源平の史跡を訪ねて

全国いたるところにある源氏と平家の史跡を訪ねています。少しだけ源氏物語の史跡も紹介しています。

源氏物語 須磨の巻(その1)

2008-05-01 02:08:12 | 源氏物語
光源氏は、後見を任されている東宮の地位も危ういと考え、京を離れる寂しさや紫の上への思いを心にもったまま数人の友とともに須磨に行き、ひっそりと暮らす。

光源氏が住んでいた場所が源氏寺とされています。
源氏寺(現光寺)は、兵庫県神戸市須磨区にあります。【地図

「おはすべき所は 行平の中納言の藻潮たれつつわびける家居近きわたりなりけり 海面はやや入りてあはれにすごけなお山なかなり」
(源氏物語の一節より)

源氏寺の碑

源氏寺全景


現光寺が本名で、通称:源氏寺と言われています。



源氏寺から南を見た風景で100mくらいの間に山陽電車、国道2号線、JRが走った交通の要となっています。左の石垣が源氏寺です。



源氏寺から南へ300Mほど行ったところは埋め立てられた海岸で、今では、海水浴場になっています。



源氏寺の北側は、平安時代は山であったが、今は、住宅地です。600Mほど行くと須磨寺があります。

紫式部が須磨の地を想像して書いた「海が入り込み、すごい山の中」と言う雰囲気は今は全くありませんが、海はすぐ近くで、山の中と言う表現は、平安時代ではそうであっただろうと思われる土地柄です。

近くには、義経が平家軍を攻めた鵯越の坂落しの場所や一の谷の合戦場があります。





城南宮

2008-04-14 16:35:03 | 源氏物語
城南宮が鎮まる鳥羽の地は、平安京の表玄関に当たる交通の要衝であり、また鴨川に臨む水郷の景勝地でもありました。やがて貴族の別荘が建てられるようになり、平安時代の末には白河上皇が壮大な離宮(城南離宮、鳥羽離宮)を造営して院政を開始されました。

当時は、このあたりは船を浮かべることのできるほどの大きな池がありましたが、今では池も小さくなり、周りは住宅地になっています。
  




春の山 平安の庭 室町の庭 桃山の庭 城南離宮の庭 があります。
琴の音が響く中、歌人はその日の題にちなんで和歌を詠み、短冊にしたため、
そして、目の前に流れ来る羽觴を取り上げ、盃のお酒をいただくのです。
   




光源氏の六条院の」庭にさながらに源氏物語にある百種余りの草木が植えられ「源氏物語の庭」と呼ばれています。
   






梅が満開の季節に行ったので、綺麗な枝垂れ梅を見ることができました。


幕末に幕府軍と薩長連合軍が激突した「鳥羽伏見の戦い」は、このあたりでした。



下鴨神社

2008-03-30 01:32:01 | 源氏物語
世界遺産に登録されており、正式名は賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)といい、平安期以前に創建され、平安遷都後は、王城鎮護の神とされた。

そして『源氏物語』や『枕草子』など王朝文学にしばしば登場し、
この時代の文化、宗教の中心地の一つとして栄えました。


鳥居


本殿




舞殿(まいどの)



当時の王朝貴族の女性が着用した
十二単を着衣する前


十二単着用した姿


縁結びの相生社


国家「君が代」に歌われた『さざれ石』





名物:みたらし団子は、下鴨神社の御手洗池の水が池底から吹き上がる水泡をかたどったものといわれています。

紫式部の邸宅:廬山寺(ろざんじ)

2008-03-27 16:10:03 | 源氏物語
バスツアーで最初に訪問したのが廬山寺です。
ここは式部の曽祖父:藤原兼輔の邸宅があったとされ、式部はこの邸宅で育ち、結婚、物語を執筆しました。そして、昭和40年に「源氏の庭」が作られました。


廬山寺


ご本尊


源氏の庭




式部と娘の歌碑



  紫式部(むらさきしきぶ)

 めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に
 雲かくれにし 夜半(よは)の月影


大貳三位(だいにのさんみ:式部の娘)

 有馬山 ゐなの笹原 風吹けば
 いでそよ人を 忘れやはする




貝合わせ




鈴虫

鈴虫説明文




鈴虫の場面と紫式部の描かれた2000円札


2000円札の表 沖縄の守礼門

紫式部邸庭

2008-03-17 12:29:35 | 源氏物語
     式部邸の庭

京都御所の東に位置し、式部の曽祖父:藤原兼輔の家があったとされ、紫式部はこの地で育ち、結婚生活を送り、源氏物語を書いたと言われています。「源氏の庭」と呼ばれ、白砂に苔と桔梗を配し源氏物語の世界を現した優美な庭です。

「平安王朝の世界へ誘うバスツアー」に参加しました。
京都駅に10:40発~16時到着、費用は¥9000

1000年の時を刻んだ源氏物語

2008-03-16 22:56:11 | 源氏物語
               紫式部

紫式部(むらさきしきぶ、生没年不明)は、平安時代中期の女性作家、歌人。源氏物語の作者として有名である。中古三十六歌仙の一人。

『小倉百人一首の紫式部の和歌』
めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 
     雲がくれにし 夜半の月かな

(Wikipediaより)


  
源氏物語が文字の上で初めて確認できるのが、紫式部の1008年(寛弘5年)11月1日の日記とされています。それから数えて、今年2008年でちょうど1000年目になります。
そこで、このブログで、源氏物語の舞台を紹介していきます。