存在すべきものではないことは言うまでも無く、更には所謂「東京裁判」なるものが共産主義のアジアでの勃興をみて、拙速にいい加減に行われたことについては小生も異論はない。しかし、だからと言って日本国として「東京裁判」を全面的に否定するわけにも行かないのではないか?何故か?最終的に戦犯全員を釈放するときに、日本は自らの敗戦を裁かぬままに現在に至っているからである。
300万人が死亡し、国土を荒廃させ、原爆を投下され敗戦に至る戦争を行ってしまった自らを裁かなかったのは今となっては理解できない。そして自らを裁かぬままの昨今の「東京裁判」を否定的に捕らえる日本の風潮は中国・朝鮮を始め、イギリス等から見れば“反省していない”よりも、“ごまかしている(whitewash=ごまかし)”と見られておりその反論は難しい。
靖国参拝と「東京裁判」がとかく同じバスケットの中で語られがちではあるが私には全く別の問題である。前者は国として必要な行為であると認識しており誰を祀ろうと他国の干渉を受けるべき筋合いのものではないと考えている。信教の自由を語るなら国内の問題であり外交と絡ませるべきではない。更には、国が英霊を祀るには日本に限らず歴史を尊ぶ国ならば祭司が必要となることも認識しておくべきであろう。しかしながら日本国として「東京裁判」は受け入れざるを得ないと考えている。日本として自ら敗戦を裁かなかった為に、A級戦犯を犠牲者として裁いたと言うように考えないと国としての辻褄が合わなくなろう。私に言わせればA級戦犯は日本国に対し戦争責任を負い、東京裁判で裁かれ、天皇制維持のための犠牲になったと考えることにしている。そういう犠牲の上に戦後が始まったのであるからなおさらA級戦犯を靖国から分祀する事など出来ないということにも成る。
「東京裁判」を否定すると日本は“敗戦の裁きを改めて行うことになるのと等しい”と思うがいまさらそんなことも不可能だし、「日本国に有罪」と自らの有罪を認めて犠牲になった東条を墓から引きずり出して今一度裁くに等しい行為を日本人として行うべきではない。むしろ「東京裁判」へ再審要求するとでもいう形で「南京事件」を始め史実を新しい証拠・資料で洗い直し、より真実を世界に発信してゆくほうが重要だと考える。
 何故なら、世界の大部分は「東京裁判」史観でしか日本を見ておらず、その中心と成るのは南京事件である。
4.期待したい外交方針は!
現在の日本の中国・南北朝鮮との外交は皆さんご存知の通り停滞している。早急に打開策を開陳せよとの要請も国内に少なくないが、日本政府はここであせることなく時間をかけてでも、新外交方針を打ち出すべきであり、むしろ今がチャンスである。勿論その中心と成るのは日本外交が今まで取り上げてこなかった「大陸に対しての日本の安全保障をどうするか」ということであり、その対象は中国・朝鮮(近未来においてより中国に近づくか、ひょっとすれば朝貢国家に戻るかもしれないが)並びにロシアであるが、わけても中国の扱いである。中国からは明らかに将来への危険信号が出ており、暴発の可能性すら秘めている。
中国は経済開放を行うにあたり、ソ連が民主化を同時に行って失敗したことを教訓として、かたくなに共産党一党独裁は維持しているが、いずれ民主主義に移行しなければならない時期が来る。政治制度としての民主主義に問題が無いわけではないが、これに変わりうる制度は存在しない。民主主義が西欧で誕生した制度であれなんであれ、好き嫌いは別として民主主義は民主主義であり、自由・平等のもとでの多数決制度であり、西欧的もアジア的も無いが、中国が何時一党独裁から民主主義へと軸足を移すかで、中国を取り巻く安全保障に大きな違いが出る。
あまりありえないシナリオだと思うが、もし、中国が今のまま一党独裁・経済専一を続け国家運営に成功すればアメリカを超える覇権国家が誕生し、近隣国はこの覇権に翻弄され、時としては武力をもって侵略を受けることもありうる。覇権国家がナショナリズムの管理に成功した例があるのかどうかしらないが、この管理に失敗すれば容易に戦争だって興りうるのは、日本というお手本を見れば分かる。
一方、民主主義化に失敗するか、国内が分裂すれば一気に難民が国外にあふれ出すことになる。何せ13億とかの人口であるからその1%であっても、ボートピープルとして漂流しだしても近隣諸国への影響は大きい。小さな国家なら難民に略奪されかねない。 中国がいずれの形に変わるにせよ、日本を始めとするアジアへの潜在的脅威であることには代わりがない。
このように予想される事態に相応しい処方箋がありうるのかどうかは分からないが、中国の発展を経済・政治がバランスが取れた形で進むように近隣諸国とともに努力し、民主主義の早期且つ段階的な導入を薦めることが日本の対中国政策としては不可欠になってくる。なぜなら、先進諸国の歴史は資本主義の発展のためには民主主義という社会制度とともに発展してきていることを語っており、そのためには、「自由、人権、民主主義」という普遍的理念をもって日本の大陸への外交方針とするという今までに経験したことの無い取り組みが求められる。更には彼らがこれらを導入することになれば、言論の自由がバランスのとれた歴史観へと彼らを導いてくれるに違いない。
しからば、そのための外交的枠組みとは何か?
 ①日本の安全保障のために引き続き米国との同盟関係を維持・強化し主として軍事面での防衛を確実にすることは言うまでも無い。
② 米国・豪州ニュージーランドを巻き込み、アジア・オセアニア民主主義経済圏を構築し、まずはその間にあるフィリピン、インドネシアを民主主義国家へと抱き込み、民主主義による中国包囲網をつくることである。そして、暫時参加国を増やしてゆくことである。
③ 日本の援助(ODA等)を民主主義制度を導入している度合いに応じて行うなどして、アジアの民主主義勢力の醸成と中国に民主化圧力をかけていける体制をつくることである。
  これまでは、政経分離して政治的対立を避けて経済を中心とした共同体作りへの提言が盛んであるが、私見ではそんなものは共同体とはなりえないと考える。共同体という言葉自体が政治・文化を包含した言葉であり、政治・文化が近いもの同志の集まりであるはずだ。日本は中国からの文化を輸入して誕生した国ではあるが独自の文化を育んでおり、言われるほどには中国・朝鮮との近さは無い。奇妙なことと言って良いのか、近代封建社会を共有する欧米とむしろ近い面もある。EUだってキリスト教の集まりであり、第二次大戦前から西欧化を望むトルコが現実に何時EU加盟が可能となるのか、いまもって見通しの立たないことを見ればよく分かるはずである。文化・宗教を吟味せずには経済だけでは文字が示すとおりの共同体は成立しない。
  こうした日本の新しい外交方針のもとで東シナ海のガス田開発問題を見れば、日本の主張は日本の利益のみならず、アジア近隣諸国のベトナム、フィリピンをも守ることになり近隣諸国の支持を得ることも出来るし、世界も理解する。そして、結果として日本に次ぐアジアの民主主義国家台湾にステルス防衛網をも敷くことにもなるのである。
  日本はこのような政策をこそこそ行うのでなく、堂々とその意図を示し世界に語ることで初めて外交と呼ばれるものを作り上げることが出来ると思う。そしてこれが21世紀の日本が目指すべき目標ではないか。
  最後に一言、日本は小国であり資源もない、誰かと手を携えないと安全保障はおぼつかない。しからば、より信頼できる相手はだれか?それは間違いなく中国ではなく、民主主義国家であり何よりも社会の透明性が高いアメリカであることを忘れてはならないと思う。勿論アメリカに問題が無いわけではなく間違いも起こすが、時間が経てば世論を通じての自浄作用が働いて来るのがこれまでのアメリカである。第一次世界大戦を前後してこのアメリカの自浄作用を幣原喜重郎に説きアメリカとの戦争は日本を滅ぼすと自制を強く薦めたのが英国駐ワシントン大使であったジェームス・ブライスである。(‘幣原喜重郎’外交50年)終戦から現在に至るまで日本はアメリカの庇護の下にあり、まさに半人前。だがこれから小国日本が普通の国になるための大国アメリカとの付き合いにはそれ相応の覚悟・我慢が必要である事を肝に銘ずるべきである。まさにこのアメリカとの関係をどう保つかが21世紀の日本の安全保障を決めることには間違いはない。
以上
  

対北朝鮮安保理決議

2006-07-17 03:49:39 | Weblog
今回、安保理で採択された北朝鮮決議の全文を読んでみたがこれだけはっきり非難してあれば当面十分ではないか?全会一致で世界に北朝鮮を非難し、日本が東アジアの安全への危機を訴えることが出来たと言うことであり、国連は六カ国協議がこの問題を解決する場所として認知している。日本はこれを背景に単独で制裁を増やしても他国は非難も干渉もできない。所謂7章を含められなかったことを負けだと言う向きもあるが、集団的自衛権に充分な議論が終わっていない日本で武力行使による制裁に何処まで 応じることが出来るのか問題であろうから取り敢えず7章はなくても良かったのではないか?

さて、敵基地攻撃が話題に成っているが、今話されているのは攻撃による抑止力であるが、報復抑止力という考えも出てこよう。敵基地攻撃が戦争を起こすから危険という人がいるが、そういう人たちは報復抑止力のことを考えていない。報復抑止力には「核」ミサイルが不可欠になる。防衛ということなら攻撃抑止力、報復抑止力の二つが必要になるがいずれにせよきちんとした議論が必要だ。北朝鮮が脅威であれば、当然核ミサイル保有の中国も脅威であるから併せて総合的な安全保障の議論が必要となる。中国は日本がこの辺の議論を始めることを最も嫌がるところだろう。だが日本にとっては避けられない、遅まきながらの検討開始である。そして、ちょと考えれば報復抑止力には巡航核ミサイルが必要という話になるはずだが???

 国連安全保障理事会が15日採択した北朝鮮決議1695の全文は次の通り。

【前文】
 一、1993年5月11日の安保理決議825、2004年4月28日の決議1540を再確認。

 一、朝鮮半島と北東アジアの平和と安定を維持することの重要性を認識する。

 一、安保理は核・化学・生物兵器や(ミサイルなどの)運搬手段の拡散が国際平和と安全への脅威となることを再確認。

 一、核・化学・生物弾頭の運搬手段として使用され得る弾道ミサイルを北朝鮮が発射したことに、重大な懸念を表明。

 一、北朝鮮のミサイル発射凍結継続の公約違反に深い憂慮を表明。

 一、北朝鮮が(発射にあたり)適切な事前通告を怠り、民間の航空や海運を危険にさらしたことにも加えて懸念を表明。

 一、北朝鮮が近い将来にさらに弾道ミサイルを発射する兆候があることに、重大な懸念を表明。

 一、安保理は、この状況の平和的かつ外交的解決策を希求し、安保理理事国と国連加盟国が対話を通じて平和的かつ包括的な解決に向けた努力を歓迎する。

 一、北朝鮮が1998年8月31日、周辺各国への事前通告なくミサイル推進による物体を発射、日本近海に落下させたことを想起。

 一、北朝鮮が、核拡散防止条約(NPT)や国際原子力機関(IAEA)の保障措置があるにもかかわらず、NPTからの脱退を表明し核兵器追求を宣言したことに遺憾の意。

 一、中国、北朝鮮、日本、韓国、ロシア、米国による2005年9月19日の6カ国協議共同声明の重要性を強調。

 一、特に北朝鮮の核兵器開発宣言に照らして、ミサイル発射が地域の平和と安定、安全を危うくすることを確認する。


【本文】

 一、国際平和と安全の維持に対する安保理の特別の責任の下で行動する。

 一、現地時間の06年7月5日の北朝鮮による複数回の弾道ミサイル発射を非難。

 一、弾道ミサイル計画に関連するすべての活動を凍結し、ミサイル発射を凍結するという既存の確約の再公約を要求。

 一、加盟各国の法律と国際法に従い、北朝鮮のミサイルや大量破壊兵器開発に、ミサイルやミサイル関連の品目、物資、商品、技術が移転されることを阻止するために必要な措置を、加盟国に要求する。

 一、加盟各国の法律と国際法に従い、北朝鮮からのミサイルやミサイルに関連する品目、物資、商品、技術の調達を禁じ、北朝鮮のミサイルや大量破壊兵器開発に関連したいかなる金融資産の移転も阻止するために必要な措置を、加盟国に要求する。

 一、北朝鮮に対し、自制を示すことと緊張を激化させる行動を控えることの必要があることと、政治的、外交的努力で不拡散問題に取り組み続ける必要性を強調する。

 一、北朝鮮に対し、前提条件なく6カ国協議に即時復帰し、05年9月19日の6カ国協議共同声明の迅速な履行に向けて行動することを強く要求。特に、すべての核兵器と進行中の核開発計画を放棄し、早期にNPTへの復帰とIAEAの査察を受け入れることを強く要求する。

 一、安保理は6カ国協議を支持し、早期再開を求め、朝鮮半島と北東アジアの平和と安定と、検証できる形での朝鮮半島の非核化を平和的手段で達成する目的を持った、05年9月19日の6カ国協議共同声明の完全な履行に向け、協議参加国が努力を強めることを求める。

 一、今後も事態の注視を決意。

南北閣僚級会談決裂

2006-07-15 10:45:37 | Weblog

この会談の会話そのものを伝えたテレビがあり、これこそが決裂の原因と思うが、メディアは何故そう伝えないのか?

「北」(北の)先軍政治(軍事優先政策)が南の安全を守っている。

「南」(統一相の発言)南を守ってくれと誰が話したのか?

思わず言ってしまったという感じの統一相発言だが、それだから重みがある!(笑)


面白くなってきた対北決議案

2006-07-15 10:16:11 | Weblog


今朝の産経が面白い記事を二つ書いている。
一つは、アメリカが日本の決議案に同調する。
二つには、小泉は本件の安倍の対応を評価し安倍にエールを送っている。

私は今回の国連での動きが内容に強弱はあるにしても決議案にまでこぎつければ、次のテポドン発射ですぐに制裁決議に行けるので及第と思い出したので、峠は越えた、後は何処まで日本の主張が通るかを見守るだけだと思っている。

それにしてもライス中心に動いていたと思われるアメリカ外交がこの土壇場で日本案に同調するとはどういうことか?アメリカはイスラエル非難決議に対して拒否権を発動したので中国が対北決議案に拒否権を出されてもしょうがないと思い出して、だめもとで日本支持を言い出したのか?どうもそうではなさそうだ、ポスト小泉をにらんで対中強硬派の安倍へのエールと言うことがあるのではないかだろうか?影で、こっそり小泉がブッシュの友達であるシーファー駐日大使に頼んでいるということもあるのか????
正論8月号で日高義樹がホワイトハウスは日本の次の首相は対中強硬派でないと駄目だと言っているようだし、次の首相候補として知られているのは安倍だけだと言われていると書いている。だとすれば、ありうるシナリオではなかろうか?

又、明日がどうなるかは分からぬが、暑気払いに色々考えてみるのも悪くない。

北朝鮮ミサイル問題に思う

2006-07-14 01:11:47 | Weblog
北朝鮮ミサイル問題に思う

この問題で種々の議論がなされているが二つだけ言っておきたいことがある。

1.国連決議がどうなるか分からないが、自国の防衛をアメリカに託している日本としては最終的にはアメリカの意向に沿って、ことを運ばざるを得ないと言うことである。
残念ではあるがそれが日本の現在の置かれている立場であり、冷静に考えねばならないことである。アメリカは日本を大切なパートナーとは呼んでいるがイーコールパートナーとは言ったことはない。アメリカから見ればありえない話なのだということをよく理解する必要がある。資源がなく、人口も少なく、領土もない日本は大国には成れない。誰かをパートナーにしないと生きてゆけないのだ。それは戦前からの歴史が物語っている。今、我々がはっきり認識しておく必要のあることは日本のパートナーとしてアメリカを選ぶのか中国を選ぶのかと言う岐路に立っていると言うことであり、日本の独自性などを選択する余地がないということだ。どうやってアメリカに日本を守らせるか、手を引かせないようにさせるか、それが日本の安全保障にとっての一番の問題である。

2.額賀発言に始まる敵地攻撃についても異論があろうが、今日本がおかれている状況を考えれば出てこざるを得ない議論である。日本は自らを守る方法として現在飛んでくるミサイルを防ぐ方法もない。これは北朝鮮に限らずどの国から飛んできても防ぐ手立てが無い。明らかに日本を標的とした射程距離の短いミサイルを無法者国家、北朝鮮が6発も警告もなく打ち上げたことは日本の安全保障についての由々しき問題であるばかりでなく日本の危機である。そのようなときに日本をどう守るかを話し合うのは当然の話であり、外国の干渉を招くような話ではない。むしろ、日本はこの状況を世界に伝え北朝鮮の行為がいかに無謀かを知らせ、日本への支持を訴えるべきである。

私の90歳になる母は現在施設に入院して認知症も出ているがその母が、「又、戦争かい、いやだね-。何処へ避難するのかい」と言い出した。新聞も読まなくなり、テレビもろくに見ない母の発言である。アンケートの80%が制裁に賛成している今回のミサイル発射、国民の危機感はメディアが伝える以上のものではないだろうか?日本はこの国民の危機感を素直に世界に伝える義務があると考える。それが拉致問題に見るように徐々にアメリカにも影響を与えてゆくことであろう。

国際社会へアピールを!

2006-07-13 09:47:19 | Weblog
国際社会にアピールを!

北朝鮮問題に対する国連決議の遅れの出ている中、日本政府は直ちに国際社会に「日本が置かれている危機」についてのアピールを首相名で出すべきである。とくに、北朝鮮から具体的な六カ国協議復帰の目処が立たない段階でロシア・中国・韓国等が日本を非難し始めたことに対して、日本の立場、すなわち、「朝鮮半島の核化が日本の安全保障に危機をもたらすことになる」をハッキリとしておくことが大切。その理由は、
1. 朝鮮半島と日本の地理的位置づけ 朝鮮半島はジャックナイフ 
2. 北朝鮮の核化、ミサイル化が近未来における朝鮮半島を核化、ミサイル化させる
3. 北朝鮮は日本を射程距離におく短距離ミサイルを6発も発射した
4. 日本は現在このようなミサイルによる攻撃を受けた場合に自らを防御するすべがない

国際社会は日本の提出した決議案が何故出されているかを理解しているとは思えない、とりわけロシアが北朝鮮の動向を見極めずに日本案を非難し始めたことが気にかかる。
即ち、中ロ連合は、朝鮮半島を支配するという意図を明確に出し始めたということであり、
日清・日露時代に戻ったということだ。

尚、日本政府は北朝鮮からなんの確約のないままの状態で、日本を非難・中傷する中・ロ・韓の三国に対し、ハッキリと釘を指しておかねばならない。そのような言動は、中国の働きかけに対して北朝鮮に自らを有利と思わせ、頑なな態度をとらせるだけである事を!

(首相官邸へメール)

延ばした国連決議

2006-07-11 08:24:43 | Weblog
北朝鮮制裁への国連決議が5日延ばされた、その理由はライスが一方で中国と駆け引きしていたと言うことらしいが、日本政府は何故「サミット開催前まで」の条件づけをしなかったのか、この点が問題になる。ガーナが共同提案国をおりるということらしいが、そんなことよりも前回述べたとおりロシアを引き込み中国を孤立化させることがポイント。そのためにはサミットが鍵!日本が決議を延ばしたも同然。一体、どういうことなのだろうか???

7月8日の記事

次の総裁が決まるまで国内は守旧派が目に付くだけで改革が滞り全く面白くありません。

今回の北のミサイル問題について幾つかのことが確認できたと思うので書いてみました。

 1.ソン・イルホ発言で大事な点は、恫喝などよりも北の外交部門が日朝宣言は生きていることを確認したということ。深読みすると中・ロが頼りないとみて交渉相手を日米(金と力)に絞ってきたかも?

 2.アメリカは外交に解決を求めており、単独交渉には応じない。即ち、現在は軍事オプションをはずしてある。当面は六カ国協議と日本と組んでの国連外交。もし、単独とアメリカが言いだせば軍事オプションが復活する。アメリカで米朝交渉を求める声があると言うがこの軍事オプションの復活を考慮していない話だろうから取り上げるほどの意見ではない。

3.中・ロは六カ国協議を通じ北の核査察・核放棄を確実にしえない限り、やたらと拒否権は使えない。拒否権行使は世界で孤立を招く。日・中どちらにとってもロシアを押さえることが最も大切。中国にとっての最悪のシナリオは中国一国の孤立のはずであり、日本のねらい目は中国一国を孤立に追い込むこと。もしそこで中国が拒否権を行使すれば北に責任を持つということになるが中国もそこまでは出来ないはず。

4.こんな状況では次のテポドンは打てまい。

以上、当たるも八卦、当たらぬも八卦のお楽しみ。


方円の器ー友人のHP

2006-07-11 02:01:06 | Weblog
幾度か友人が主催するHP「方円の器」に掲載したものをブログに載せてきたが、今日はその方円の器に書かれた物を紹介したい。そして、是非とも今秋に公開予定の映画、「筆子、その愛」に関心を持っていただき、映画も見て欲しい。

方円の器
http://www11.ocn.ne.jp/~uten/

障害者に関する論説

入所施設の見学会を通じて(2)    江上尚志

 障害者の施設には更生と授産とがあり、各々入所・通所に別れる。日本における障害者の施設の歴史は意外に新しく、最も古い滝野川学園の創始者を主人公にした映画『筆子~その愛』が年内に封切られる。愚鈍・魯鈍といった表現を見ると戦前の教育では人を能力で差別することに何ら抵抗感はなかったように思われることすらある。戦後の復興期は人の尊厳との戦いの歴史でもあった。山下清が画伯と呼ばれたのと裏腹に、穀潰しと呼ばれるだけでなく生涯「座敷牢」に閉じ込められる人すら珍しくなかった。

 社会福祉六法とは「生活保護法(貧困)」「児童福祉法(子ども)」「身体障害者福祉法」・「知的障害者福祉法」(障害者)「老人福祉法(お年寄り)」「母子及び寡婦福祉法(婦人)」をいう。「知的障害者」は、1999年に「精神薄弱者」から呼称が変ったものだが、残念ながら全国的に統一された制度はまだない。社会福祉の制度を充実させるためには法律の整備ばかりでなく、地方行政の中における「障害者」の位置づけをさらに明確にしていかなければならないのである。

 我が子が障害を持って生れてきたとき、一般的に母親は「誰がこの子を守るのか?」という素朴な疑問に立ち止まる。父親の出番は社会との関係において初めて出てくる。それは幼児期の教育や学校教育における場の欠如と 「この子の何が特殊か?」という表現とに代表される問題である。子どもの「障害」の状態を正確に把握し、発達に応じて適切な対応をしていくことが求められるにも関わらず親に対する援護はお粗末極まりない。病院は病名を示すだけで将来にわたって親に何ができるかを教えてくれる場所ではない。

 子どもの「障害」が社会に適応できないことだと知った親は、その子の生涯を考え暗澹たる気分に陥ってしまうかもしれない。社会環境が劣悪であること、差別され続けて生きることを知った両親が「入所」施設を求めて奔走するのは自然なことであった。この秋に上映が予定されている『筆子・その愛』は“「つかいもんにならない」といわれた知的障害の子供達”の教育に尽くした石井亮一・筆子夫妻が主人公である。滝乃川学園が開設された昭和12年は私の生れる5年前、今から約70年前のことである。

 障害者施設へ入所させることができれば親は安心を得、子は安全を獲得できたかもしれない。しかし戦後60年を経過し社会が成熟してきたことを考えると、障害者を社会に返そうという運動が起こっても不思議ではない。少なくとも生まれ育った場所で生涯暮らすことができるようにしようということに異議を唱えるわけではない。だが、社会福祉行政サイドに制度破綻のツケを一気に解決しようという魂胆が見え隠れしている。何故なら障害者が“年金だけで暮らせるか?”という課題すら解決してはいないからである。

 いま、再び知的障害者の親たちに難題が持ちかけられている。それは折角の安住の地に生涯を託することができるかどうかという重い内容である。働くことができれば施設に入所するレベルの障害ではないと認定されかねない。少しでも収入があれば本人の年金から減額して自己負担とさせられる怖れもある。声を上げて訴えることの不得意な彼ら、彼女たちのために“最低限守るべきラインは?”と自問することが多くなりそうだ。障害を持って生れてきた子どもたちのために考えるべきことが多すぎる。


(注1)財団法人日本ダウン症協会は下記の映画を支援しています。
    江上尚志は鎌倉準支部の代表で同協会の評議員です。

    製作協力券:1枚 1200円 
    (前売券/1枚 1500円 当日券/1枚1800円)
    なお、ご希望があれば「方円の器」事務局までメールでご連絡願います。
    「方円の器」事務局   折り返しご連絡いたします。

 日本初の知的障害児施設を舞台とした、ダウン症児者をはじめ知的障害者が多数出演するこの映画を成功させるため、ぜひとも製作協力券をご購入ください! 製作協力券とは、製作費の一部になるもので、前もって購入することで映画完成に協力することができます。お取扱いは平成18年8月31日締め切り(全国どこの会場でも入場券として使用可)。

協力券は、前売券・当日券に比べて大変お得になっています。 11月に東京で完成披露試写会が行われ、その後順次、主要都市でのロードショーが始まります。さらに全国各地で上映会が行われます(全都道府県で何らかの形で必ず上映)。

JDS日本ダウン症協会のホームページ参照 (http://www16.ocn.ne.jp/~jds2004/)


(注2)鹿鳴館の華から、障害児教育・福祉の先駆者へ
    劇映画「筆子・その愛」-母として、妻として‐
     主演 常盤貴子 市川笑也 ほか 11月18日(土)完成試写会
     製作総指揮・監督 山田火砂子

(注3)石井筆子の略歴(映画用パンフレットより)
 石井筆子は、幕末の文久元年(1961)大村藩(長崎県)の武士の子として生まれ、才媛の名高く、明治13年に皇后陛下の命令でフランス・オランダに約2年間留学した。帰国後はできたばかりの華族女学校(現在の女子学習院)でフランス語を教えた。最初の夫・小鹿島果との間に生れた三人の娘はいずれも知的障害や病弱であった。その上、夫が結核で死亡する不幸にあいながらも、東京の麹町にあった静修女学校の校長を務め、生徒に時の社会事業へのボランティアをさせるなど、社会活動をやめなかった。後にこの屋敷・生徒を親友の津田梅子に譲ることで、彼女の女子教育に協力した。かたや、進んだ男女同権論と人権感覚をもって、貧しい家庭の子供への無月謝学校や職業学校を創った。娘を、石井亮一が設立した滝乃川学園に預けた事から、後に亮一と再婚し、社会福祉法の援助がない時代の知的障害事業を支え、夫の死後、園長となる(昭和12年)。昭和19年1月、その波乱万丈の生涯を滝乃川学園の一室で閉じる。

(注4)企画意図(映画用パンフレットより)
 私は山田火砂子と申しまして映画のプロデューサーとして、「はだしのゲン」「裸の大将放浪記」「晴男の翔んだ空」「死線を越えて」等、十数本の映画を、再婚した夫の山田典吾と共に作ってきました。

映画製作に参加したのは、現在42歳になる重度知的障害者の母だからです。私の娘が産まれた頃には、福祉などという言葉はありませんでした。まだまだ差別社会であり、毎日のように親子心中の記事が新聞に出ていました。それから40年、21世紀になっても現代人を取り巻く状況は混沌とし、闇の航路を進んでいくような不安な時代になっています。まるで情報の海で指針となる羅針盤を失った船に乗っているようです。私は、その闇に光を当てて方向を示す羅針盤は『愛』であると確信します。とりわけ未来を担う子供達には大切な問題です。“愛なくして何がある”それを伝えたくて、石井十次を主人公にした『石井のおとうさんありがとう』を松平健主演で映画化しました。福祉の元祖・石井十次先生の映画を作る事が出来、そして今度は日本の知的障害者の福祉の元祖・石井亮一先生、筆子先生ご夫妻の映画を製作する事ができる幸せに心より感謝しております。

 私との共通点といえば、娘が知的障害者であることと再婚していることですが、生まれた環境と頭の良さは筆子先生に似ても似つかないと思います。ただ、知的に障害を持つ子供を授かった母の心情だけは同じではないかと思います。筆子先生は、本当に心優しい方です。ご自分のお子さんを預けるなり里子に出す事もできたはずなのに、娘さんと最後まで滝乃川学園で暮らした事をみても良くわかります。また、学園が火事になった時、筆子先生は園児を助けるため自ら火の中に飛び込んだにもかかわらず、園児6名を失います。その時の怪我で一生足が不自由になるが、自分の事より亡くなった園児を思い、生涯ご自分を責め続けた事をみても良くわかります。そして、女性の地位がなく蔑視されていたこの時代に、日本初の保母教育を始め、ただひたすらに女性の地位向上のために尽くしました。さらに、貧しい家の子に学問を教え、夫・亮一先生と共に、「つかいもんにならない」といわれた知的障害の子供達の教育に尽くしました。このように唯々他人のために尽くした「愛の人筆子」の人生を描いてみたいと思います。もし、筆子先生が亮一先生と出会っていなかったら、今日の滝乃川学園はなかったのでは、そして知的障害の教育は戦後まで遅れたのではないか、と思います。
                                         監督・山田火砂子