杉並の純一郎(3)

2009年12月で68歳に!
先の戦争が一体なんだったのかを今一度勉強し、次の世代に伝えてゆきたい。

闘うアジアの新・仏教徒

2008-05-25 22:27:26 | Weblog


 週刊誌を読まなくなってからどの位の年月が経っただろうか?何時だったか思い出せないくらい昔の事だと思うが、未だに読んでいる週刊誌が一つだけある。それはニューズウィーク(日本版)である。アメリカなら恐らく1ドルもしない物が日本では420円と割高ではあるが、世界の情報を正確に伝えてくれていること、画一的な日本のメディアには見られない視野の広さ、情報の深さに引かれ読み続けており、得るところが多い。もちろん、年金貧者としては定期購読などせずに、毎週送られてくるメールマガジンで書かれた内容を確認して購入したり、図書館で閲覧しその場で必要な部分をコピーするなどしては割高感を克服している。

 3月16日のニューズウィークは東京支局長クリスチャン・カリルの記事、「闘うアジアの新・仏教徒」を載せている。副題は「平和主義と瞑想のイメージが強かった仏教だがアジア各地で政治活動を行う信者が増え始めた。過激な“仏教原理主義”の時代が幕を開けたのか」とある。先ずは、記事を要約してみよう。


 アジアでは近年、熱烈な仏教徒たちが政治的な要求を掲げデモを行い、政府の腐敗、欧米流の価値観の蔓延、伝統的な道徳意識の衰退に抗議の声を上げて、支援組織を築きながら勢力を拡大し、武器を手にする者もいる。
 アジアで最も穏健と言われてきた仏教徒のこうした動きは、平和主義と瞑想の宗教という仏教のイメージを薄めている。世界中で宗教の影響力が増すなか、アジアでは仏教が復興、政治への関与を努めており、なかには、他の宗教の過激派を思わせるような行動をとるものもいる。
 台湾の慈済会をはじめ、暴力と物質主義を否定する仏教団体がいまだに多いのは確かだ。インドや中国では精神的な面を重視する姿勢が、疎外感に悩むエリートを仏教に引き寄せる一因となっているが、一方では政治活動を重視する仏教徒もいる。
 ミャンマーでは昨年起きた大規模な反政府デモは、仏教僧が大きな役割を果たした。タイでは2006年のタクシン首相を政権から引き摺り下ろす動きを支持。インドでは、仏教徒の支援を得て勢力を拡大している政党党首が、いずれ首相になるとの声も上がっている。
 極端な例はスリランカの極右政党、国民遺産党(JHU)に属する僧侶には暴力を容認する者もいる。世界的に宗教の政治色が強まっていることを考えれば、仏教徒の活動家が増えているのも当然かもしれないが、此処に来て、より過激な行動をとる信者が増えてきており、その理由の一つは信者層の拡大に求められるかもしれない。

 これまで世界に推定3億8000万人の仏教徒がいるが、正確な数字は不明であるが専門家によると、中国で約1億人、インドでは2001年の800万人が2006年には3500万人、台湾では2001年の550万人から2006年の800万人といずれも増加している。この要因として中国では調和の取れた発展を目指す中国政府は、宗教に対する規制を大幅に緩和しているが、長期的には共産党支配を脅かす存在になるかもしれない。
 インドでは仏教徒が増えている背景に身分制度カーストを逃れる手段となっていることがある。とりわけ1億7000万人いる最下層のダリットには過去10年で100万人を超える改宗があったといわれている。そして新しい仏教徒達は積極的に政治に参加している。
 多数派の仏教徒と少数派のヒンドウ―教徒との紛争が断続的に続くスリランカでは仏教僧は前述JHUを結成し、メンバーを議会に送り込むなどして直接的な政治への影響力を高めている。
 タイの仏教徒が政治への関与を強めているのは前述のタクシン政権崩壊の例でも明らかだが、昨年は仏教を国教化する運動があった。王室の介入もあって運動は下火になったが、その背景はタイの伝統文化を守り、外国の価値観の蔓延を防ぐことであった。
 とは言っても行動に目覚めたアジアの仏教と全てが、平和主義を捨てたわけではない。
 ベトナム生まれの僧侶ティク・ナット・ハンが1960年代に提唱した“行動する仏教”の支持者たちは非暴力と社会活動を重視し、アジア全域で寛容な社会の実現を目指して行動している。台湾では慈済会を始めとする団体がボランティアー活動に従事、穏健な仏教徒としての活動が成果を上げている。慈済会は政治活動と距離を置いているため、中国政府の同意の下、中国本土でも活動を行っている。
 はっきりと意見を主張し、団結することはもちろん、自分たちの権利のために闘うことさえいとわない。そんな仏教徒が増えているようだ。その数が拡大し続ければ、強大な中国政府といえども制御できないほどの勢力になるかもしれない。


 この記事を書いたカリルという東京支局長がどういう人なのか知らないが、私にとってはこんな大きな問題を今この時期に随分と「ぼやっと書いたな!」というのが第一印象である。何故、「ぼやっと」と言ったのかは後で書くことにして、先ずは少し主題から離れよう。

 ドイツの哲学者であるニーチェが1895年に刊行した「アンチクリスト」を、2005年適菜収氏が、「キリスト教は邪教です」と題して現代語訳している。適菜氏はニーチェを危険な思想家であると前置きしながら、「ニーチェも言うようにキリスト教は戦争を必要とする宗教です。日米戦争、パレスチナ問題、ベトナム戦争、イラク戦争などにおける、アメリカを始めとするキリスト教原理主義国の行動パターンが本書を読めば腑に落ちる」と。
 私は今回ここまで踏み込むつもりはないが、目に留まったのは、‘第二章 キリスト教は世界を駄目にする’にある、数節に亘って書かれたキリスト教と仏教の比較であり、仏教への高い評価である。
 「キリスト教とは全く違う宗教と言うイメージがあるが、両方とも同じようなニリリズムの宗教である。しかし、キリスト教に比べれば100倍くらい現実的ある。そのよいところは客観的に冷静に考える伝統をもっているが、それは何百年と続いた哲学運動の後に現れたものだから。従って仏教が誕生したときには“神”という考えは取り除かれていた。そういう意味で歴史的に見てただ一つのきちんと論理的にものを考える宗教と言っても良い」「仏教では、強い命令や断定を下したり、教えを強制的に受け入れさせることはない。例え、考え方の違う人がいても攻撃しようとはしない」「暖かい土地で生まれ、寛大で、争いを好まないという土壌を背景にし、しかもその上流階級、知識階級から生まれた。そもそも完全なものを目指して猛烈に突き進むというものではない。」「仏教はいい意味で歳をとった、善良で温和な、極めて精神化された種族の宗教である。人々を平和で朗らかな世界へと連れて行き、精神的にも肉体的にも健康にさせる仏教をヨーロッパは受け入れるまでに成熟していない。仏教は文明が発達して終わりに向かい、退屈した状態から生まれた宗教だが、キリスト教は、いまだその文明にたどり着いておらず、非キリスト教徒を支配しようとしている」

 いったい何故、この素晴らしい筈の、寛容と言われる仏教は最近になるまで信徒を増やすことなく、むしろその存在感が薄れてきてしまったのだろうか?
 仏教誕生の地インドでは仏教は滅び、西方からの他宗教の挑戦を受け、現在のアフガニスタンで小乗仏教を強化する形で誕生した大乗仏教もモンゴル、中国、朝鮮、日本、ベトナムへと伝播するが、今やその存在感はそれぞれの地において薄れている。

 保坂俊司はその著書、「インド仏教は何故滅びたか?-イスラム史料からの考察」のなかで結論づけていることを要約すると「インド仏教衰亡のダイナミズムを整理すれば、仏教とヒンドウ―教というインド社会における宗教の対立構図(必ずしも暴力的でない)の均衡状態が、イスラムという第3勢力の軍事的・経済的な侵入により崩れ、結果として仏教の果たしていた抗ヒンドウ―教という社会的な役割が、イスラムに取って代わられ、仏教の政治的役割が消滅した。その背景として仏教とヒンドウ―教は理念の差は大きかったが、その文化的基盤の差は寧ろ小さく両者には共存関係が存在していた」「イスラムはユダヤ・キリスト教に一目置いているが、仏教、ヒンドウ―は駆逐すべき存在と解釈することが容易に起こりうる。そしてそのような場合仏教徒側がその圧迫に、軍事的な対応が出来難い教えを持っていたが故に、対抗できずに仏教教団・社会は衰亡した」としている。たしかにヒンドウ―教の伝播が少ない東南アジアでは仏教は滅びずにイスラムとは抗争しながらも並存していることで両者が対抗していることが理解できるが、北伝の大乗仏教の衰亡はどう解釈したら良いのだろうか?
 どうも、ニーチェが言うように寛容で争いを好まず、意見の違うものも攻撃しないという大人の宗教、仏教は所詮攻撃的・排他的な一神教には対抗し得ないのか?そんななかで仏教徒が自己主張を始めたということはどういうことなのか?
 時代の変革期には宗教の変革や新宗教の出現がままあるが、世界的に宗教が政治の表舞台に現れ始めた現在、仏教も一神教に対抗するには、武力行使とまで言わないまでも自己主張なしには、その存在感を失い、自らが埋没することを恐れる危機感を持った仏教徒たちが出現し始めたという大きなうねりの中でのことなのか?
ニューズ・ウィークの記事は、そのようなことを知らせようとしたのかもしれないが、余りにも漠然としている。せめて、どの仏教徒なのか?仏教徒の中のどんな人達なのか、世代はどうなのか?等、もう少し具体的に書いて欲しかった。
 とりわけ、チベット問題がこれだけ世間を騒がせているこのときに、ダライ・ラマの一言も出てこないことにはびっくりする。なぜなら、ダライ・ラマが主張するチベット地区の「高度の自治」という構想を一般にはチベット人が受け入れるものとして議論されているのかもしれないが、民族自決を、チベット仏教・言語・文化を求める若いチベット僧達が果たしてこれを受け入れるのか、私にとっては大きな疑問である。そして、この様なアジア全般に於いての仏教徒の新しい動きが、一時的なことなのか、仏教社会全体に及ぶ変革ととらえることかは、上述のように仏教徒に関する具体的な情報が必要と判断しているからなのである。
 日本ではあまり大きく報道されなかったが、過日の聖火リレーで善光寺がリレー出発点を辞退したことを受けて、世界のメディアは様々なコメントを驚きをこめて伝えて来ているとあるブログは伝えている。其の内の一つBBCは「物静かで政治的な主張をしないことで知られる日本が動いた」と書き始めているという。私のみならず世界が仏教徒のこのような動きに注目し始めていることだけは確かなようであり、世界をよりよく知るニューズ・ウィークが先駆けて取りあげることになったのかも知れない。
 この新たな仏教徒の動きが今後どのような経過をたどるのか、アジア並びに日本の将来にも大きく影響することでもあり、目を離せなくなっている。なぜなら、私はいかなる近代国家であっても、その背骨となるべき倫理感とでも呼ぶべきものは国により濃淡はあるにしても宗教にあると考えている。そして、ソ連亡き後の世界で宗教を背骨としない、いや宗教を否定する大国は共産中国ただ一つであり、そのことが今後、中国自身の、そして周辺の仏教を中心とする国家とのあいだに様々な問題を起してゆくことを懸念しているからである。

オバマ氏ではありませんがチェンジ!

2008-05-22 20:28:45 | Weblog
 暫く、ヤフーのミラー・ブログとしておりました当ブログですが、これからは其の時々の時事・政治・社会問題から、私の目に止まったことを文章にして、ここに掲載いたします。頻度は従来よりも落ちますが、内容を少しはましなものに出来ればと考えております。

 これまで皆様にはお世話になっておりますが、引き続きご愛顧のほど宜しくお願い申し上げます。

 5月25日(日)頃に、New Modeに!

 尚、ブログ名も変更しました。