杉並の純一郎(3)

2009年12月で68歳に!
先の戦争が一体なんだったのかを今一度勉強し、次の世代に伝えてゆきたい。

食品中毒、「あー、又やってやがる!」

2008-01-31 15:08:56 | Weblog
「あー、又やってやがる!」

 これは金馬が得意とした古典落語の一つ「茶の湯」の落ちである。
大家が茶の湯を覚え店子を集めて茶の湯をするが、度重なるうちに茶菓子の羊羹では高いのでケチり、いも練りに変えるが、これがまずくてかなわない。たまりかねて店子は茶会の最中に隣の畑にこれを投げ捨てる。そこで畑仕事をしている隣人の落ちのせりふが「あー、又やってやがる!」である。「茶の湯」の名誉の為に言っておくが、今の日本政府の体たらくとは何の脈略もない。おもわず私の口をついただけである。

 薬品公害の一つにようやく終止符が見えてきたと思ったら、今度は食品公害ときた。政府も役所も学習効果なく、その対応に狼狽するさまは、食中毒にかかり苦しんでいる方には申し訳ない話ではあるが、まさに喜劇でしかない。

 先ごろ福田さんも「国民の安全、安心、消費者の視点の重視」を言い出しているが、まだ何も具体的な方策は出てきていない。
 私は常々アメリカ同様に、薬と食品を取り出して消費者の立場から物を考える「薬品・食品庁」とでも言う役所を作ることを提言してきている。農林水産省からは食品関連業務を、厚生労働省からは薬品関連業務を抜き出して新しい省庁を作ればよい。そして、忘れてはならないのが、薬品・食品に関しての通商産業省がもつ企業の生殺与奪の権利を取り上げて、廃業までも命じることが出来る権限を与えることである。

 こんなことを言うと、企業の献金の影に怯える先生方、自らの権限を奪われることを恐れる役人双方からの抵抗が大きいことは目に見えている。しかし、このくらいのことを勇気をもってやらないかぎりは、消費者保護などという「お題目」は具体的な施策には結びつかないのである。

 なぜ、そんなことを大きな声で言えるかって?

 今朝の産経に面白い記事があり、それを見ると私の主張が理解できると思う。

「政府、被害拡大防止に全力」
政府は30日、中国製ギョーザ中毒事件を受け、厚生労働、農林水産など関係府省が連携して実態把握に努めるとともに、被害の拡大や再発の防止に全力を挙げる方針だ。

 ご覧のとおり、単独の省庁がこれを常日頃管理監督する機能を備えていないから、ことが起きてからでないと会議を開けないと言っているのと同じなのだ。常日頃監督する能力が役所にはない、していませんと言うのと同じである。
もう一つ言うと、輸入品についても製造物責任はあり、その場合輸入業者が責任を負うが、その罰則は必ずしも厳しいものとは言いがたい。極端に言えば保険をかけて事故を補填するに留めているとも言える。これも消費者に視点を置くならば、罰則を強化できる権限を持つ新たな責任省庁に委ねられるべきであろう。
 又、現行法がどうなっているのか調べていないが、加工原料にこのような薬害食品が使用されている場合、消費者にはそれを知るすべがない。商品には加工原料については何処から来たかは書いていない。これをどうするのか?単に表示すれば良いと言うことに止まらずに、まずはこのような加工原料を輸入する業者並びにそれを使用する加工業者に製品輸入以上に大きな責任・罰則を負ってもらわざるを得ないと考える。役所の規模をいくら拡大充実しても出来ることには限度があるから、最終的には自己責任として業者の責任を問わざるを得ないだろうが、それをどのような形で担保できるかこそが、頭の良い役人の活躍できる領域であろう。

 いい加減にして欲しい!もういくらなんでも国には薬害・食害についての学習効果が出てきても良い時期と思うのは私だけではなかろうに!

 大事な事は一般論を越えて、もはや結論・結果を出す時期になっていることだ!

株安円高!

2008-01-23 12:21:37 | Weblog

 今日は少し株も持ち直すのかもしれないが、このところの日本株の売りと円高は凄い勢いだ。一体どうなってるんだろうか?変な状態が続いているが、円キャリー資金の買戻しがあったにしてもこの円高は異状だろうに?

 昨年10月に来日し講演を行った、ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツがサブプライムに関連した話としてこんなことを言っている。

「米国は’貿易赤字の原因は中国の不公正な為替政策にある’と非難してきたが、中国や日本の保有する大量のドルは世界経済の安定化に寄与している。しかし、準備通貨発行国の米国の負債が際限なく膨らんだ場合、最後にはドルから準備通貨の資格が失われてしまう。そうなれば、ドル大暴落を招き、世界経済が深刻な危機に直面するのは確実だ。」

 ドルが準備通貨としての資格が失われてしまうと、今の時点でそれに替わる通貨はありうるのか?ユーロにしてもいくら最近買われていると言っても準備通貨には今すぐにはなりえないだろう。だから、スティグリッツはドルが暴落したら世界経済が深刻な危機に直面すると言っているのだと思う。アメリカが自国経済の建て直しに躍起となっているが、今のところ状況が好転するまでには至っていない。
 はて?日本にはどんな備えが必要なのだろうか?官僚の作文を棒読みする無理念首相はねじれ状態で手一杯のようで、経済に限らず、外から日本を見てみるゆとりなどは所詮無いのであろう!ざんねーん!


竹村健一に一言!

2008-01-20 10:57:30 | Weblog


 今朝の“報道2001”、「竹村健一のいっぺん言って見たい」とか言うのが番組の最後にある。今日の一言、「政府系ファンドを活用して金儲けすべし」の話は、これまでも何回か出ており、今回も又かと聞いていていささかうんざりした。恐らく番組に出席の政治家も同じ気持ちを持ったのではなかろうか?

 竹村氏の、この政府系ファンドを設立して国家の余剰資金を活用して税金の足しにするべきという考え方そのものは間違ってはいない。いや、寧ろ諸外国に比べて日本政府はいわゆる埋蔵金とも言われる金を隠していたこと、そして運用もせずに無作為のまま漫然としていたという2点から薬害問題と同じ姿勢であったことを責められても致し方なかろう。

 しかしながら、今これだけサブプライムローンが問題になりアメリカを中心とした金融・経済市場が大暴落という状況にあり、その原因の一部にはオイル・マネー、チャイナ・マネーと言った政府系ファンドの余剰資金も投機的運用の一部をなしていることも事実である。そして政府系であろうと無かろうと巨大ファンドを世界の金融界がどうしてゆこうかと大騒ぎしいているときに、このようなファンド積極活用の発言をまるで問題がないかのように、恰も打ちでの小槌の存在のごとく言い続ける同氏の姿勢が理解できない。

 竹村氏はさかんにシンガポールが国家の余剰資金をファンドを通じいかに増やしたかを強調されるが、これは寧ろ先行者のメリットであったともいえることで、これから続くものが同様の恩恵に与れるのかどうかは解からない。むしろ、よほど確りした仕組み、例えば運用に失敗したときの国の責任、運用機関の責任、運用人の認定基準等、を決めておかないと失敗は目に見えている。ファンドは所詮ハイリスク・ハイリターンであることを肝に銘じて取り掛かる必要がある。税収が不足しており政府の工夫も必要ではあろうが、このファンドの存在への認識を誤れば企業が新規事業で失敗するのと同様の事態を国家が犯しかねない話なのである。

 評論家、竹村健一としての発言であるのだから、今一度、本質論である構造改革と政府支出削減に繋がる政策への提言をむしろ示してもらいたいものだ。

イラク情勢好転(その2)

2008-01-16 21:16:16 | Weblog


 新聞等ではあまりはっきりしないが、確かにイラク情勢が好転しつつあるのだ、米国も対応を変えてきているのだということが窺える。

 一つは、旧フセイン時代の支配政党であるバース党員は軍隊を始めとした公職につくことが禁止されていたが、イラク政府はこれへの緩和措置を決定している。これと前回取り上げたペトレイアス司令官の戦略変更によるイラクの民心掌握の二つが車の両輪になって、イラク情勢好転に向かっているのであろう。日本では、メディアはブッシュがかつての敵日本に民主主義が根づいたとする発言にばかり、焦点をあててその発言を揶揄する報道だけをしているが、もう少し大きな視点で国際情勢を報道してもらいたい。

 今ひとつは、ブッシュがライスを伴い中東を訪問している。ただ、訪問しているだけでなく、イラン問題に真正面から取り組み始めた。9日の産経は「対イラン、意思統一」とある。
 更にはパレスチナ・イスラエル問題解決のため、米大統領として始めてパレスチナ自治区を訪れ、アッバス自治政府議長と会談した。またブッシュはイスラエルに「1967年に始まった占領を終結させる必要がある」と表明、イスラエルに対して明確に「占領終結」をもとめ、ブッシュ政権の和平原則を明らかにし、米大統領としては異例に強い言葉でイスラエルにも譲歩求めている、と報道されている。後一年、ブッシュには中東和平、とりわけパレスチナ問題に貢献してもらいたい。

 こう見てくると、イラク情勢が好転しなければ、ブッシュもこうした行動に取り掛かれないはずということが理解出来るが、私だけの贔屓目だろうか??私の読みが正しいのか、成り行きに注目してみたい。

又、産経だけですか?「学研」地球儀事件!

2008-01-12 17:46:01 | Weblog

又、産経だけですか?「学研」地球儀事件!

「学研」のグループ会社が中国で地球儀を製作したが、中国政府の圧力に負けて、台湾を「台湾島」に換え、日本国内で1万個を既に販売した。
 このことを夕刊フジが報道し、「学研」は謝罪し既販売分を定価で買い戻すと発表。同時に消費者からの苦情に対して社長名で謝罪文をだした。(謝罪文の内容はヤフーのブログ‘台湾春秋’(kim123hiro)を参照ください。)
 中国で国内販売しないものを中国が圧力をかけるというのも変な話。普通の国ではありえない。又、学研子会社も海外販売だからと突っぱねもしないようで、これも変な会社。
 そして最も変なのは、そういう記事を特定のメディアしか報道しないと言う、我が祖国「日本」と言う国のどうしようもない腰ぬけメディアの姿勢!
 11日(金)の産経抄がこの話を取り上げており、地球儀の大切さを改めて教えてくれるので引用する。この中に出てくる若泉敬の本を私はたまたま読む予定にしているのは奇遇だ。

   XXXXXXX

「地球儀」を見ると、世界地図では解からなかったことがわかる」。吹浦忠正ユーラシア21研究所理事長が、師の国際政治学者、若泉敬から教えられたことの一つだ。たとえば、真珠湾を攻撃した機動部隊が択捉島単冠(ヒトカップ)湾を出撃地に選んだ理由も合点が行く。ハワイまで目と鼻の先だ▼「地球儀でないと本当の世界はわからない」。小学校に入学して初めて目にして以来、この思いは終生かわらず、海外に出かけるたびに、買い集めてきた。若泉といえば、昭和44年の沖縄返還交渉で、佐藤栄作首相の密使として対米工作に当たった人物として、今改めて注目される。▼その経緯をつづった著書については、昨年の今ごろ小欄でも取り上げた。政治の舞台を去り、故郷の福井県差鯖江市に帰ってからも、海外から要人が頻繁に訪ねてきた。吹浦さんによると、自慢のコレクションを贈ることもたびたびだったという▼福井県国際交流会館の1階ロビーにある、直径1.8メートルの巨大な地球儀も、若泉が「若い人に見てもらいたい」と寄贈したものだ。本人の希望で名前はどこにもない。その若泉が知ったらなんというだろう▼「学研」のグループ会社が、中国政府からの圧力を受けて、台湾を「台湾島」と表記した地球儀を国内で販売していたことを、夕刊フジがすっぱぬき、小紙にも転載された。生産コストしか眼中になく、自分たちの言い分を日本の子供たちの頭にすり込もうとする中国のやり口に、加担していたことに気がつかなかったのか▼鯖江市内の霊園にある若泉の墓はやはり地球の形をしており、太平洋の真ん中部分に「志」と刻まれている。日本人の心に、それが失われて久しいことを、深く嘆いているに違いない。

イラク情勢が好転!

2008-01-09 23:21:35 | Weblog

 正月明けのテレビがバクダッドでの大規模な自爆テロがあり、数十人単位の死亡者がでたと報道していた。私はアメリカ人の死傷者数を知りたかったが、それ以上の報道はなかったので、若干の違和感を覚えていた。
 今日の産経は「湯浅博の世界読解」が昨年夏以降に行われた増派によりイラクでの米兵死傷者の数が大幅に減ったことを伝えている。それだけではブログに書くにはどうかなと逡巡していたが、本日発売の1月16日付きのニューズウィークにペトレアス司令官との短いインタビュー記事がでており、それを読んで湯浅氏の記事をブログに上げることにした。読んでもらえれば何故かを言う必要は無くなるはずだ。
 いずれにせよ、我々のイラクへの目線を変えてゆく時期が来ているようだ。

ニューズウィーク「今のイラクでは油断は禁物だ」
 イラクの首都バクダッドで、暴力が激減している。03年の開戦以来、最も劇的な転換点を迎えているようだ。立役者である米軍イラク駐留部隊のデービッド・ペトレアス司令官(55)に話を聴いた。
―イラク西部アンバル州のスンニ派組織が米軍に協力するようになった。なぜ、実現したのか?
 我々米軍の側に、せっかくのチャンスを無にすまいという気持ちがあったのだと思う。
―米兵を殺したかもしれない相手と交渉することに抵抗は?
 もちろんあった。今のイラクで油断は禁物だ。
―アルカイダの脅威は消えていないのだろうか?
 彼らは格闘家のように、痛烈なパンチを受けても立ち上がる。
―スンニ派組織のイラク治安部隊への吸収は遅々として進まない。
 反政府勢力の元メンバーもいるから、候補者全員の治安部隊編入を承認させるのは至難の業に思える。だがきっと出来るはずだ。
―サドル派とも直接交渉を?
 政治部門とは交渉するし、地方では多くのマハディ軍指導者と交渉してきた。一進一退だが、今は少しずつ前進していると思う。
―サドルが停戦宣言したが?
 チャンスは与えるが、停戦が破られたら犯罪者として対処する。


「イラクの好転なぜ言わぬ」(湯浅博)

 ブッシュ大統領はアホでマヌケで、彼が率いたイラク戦争は泥沼化でなければならないらしい。これは日本で米国通のフリをするさいの決まり文句である。
 だから、昨年の民間人死者数は最大2万4159人というNGOの発表にはすぐ飛びつき、「イラクの悲劇」を吹聴する。ブッシュ批判が売りの民間研究所長が、年明けのニュース解説で熱を入れていた。
 米国嫌いの論者らは昨年9月以降、犠牲者が激減しているとは決して言わない。イラクの石油生産が、戦争前の水準に戻ったとの分析もしない。いずれも「泥沼イラク」の反戦テーゼに反するからだ。
 イラク政治の現状はもちろんバラ色ではない。いまだにテロ組織の残党が潜んでいるし、イラクの政治家たちが互いに有利な地位を占めようと画策している。しかし、軍事面ではペトレイアス司令官率いる「増派作戦」が功を奏し、死者数が劇的に減少しているのだ。
 統計が正確な米兵の死者数でみると、昨年9月から減少に転じ、10月になると1日平均1.3人(前年10月3.6人)になる。これが12月25日までは17人で1日平均0.7人になる。交通事故を下回る数字だろう。
 平均が「1」を切るのは、フセイン大統領が逮捕されて米国の威信が最も高くなった2004年4月以来のこととなる。いまや、米国の悩みはイラクではない。核を持ったパキスタンの混乱、タリバン復活が危険なアフガニスタン、それに核開発を目指すイランの情勢に移っている。
 「泥沼イラク」を報じてきたワシントン・ポスト紙は自らの間違いを認め、左傾斜のニューヨーク・タイムス紙ですら間接的に認めている。
 驚いたのはブルッキングス研究所のオハンロン上級研究員が、早くも昨年7月の段階で、「われわれは勝利するかもしれない」と同紙上でペトレイアス戦略を肯定したことだ。
 その直後から、彼が民主党系の“身内”から袋叩きにあったことは言うまでも無い。ところが、9月以降になってオハンロン氏の観察眼の正しかったことが証明されていく。
 日本人に誤解を与えるのは、この「増派作戦」という言葉にあるのかもしれない。ペトレイアス戦略の本質は3万人増派にあるのではなく、実は戦略の大きな転換にある。
 ペトレイアス将軍は大規模基地から出撃するそれまでの戦略から、地域ごとに拠点をつくって市民との交流に力点を置く戦略に改めた。
 米シンクタンクのAEI客員研究員の加瀬みき氏流に言うと、「交番作戦」と言うことになる。米兵たちは南部サマワの我が自衛隊員のように、現地に分け入って電気、水道、学校を建てている。テロリストの残虐行為に眉をひそめてきた市民との信頼関係が出来つつある。
 その結果、テロリストに関する情報がもたらされ、武器輸送ルートの情報が飛び込むようになった。こうして、米兵増派直後にいったん跳ね上がった死者数も、9月からは下降に転じてきたのだ。
 現地に特派員を送っている英紙タイムズは昨年11月14日付きで、イラク人たちが欠勤の際に使えなくなった「ちっちゃなウソ」として5つの例を挙げていた。
 1.米兵が町を封鎖してしまった 2.橋の閉鎖で少なくても1時間は遅刻する 3.玄関先で民兵と治安部隊が戦闘している 4.いとこが誘拐されて会社に行けない 5.地域内で家宅捜索が始まり外出できないーーである。
 イラクではこれらが笑いになるほど治安が回復しているとの報告だった。一方、米国内でも、「泥沼イラク」が大統領予備選の争点から外された。これでは日本で米国通のフリをすることも難しい。

産経「日本よ」石原慎太郎

2008-01-08 22:27:08 | Weblog
 石原氏は産経一面に毎月一回、「日本よ」というコラムにその時々に氏が思うことを書いてくる。石原氏については氏の人を惑わすような発言で顰蹙をかう事もあろうが、私は彼の目は確かなものがあり、顰蹙をかうようなシニカルな発言は彼が都会人であることからくると思われる「てれる」、自らを素直に表したくないという気持ちが引き起こす露悪的趣味・性質によるものだと考えており、「あー、まただ!」と、都度憤慨するということはない。
 今回彼は「やはり、地球は救われまい」等とサブタイトルを付け、あきらめ気味なニュアンスで書いてきているが、その実、彼は環境問題への熱い思いを吐露しているのだ。
少々長いが全文を引用してみよう。


 人間は誰でも、人は必ず死ぬと承知はしている。しかし誰も、この自分が死ぬということを正面信じようとはしない。それは他の動物に比べ高度な意識を持つ人間の強さであり、弱さでもある。つまり、我々は結局自分の身の周りをしか眺めようとはしない、ということだ。死に関して、ソルボンヌ大学の哲学教授だったジャン・ケレビッチは、「死は人間にとって最後の未来であり、最後の未知である」と言った。
 私は最近こうした人間の死に関わる存在の公理について、今地球を捉えている環境の著しい変化について考える度思い起こさせられる。私たち人類は今ようやく己の存在に関する最後の未来と未知にさしかかっているのではなかろうか。環境に関する全ての指数がまぎれもなく地球規模の温暖化という事実を示しているのに、それが人の存在、つまり生と死に直截に関わりあっているということを多くの者が覚ろうとはしない。現実に起こっている未曾有の現象を誰も知っているはいるが、それが何に繋がるかを認めたがらない。
 北極の氷は昨年の夏には5万3000平方㌔解けてしまい、冬には4万7000平方㌔しか復元しなかった。このままでいくと2030年には完全に消滅してしまう。それを見て北極海に臨むアメリカ、カナダ、ロシアの3国は、氷が解け開発が容易になる北極海の海底の化石燃料の獲得のための領海の線引きにしのぎを削りだした。これをもって文明の悪しき、というより浅はかな循環といわざるを得まい。
 温暖化現象は地球物理学を見て、やがてやって来る第5氷河期の前触れでしかないという御用学者もいるが、地球が太陽を巡る起動が少しずつずれて北半球の日照が激減するのは後5万年先のことでしかない。
 NASAのジェームス・ハンセン教授の指摘によると、このままあちこちの氷が解け続け大洋の水位が高まっていけば、今世紀末には大洋の水位は5メートル高まるだろうと。とすればその行程の半ばででも、30、40年先には東京、上海、ロンドン、ニューヨーク、シドニーといった世界の臨海の大都市は半ば水没してしまおう。
 私が昨年視察に赴いた赤道に近いツバル国はそれを待たずに水没消滅し、ヒマラヤの中腹にある古国ブータンは背後の氷河湖が崩壊すれば天から襲ってくる津波によって崩壊し、その南にある世界最大のデルタ国家のバングラディシュは数日で水没し、ともに回復することはあるまい。
 シベリアでは凍土が溶け続け、フランス国土大の湿地が誕生しメタンガスが排出し続けている。オーストラリアでの旱魃は続き農業は荒廃し農民から多くの自殺者が出ている。
 しかしそれらの出来事は、それが眼前に到来しない国の人々にとっては所詮他人の死でしかありはしない。自由を喧伝する先進国の全てが、異文化異民族のチベットが中国に強引に併合されるのに全く関心を持たなかったと同様に。しかし地球の温暖化による異変が、どうやら自分自身の生命の存在に関わるものらしいと気づいた時にはもう遅いのだ。学者達がこの問題に関して予測する振り子の振り戻し限界点チッピングポイント、つまりポイント・オブ・ノーリタンは後5,6年で来てしまう。
 文明の進展は人間たちの新しい欲望を助長し、消費への願望は、暴走しつつある車のブレーキではなしにアクセルを踏み続けている。私の手元に東大の山本良一教授の編集になる、面白い、と言うより空恐ろしい「一秒の世界」という統計がある。今この世界はわずか1秒の間に「体育館32棟分、39万立方メートルの二酸化炭素が排出され」「人間140万人が1日に必要とする710トンの酸素が減少し」「大型トラック63台分、252トンの化石燃料が消費され」、1秒間に「テニスコート20面分、5100平方メートルの天然林が消失し」「2300平方メートルの耕地が減少し」「1.3台の自動車が生産され」「世界で40万キロワットアワーの電気が消費され」「世界で2.4人の人間が誕生し」さらに1秒間に「0.4人、5秒に2人の人間が飢え死にしている」と。狂った気象は豊作に繋がることはありえず、今後飢饉は増発し世界全体は遠からず深刻な食糧不足に見舞われるに違いない。なのにー。
 昨年暮れ近くにバリ島で行われた温暖化に関する国際会議は、一体何をもたらしたというのだろうか。この問題のキャンペーンでノーベル賞をもらったゴア前副大統領が、「この会議の進展を阻んでいるのは私の母国アメリカだ」と告白してみたところで、CO2に関して世界最大の責任国アメリカは依然として数値目標の設定に反対し、日本はその片棒を担いだ。
 昨年ロンドン市が主唱して行われた温暖化についてのニューヨーク会議に私も招かれて行ったが、内容は貧しく、共同宣言に主催地の国家アメリカや中国、ブラジル、オーストラリアに京都議定書への参加を促す文言を加えるべきといった私の主張は無視された。東京が試みようとしている、企業への削減義務化に経済界は反対しよう。しかしそうしたレベルの利益追求が、限られた時間帯での限られた人間たちへの奉仕とはなっても、私たちの大方が合い見ることがなかろう20年後の子弟、人間たちへの責任の履行には決してなるまいことを、どうやったらお互いに覚えることが出来るのだろうか。
 この今になって私には、古い友人、優れた作家だった開高健が愛して口にしていた東欧の詩人ゲオルグの言葉を思い出させられる。「たとえ地球が明日滅びるとも、君は今日リンゴの木を植える」と。
 しかしそれは、なんとも空しい志に過ぎぬのではなかろうか。

福田首相よ! 民の心を知れ!

2008-01-07 23:50:33 | Weblog



 福田首相は年末に中国へ4日も行ってきながらも、その結果の報告は極めて不透明である。
 国民がこの訪中に大きな関心、いや、寧ろ心配と懸念に怯えていたと言うのが適切な表現であろうが、それに応えるメッセージは首相からは何も出てきてはいないのだ。
 だが、もし首相の訪中が国民に告げるべき内容が何も無いならばそれはそれで善しとしよう。たとえ今回の訪中が物見遊山の4日間であったとしても、許すことにしよう。何も得るものが無くてもかまわない。失っていさえしなければ!
 しかしながら、よもや国益を損なうようなことをしていないと信じたいが、もし中国と何らかの約束が成されたのであれば、国民に隠さないで知らせて貰いたいのだ。

 福田首相よ!正直に言うが私は理念なき首相には懸念こそあるが何の期待も抱いてはいない。しかしながら、一国の首相が外遊すると言うのに、その国民がこういう心配をしなければならない、ということをどういう風に受け止めているのだろうか。しかと、答えて貰いたい物だ。
 目の前の民の竈が潤うだけで良いと言うことにはならない。子孫も安全に暮らせる備えをするのが、人としての務めであるはずだ、ましてや貴方には日本国の首相であることを忘れてもらっては困るのだ!
 
   民の心を知り、そして知らしめよ!

外国人の日本語

2008-01-06 11:02:33 | Weblog

 皆さんは外国人の使う日本語をどう感じるのであろうか? と、最近ふと思うことがある。
 それは、たとえて言えば「金美齢」「黄文雄」「呉善花」「石平」等の書くものを読んでいて、お前らにそこまで言われたくないと思うほどに要点を的確に指摘してくる。そして、そのことが彼等に日本に対する何らかの悪質な意図・意志が働いてそうさせているのかとも考えてみるが、彼らの真摯で純粋な情熱がそうさせていることは文章を読めば解かる。実際にはゴーストライターでもいるのかもしれないが、そうも感じられない。

 そう思いながら自らの米国での生活で職場の同僚との会話の中で、自分自身が彼等に言われたことを思い出した。
  「君の表現はBLUNTだね!」
私をほめてくれている感じの場面でそういわれてどういう意味か解からなかった。だって、私の持っていた辞書には“BLUNT”とは「切れ味の悪い、なまくらな、無作法な、無遠慮な、鈍感な」と言った意味しか書かれていない。しかし、その場面ではどういう意味と聴き返さずに終り、後日酒を飲んでいた席で、その意味が「しっかりと的を射た、ぐさっとポイントにくる」と言うような意味で使われているということを教えてもらった。そしてその場で「あの時悪く言われていないとは思ったけど“BLUNT”と言われて、僕の知ってる“BLUNT”は“NOT SHARP”だし、理解できなかったよ!」と言って大笑いした記憶がある。
 私は英語の専門家ではないが在米が長かったことで日本から来ていた他の同僚よりも少しは英語が話せていたが、それが問題ではない。少ない表現力の中からどれだけ問題に近い適切な表現を選び出すかという訓練を続けてきた結果に他ならなかったためだと思う。そう考えて見ると今の上述の4人、私の好みにも合う4人、その表現にもそういう観点からも観察してゆけば納得の行く話しなのであろう。

 こんなことを書くきっかけになったのは、雑誌「Will」の2008年2月号に掲載されていた、「金美齢」の「韓国人に参政権を与えるな」と「石平」の「何を今さら尖閣共同開発」の二文である。「Will」は創刊3周年ということで少し気張ってタイトルをつけたのかも知れないが、すでに充分に「BLUNT」なタイトルである。因みに、メディが「外国人参政権問題」と伝えたときにも、ブログには私も金さん同様に「在日朝鮮人参政権問題」と具体的にこの問題が朝鮮半島に関係した問題であることを明記している。
 本来ならそのBLUNT振りは、「Will」を買い求めて読んで貰う方が好いのだが、二人が何を書いているか?金さんは日本に長くその日本語も日本人並みなので、その表現は外国人にしてはそれなりに穏やかであるが、まだ日本の滞在が短い石氏の表現はまさに「ぐさっと!」くるものがある。この衝撃を上手く表現することはできないが、石氏の論点からそれを拾って見ることにする。

ヤクザ顔負けの中国、何を今さら「尖閣共同開発」
・俺のものは俺のもの
 日本は双方の排他的経済水域を両国から等距離の中間線と主張しているが中国は中国大陸の大陸棚がとぎれる沖縄トラフまでと主張しており、この主張は国際的ルールを無視したものであり、中国共産党の天下一品のあつかましさを象徴する横暴な主張である。
・お前のものも俺のもの
 要するに「俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの」というヤクザ顔負けの論理である。
 しかも、中国側は共同開発に尖閣諸島をふくめており、日本の尖閣諸島領有権を否定するための謀略である。これを部分的にでも受け入れると日本は領土と領海という主権国家の最高の国益をいっぺんに失うことになる。「そしてもし、2007年12月末までに何らかの結果が出ることになれば、それは必ずや日本の国益が大きく損なわれる形、日本にとっての敗北的な結果であるとおもう。」(執筆は12月12日現在―ブログ注)
・誕生と同時に敗北
 何故日本の敗北になるか?それは靖国問題にある。小泉・安部は靖国をカードとして活用してきた。
・外交相手ではない福田
福田はこのような流れを就任時に「靖国は参拝しない」といって、自ら北京に実質上の降伏を宣言した。したがって、中国にとっては日本は一敗戦国にすぎない。その例として日中ハイレベル経済対話の共同文書を日本の了解無しに削除したことに見れる。これは中国が福田をまともな外交相手と見ていない証拠である。更に福田のミスは続く。
 安部が試掘を交渉の梃子にしていたのを福田は結論を先送りして試掘への準備にとりかからず、唯一の対抗手段を放棄した。「自国側の最強の交渉カードを自ら放棄してしまうような馬鹿な政府がこの世にあるとは、信じられない」と。
・軍艦を出すぞと脅し
 2007年11月14日に開かれた日中局長協議に於いて、日本側が協議の停滞を理由に試掘を示唆したら、直ちに「軍艦を出す」と。このせりふほど中国共産党政権の恐ろしい体質を示しており、彼らの本音をさらけ出したものはない。これまで小泉・安部にはこのような発言はなく、中国に恭順の意をしめす福田に恐喝同然の暴言をはく。それにたいして、「福田政権は最初から、中国政府に対して全面降伏した。そして中国に対して屈従する以外の何の戦略も持っていない。」だから局長会議でも舐められ、恐喝されるような存在に成り下がっている。日中国交回復以来の日本の恭順外交に戻っている。
・小沢の情けない姿
 小沢は国会をサボって44名の国会議員と供に中国に渡り、握手と記念撮影だけの三日間をすごしたことで、「友好を唱えて福田の交渉力を低下させる役割を果たした」。
 「日本からやってきた馬鹿な政治家たちの情けない姿を眺めながら、北京政府はよりいっそう徹底的に日本を舐めてゆく決意を固めていたであろう。」
要するに、福田と小沢の訪中の予定を近づけて中国への「友好度」を競い合わせることで日本の交渉力を叩き潰すという中国の仕掛けた対日工作であり、小沢はこの罠にはまったということである。
 「日中友好というしょうもない幻想のために、日本という国は一体どこまで、中国共産党政府の餌食になり続けていくつもりなのか」
End